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第一章 第三節 動き始めた運命
13 真名
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「そもそも次代様ってのはなんだ? そのへんからぽっと湧いて出るもんじゃねえ」
「それは生まれる前にシャンタルが託宣で選ぶんだろ?」
「そうだ。つまりそれは?」
「親から赤ん坊を取り上げる、ってことか」
アランが言う。
「そういうことだ」
「かわいそうだな……」
ベルが胸の前でキュッと右手を握り、下を向いてぼそっと言った。
「大体二十年、大事な子供を取り上げられるわけだから、まあかわいそうと言えるだろうな。その代わり次代様の親には結構な金が渡されるんだ、子供が戻ってくるまで毎年な。子供が戻ってきてもその子が生きてる限りずっとな。一生金の心配をする必要はねえ。だから、貧乏人なんかは自分が親御様になれねえかなって交代の時を楽しみにしてるやつもいるらしい」
「そりゃまあ金でしか贖えねえんだろうが、うーん、なんて考えりゃいいんだろうなあ」
アランもベルも幼い時に家族を戦争に奪われた。それゆえに家族が引き裂かれる出来事には弱いのだ。
「子供が生まれても親には一度も抱かせてももらえないらしい」
「それ、ひどくねえか?」
「穢れからちょっとでも遠ざけたいんだろうな」
「かわいそ過ぎんだろうがよ!」
ベルが憤慨して言う。
「そういう国だからな、単にかわいそうって言うのも違うと思うぞ? 自分の子供が唯一絶対の神になるんだ、誇らしくもあるだろうよ」
「それにしたってよ……」
まだ何か言いたそうにするがうまく言葉にできない。
「そんな親が唯一、子供にしてやれることがある、それが『真名』だ」
「なんだよ、そのまな、ってのは」
「名前だな。名前をつけてやることができる」
「大層な言い方だなあ、親が子供に名前をつけてやるなんて普通だろうによ」
「まあな」
トーヤも認める。
「その決めた名前をな、神殿に預けるんだそうだ。そしてマユリアが人間に戻る時にそれを受け取り、親がつけてくれた自分の名前を知ると人間に戻る」
「なんだよそれ、そんだけで人間に戻るとかって、なんだよ、なんだよそれ」
ベルの質問をアランが制する。
「名前はな、ある種の魔法なんだよ。名付けることで名付けた相手を縛ることもできる。聞いたことねえか?」
「ねえな」
「おまえは本当に何も知らねえなあ」
アランが妹に呆れたように言う。
「知るかよ、そんなの」
「まあ知らねえなら教えといてやるよ。名前ってのはな、そんだけ大事なもんなんだよ、こっちでもな」
「わっかんねえなあ、名前は単に名前だろうが」
「理由とかは俺も知らねえから聞くな。単純に名前は大事だとだけ覚えとけ」
「わかったよ」
ベルが不服そうにアランに言う。
「その名前を受け取らない限りマユリアはマユリアのままなんだな? マユリアも一時的に2人になるわけか?」
「いや、それはない。シャンタルの場合は1日だけ2人になるが、マユリアは受け渡しが終わったらすぐに名前をもらって人に戻るそうだ」
「もらわないとどうなるんだ?」
「俺もそこまでは知らんが、今のマユリアがちょっと形は違うが結果的に受け取ってないと思うから、そのままになるんじゃねえのか?」
「ふうむ……」
アランが左手で右手の肘を受け、右手であごをさすりながら考える。
「ってことは、うちのシャンタルもそれを知ったら人間に戻るのか?」
「そこも分からねえんだよなあ」
トーヤがためいきをつく。
「そういう前例がないんだとよ。だから、一度マユリアになってでないと人間に戻れねえのか、それとも名前を知ったら戻るのか分からん」
「面倒だな」
「ああ、そうだな」
「もしかして、シャンタルがシャンタルなままなのもそのせいか?」
「鋭いな、さすがアラン」
トーヤが感心したように言うとまたベルがぶうぶう文句を言った。
「わかんねーよ、わけわかんねーなんでだよーよー」
「うるせえなあ、説明してやるから大人しくしとけ」
「とっととしてくれよな」
兄に言われ、ぶうぶう言いながら説明を聞く。
「俺だったらな、こんな目立つやつを連れて国に戻るなら見た目や名前を変える、分からんようにな。もしもシャンタリオの人間とかがこっちでたまたまシャンタルを見かけてみろ、名前を耳にしてみろ、あれ? って思わねえか?」
「そうか、そうだよな、シャンタルめちゃくちゃ目立つもんな」
うんうんと頭を振りながらベルが納得する。
「だろ? 隠すんなら適当な名前をつけて髪も短く切るとか染めるとかして外観も変える。そんで男らしい格好させてみろ、そんだけでもう誰もこのシャンタルがあのシャンタルとは思わんだろう」
「そうか、なるほどな」
「だがな、適当な名前をつけてみてもしもそれがシャンタルの真名だったら?」
「あ、人間に戻っちまうのかも知れねえのか」
「そうだ」
トーヤもうなずく。
「俺も適当になんか呼び名でもつけてやろうかとも思ったんだがそう言われててな。まさかそんな偶然あるわけないとも思ったんだが、そもそもがそれまでのことが全部そんなことあるわけないの連続だろ? そんでどうしても思い切れなかったんだよ」
「それは生まれる前にシャンタルが託宣で選ぶんだろ?」
「そうだ。つまりそれは?」
「親から赤ん坊を取り上げる、ってことか」
アランが言う。
「そういうことだ」
「かわいそうだな……」
ベルが胸の前でキュッと右手を握り、下を向いてぼそっと言った。
「大体二十年、大事な子供を取り上げられるわけだから、まあかわいそうと言えるだろうな。その代わり次代様の親には結構な金が渡されるんだ、子供が戻ってくるまで毎年な。子供が戻ってきてもその子が生きてる限りずっとな。一生金の心配をする必要はねえ。だから、貧乏人なんかは自分が親御様になれねえかなって交代の時を楽しみにしてるやつもいるらしい」
「そりゃまあ金でしか贖えねえんだろうが、うーん、なんて考えりゃいいんだろうなあ」
アランもベルも幼い時に家族を戦争に奪われた。それゆえに家族が引き裂かれる出来事には弱いのだ。
「子供が生まれても親には一度も抱かせてももらえないらしい」
「それ、ひどくねえか?」
「穢れからちょっとでも遠ざけたいんだろうな」
「かわいそ過ぎんだろうがよ!」
ベルが憤慨して言う。
「そういう国だからな、単にかわいそうって言うのも違うと思うぞ? 自分の子供が唯一絶対の神になるんだ、誇らしくもあるだろうよ」
「それにしたってよ……」
まだ何か言いたそうにするがうまく言葉にできない。
「そんな親が唯一、子供にしてやれることがある、それが『真名』だ」
「なんだよ、そのまな、ってのは」
「名前だな。名前をつけてやることができる」
「大層な言い方だなあ、親が子供に名前をつけてやるなんて普通だろうによ」
「まあな」
トーヤも認める。
「その決めた名前をな、神殿に預けるんだそうだ。そしてマユリアが人間に戻る時にそれを受け取り、親がつけてくれた自分の名前を知ると人間に戻る」
「なんだよそれ、そんだけで人間に戻るとかって、なんだよ、なんだよそれ」
ベルの質問をアランが制する。
「名前はな、ある種の魔法なんだよ。名付けることで名付けた相手を縛ることもできる。聞いたことねえか?」
「ねえな」
「おまえは本当に何も知らねえなあ」
アランが妹に呆れたように言う。
「知るかよ、そんなの」
「まあ知らねえなら教えといてやるよ。名前ってのはな、そんだけ大事なもんなんだよ、こっちでもな」
「わっかんねえなあ、名前は単に名前だろうが」
「理由とかは俺も知らねえから聞くな。単純に名前は大事だとだけ覚えとけ」
「わかったよ」
ベルが不服そうにアランに言う。
「その名前を受け取らない限りマユリアはマユリアのままなんだな? マユリアも一時的に2人になるわけか?」
「いや、それはない。シャンタルの場合は1日だけ2人になるが、マユリアは受け渡しが終わったらすぐに名前をもらって人に戻るそうだ」
「もらわないとどうなるんだ?」
「俺もそこまでは知らんが、今のマユリアがちょっと形は違うが結果的に受け取ってないと思うから、そのままになるんじゃねえのか?」
「ふうむ……」
アランが左手で右手の肘を受け、右手であごをさすりながら考える。
「ってことは、うちのシャンタルもそれを知ったら人間に戻るのか?」
「そこも分からねえんだよなあ」
トーヤがためいきをつく。
「そういう前例がないんだとよ。だから、一度マユリアになってでないと人間に戻れねえのか、それとも名前を知ったら戻るのか分からん」
「面倒だな」
「ああ、そうだな」
「もしかして、シャンタルがシャンタルなままなのもそのせいか?」
「鋭いな、さすがアラン」
トーヤが感心したように言うとまたベルがぶうぶう文句を言った。
「わかんねーよ、わけわかんねーなんでだよーよー」
「うるせえなあ、説明してやるから大人しくしとけ」
「とっととしてくれよな」
兄に言われ、ぶうぶう言いながら説明を聞く。
「俺だったらな、こんな目立つやつを連れて国に戻るなら見た目や名前を変える、分からんようにな。もしもシャンタリオの人間とかがこっちでたまたまシャンタルを見かけてみろ、名前を耳にしてみろ、あれ? って思わねえか?」
「そうか、そうだよな、シャンタルめちゃくちゃ目立つもんな」
うんうんと頭を振りながらベルが納得する。
「だろ? 隠すんなら適当な名前をつけて髪も短く切るとか染めるとかして外観も変える。そんで男らしい格好させてみろ、そんだけでもう誰もこのシャンタルがあのシャンタルとは思わんだろう」
「そうか、なるほどな」
「だがな、適当な名前をつけてみてもしもそれがシャンタルの真名だったら?」
「あ、人間に戻っちまうのかも知れねえのか」
「そうだ」
トーヤもうなずく。
「俺も適当になんか呼び名でもつけてやろうかとも思ったんだがそう言われててな。まさかそんな偶然あるわけないとも思ったんだが、そもそもがそれまでのことが全部そんなことあるわけないの連続だろ? そんでどうしても思い切れなかったんだよ」
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