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第一章 第二節 カースへ
15 復路
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「カースに行って本当によかったですね」
帰り道の馬車の中でミーヤがにこにこして言った。
「そうだな」
「楽しそうにしてらっしゃったので私もお供した甲斐がありました。その上に聖域まで案内していただいて身に余る光栄です」
「あんたも楽しそうでよかったよ」
「はい、楽しかったです」
ミーヤが屈託なくにこにこしてるのを見るとトーヤもなんとなくうれしくなった。だが自分があの村に行ったのは楽しくするためではないことは忘れてはいない。まだ他にもやっておかないといけないことがある。
「あ~そういや、ダルが遊びに来る話だけどよ」
「はい」
「俺、あいつに剣を教える約束してんだよ」
「剣、ですか?」
ミーヤが首を傾げる。
「そうだ」
「でもなぜ剣を……」
「あいつさ、ひょろっこいだろ?」
「ああ、ええ、漁師にしては少し華奢でいらっしゃいますね」
「そんで筋肉をつけたいっつーもんだからな、じゃあ剣を教えてやるよって話になった」
「漁師の鍛錬に剣をですか?」
「自分でも色々やってるらしいんだが、それがなかなか効果がないんだそうだ。だから、だったらやっとうでもやったら体力もつくんじゃないかって話になった」
「そういうものなのですか?」
「剣の動きってのは全身使うしな。それに単純に訓練するより友達と楽しく撃ち合ってた方が続かねえか?」
「言われてみれば、気分が変わればまた身が入ると言うこともありますね」
「だろ?いい考えだろ?」
トーヤがうれしそうに身を乗り出す。
「まあ結局のところ、俺はなんだかんだ言ってもそのぐらいしか教えてやれることもねえしな。だからな、剣が欲しいんだ。いや、本物じゃなくていいんだよ、最初からそんなもん素人に危なくて持たせられねえしな。刃をつぶしてある模擬刀とか、う~ん、木を削ったやつでも構わねえかな。いやあ、ダルのやつは細っこいからなあ、いっそそのへんの木の枝からでも始めた方が……でもなあ、木の枝は折れたら逆に危ねえ場合もあるし、う~ん、どうしたら……」
トーヤが頭を抱えて色々考えている様子を見て、ミーヤがころころと笑った。
「なんだよ」
「いえ、楽しそうだな、と」
夏の真昼に心地よい風が頬を過ぎるような、そんな笑顔だった。トーヤは思わず顔を反らした。
自分はこれからミーヤのことも利用するために色々な言葉を重ねる。それがなんだかひどく苦痛に思えた。
(それでも、このクソみてえな状況を打開するにはやるしかねえんだ)
そう自分に言い聞かせる。
「あは、はははは、そうか?」
「ええ」
「あ、それと聞きたいことがあるんだが」
「はい、なんでしょう?」
「衛士とか、あんたらみたいな侍女ってどうやってなるんだ?」
「え?」
「いや、ダルにな、剣の素質があるなら衛士や憲兵なんかやってみたらどうだって話の流れで言っちまったんだが、それってできることなのかと思ってな」
「それは、可能かと思いますが……」
「できるのか、どうやってなるんだ?」
「ダルさんは衛士や憲兵になりたいとおっしゃってるんですか?」
「いや、それはまあ、そうとは言ってねえが」
「そうですか」
ミーヤは少し考えるようにしてから口を開いた。
「私の場合は宮からの募集があったからです」
「そうなのか」
「はい、故郷の神殿から行ってみるかと聞かれて王都に来て、そうして侍女になることができました」
「へえ、すごいな」
「すごいかどうかは分かりませんが、運がよかったのだと思います」
「へえ、だったら衛士や憲兵もそういうもんなのか?」
「さあ、そのあたりはあまり詳しくないもので……ルギに聞いてみたら分かるかも知れません。ついでに模擬刀のことも聞いてみてはどうでしょうか?」
「おいおいおいおい……俺、あいつ苦手なんだよなあ……」
「まあ」
ミーヤがプッと笑った。
「笑うこたねえだろ」
「いえ、やっぱり子どもみたいな方だなと」
「苦手なもんは苦手だからな」
トーヤがぷいっと窓の外を見た。
馬車は東へ走る。トーヤから見て左手に海が見えた。今は海を見るとどこかに逃げ道がないかと探してしまうのは仕方がない。
「穏やかですね」
「え?」
「海です」
ああ、ミーヤにはそう見えるんだな。
目の前に座る人が、手を伸ばせばすぐに届くところにいる人が、えらく遠くに感じられた。
一つの馬車の中にいてもその意味は全然違う。
一体、自分はなんのためにここにいるのか、なんのために呼ばれたのか、何をやらされるのか。
また改めて固まらない足元を実感した。
「衛士になりたいのですか?」
「え?」
トーヤが物思いにふけっているとミーヤが聞いてきた。
「なんでだ?」
「いえ、なんとなくそういう気がしたもので」
「なるほどな、そういう手もあるか……」
「え?」
それも悪くない、そう思った。だが……
「あんた、俺が衛士になれるって本当に思うか?」
「え?」
ミーヤがとまどう。
「前も言ったけど、俺は自分がなんのためにここにいるのかすら分かんねえんだよ」
「おっしゃってましたね……」
「正直、いつまた突然この国からおっぽり出されるかすら分からん」
「そんな」
「いや、マジだぜ?いつまたご託宣たら言うのが出てこっから出て行けって言い出すかも分かんねえ。その前に何かをやらされるらしいが、それすらなんだか全く分からねえときたもんだ」
「それは……」
ミーヤも言葉をなくす。
「ダルにも言ったんだがな、いつまでいられるか分からねえ、だからできるだけ早くにできるだけのことを教えてやるつもりだ。今はそれぐらいしかやれることもねえしな」
ミーヤは黙ったままだ。
「ってか、本当に何をやらせたいんだよ、俺に……」
こんな事を言うつもりではなかった。
これから自分はダルにやったように、自分の都合のいいようにミーヤを動かせるように、あれやこれやと小さな罠を張り巡らせるはずだったのだ。
なのに、なぜか本音がこぼれる。
「全く頭にくる。なんなんだよ、この状況は。なんでこんなことになってんだよ……」
帰り道の馬車の中でミーヤがにこにこして言った。
「そうだな」
「楽しそうにしてらっしゃったので私もお供した甲斐がありました。その上に聖域まで案内していただいて身に余る光栄です」
「あんたも楽しそうでよかったよ」
「はい、楽しかったです」
ミーヤが屈託なくにこにこしてるのを見るとトーヤもなんとなくうれしくなった。だが自分があの村に行ったのは楽しくするためではないことは忘れてはいない。まだ他にもやっておかないといけないことがある。
「あ~そういや、ダルが遊びに来る話だけどよ」
「はい」
「俺、あいつに剣を教える約束してんだよ」
「剣、ですか?」
ミーヤが首を傾げる。
「そうだ」
「でもなぜ剣を……」
「あいつさ、ひょろっこいだろ?」
「ああ、ええ、漁師にしては少し華奢でいらっしゃいますね」
「そんで筋肉をつけたいっつーもんだからな、じゃあ剣を教えてやるよって話になった」
「漁師の鍛錬に剣をですか?」
「自分でも色々やってるらしいんだが、それがなかなか効果がないんだそうだ。だから、だったらやっとうでもやったら体力もつくんじゃないかって話になった」
「そういうものなのですか?」
「剣の動きってのは全身使うしな。それに単純に訓練するより友達と楽しく撃ち合ってた方が続かねえか?」
「言われてみれば、気分が変わればまた身が入ると言うこともありますね」
「だろ?いい考えだろ?」
トーヤがうれしそうに身を乗り出す。
「まあ結局のところ、俺はなんだかんだ言ってもそのぐらいしか教えてやれることもねえしな。だからな、剣が欲しいんだ。いや、本物じゃなくていいんだよ、最初からそんなもん素人に危なくて持たせられねえしな。刃をつぶしてある模擬刀とか、う~ん、木を削ったやつでも構わねえかな。いやあ、ダルのやつは細っこいからなあ、いっそそのへんの木の枝からでも始めた方が……でもなあ、木の枝は折れたら逆に危ねえ場合もあるし、う~ん、どうしたら……」
トーヤが頭を抱えて色々考えている様子を見て、ミーヤがころころと笑った。
「なんだよ」
「いえ、楽しそうだな、と」
夏の真昼に心地よい風が頬を過ぎるような、そんな笑顔だった。トーヤは思わず顔を反らした。
自分はこれからミーヤのことも利用するために色々な言葉を重ねる。それがなんだかひどく苦痛に思えた。
(それでも、このクソみてえな状況を打開するにはやるしかねえんだ)
そう自分に言い聞かせる。
「あは、はははは、そうか?」
「ええ」
「あ、それと聞きたいことがあるんだが」
「はい、なんでしょう?」
「衛士とか、あんたらみたいな侍女ってどうやってなるんだ?」
「え?」
「いや、ダルにな、剣の素質があるなら衛士や憲兵なんかやってみたらどうだって話の流れで言っちまったんだが、それってできることなのかと思ってな」
「それは、可能かと思いますが……」
「できるのか、どうやってなるんだ?」
「ダルさんは衛士や憲兵になりたいとおっしゃってるんですか?」
「いや、それはまあ、そうとは言ってねえが」
「そうですか」
ミーヤは少し考えるようにしてから口を開いた。
「私の場合は宮からの募集があったからです」
「そうなのか」
「はい、故郷の神殿から行ってみるかと聞かれて王都に来て、そうして侍女になることができました」
「へえ、すごいな」
「すごいかどうかは分かりませんが、運がよかったのだと思います」
「へえ、だったら衛士や憲兵もそういうもんなのか?」
「さあ、そのあたりはあまり詳しくないもので……ルギに聞いてみたら分かるかも知れません。ついでに模擬刀のことも聞いてみてはどうでしょうか?」
「おいおいおいおい……俺、あいつ苦手なんだよなあ……」
「まあ」
ミーヤがプッと笑った。
「笑うこたねえだろ」
「いえ、やっぱり子どもみたいな方だなと」
「苦手なもんは苦手だからな」
トーヤがぷいっと窓の外を見た。
馬車は東へ走る。トーヤから見て左手に海が見えた。今は海を見るとどこかに逃げ道がないかと探してしまうのは仕方がない。
「穏やかですね」
「え?」
「海です」
ああ、ミーヤにはそう見えるんだな。
目の前に座る人が、手を伸ばせばすぐに届くところにいる人が、えらく遠くに感じられた。
一つの馬車の中にいてもその意味は全然違う。
一体、自分はなんのためにここにいるのか、なんのために呼ばれたのか、何をやらされるのか。
また改めて固まらない足元を実感した。
「衛士になりたいのですか?」
「え?」
トーヤが物思いにふけっているとミーヤが聞いてきた。
「なんでだ?」
「いえ、なんとなくそういう気がしたもので」
「なるほどな、そういう手もあるか……」
「え?」
それも悪くない、そう思った。だが……
「あんた、俺が衛士になれるって本当に思うか?」
「え?」
ミーヤがとまどう。
「前も言ったけど、俺は自分がなんのためにここにいるのかすら分かんねえんだよ」
「おっしゃってましたね……」
「正直、いつまた突然この国からおっぽり出されるかすら分からん」
「そんな」
「いや、マジだぜ?いつまたご託宣たら言うのが出てこっから出て行けって言い出すかも分かんねえ。その前に何かをやらされるらしいが、それすらなんだか全く分からねえときたもんだ」
「それは……」
ミーヤも言葉をなくす。
「ダルにも言ったんだがな、いつまでいられるか分からねえ、だからできるだけ早くにできるだけのことを教えてやるつもりだ。今はそれぐらいしかやれることもねえしな」
ミーヤは黙ったままだ。
「ってか、本当に何をやらせたいんだよ、俺に……」
こんな事を言うつもりではなかった。
これから自分はダルにやったように、自分の都合のいいようにミーヤを動かせるように、あれやこれやと小さな罠を張り巡らせるはずだったのだ。
なのに、なぜか本音がこぼれる。
「全く頭にくる。なんなんだよ、この状況は。なんでこんなことになってんだよ……」
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