上 下
36 / 353
第一章 第二節 カースへ

13 マユリアの海へ

しおりを挟む
 その夜はそこまで話を進めて後はぐっすりと眠った。そして翌日、ミーヤと村長にマユリアの海を見たいとトーヤは伝えた。

「マユリアの海へですか?どうしてですか?」

 ミーヤは純粋に不思議そうに尋ねた。

「なんでって、そういうのがあったら見たいと思わないか?」
「好奇心からですか?」
「まあ、それもあるな」

 トーヤはあまりミーヤの気持ちを損ねないように気をつけて答えた。
 何しろこの国ではシャンタルとマユリアは絶対の存在だ、その神聖なものをおとしめるような印象を与えるのは得策ではない。

「それもって、じゃあ他には?」
「神聖な地なんだろ?」
「それはそうです」
「だったらなんて言うのかな、なんて説明したらいいのかいいのかむずかしいんだがな、気持ちの問題だ」
「気持ちの?」
「そうだ」

 トーヤは昨日から考えていた理由を語る。

「昨日墓参りをしただろ?」
「いたしました」
「31人、俺以外の仲間はみんな死んじまった。だけど俺は生き残った」
「そうでしたね……」
「不思議じゃねえか?」
「それは、言われてみればそうですが……」
「多分、運がよかったんだよな。だけどそれだけじゃねえ気がする」

 トーヤはほおっとため息を一つつくと、少し間を置いてからあらためてと言う風に話を続けた。

「守られた、って気がするんだよなあ……」
「守られた、ですか」
「そうだ。何にかは分からねえが守られたから、だから今、こうして生きてここにいるんじゃねえかって気がしねえこともないんだよなあ」

 漁師や船乗りというものは迷信めいしん深いものだ。子供の頃から厳しい現実の中で生きてきたトーヤには時に馬鹿馬鹿しいと思うようなことも大事にしていることを見て知っていた。その気持ちになってみると都合のいい理由を考えられた。

「船に乗ってるだろ?そしたらな、不思議なことも結構あるんだよ。なんでか分からねえが助かった、的な、な。今回もそうだった。何かが守ってくれたんだよなあ、それって」
「そうなのかも知れませんね……」
「その何かにマユリアの海で眠ってるマユリアが関係ないことないのかもなと思ったら行ってみたい、ちょこっと礼が言ってみたいって気持ちにもなってきたんだ」
「そうなのですか」

 ミーヤが感じ入ったように言う。

「あんたは行ったことあるのか、マユリアの海?」
「いえ、私は行ったことがございません」
「だったらさ、一緒に行かないか?」
「私もですか?それは、あなたが行かれるのなら付き添いとして参りますが……」
「一緒にさ、礼を言ってくれねえか?それにあんただってマユリアに会ってみたくはないか?」
「それは……」

 よし、もうひと押し。

 トーヤは最後の仕上げにかかる。

「俺はさ、ここのカースの海岸に打ち上げられただろ?ってことは、マユリアの海の沖を通ってきてるんだよ、多分だけどさ」
「そうですね、おそらくは」
「ってことはだ、その時になんでか知らねえがマユリアが助けてくれたんじゃないのかってな、なんだかそんな気がするんだよ。なんで俺みたいなのを助けたか分からねえが、多分あんたの故郷の木みたいに俺にもなんか役割があるんだろうな。行ってみたらそのへん、何か感じるものがあるんじゃねえか、とも思った」
「そうなのですか……」

 ミーヤはいましばらく何かを考えていたようだが、気持ちを決めるように村長に尋ねた。

「行ってみても構いませんか?」
「それはもう、もちろん。おそらくマユリアのお気持ちがトーヤ様を助けてカースの海岸に届けてくださったのでしょう、私もそういう気がいたします」

 深々と村長が頭を下げる。

「分かりました、では参りましょうマユリアの海へ。予定よりこちらを出発するのが遅れますが、それでも夕方までには宮に帰れるでしょうし」
「ああ、感謝する」

 こうして一行はダルの案内でマユリアの海を尋ねることになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

処理中です...