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第一章 第二節 カースへ
3 馬車のニ人
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ミーヤの説明によると、今回の世話役拝命は大抜擢のようなものだったらしい。本来なら、まだまだミーヤはマユリアに直接何かを命じられる役割にはいなかった、それが突然カース行きへ同行を命じられたばかりでなく、発見されたトーヤの世話役まで命じられたのだ。
「正直、うろたえました……」
ミーヤは下を向いたまま、右手の親指で左手の親指の爪をこすりながら言う。
「どうして私なのか、本当にいいのだろうか、ずっとそう思って緊張しておりました。もしもこの方が意識を取り戻さなかったらどうしよう、そう思ってお世話をしておりました。ですからあなたが目を覚まされた時、本当によかったとほっといたしました。でもどこかで自分にはやれるのだと肩肘張って、意固地になっていたようにも思います。もしかしたらそんな思いがあなたを怒らせてしまったのかも知れませんね。やっと分かったような気がします」
「おいおい、怒らせたって、何を?」
驚いてトーヤが聞くとミーヤはなお一層うつむいた。
「だって、怒らせてしまったからあんな……」
「あ、ああーあれか、いや、あれは違う、あれはあんたが悪いんじゃねえよ!」
トーヤは自分がやらかしたことを思い出して慌てた。
「あれは、俺が八つ当たりしただけだ」
「八つ当たり?」
「ああ」
「八つ当たりって一体何を……」
「う~ん……」
トーヤはどう説明したものかと腕を組んで天を仰いだ。
「俺は、頭がよくないからどう言えばいいのかちょっとよく分からん。だからこういうことかもと思ってもらえたらありがたいんだがな。まあ自分に腹が立ったんだ」
「……ご自分に?」
「俺は助けられてからずっとあんたたちの世話になって、それはすごく快適だった」
「それは、そう言っていただけると光栄です」
「何しろ今までの人生であそこまでちやほやされたことはなかったからな。故郷にいた頃はそれなりに周囲に人もいて、天涯孤独のガキを一人で生きていけるようにしてくれたのはそいつらだった。だからまあ、それなりに恵まれてきたとは思ってるが、それでもあそこまのでことはさすがになかった、っつーかあれだけのこと普通の生活をしてる人間にはまあできねえ、そうだろ?」
「はい」
「だけどな、助けられてたって分かってる一方で一人生きてきたってプライドもあるんだよ。運良くそうなるまで手助けしてもらったが立てるようになったらいつでも自分で立ってた。それが、あまりに心地よくて甘えてた自分に気がついたんだ。病気をしようがケガをしようがいつでも自分で立って自分で考えてた。それがどうだ?ちょっと豪華なお部屋でお世話してもらったら、それがもう気持ちよくてな。なーんもせずなーんも考えずこのままずっとここにいたいもんだと思っちまった」
「それは、命を落としかけて体調もよくなかったことですし」
「そこなんだよなあ」
トーヤは頭をかいた。
「具合が悪いったってもうとっくに自分で動いてどうのこうのできるぐらいには戻ってたのに、甘えてたんだよな。ずーっとこのままぬるま湯に浸かっていたいってな。元気になったって言ったらそんなら出ていけって追い出されるんじゃねえか、とも思わんでもなかったしな」
「そんなことはいたしません。それに、あれだけのことがあった後です、多少そんなことを考えたとしても特に問題があるとは思えませんが……」
「あるんだよ、プライドの問題なんだよ」
さすがにシャンタル信者を見てそう思ったとは言えなかったが、なんとかそれでも伝えようとトーヤは言葉を探した。
「いつもの俺だったらな、ケガが治ってなくても痛くてももう剣を握って立って戦ってた」
「剣って……」
「俺な、傭兵やってんだよ」
「え、船乗りではなかったのですか?」
「船にも乗ってたが、それはまあ、言わば用心棒みたいなもんだ」
「そうだったんですか……でも言われてみればその方がぴったりかも知れませんね。海の旅は危ないと聞きます。海賊も出るそうですし、そういう方がご一緒でも不思議はありませんね……」
トーヤはぎくりとしたが、そこは聞かないふりで流すことにした。
「生まれたのが港町だしな、海には慣れてたからそういうわけで船に乗ることもあったが、本来は傭兵なんだよ。だからケガが痛えの熱があるの、そんなこと言ってたら戦場じゃあっという間におだぶつだ。だからいつもギリギリのところで生きてきたんだよ。それが、あったかいお布団とべっぴんさんのお世話で堕落してたって気がついて、それで頭にきたんだよなあ」
トーヤの言葉にミーヤは少し恥ずかしそうに下を向いたまま返事をしなかった。
「そんでな、なんでそういうことになってるのかと考えて思い出したのがシャンタルの託宣ってやつだ。結局はそう言われてここに連れて来られたからこうなってるんじゃねえのか?ってな。だから用事があって呼んだんならとっととそれを教えろよと思った。助けられた借りを返せと言うのなら返してやろうじゃないか、一方的に借りを作ったままにされるのは好きじゃねえんだよ。だからシャンタルとマユリアに会わせろと言ったら会えねえときやがる、それでカッとしてつい、な……」
トーヤは姿勢を正し、足を揃えて両手を膝に添えるとミーヤに正面から向かい合って座り直した。
「あの時のこと、まだちゃんと謝ってなかったよな……すまなかった、許してくれとは言えねえが、申し訳なかったと思ってる」
そう言ってトーヤは深々と頭を下げた。
「頭を上げてください!」
慌ててミーヤがそう言う。
「すまなかった」
トーヤは言われても頭を上げない。
「分かりました、許します、許しますから顔を上げてください」
「ほんとか?」
「分かりましたから」
「そうか、すまんな」
トーヤはちゃっかりと顔を上げて姿勢を崩すと、
「いやあ、よかったよかった」
そう言った。
「もう本当にあなたと言う方は……負けました、もう……」
呆れたようにそう言うとミーヤがつられたように吹き出した。
「正直、うろたえました……」
ミーヤは下を向いたまま、右手の親指で左手の親指の爪をこすりながら言う。
「どうして私なのか、本当にいいのだろうか、ずっとそう思って緊張しておりました。もしもこの方が意識を取り戻さなかったらどうしよう、そう思ってお世話をしておりました。ですからあなたが目を覚まされた時、本当によかったとほっといたしました。でもどこかで自分にはやれるのだと肩肘張って、意固地になっていたようにも思います。もしかしたらそんな思いがあなたを怒らせてしまったのかも知れませんね。やっと分かったような気がします」
「おいおい、怒らせたって、何を?」
驚いてトーヤが聞くとミーヤはなお一層うつむいた。
「だって、怒らせてしまったからあんな……」
「あ、ああーあれか、いや、あれは違う、あれはあんたが悪いんじゃねえよ!」
トーヤは自分がやらかしたことを思い出して慌てた。
「あれは、俺が八つ当たりしただけだ」
「八つ当たり?」
「ああ」
「八つ当たりって一体何を……」
「う~ん……」
トーヤはどう説明したものかと腕を組んで天を仰いだ。
「俺は、頭がよくないからどう言えばいいのかちょっとよく分からん。だからこういうことかもと思ってもらえたらありがたいんだがな。まあ自分に腹が立ったんだ」
「……ご自分に?」
「俺は助けられてからずっとあんたたちの世話になって、それはすごく快適だった」
「それは、そう言っていただけると光栄です」
「何しろ今までの人生であそこまでちやほやされたことはなかったからな。故郷にいた頃はそれなりに周囲に人もいて、天涯孤独のガキを一人で生きていけるようにしてくれたのはそいつらだった。だからまあ、それなりに恵まれてきたとは思ってるが、それでもあそこまのでことはさすがになかった、っつーかあれだけのこと普通の生活をしてる人間にはまあできねえ、そうだろ?」
「はい」
「だけどな、助けられてたって分かってる一方で一人生きてきたってプライドもあるんだよ。運良くそうなるまで手助けしてもらったが立てるようになったらいつでも自分で立ってた。それが、あまりに心地よくて甘えてた自分に気がついたんだ。病気をしようがケガをしようがいつでも自分で立って自分で考えてた。それがどうだ?ちょっと豪華なお部屋でお世話してもらったら、それがもう気持ちよくてな。なーんもせずなーんも考えずこのままずっとここにいたいもんだと思っちまった」
「それは、命を落としかけて体調もよくなかったことですし」
「そこなんだよなあ」
トーヤは頭をかいた。
「具合が悪いったってもうとっくに自分で動いてどうのこうのできるぐらいには戻ってたのに、甘えてたんだよな。ずーっとこのままぬるま湯に浸かっていたいってな。元気になったって言ったらそんなら出ていけって追い出されるんじゃねえか、とも思わんでもなかったしな」
「そんなことはいたしません。それに、あれだけのことがあった後です、多少そんなことを考えたとしても特に問題があるとは思えませんが……」
「あるんだよ、プライドの問題なんだよ」
さすがにシャンタル信者を見てそう思ったとは言えなかったが、なんとかそれでも伝えようとトーヤは言葉を探した。
「いつもの俺だったらな、ケガが治ってなくても痛くてももう剣を握って立って戦ってた」
「剣って……」
「俺な、傭兵やってんだよ」
「え、船乗りではなかったのですか?」
「船にも乗ってたが、それはまあ、言わば用心棒みたいなもんだ」
「そうだったんですか……でも言われてみればその方がぴったりかも知れませんね。海の旅は危ないと聞きます。海賊も出るそうですし、そういう方がご一緒でも不思議はありませんね……」
トーヤはぎくりとしたが、そこは聞かないふりで流すことにした。
「生まれたのが港町だしな、海には慣れてたからそういうわけで船に乗ることもあったが、本来は傭兵なんだよ。だからケガが痛えの熱があるの、そんなこと言ってたら戦場じゃあっという間におだぶつだ。だからいつもギリギリのところで生きてきたんだよ。それが、あったかいお布団とべっぴんさんのお世話で堕落してたって気がついて、それで頭にきたんだよなあ」
トーヤの言葉にミーヤは少し恥ずかしそうに下を向いたまま返事をしなかった。
「そんでな、なんでそういうことになってるのかと考えて思い出したのがシャンタルの託宣ってやつだ。結局はそう言われてここに連れて来られたからこうなってるんじゃねえのか?ってな。だから用事があって呼んだんならとっととそれを教えろよと思った。助けられた借りを返せと言うのなら返してやろうじゃないか、一方的に借りを作ったままにされるのは好きじゃねえんだよ。だからシャンタルとマユリアに会わせろと言ったら会えねえときやがる、それでカッとしてつい、な……」
トーヤは姿勢を正し、足を揃えて両手を膝に添えるとミーヤに正面から向かい合って座り直した。
「あの時のこと、まだちゃんと謝ってなかったよな……すまなかった、許してくれとは言えねえが、申し訳なかったと思ってる」
そう言ってトーヤは深々と頭を下げた。
「頭を上げてください!」
慌ててミーヤがそう言う。
「すまなかった」
トーヤは言われても頭を上げない。
「分かりました、許します、許しますから顔を上げてください」
「ほんとか?」
「分かりましたから」
「そうか、すまんな」
トーヤはちゃっかりと顔を上げて姿勢を崩すと、
「いやあ、よかったよかった」
そう言った。
「もう本当にあなたと言う方は……負けました、もう……」
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