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第一章 第一節 シャンタリオへ

17 天女

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「よく見たらさ、すげえいい女なんだよな、マユリア」
「いきなりなんだよそれ!」
「いや、マジでな、今まで見た中で一番のべっぴんだった」
「なんだよ急にそれよお。初めて見たんじゃないのに今更かよ!」
「ほんとだぜ、俺もびっくりしたわ」

 兄妹きょうだいの言葉にトーヤはハハッと笑った。

「まあそう言うなって。初めて会った時は目が覚めたばっかりで何がなんだかわからんうちに一瞬のことだったし、バルコニーで見た時には初めて見たこいつ」

 と、シャンタルにあごをしゃくった。

「ばっかりに目がいってたしな。まともにじっくり見たのはこの時が初めてみたいなもんだ」
「にしてもよお、部屋に入ってカーテンめくられた時に分かるだろうによ」
「その時も目の前のクソガキにしか目がいってなかったな」
「だーめだなこいつ、酒も飲めねえ上に女の値打ちも分からねえときてらーガキだなトーヤ」

 トーヤがベルにチョップをかます。

「いってえな」
「うるせえよ」

 シャンタルが声をあげて笑った。

「あ、それともあれか?」
「あ、なんだよ?」
「トーヤの好みじゃなかったんだな、マユリア」
「あ?」
「どっちかってとトーヤの好みはきれい系よりかわいい系だからな、かわいいミーヤさんに目がいってたんだよな、最初に会った時も」

 トーヤがぐっと言葉につまった。

図星ずぼし、だな……」

 アランがケタケタと笑った。

「おまえらなあ……」

 トーヤがはあっと大きくため息をついた。

「まあいい、今はそんなことどうでもいい。話の続きだ」

 ニヤニヤしている兄妹、そしてこちらも小さく笑うシャンタルを無視するようにトーヤは話を続けた。





 トーヤが半歩後退あとじさるようにして、それでも負けないように目を合わしたままマユリアをにらみつける。
 マユリアは静かにじっと目をそらさずにトーヤを見つめ続けた。

 マユリアは美しかった。

 初めて見た時もバルコニーで見た時も、まとめてシニヨンのようにしていた髪を今日はとき流していた。
 その髪がゆるやかに縁取ふちどる顔の肌はなめらかでシミ一つなく、中から光を放っているようだった。

 形の良い眉、その下のやはり非の打ち所のない整った黒い瞳がこれ以上の配置はない場所に並べられ、完璧な鼻梁びりょうもその下の紅をさしていなくても輝くようなくちびるも、人と同じ形をしていながら人とは違う。

 まるで、天上から遣わされた……





天女てんにょみたいだったなあ」
「そこまでかよ!ミーヤさんの方が好みのくせして!」
「やかましい」
「そこまでの美人ってどんなのかねえ、見てみてえよな」
「兄貴まで」

 ベルが呆れたように大きく目を見開いた。

「……男ってのは本当になあ」
「もうありゃ男がどうってのじゃねえな、何しろ人じゃねえみたいだったからな」
「そこまでのべっぴんに気づいてなかったトーヤってやっぱり……」

 もう一度トーヤがベルにチョップをかます。

「ってえー」
「おまえもこりねえよな、やられるの分かっててよ」
「兄貴―」
「まあ、そんでその天女がどうしたんだ」

 ベルの泣き言を無視してアランが尋ね、トーヤが話を続ける。





「なんだよ!」
 
 一瞬とは言えひるんだ事実に気づき、トーヤはカッとなった。

「あんたらなんか用があって俺を呼んだんじゃねえのかよ!だらだらだらだらほったらかしやがってよ、用があるならとっとと言えよ、ええっ!」
「申し訳ございません!!」

 ミーヤがトーヤに飛びつくようにし、全体重をかけて引っ張る。
 思わずトーヤがよろめいた。

「なにすんだ!」
「私が付いておりながらとんでもないことを!」
「な、離せ!」
「あなたも早くおわびを!早く!」
「この、離せ!」
「離しません!」

 必死に頭を下げさせようとするミーヤと抵抗するトーヤ、2人がもみ合いを続けていると、鈴を転がすような笑い声がした。
 2人の動きが思わず止まる。笑ったのはマユリアであった。

「時が満ちるのを待っておりました」

 くすくすと笑いながらマユリアがそう言うと、飛び跳ねるようにしてミーヤがトーヤから距離を取った。

 思った以上に気さくな様子でマユリアが続ける。

「よく似合っていますね」
 
 トーヤの上着のことだろう。

「え、あ、どうも……」

 拍子抜けしてトーヤは自分でも間抜けなと思いながらそう答えてしまった。
 さっき食ってかかった時の勢いはもうがれてしまっている。

「あの……さっきも聞きましたが、一体俺に何をやらせたいんです?」

 今度は丁寧に聞いたからか、ミーヤが飛びついて止めるようなことはなかった。

助け手たすけで

 マユリアがにこやかに言う。

「シャンタルがそう託宣たくせんをいたしました」
「それなんだけど、意味が全然分からない。どういう意味か教えてもらいたんですが」

 トーヤの問いかけには答えず、マユリアがこう言った。

「もう体調も整っているのなら、王都を見てきてはいかがですか?」
「は?」

 トーヤは困惑した。

「まだ宮から出たことがないのでしょう、ですから見てこられたら良いと思いますよ」
「いや、その……」

 トーヤはひたすら困惑した。
 何を言ってるんだこの目の前の女は、そう思ったが口に出すこともできなかった。

「ミーヤ」
「は、はい」
「案内してあげなさい」
「え」

 急いで片膝をついて頭を下げたミーヤが驚いて顔を上げた。

「一人ではどこへどう行けばいいかも分からないでしょう」
「それはそうですが……」

 ミーヤも困惑していた。





「その後で聞いたことなんだがな、シャンタル宮に仕える侍女たちは特別な用事や命令がない限り宮からは外に出ないんだそうだ。場合によっては一度入ったら死ぬまで出ないやつが出る場合もあるらしい」
「うげっ、やだな、それは」
「俺もだ」

 ベルとアランが口を揃える。

「それが、いきなり町を案内してやれ、だ。そりゃミーヤも困るわな」





 トーヤとミーヤが言葉もなく困りきっていると、素知らぬ顔でマユリアが続けた。

「それと、何かあった時のためにもう一人供をつけます。ルギ」

 マユリアが声をかけるとさっきキリエと呼ばれた侍女頭が出てきた方、向かって左から一人の男が出てきた。
 どうやらキリエと一緒にいたが呼ばれたキリエだけが退室し、呼ばれなかったこの男は残っていたようだ。

 ルギと呼ばれた大柄な男は、さっきトーヤたちが入ってきた扉のところにいた2人の男と同じ服装をしていた。
 短いチュニックを着、サッシュを巻いたハイウエストのズボンは膝の下からブーツで隠されている。そして腰には太刀を帯びていた。

「こちらへ」

 マユリアに声をかけられ、ゆっくりと近づく。
 
 ルギはマユリアより一歩下がったところにひざまずき頭を下げた。

「この者がお供します。お好きなところへ行かれると良いでしょう」

 そう言ってにっこり笑うとくるりときびすを返し、また段を上ってシャンタルの隣に並んだ。

 シャンタルのソファに付いていたのだろうか、鈴のような物を取り上げ、「チリンチリン」と鳴らす。さっき侍女たちが下がって行った扉からキリエと少女2人が入ってきて、段の下に跪いた。

「シャンタルをお部屋へ」

 そう言ってシャンタルの手を取ると、段を上ってきたキリエにシャンタルの手を渡した。

 シャンタルは大人しく手を引かれるままに侍女たちが入ってきた扉から出ていった。
 その間一度としてトーヤたちの方を見ることも表情を変えることもなく。

「お下がりなさい」
  
 マユリアはそう言うと、自分もシャンタルの後について部屋から出ていった。

 残されたのはトーヤとミーヤ、そして初めて会うルギという男の3人だけとなった。
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