18 / 353
第一章 第一節 シャンタリオへ
13 困惑と落胆
しおりを挟む
「なんだそりゃあ……」
ベルが目をパチクリした。
それまではトーヤの暴力に抗うすべもないまま必死に抵抗していたミーヤが一瞬にして形勢を逆転したのだ。それもトーヤには意味分からぬままに。
「そう思うだろ?」
「うん」
「俺もな、何が起こったのか分からなかった」
「さっぱりわかんねえ……」
「とにかく意味が分からんし、何を言ってるのか聞いてたんだよ、そんでやっと分かってきたんだ」
「わかったのか、すげえなトーヤ!」
「ミーヤが言ってたのはこういうことだった」
トーヤが話を続けた。
「シャンタルに、シャンタルに『様』をつけるなぞ、許されません……」
「は?」
さっきまで怒りの嵐に翻弄されていたトーヤの頭の中は疑問符でいっぱいになった。
「で、だな、よくよく話を聞いていったら、だ、シャンタルってのは最上級の敬称であって、それにそれ以下の様だの殿だのそういうのをつけて呼ぶのは侮辱なんだそうだ」
「はああああああ?」
「おいおい……」
ベルもアランもあっけにとられた。
「つまり、普通だったら呼び捨てが失礼になるが、名前そのものがこれ以上ない敬称だからそれ以外の呼び方すんな、ってことだよ。ちなみにマユリアも同じな」
「あったまいてぇ……」
ベルが頭を抱えた。
「俺も頭抱えたな」
トーヤは完全に脱力してしまっていた。
「なんだよそれ……」
「は?」
ミーヤはまだきつい目をしながら、それでもトーヤの言葉に耳を傾けた。
「あんたらさ、なんでそうなんだよ?」
「……何がですか?」
「なんでそうやって神様のこと信じられるんだよ」
「なんでって……」
「疑ってみたことないのか?」
「疑うって何を……」
「神様がいるってことを」
ミーヤは驚きに目を見開いた。
「どこに疑う余地があるでしょう?」
「だからな!」
トーヤは本当に困りきった。
「こんな感じでな、何言っても通じねえんだよな」
「困ったな、そりゃ……」
「困った……」
「困るなそりゃ……」
ベルもアランもため息をつき、シャンタルだけはやはり何を考えているか読み取れぬ無表情で3人を見つめていた。
「もういいよ……」
トーヤはくるっとミーヤに背を向けて座り直した。
「とにかくよ、服、直せよ、な……」
その言葉にミーヤは自分の身を顧みてはっとし、かき抱くように帯を寄せながら赤面した。
しばらく無言の時が続く。
遠くで何か鳥が鳴いた声が聞こえたが、トーヤにはそれが何かは分からなかった。
知らない土地の知らない鳥が知らない声で鳴いた、そう思った。
「なんで俺、ここにいるんだよ……」
思わず小さくぼそっとつぶやいたその声に、ミーヤが答えた。
「シャンタルの託宣です」
げんなりした。
「だから、なんのためにいるんだよ、ここに」
「それは私どもには分かりかねます」
トーヤははあっと大きくため息をついた。
「なあ、あんたさあ」
「はい?」
「いっつもそんな物言いしてるわけか?」
「え?」
「そんな持って回ったようなだよ。わたしどもーだのわかりかねますーだの、もうちょっとくだけてしゃべれねえかな? 肩凝るんだよな……」
「そう申されましても……」
トーヤは両手で目を塞ぐようにして、がっくりと首を落とした。
「とにかくな、なんだか分けわかんねえ間にここにいて、なんだか分けわかんねえのにここにいんだよ、こっちはさ。なんでここにいるのか、そんだけでも知りたいからシャンタルやマユリアに会わせろって言ってるだけなんだよ、それも分かんねえのか? 分かりかねますのか? え?」
弱々しくそうつぶやくように言った。
「だから、それは託宣で」
「その託宣ってのがもうたくさんだってんだよ」
トーヤは声を荒げる元気もなくぼそっと続けた。
「なんなんだよそれ。俺に何をやらせようってんだよ、意味不明なんだよ、どうしろってんだよ」
「それは……」
ミーヤは言葉に詰まった。
ミーヤにも何をどう言っていいのか分からなかった。そもそも神のなさること、人の身の自分にどうと言えることでもない。
ミーヤはしばらく何ごとか考えていたようだが、やがてゆっくりと話を始めた。
「それで聞かせてくれたのがさっきの木を植えた話だよ」
「え、あれ、ミーヤって人の話なのか」
「そうだ。ミーヤがおじいさんから聞いた話だそうだ」
「そりゃまあ、なんと」
「やさしい人だな……」
アランの言葉を引き取るようにベルが続けた。
「そうだな、やさしいやつだったな。あんなひどいことした俺に精一杯気をつかって話してくれたんだよな。おかげさまですっかり毒気を抜かれてな、柄にもなく大人しく過ごした。ミーヤと顔合わすのはやっぱり気まずくて、来てもあまり返事もせず、考え事をして過ごしてたよ」
「何考えてたんだよ」
「なんとかここを抜け出して国に帰る手立てはねえかってな。なんとかこの部屋から出て周囲の様子を調べて帰る方法を考えようと思った。そもそも人になんとかしてもらおうってなことが間違いだったんだよ、俺らしくなかったんだよな」
「まあ確かにな」
「幸い部屋には金目のもんがたっぷりある、そいつをいくらか拝借して売り飛ばせばこの国を抜け出す足代ぐらいになるだろう、そうしてとんずらこいてやろう、そう思った」
「世話になっておいてやっぱトーヤ最低だわ」
本当はそう思っていないように、からかうようにベルがそう言い、トーヤが少しだけ笑った。
「そういうこと考えてたら3日目に侍女頭って例のおばはんがやってきてこう言ったんだ」
初めて会った時と同じように、感情のない顔で侍女頭のキリエが部屋に入ってきた。
「シャンタルとマユリアがお会いになるそうです。ミーヤ、お支度を整えて謁見の間まで行くように」
ベルが目をパチクリした。
それまではトーヤの暴力に抗うすべもないまま必死に抵抗していたミーヤが一瞬にして形勢を逆転したのだ。それもトーヤには意味分からぬままに。
「そう思うだろ?」
「うん」
「俺もな、何が起こったのか分からなかった」
「さっぱりわかんねえ……」
「とにかく意味が分からんし、何を言ってるのか聞いてたんだよ、そんでやっと分かってきたんだ」
「わかったのか、すげえなトーヤ!」
「ミーヤが言ってたのはこういうことだった」
トーヤが話を続けた。
「シャンタルに、シャンタルに『様』をつけるなぞ、許されません……」
「は?」
さっきまで怒りの嵐に翻弄されていたトーヤの頭の中は疑問符でいっぱいになった。
「で、だな、よくよく話を聞いていったら、だ、シャンタルってのは最上級の敬称であって、それにそれ以下の様だの殿だのそういうのをつけて呼ぶのは侮辱なんだそうだ」
「はああああああ?」
「おいおい……」
ベルもアランもあっけにとられた。
「つまり、普通だったら呼び捨てが失礼になるが、名前そのものがこれ以上ない敬称だからそれ以外の呼び方すんな、ってことだよ。ちなみにマユリアも同じな」
「あったまいてぇ……」
ベルが頭を抱えた。
「俺も頭抱えたな」
トーヤは完全に脱力してしまっていた。
「なんだよそれ……」
「は?」
ミーヤはまだきつい目をしながら、それでもトーヤの言葉に耳を傾けた。
「あんたらさ、なんでそうなんだよ?」
「……何がですか?」
「なんでそうやって神様のこと信じられるんだよ」
「なんでって……」
「疑ってみたことないのか?」
「疑うって何を……」
「神様がいるってことを」
ミーヤは驚きに目を見開いた。
「どこに疑う余地があるでしょう?」
「だからな!」
トーヤは本当に困りきった。
「こんな感じでな、何言っても通じねえんだよな」
「困ったな、そりゃ……」
「困った……」
「困るなそりゃ……」
ベルもアランもため息をつき、シャンタルだけはやはり何を考えているか読み取れぬ無表情で3人を見つめていた。
「もういいよ……」
トーヤはくるっとミーヤに背を向けて座り直した。
「とにかくよ、服、直せよ、な……」
その言葉にミーヤは自分の身を顧みてはっとし、かき抱くように帯を寄せながら赤面した。
しばらく無言の時が続く。
遠くで何か鳥が鳴いた声が聞こえたが、トーヤにはそれが何かは分からなかった。
知らない土地の知らない鳥が知らない声で鳴いた、そう思った。
「なんで俺、ここにいるんだよ……」
思わず小さくぼそっとつぶやいたその声に、ミーヤが答えた。
「シャンタルの託宣です」
げんなりした。
「だから、なんのためにいるんだよ、ここに」
「それは私どもには分かりかねます」
トーヤははあっと大きくため息をついた。
「なあ、あんたさあ」
「はい?」
「いっつもそんな物言いしてるわけか?」
「え?」
「そんな持って回ったようなだよ。わたしどもーだのわかりかねますーだの、もうちょっとくだけてしゃべれねえかな? 肩凝るんだよな……」
「そう申されましても……」
トーヤは両手で目を塞ぐようにして、がっくりと首を落とした。
「とにかくな、なんだか分けわかんねえ間にここにいて、なんだか分けわかんねえのにここにいんだよ、こっちはさ。なんでここにいるのか、そんだけでも知りたいからシャンタルやマユリアに会わせろって言ってるだけなんだよ、それも分かんねえのか? 分かりかねますのか? え?」
弱々しくそうつぶやくように言った。
「だから、それは託宣で」
「その託宣ってのがもうたくさんだってんだよ」
トーヤは声を荒げる元気もなくぼそっと続けた。
「なんなんだよそれ。俺に何をやらせようってんだよ、意味不明なんだよ、どうしろってんだよ」
「それは……」
ミーヤは言葉に詰まった。
ミーヤにも何をどう言っていいのか分からなかった。そもそも神のなさること、人の身の自分にどうと言えることでもない。
ミーヤはしばらく何ごとか考えていたようだが、やがてゆっくりと話を始めた。
「それで聞かせてくれたのがさっきの木を植えた話だよ」
「え、あれ、ミーヤって人の話なのか」
「そうだ。ミーヤがおじいさんから聞いた話だそうだ」
「そりゃまあ、なんと」
「やさしい人だな……」
アランの言葉を引き取るようにベルが続けた。
「そうだな、やさしいやつだったな。あんなひどいことした俺に精一杯気をつかって話してくれたんだよな。おかげさまですっかり毒気を抜かれてな、柄にもなく大人しく過ごした。ミーヤと顔合わすのはやっぱり気まずくて、来てもあまり返事もせず、考え事をして過ごしてたよ」
「何考えてたんだよ」
「なんとかここを抜け出して国に帰る手立てはねえかってな。なんとかこの部屋から出て周囲の様子を調べて帰る方法を考えようと思った。そもそも人になんとかしてもらおうってなことが間違いだったんだよ、俺らしくなかったんだよな」
「まあ確かにな」
「幸い部屋には金目のもんがたっぷりある、そいつをいくらか拝借して売り飛ばせばこの国を抜け出す足代ぐらいになるだろう、そうしてとんずらこいてやろう、そう思った」
「世話になっておいてやっぱトーヤ最低だわ」
本当はそう思っていないように、からかうようにベルがそう言い、トーヤが少しだけ笑った。
「そういうこと考えてたら3日目に侍女頭って例のおばはんがやってきてこう言ったんだ」
初めて会った時と同じように、感情のない顔で侍女頭のキリエが部屋に入ってきた。
「シャンタルとマユリアがお会いになるそうです。ミーヤ、お支度を整えて謁見の間まで行くように」
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
悲恋を気取った侯爵夫人の末路
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。
順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。
悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──?
カクヨムにも公開してます。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる