457 / 488
第六章 第三節
6 何が幸せか
しおりを挟む
「けどまあ、八年前も同じようなもんだったからな。あの時、俺はこいつがとっても心を開くなんてことできねえだろうと思った。それで、こいつが沈むのをじっと見てる覚悟を決めたわけだが、同時に万が一のことを考えて黒い棺桶を引き上げる準備もしといた」
「ひどい言い方だなあ」
なんとも笑えぬ内容に、その沈められるだろうと思われていた本人が、楽しそうに笑いながらそう言う。
アランとベルはもう慣れっこだが、他の者たちが今でもちょっと困った顔になるのは仕方がないというものだろう。特に、つい最近シャンタルとこうして話すようになったばかり、そして侍女という立場のアーダは、なんとも言えない顔になる。
「だからまあ、今回もマユリアが来てくれる、それを想定して準備するぞ。まずはトイボアってやつとその家族だ。そいつらと一緒に逃がす算段をしとく。そんで、どういうことになってたんだ? もうちょい詳しく説明頼むぜ」
「分かった」
ディレンがこれまでの経緯を説明する。
トイボアが妻子に会いたいと連絡を取ったところ、ルギが付き添って会うことになった。
「細君の親父、隊長がマユリアとキリエさんからよろしくと言ったら目をむいててな、あれは多分、なんとか復縁させたいと思ってると俺は見た」
ディレンの人を見る目は確かだ。
「そら、そういうことにもなるわな。マユリアと侍女頭、それに隊長だもんな」
トーヤが面白そうにそう言って笑う。
「この国じゃ王様より神様の方が上だって話だからな。そういうことになるんじゃないか、そう思って見てた。おそらく隊長もそう見てただろうさ」
「ってことは、宮の方もそいつをなんとか使ってやろうって腹か?」
「そこまでは分からん。俺にはあの人らの考えてることはとても読み切れんからな」
キリエとルギのことだ。ディレンにもある程度の推測はできるが、まだまだこの国に内情にまでは詳しくはない、トーヤから聞いたことからそうではないかと考えることができる程度だ。
「そりゃそうだな。隊長はまだしも、キリエさんは手強い」
トーヤがそう言って少し表情を引き締めた。
どんな時でも見ようによってはヘラヘラとしているトーヤだが、キリエのことを口にする時だけはこうしてやや硬い表情になる。それがみんなにことの深刻さを伝えている。
「だがまあ、あの人の本心はマユリアに幸せになってもらいたいだ。だから、その点だけは安心できる。ただな、信用できるだけに何をしでかすか分からん、そこが怖い」
「キリエ様……」
ミーヤがキリエの名を口にし、アーダも目が潤んだ。
「だから、キリエさんにそんなことをさせないためにも、こっちの話をできるだけ詰めておく。まずはトイボア一家をどうやって逃がすかだ。おそらく、嫁さんの実家ってのが、そいつになんとか宮とつながりのある仕事をやらせて、自分らもうまいことやりたい、そう思って必死になってくるだろうな」
「嫁さんが言うには、隊長が手紙を持ってきたってことで、それまで進めてた縁談をちょっと止めてるらしいぞ」
「なんだって?」
「なんでも、貴族じゃないが、それなりに金を持ってる商人の後妻にって話が出てたらしい」
下流とはいえ貴族の家が、平民に娘を嫁がせる。今回のように「傷がついた娘」の処遇にはあることだ。
「そりゃ一応貴族で、ルギとつながりがありそうだと思ったら、そのぐらいのことするわな」
「そうだな」
「それで嫁さんの意思はどうなんだ?」
「元々、嫁さんは旦那と別れるつもりはなかったらしい。けど、本人は荒れてるし子どももいる。収入はなくなる、どうしていいか疲れ切ってたところを無理やり連れ戻されたらしい」
「ふむ」
「だから、自分も一緒にこの国を出て付いていきたいと言ってたそうだ」
なんとなく話がつながってきた。
「そんで、トイボアはどう言ってんだ」
「ちょっと困ってたな」
「なんでだ」
「自分はもう船に乗ると決めたが、妻子に自分のわがままでこの国を捨てさせていいのか、そう言ってた」
「なるほど」
「だから、気にするなと言っといた」
ディレンが続ける。
「細君は細君で自分で決めたことだ。おまえがいいとか悪いとか決めることじゃない。もしもそれが気になるなら、あっち行ってから細君が苦労しないようにがんばってやれってな」
いかにもディレンらしい言葉に思えた。
「まあ、嫁さんに逃げられて、運命の女を幸せにしてやれなかった俺が言っても説得力はないが、俺の本心だ」
「いいんじゃね」
トーヤが楽しそうに笑う。
「あんたらしくていいと思うぜ。そんで、はっきりそういう言い方してやる方が、そういうやつには響くような気がするな」
「そうか?」
「ああ。結局、何が幸せかなんか、その本人にしか分からねえからな。その嫁さんがそうしたいってんなら、そうかって聞いてやるしかねえだろう」
そうしてトイボア一家をどうするかを決めていく。
「あんまり早く隠しても探し出される可能性がある。ギリギリまで嫁さんの親父の言うこと聞くふりしておいて、トイボアもその気になってるように見せておくしかないな。そんで頃合いを見てカースに隠す」
そういうことになった。
「ひどい言い方だなあ」
なんとも笑えぬ内容に、その沈められるだろうと思われていた本人が、楽しそうに笑いながらそう言う。
アランとベルはもう慣れっこだが、他の者たちが今でもちょっと困った顔になるのは仕方がないというものだろう。特に、つい最近シャンタルとこうして話すようになったばかり、そして侍女という立場のアーダは、なんとも言えない顔になる。
「だからまあ、今回もマユリアが来てくれる、それを想定して準備するぞ。まずはトイボアってやつとその家族だ。そいつらと一緒に逃がす算段をしとく。そんで、どういうことになってたんだ? もうちょい詳しく説明頼むぜ」
「分かった」
ディレンがこれまでの経緯を説明する。
トイボアが妻子に会いたいと連絡を取ったところ、ルギが付き添って会うことになった。
「細君の親父、隊長がマユリアとキリエさんからよろしくと言ったら目をむいててな、あれは多分、なんとか復縁させたいと思ってると俺は見た」
ディレンの人を見る目は確かだ。
「そら、そういうことにもなるわな。マユリアと侍女頭、それに隊長だもんな」
トーヤが面白そうにそう言って笑う。
「この国じゃ王様より神様の方が上だって話だからな。そういうことになるんじゃないか、そう思って見てた。おそらく隊長もそう見てただろうさ」
「ってことは、宮の方もそいつをなんとか使ってやろうって腹か?」
「そこまでは分からん。俺にはあの人らの考えてることはとても読み切れんからな」
キリエとルギのことだ。ディレンにもある程度の推測はできるが、まだまだこの国に内情にまでは詳しくはない、トーヤから聞いたことからそうではないかと考えることができる程度だ。
「そりゃそうだな。隊長はまだしも、キリエさんは手強い」
トーヤがそう言って少し表情を引き締めた。
どんな時でも見ようによってはヘラヘラとしているトーヤだが、キリエのことを口にする時だけはこうしてやや硬い表情になる。それがみんなにことの深刻さを伝えている。
「だがまあ、あの人の本心はマユリアに幸せになってもらいたいだ。だから、その点だけは安心できる。ただな、信用できるだけに何をしでかすか分からん、そこが怖い」
「キリエ様……」
ミーヤがキリエの名を口にし、アーダも目が潤んだ。
「だから、キリエさんにそんなことをさせないためにも、こっちの話をできるだけ詰めておく。まずはトイボア一家をどうやって逃がすかだ。おそらく、嫁さんの実家ってのが、そいつになんとか宮とつながりのある仕事をやらせて、自分らもうまいことやりたい、そう思って必死になってくるだろうな」
「嫁さんが言うには、隊長が手紙を持ってきたってことで、それまで進めてた縁談をちょっと止めてるらしいぞ」
「なんだって?」
「なんでも、貴族じゃないが、それなりに金を持ってる商人の後妻にって話が出てたらしい」
下流とはいえ貴族の家が、平民に娘を嫁がせる。今回のように「傷がついた娘」の処遇にはあることだ。
「そりゃ一応貴族で、ルギとつながりがありそうだと思ったら、そのぐらいのことするわな」
「そうだな」
「それで嫁さんの意思はどうなんだ?」
「元々、嫁さんは旦那と別れるつもりはなかったらしい。けど、本人は荒れてるし子どももいる。収入はなくなる、どうしていいか疲れ切ってたところを無理やり連れ戻されたらしい」
「ふむ」
「だから、自分も一緒にこの国を出て付いていきたいと言ってたそうだ」
なんとなく話がつながってきた。
「そんで、トイボアはどう言ってんだ」
「ちょっと困ってたな」
「なんでだ」
「自分はもう船に乗ると決めたが、妻子に自分のわがままでこの国を捨てさせていいのか、そう言ってた」
「なるほど」
「だから、気にするなと言っといた」
ディレンが続ける。
「細君は細君で自分で決めたことだ。おまえがいいとか悪いとか決めることじゃない。もしもそれが気になるなら、あっち行ってから細君が苦労しないようにがんばってやれってな」
いかにもディレンらしい言葉に思えた。
「まあ、嫁さんに逃げられて、運命の女を幸せにしてやれなかった俺が言っても説得力はないが、俺の本心だ」
「いいんじゃね」
トーヤが楽しそうに笑う。
「あんたらしくていいと思うぜ。そんで、はっきりそういう言い方してやる方が、そういうやつには響くような気がするな」
「そうか?」
「ああ。結局、何が幸せかなんか、その本人にしか分からねえからな。その嫁さんがそうしたいってんなら、そうかって聞いてやるしかねえだろう」
そうしてトイボア一家をどうするかを決めていく。
「あんまり早く隠しても探し出される可能性がある。ギリギリまで嫁さんの親父の言うこと聞くふりしておいて、トイボアもその気になってるように見せておくしかないな。そんで頃合いを見てカースに隠す」
そういうことになった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
悲恋を気取った侯爵夫人の末路
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。
順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。
悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──?
カクヨムにも公開してます。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる