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第六章 第二節
8 新たな味方
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セルマが役目に復帰したと聞き、神官長はほくそ笑んだ。どうやらキリエが自分に付く気になった、そう思ったからだ。
確かにセルマは自分の思った通りに動いてくれた、とても使いやすい駒だった。だが、どう考えても「鋼鉄の侍女頭」には劣る。キリエの本心はどうでもいい。結果として、自分の思う通りに動いてくれればそれでいいのだ。
「新しい味方はこれまでよりはるかに強力だ」
あの日、キリエは神官長の味方ではないと言った。だが、同じ方向を向いたということは、つまりそういうことだ。神官長はもう一度楽しそうに笑い、部屋を出た。
「侍女頭にご面会を」
思った通り、すんなりと面会申請が通った。
「セルマを解放なさったそうですね」
「解放ではありません。謹慎を解いただけです」
「香炉の話はどうなりました」
「あれはもう、いくら調べても分からぬこと。これ以上の詮索はせぬこととなりました」
「なるほど」
そうして例の事件はなかったことにした、そういうことなのだと神官長は納得する。
「取次役は3名に増やし、各々の業務を分担させることにしました」
そうして一人だけが力を持つことを防いだのだな。
「ええまあ、それがよろしいかも知れませんな」
なかなかの落とし所だ。セルマを今までの通りの場所に戻すことはできない。だが罰することもできない。これ以上あの事件を深掘りせず、セルマは元の職務に就けながら、その力だけを削ぐ。
「それでは、侍女頭はこれまで通りキリエ様が? それとも交代の時にどなたかに引き継ぎを?」
「混乱を収めるため、もう少しの間、私が務めることにいたしました」
「さようですか、それはよろしゅうございました」
「これから、シャンタルにそのことを報告に参ります。今しばらく、私が侍女頭を続けることを」
キリエはそう伝えて神官長を返し、その足で当代シャンタルの元へその旨を伝えに行った。
「では、わたくしがマユリアになった後も、まだキリエにそばにいてもらえるのですね」
「はい。いつまでいられるかは分かりませんが、いましばらくは」
小さな主は素直にそう喜んでくれた。
「さて、それじゃあ行きますよ。まずは奥宮から」
「え?」
こちらは新たな取次役の3人だ。侍女頭の執務室で、もう一度あらためて新しい取次役についての話をして、廊下に出てきたばかりだ。
「これからは業務のことについては、すべてフウに任せます」
キリエがそう話を締めくくり、3人は部屋を出た。その途端、フウがそう言い出した。
「どこへ行くのです」
セルマが戸惑ったように、だがまだ少し反感を持った顔でそう聞く。
「決まっているでしょう。新しい役割を見せびらかしに行くんですよ」
「えっ!」
さすがのセルマがそう声を上げるが、フウは素知らぬ顔だ。
「さあ、付いてきて」
2人は仕方なくフウの後を付いて行く。フウは取りまとめ役、2人の上役だ、従わないわけにはいかない。
フウは2人を連れ、奥宮を練り歩いた。途中、時々フウが見つけた侍女に声をかけ、今は何も取り次ぐことはないかと聞く。
「何かあったらすぐにこの3人に言ってください。セルマは奥宮、ミーヤは前の宮ですが、3人しかいないのですから、見つけたら誰でも構いません。とにかく、キリエ様のご負担を減らすためですから、お願いしましたよ」
最奥のシャンタルとマユリアの宮殿以外の全部の場所をそうして回り、
「じゃあ、セルマはここで。次はミーヤと前の宮に行きます」
そう言って、セルマを奥宮の入り口、衛士たちの立ち番のところに置くと、ミーヤと2人で今度は前の宮で同じことを繰り返す。
「前の宮の担当はこのミーヤですが、ミーヤも忙しいですからね、見つけたら私でもセルマでも構いません、用件を伝えてください。それじゃあ」
元から変人で通っているフウのやることだ、どの侍女も適当に相槌を打って「はあ」とか「分かりました」とか言うと、そそくさと離れていく。
そうして行脚を終えると、最後にミーヤの担当である、アランたちの部屋へやってきた。
「入りますよ、いいですか? 準備は済んでいますか?」
そんな意味不明のことを言い、アランの返事が聞こえると、ミーヤと共に中に入ってきた。
応接にはこの部屋の客人であるアランとハリオが2人で座っていた。
「他の方はどうされました?」
「え?」
「トーヤさんと、ベルさんと、それからご先代」
「えっ!」
最後のはハリオだ。アランはこんな時でも表情を崩さず声も出さなかった。
「今のはハリオさんですね。はじめまして」
「あ、あの、はじめまして」
ハリオが完全に飲まれた様子で思わずそう返す。
「修行が足りませんね、そのぐらいで声をあげるなんて。アランさんを見てみなさい。そういえば、アランさんの方がずっといい男ですね」
さすがのアランも少しばかり目を丸くするが、
「ありがとうございます。ですが、おっしゃっている意味が分からないんですが」
「あら、そうですか。では」
フウはそう言うと、片膝をついて正式の礼をしてこう言った。
「キリエ様から派遣された、あなた方の新しい味方です。まあ、色々なことがありますからね、キリエ様も大変なのです」
これにはアラン隊長も返す言葉もない。一体どういうことなのだ。
確かにセルマは自分の思った通りに動いてくれた、とても使いやすい駒だった。だが、どう考えても「鋼鉄の侍女頭」には劣る。キリエの本心はどうでもいい。結果として、自分の思う通りに動いてくれればそれでいいのだ。
「新しい味方はこれまでよりはるかに強力だ」
あの日、キリエは神官長の味方ではないと言った。だが、同じ方向を向いたということは、つまりそういうことだ。神官長はもう一度楽しそうに笑い、部屋を出た。
「侍女頭にご面会を」
思った通り、すんなりと面会申請が通った。
「セルマを解放なさったそうですね」
「解放ではありません。謹慎を解いただけです」
「香炉の話はどうなりました」
「あれはもう、いくら調べても分からぬこと。これ以上の詮索はせぬこととなりました」
「なるほど」
そうして例の事件はなかったことにした、そういうことなのだと神官長は納得する。
「取次役は3名に増やし、各々の業務を分担させることにしました」
そうして一人だけが力を持つことを防いだのだな。
「ええまあ、それがよろしいかも知れませんな」
なかなかの落とし所だ。セルマを今までの通りの場所に戻すことはできない。だが罰することもできない。これ以上あの事件を深掘りせず、セルマは元の職務に就けながら、その力だけを削ぐ。
「それでは、侍女頭はこれまで通りキリエ様が? それとも交代の時にどなたかに引き継ぎを?」
「混乱を収めるため、もう少しの間、私が務めることにいたしました」
「さようですか、それはよろしゅうございました」
「これから、シャンタルにそのことを報告に参ります。今しばらく、私が侍女頭を続けることを」
キリエはそう伝えて神官長を返し、その足で当代シャンタルの元へその旨を伝えに行った。
「では、わたくしがマユリアになった後も、まだキリエにそばにいてもらえるのですね」
「はい。いつまでいられるかは分かりませんが、いましばらくは」
小さな主は素直にそう喜んでくれた。
「さて、それじゃあ行きますよ。まずは奥宮から」
「え?」
こちらは新たな取次役の3人だ。侍女頭の執務室で、もう一度あらためて新しい取次役についての話をして、廊下に出てきたばかりだ。
「これからは業務のことについては、すべてフウに任せます」
キリエがそう話を締めくくり、3人は部屋を出た。その途端、フウがそう言い出した。
「どこへ行くのです」
セルマが戸惑ったように、だがまだ少し反感を持った顔でそう聞く。
「決まっているでしょう。新しい役割を見せびらかしに行くんですよ」
「えっ!」
さすがのセルマがそう声を上げるが、フウは素知らぬ顔だ。
「さあ、付いてきて」
2人は仕方なくフウの後を付いて行く。フウは取りまとめ役、2人の上役だ、従わないわけにはいかない。
フウは2人を連れ、奥宮を練り歩いた。途中、時々フウが見つけた侍女に声をかけ、今は何も取り次ぐことはないかと聞く。
「何かあったらすぐにこの3人に言ってください。セルマは奥宮、ミーヤは前の宮ですが、3人しかいないのですから、見つけたら誰でも構いません。とにかく、キリエ様のご負担を減らすためですから、お願いしましたよ」
最奥のシャンタルとマユリアの宮殿以外の全部の場所をそうして回り、
「じゃあ、セルマはここで。次はミーヤと前の宮に行きます」
そう言って、セルマを奥宮の入り口、衛士たちの立ち番のところに置くと、ミーヤと2人で今度は前の宮で同じことを繰り返す。
「前の宮の担当はこのミーヤですが、ミーヤも忙しいですからね、見つけたら私でもセルマでも構いません、用件を伝えてください。それじゃあ」
元から変人で通っているフウのやることだ、どの侍女も適当に相槌を打って「はあ」とか「分かりました」とか言うと、そそくさと離れていく。
そうして行脚を終えると、最後にミーヤの担当である、アランたちの部屋へやってきた。
「入りますよ、いいですか? 準備は済んでいますか?」
そんな意味不明のことを言い、アランの返事が聞こえると、ミーヤと共に中に入ってきた。
応接にはこの部屋の客人であるアランとハリオが2人で座っていた。
「他の方はどうされました?」
「え?」
「トーヤさんと、ベルさんと、それからご先代」
「えっ!」
最後のはハリオだ。アランはこんな時でも表情を崩さず声も出さなかった。
「今のはハリオさんですね。はじめまして」
「あ、あの、はじめまして」
ハリオが完全に飲まれた様子で思わずそう返す。
「修行が足りませんね、そのぐらいで声をあげるなんて。アランさんを見てみなさい。そういえば、アランさんの方がずっといい男ですね」
さすがのアランも少しばかり目を丸くするが、
「ありがとうございます。ですが、おっしゃっている意味が分からないんですが」
「あら、そうですか。では」
フウはそう言うと、片膝をついて正式の礼をしてこう言った。
「キリエ様から派遣された、あなた方の新しい味方です。まあ、色々なことがありますからね、キリエ様も大変なのです」
これにはアラン隊長も返す言葉もない。一体どういうことなのだ。
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