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第六章 第二節
3 肩を並べる
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「聞きたいですか?」
聞きたくない。
なぜだかミーヤはそう思った。
ミーヤの頭の中でトーヤが愛おしそうにマユリアに好きだと言い、この世に並ぶこともない美しい方が、その言葉に幸せそうな笑みを浮かべている。
到底自分は敵わない方だ。そう思うだけで苦しかった。そして思う。
敵わない、何がだろう。
そもそも神であられるお方、自分はその侍女に過ぎない。何を思って適う敵わないなどと、肩を並べるようなことを想像してしまったのだろう。あまりに無礼過ぎて愕然とする。
「ミーヤ?」
そんなミーヤの様子にマユリアがどうしたのかと心配そうな顔になる。
「あ、あの、いえ……」
ミーヤは何を言っていいのか分からなくなり、それでこう返すことにした。
「あの、聞いてもよろしいのですか?」
「ええ、もちろん」
やはり聞かなくてはならないようだ。
「トーヤがわたくしのことを好きなところ」
嫌だ、聞きたくない。
ミーヤは膝の上でキュッと手を握った。
「それは、根性決まってる、ところだそうです」
「は?」
驚いて顔を上げるミーヤを見て、マユリアは満足そうに笑った。
「あの、意味が分かりませんが」
なぜそのような返事をしたのか。ミーヤは戸惑う。
「根性が決まるというのは、覚悟が決まっているという意味だそうですよ」
「はあ」
意味ならなんとなく分かる。以前のミーヤが知らなかったことも、トーヤたちや、街の者である月虹隊の者たちと話すことで知ることになったことが多くあるからだ。
だけど、それにしてもこのマユリアを前にして、その評価はいかがなものか。ミーヤはさっきまでの心のトゲのことはすっかり忘れ、呆れてしまった。
「どうしました」
「いえ、あの」
ミーヤが困った顔をしていると、マユリアが笑いながら言った。
「トーヤらしいですよね」
「はい」
そうとしか答えられない。
「だからわたくしはトーヤが好きなのです。そしてミーヤ、おまえも」
「マユリア……」
女神が、主が自分を好きだと言ってくれた。そこには純粋な好意しか感じられず、さきほど自分が抱いた痛みはなんと不純なのかと恥ずかしく思う。
「トーヤは助けに来ると言ってくれました。ですが、その気持ちには応えられないかも知れません」
「なぜです」
「婚姻話が持ち上がっています」
「それは、国王陛下の後宮にお入りになるというお話でしょうか」
「少し違うようです」
微笑んでそう言うマユリアの顔は悲しそうに見えた。
「神官長から話が来ました」
「神官長から……」
「この国の未来のために、女神マユリアが王家の一族になる、そのために女神マユリアとシャンタリオ国王が婚姻し、マユリアは王家の一族に入る必要がある、と」
ミーヤは聞いてもよく分からないと思った。分からないが、分からないなりに自分の疑問を素直にマユリアに伝える。
「そのお話を、お受けになるのですか?」
「そう思っています」
「なぜですか」
マユリアは黙って何かを考えているようだった。
マユリアはミーヤがこの国にシャンタルが生まれなくなることを知らない前提で考えるが、もしかしたら知っているかもと思わぬこともなかった。それは、おそらくトーヤはそのことを知っているだろうと思ったからだ。
八年前のあの日、千年前の託宣により先代を聖なる湖に沈めると言った時、トーヤはそのことを知っているような口ぶりだった。
『それはここでは言えない秘密だ。悪いが今言うわけにはいかねえんだ』
そして自分はその秘密については知らなかった。トーヤはラーラ様だけが知っている秘密だと言ったが、今にして思えば、当時からキリエも知っていたのだと思う。
『でもまあ、今はそういう意味ではみんながこれ以外の秘密を共有した、いわば共犯者だ』
トーヤはそうも言っていた。だからきっと、あの時から最後のシャンタルについて知っていたということなのだろう。
もしもミーヤがトーヤから聞いていたならば知っているはずだ。だけど自分はそのことについてミーヤに質問することはできない。知っているならミーヤはそう答えるしかない。侍女は嘘をつけないのだから。
それは一侍女が知ってはいけないことだ。神たる自分が知らないことを、シャンタルであったこともなければ、侍女頭でもなかった者が知っていてはいけない。場合によっては処罰しなければならなくなる。
侍女は到底知らぬこと、そう考えて話を進めなければならない。
侍女が神と肩を並べるなど、あってはならぬことなのだ。
だからミーヤは知らぬこととして話を進める。
「なぜ婚姻の話をお受けしようと思っているか。それはこの国の未来のためです」
さっきと同じ言葉を口にする。
「八年前、この国を未曾有の危機が襲いました。そのことはおまえも知っていますよね」
「はい」
ミーヤも深く関わったことだ、もちろん知っていると答える。
「その時と同じほどの危機がまたやってこようとしています。ですが、今回は託宣がありません。何をどうすればいいのかわたくしは自分で考えねばならないのです。そうして考えた結果、お受けするしかなかろうと思いました。だからです」
マユリアの返事は単純明快だった。その心のうちには複雑な感情がからみあってはいるが。
聞きたくない。
なぜだかミーヤはそう思った。
ミーヤの頭の中でトーヤが愛おしそうにマユリアに好きだと言い、この世に並ぶこともない美しい方が、その言葉に幸せそうな笑みを浮かべている。
到底自分は敵わない方だ。そう思うだけで苦しかった。そして思う。
敵わない、何がだろう。
そもそも神であられるお方、自分はその侍女に過ぎない。何を思って適う敵わないなどと、肩を並べるようなことを想像してしまったのだろう。あまりに無礼過ぎて愕然とする。
「ミーヤ?」
そんなミーヤの様子にマユリアがどうしたのかと心配そうな顔になる。
「あ、あの、いえ……」
ミーヤは何を言っていいのか分からなくなり、それでこう返すことにした。
「あの、聞いてもよろしいのですか?」
「ええ、もちろん」
やはり聞かなくてはならないようだ。
「トーヤがわたくしのことを好きなところ」
嫌だ、聞きたくない。
ミーヤは膝の上でキュッと手を握った。
「それは、根性決まってる、ところだそうです」
「は?」
驚いて顔を上げるミーヤを見て、マユリアは満足そうに笑った。
「あの、意味が分かりませんが」
なぜそのような返事をしたのか。ミーヤは戸惑う。
「根性が決まるというのは、覚悟が決まっているという意味だそうですよ」
「はあ」
意味ならなんとなく分かる。以前のミーヤが知らなかったことも、トーヤたちや、街の者である月虹隊の者たちと話すことで知ることになったことが多くあるからだ。
だけど、それにしてもこのマユリアを前にして、その評価はいかがなものか。ミーヤはさっきまでの心のトゲのことはすっかり忘れ、呆れてしまった。
「どうしました」
「いえ、あの」
ミーヤが困った顔をしていると、マユリアが笑いながら言った。
「トーヤらしいですよね」
「はい」
そうとしか答えられない。
「だからわたくしはトーヤが好きなのです。そしてミーヤ、おまえも」
「マユリア……」
女神が、主が自分を好きだと言ってくれた。そこには純粋な好意しか感じられず、さきほど自分が抱いた痛みはなんと不純なのかと恥ずかしく思う。
「トーヤは助けに来ると言ってくれました。ですが、その気持ちには応えられないかも知れません」
「なぜです」
「婚姻話が持ち上がっています」
「それは、国王陛下の後宮にお入りになるというお話でしょうか」
「少し違うようです」
微笑んでそう言うマユリアの顔は悲しそうに見えた。
「神官長から話が来ました」
「神官長から……」
「この国の未来のために、女神マユリアが王家の一族になる、そのために女神マユリアとシャンタリオ国王が婚姻し、マユリアは王家の一族に入る必要がある、と」
ミーヤは聞いてもよく分からないと思った。分からないが、分からないなりに自分の疑問を素直にマユリアに伝える。
「そのお話を、お受けになるのですか?」
「そう思っています」
「なぜですか」
マユリアは黙って何かを考えているようだった。
マユリアはミーヤがこの国にシャンタルが生まれなくなることを知らない前提で考えるが、もしかしたら知っているかもと思わぬこともなかった。それは、おそらくトーヤはそのことを知っているだろうと思ったからだ。
八年前のあの日、千年前の託宣により先代を聖なる湖に沈めると言った時、トーヤはそのことを知っているような口ぶりだった。
『それはここでは言えない秘密だ。悪いが今言うわけにはいかねえんだ』
そして自分はその秘密については知らなかった。トーヤはラーラ様だけが知っている秘密だと言ったが、今にして思えば、当時からキリエも知っていたのだと思う。
『でもまあ、今はそういう意味ではみんながこれ以外の秘密を共有した、いわば共犯者だ』
トーヤはそうも言っていた。だからきっと、あの時から最後のシャンタルについて知っていたということなのだろう。
もしもミーヤがトーヤから聞いていたならば知っているはずだ。だけど自分はそのことについてミーヤに質問することはできない。知っているならミーヤはそう答えるしかない。侍女は嘘をつけないのだから。
それは一侍女が知ってはいけないことだ。神たる自分が知らないことを、シャンタルであったこともなければ、侍女頭でもなかった者が知っていてはいけない。場合によっては処罰しなければならなくなる。
侍女は到底知らぬこと、そう考えて話を進めなければならない。
侍女が神と肩を並べるなど、あってはならぬことなのだ。
だからミーヤは知らぬこととして話を進める。
「なぜ婚姻の話をお受けしようと思っているか。それはこの国の未来のためです」
さっきと同じ言葉を口にする。
「八年前、この国を未曾有の危機が襲いました。そのことはおまえも知っていますよね」
「はい」
ミーヤも深く関わったことだ、もちろん知っていると答える。
「その時と同じほどの危機がまたやってこようとしています。ですが、今回は託宣がありません。何をどうすればいいのかわたくしは自分で考えねばならないのです。そうして考えた結果、お受けするしかなかろうと思いました。だからです」
マユリアの返事は単純明快だった。その心のうちには複雑な感情がからみあってはいるが。
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