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第六章 第一部
6 王の血族
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ヌオリとライネンは凍ったようにして目の前の前国王を見つめる。
「分かったな、私がすぐにでも王座に戻れるようにしろ。おまえたちはそのために動いていたのだろうが」
前国王の目が、ゆるく半円を作ったように笑う形になった。
「私が王座に戻れたら、そしてマユリアとの婚姻を無事に済ませたら、おまえたちを大臣の職につけてやろう」
ヌオリがその言葉にゴクリと唾を飲む。
「それから、バンハ伯爵とセウラー伯爵、そのどちらも侯爵家にしてやってもいい。他にも子爵家や男爵家の者たちもいたな。みな、働きに応じて、それぞれに家格を上げてやろう」
侯爵家とは、貴族の中で最高位にあたる。その上に公爵家はあるが、こちらは王家との血縁者の家系である。今、皇太子妃の出身のラキム伯爵家、皇太子妃の母の実家であるジート伯爵家が現国王と必死に王座を強奪したのには、その公爵家にならんとの野望もあるためだ。自らの血流が王家の血流と交差する、その栄誉を思うと、志ある貴族なら血が湧き上がるような喜びを感じるはずだ。
そもそも現国王と現皇后の婚姻が成立したのは、父である前国王があまり息子が高貴の家とつながりを持ち、力を持つことを望まなかったからだ。それゆえ、そこそこの家系の令嬢との婚姻を許した。力を持つのは自分だけいいと思っていた。
正妃である皇太后が嫁ぐ前から、前国王の元には側室がすでにいた。そしてその側室が生んだ庶子もいた。
婚姻は家と家との契約であり、個人の意思とは関係がない。王族や貴族においてはそのような認識である。前国王が皇太子であった時代に、王家と釣り合う家系の出で、次の皇后にふさわしい女性はその令嬢だけで、婚姻可能な13歳になるまでにはまだ年月があり、その間に8歳年上の皇太子は側室を迎えてしまった。
自分より先に側室がいたからといって、その令嬢は特に何も思わなかった。何があろうと皇太子の正妃は自分だけだという自負あったからだ。そして王国の後継者との間に、王女から始まって数名の王子も生み、その座をゆるぎのないものとした。夫である国王が何名の側室を持とうが、庶子を生ませようが、王国の跡継ぎは自分の生んだ息子だけだ。誰も正妃である自分に代わることはできない。自分は王の妻であると同時に、王の母なのだから。
とはいうものの、彼女の夫はさすがにげんなりするほどの数の女性を求め、民たちに「王の花園」と言われるほどの数の側室を並べただけではなく、なんと、あろうことか女神であるマユリアまで所望した。そして、実の息子と女神の取り合いをして、恥を披露した。
それ以前にも夫に対して愛情などというものを感じたことはない。そもそも、王家の婚姻にそのような感情は必要がないからだ。ただ王であるというだけで尊敬はしていたが、それはその人が何か尊敬をするような行動をしたからではない。ただ、一番高貴な血の持ち主であるからだ。その血を受けた自分が生んだ王子がその後継者になる、そのことでその血を尊敬しているに過ぎない。
だが、その唯一持っていた尊敬の念も枯れ果てるほど、夫は愚かな行動を取ってくれた。妻であり、正妃であり、王妃である自分の恥にもなることだ。
シャンタルが突然お隠れになったことで、王の花園に入るはずだった女神は女神の座にとどまることとなった。その報告を聞いた時、彼女はホッとした。人をずらずらと並べられるのも嫌だが、そこにさらに女神を並べようとした夫の貪欲さに心底嫌気がさしていたからだ。
そこにさらに止めを刺したのは、夫のこの言葉だった。
『ではマユリアはどうなるのだ! マユリアの後宮入りは!』
その報告を受けた時、彼女は夫の隣に座っていた。王宮が宮からのありえぬ訃報を受け取った時の、この国の国王たる人間の第一声がこれだったのだ。
その瞬間、彼女はすっかり夫に愛想を尽かした。だから、息子から父王を追い落とし、自分が王位に就くという計画を打ち明けられた時、協力する気になった。まずは夫の母である皇太后に相談の上、側室の中の古株で、おそらく次々と新しい花を追い求める主に嫌気が刺しているであろう者たちにも声をかけたのだ。どの花たちも彼女と同じ心持ちであったのだろう、その後の行く末さえ保証されるなら、と同意してきた。
夫である国王は正妃である妻や、古くから寵愛してきた側室たちの裏切りを知り、激怒した。いや、激怒などという言葉では足りないほどの怒りに体がバラバラになりそうだった。
「そうだ、だから離縁だ。王妃とは離縁する。そして皇太子は廃嫡する。そうすれば、あれも次の王の母だと大きな顔もしておけまい。元妻だ、重い罪には問わぬ。だが、実家に送り返し、どこかの塔にでも幽閉してもらうとする」
前国王はそう言うと小気味よさそうにククククと笑った。
前国王が王妃と呼ぶ皇太后の実家はある公爵家だ。
「元々は王家と縁のある公爵家ではあるが、その家からそのような王家を裏切る者が出たのだ。公爵の称号は取り上げてくれる。そうだ、その代わりにおまえたちを王家の血脈と縁付けて公爵としても良いぞ」
前国王の狂気は、ヌオリたち若い貴族の子息たちの野心を燃え立たせていった。
「分かったな、私がすぐにでも王座に戻れるようにしろ。おまえたちはそのために動いていたのだろうが」
前国王の目が、ゆるく半円を作ったように笑う形になった。
「私が王座に戻れたら、そしてマユリアとの婚姻を無事に済ませたら、おまえたちを大臣の職につけてやろう」
ヌオリがその言葉にゴクリと唾を飲む。
「それから、バンハ伯爵とセウラー伯爵、そのどちらも侯爵家にしてやってもいい。他にも子爵家や男爵家の者たちもいたな。みな、働きに応じて、それぞれに家格を上げてやろう」
侯爵家とは、貴族の中で最高位にあたる。その上に公爵家はあるが、こちらは王家との血縁者の家系である。今、皇太子妃の出身のラキム伯爵家、皇太子妃の母の実家であるジート伯爵家が現国王と必死に王座を強奪したのには、その公爵家にならんとの野望もあるためだ。自らの血流が王家の血流と交差する、その栄誉を思うと、志ある貴族なら血が湧き上がるような喜びを感じるはずだ。
そもそも現国王と現皇后の婚姻が成立したのは、父である前国王があまり息子が高貴の家とつながりを持ち、力を持つことを望まなかったからだ。それゆえ、そこそこの家系の令嬢との婚姻を許した。力を持つのは自分だけいいと思っていた。
正妃である皇太后が嫁ぐ前から、前国王の元には側室がすでにいた。そしてその側室が生んだ庶子もいた。
婚姻は家と家との契約であり、個人の意思とは関係がない。王族や貴族においてはそのような認識である。前国王が皇太子であった時代に、王家と釣り合う家系の出で、次の皇后にふさわしい女性はその令嬢だけで、婚姻可能な13歳になるまでにはまだ年月があり、その間に8歳年上の皇太子は側室を迎えてしまった。
自分より先に側室がいたからといって、その令嬢は特に何も思わなかった。何があろうと皇太子の正妃は自分だけだという自負あったからだ。そして王国の後継者との間に、王女から始まって数名の王子も生み、その座をゆるぎのないものとした。夫である国王が何名の側室を持とうが、庶子を生ませようが、王国の跡継ぎは自分の生んだ息子だけだ。誰も正妃である自分に代わることはできない。自分は王の妻であると同時に、王の母なのだから。
とはいうものの、彼女の夫はさすがにげんなりするほどの数の女性を求め、民たちに「王の花園」と言われるほどの数の側室を並べただけではなく、なんと、あろうことか女神であるマユリアまで所望した。そして、実の息子と女神の取り合いをして、恥を披露した。
それ以前にも夫に対して愛情などというものを感じたことはない。そもそも、王家の婚姻にそのような感情は必要がないからだ。ただ王であるというだけで尊敬はしていたが、それはその人が何か尊敬をするような行動をしたからではない。ただ、一番高貴な血の持ち主であるからだ。その血を受けた自分が生んだ王子がその後継者になる、そのことでその血を尊敬しているに過ぎない。
だが、その唯一持っていた尊敬の念も枯れ果てるほど、夫は愚かな行動を取ってくれた。妻であり、正妃であり、王妃である自分の恥にもなることだ。
シャンタルが突然お隠れになったことで、王の花園に入るはずだった女神は女神の座にとどまることとなった。その報告を聞いた時、彼女はホッとした。人をずらずらと並べられるのも嫌だが、そこにさらに女神を並べようとした夫の貪欲さに心底嫌気がさしていたからだ。
そこにさらに止めを刺したのは、夫のこの言葉だった。
『ではマユリアはどうなるのだ! マユリアの後宮入りは!』
その報告を受けた時、彼女は夫の隣に座っていた。王宮が宮からのありえぬ訃報を受け取った時の、この国の国王たる人間の第一声がこれだったのだ。
その瞬間、彼女はすっかり夫に愛想を尽かした。だから、息子から父王を追い落とし、自分が王位に就くという計画を打ち明けられた時、協力する気になった。まずは夫の母である皇太后に相談の上、側室の中の古株で、おそらく次々と新しい花を追い求める主に嫌気が刺しているであろう者たちにも声をかけたのだ。どの花たちも彼女と同じ心持ちであったのだろう、その後の行く末さえ保証されるなら、と同意してきた。
夫である国王は正妃である妻や、古くから寵愛してきた側室たちの裏切りを知り、激怒した。いや、激怒などという言葉では足りないほどの怒りに体がバラバラになりそうだった。
「そうだ、だから離縁だ。王妃とは離縁する。そして皇太子は廃嫡する。そうすれば、あれも次の王の母だと大きな顔もしておけまい。元妻だ、重い罪には問わぬ。だが、実家に送り返し、どこかの塔にでも幽閉してもらうとする」
前国王はそう言うと小気味よさそうにククククと笑った。
前国王が王妃と呼ぶ皇太后の実家はある公爵家だ。
「元々は王家と縁のある公爵家ではあるが、その家からそのような王家を裏切る者が出たのだ。公爵の称号は取り上げてくれる。そうだ、その代わりにおまえたちを王家の血脈と縁付けて公爵としても良いぞ」
前国王の狂気は、ヌオリたち若い貴族の子息たちの野心を燃え立たせていった。
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