387 / 488
第五章 第四部
4 絶望の時
しおりを挟む
元王宮衛士は驚いた顔になり、言葉をなくした。
「どうです、一緒に行きませんか。あなたの言い方だと、おそらくこちらに心を残すような家族もいないんじゃないですか?」
「それは……」
「え、家族いるんですか? その上で危険を覚悟でそんな告発を?」
「いえ、いません。いましたがいなくなりました」
元王宮衛士はその先の話をした。つまり、王宮衛士を辞めさせられたことで一族の恥とされ、妻は子供を連れて去っていったということだ。
「そうでしたか」
ディレンはなんとなく自嘲的に笑みを浮かべる。
「それで絶望をしてそんなことをしたってことですか」
男は少し考えて、
「そうかも知れませんね」
と素直に認めた。
「いや、分かります。実は私も同じ身の上で」
「え?」
「もう随分と若い頃ですが、女房と子供に去られたことがあります」
「えっ!」
ハリオが驚いてそんな声を出した。いや、船長のそんな話は聞いたことがない。そういえばどんな過去があるのかも聞いたことがない。そういや船長ってあんまり女の話とかしてないよな。そんなことをぼおっと頭に浮かべる。
「だから、あんたが絶望する気持ちは分かります」
「まあ、それだけではないですしね」
「まずは信じていた王様に裏切られた」
「ええまあ」
ディレンがまたふっと薄く笑う。
「そんなにおかしいですか、人の不幸話が」
なんとなく男がカチンときた顔でそう聞いた。
「いや、すみません。ただ、あの時の自分もそうだったのかなと」
「え?」
「もう自分の命を終えてしまってもいい、いや終えてしまいたい、そう考えてるってことですよ」
「奥さんと子どもさんがいなくなった時のことですか」
「いや、その時はそこまででもなかったですな」
ディレンが空になったカップの中身をじっと見る。まるで、そこにいなくなった妻子の顔が映っているかのように。
「その時は何が悪かったんだろう、とは考えましたが、絶望とまではいきませんでした。まあ、まだ若かったし、外へ向けての見栄ってのもあったんで、なんでもない顔をして生きてました」
「そうなんですか」
「あの、じゃあいつだったんです、絶望して命を終えてしまってもいいって思ったのは」
おそるおそる横からハリオが聞いた。すごく気になる。まさか船長がそんなことを考えたことがあったなんて。
「ああ、それはこっちに来る船の中だ」
「ええっ!」
今度はハリオは思わず音を立てて椅子から立ち上がった。
「こっち来る時って、船長、そりゃほんの少し前じゃないですか! 一体なんで!」
「まあ落ち着け」
ディレンは自分も一度立ち、自分より少しばかり高いところにあるハリオの肩をぽんぽんと叩いてから座らせた。
「ついでなんであんたにも聞いてもらっていいですかな」
「ええ、そりゃまあ……ですが、なんで」
「あんたも色々聞かせてくれたでしょう、お返しってわけじゃないですが、もしかしてお互いに気持ちが多少は分かるかも知れませんし」
男はディレンの言葉に黙ったままカップの酒を飲む。無言の了承のようだった。
ディレンは船の中でトーヤたちに語ったように、妻子の話をハリオと男に語って聞かせた。
「まあ、そういうことで、もう女なんか信じることもなかろうと思ってたんですが、ある街で一人の女に会ったんですよ。それが、親子ほど年が違う、場末も場末の娼家の女だったんですが、なんというか俺にとっちゃ運命の女だったってわけです」
ディレンがその女を思い出す顔を見て、ハリオも男もその言葉を信じるしかなかろうと思った。それほどにディレンの表情は晴れやかで、聖なる存在を見ている巡礼者のようだったからだ。
「ところが、その女が病になって、命の期限を切られた。俺はさっきも言ったようにもう人生諦めたように、いつ死んでもいいって暮らしをしていたもんで、その女を引き取ってやる金もない。それで一勝負することにしたんですよ」
「一勝負?」
「ええ、海賊船です」
「ええっ!」
またハリオが声をひっくり返らせる。
「海賊船ってもそんな非道な本物の海賊じゃない。ちょっとばかり同業者にケンカ売って、荷を横取りしてやろうってなチンケな海賊もどきですよ。ですが、船には明るくても海賊家業には縁がなかったもんで、逆にやられて荷を全部取られちまってね、結果として船まで失うことになった」
ディレンは晴れやかに笑いながらそう言うが、ハリオは気の毒で聞いていられないと思った。
「それで結局その女は死んでしまったわけですが、その時の絶望たるや……それで、頼まれてたそいつの息子みたいなガキのこと、それすらどうにもできなくて、結局行方不明にしちまった。そいつにこっち来る船で偶然再会したわけですが、突っぱねられましてね、その女との約束を守れない、そう思ってもう死んでもいいかと思ったってわけです」
トーヤのことだとハリオは気がついた。ディレンはトーヤのことを「昔の知り合いだ」と言っていたが、まさか二人にそんな因縁があったとは思いもしなかった。とてもそんな複雑な関係には見えなかったからだ。
静かに夜が更ける中、ディレンの話は続いた。
「どうです、一緒に行きませんか。あなたの言い方だと、おそらくこちらに心を残すような家族もいないんじゃないですか?」
「それは……」
「え、家族いるんですか? その上で危険を覚悟でそんな告発を?」
「いえ、いません。いましたがいなくなりました」
元王宮衛士はその先の話をした。つまり、王宮衛士を辞めさせられたことで一族の恥とされ、妻は子供を連れて去っていったということだ。
「そうでしたか」
ディレンはなんとなく自嘲的に笑みを浮かべる。
「それで絶望をしてそんなことをしたってことですか」
男は少し考えて、
「そうかも知れませんね」
と素直に認めた。
「いや、分かります。実は私も同じ身の上で」
「え?」
「もう随分と若い頃ですが、女房と子供に去られたことがあります」
「えっ!」
ハリオが驚いてそんな声を出した。いや、船長のそんな話は聞いたことがない。そういえばどんな過去があるのかも聞いたことがない。そういや船長ってあんまり女の話とかしてないよな。そんなことをぼおっと頭に浮かべる。
「だから、あんたが絶望する気持ちは分かります」
「まあ、それだけではないですしね」
「まずは信じていた王様に裏切られた」
「ええまあ」
ディレンがまたふっと薄く笑う。
「そんなにおかしいですか、人の不幸話が」
なんとなく男がカチンときた顔でそう聞いた。
「いや、すみません。ただ、あの時の自分もそうだったのかなと」
「え?」
「もう自分の命を終えてしまってもいい、いや終えてしまいたい、そう考えてるってことですよ」
「奥さんと子どもさんがいなくなった時のことですか」
「いや、その時はそこまででもなかったですな」
ディレンが空になったカップの中身をじっと見る。まるで、そこにいなくなった妻子の顔が映っているかのように。
「その時は何が悪かったんだろう、とは考えましたが、絶望とまではいきませんでした。まあ、まだ若かったし、外へ向けての見栄ってのもあったんで、なんでもない顔をして生きてました」
「そうなんですか」
「あの、じゃあいつだったんです、絶望して命を終えてしまってもいいって思ったのは」
おそるおそる横からハリオが聞いた。すごく気になる。まさか船長がそんなことを考えたことがあったなんて。
「ああ、それはこっちに来る船の中だ」
「ええっ!」
今度はハリオは思わず音を立てて椅子から立ち上がった。
「こっち来る時って、船長、そりゃほんの少し前じゃないですか! 一体なんで!」
「まあ落ち着け」
ディレンは自分も一度立ち、自分より少しばかり高いところにあるハリオの肩をぽんぽんと叩いてから座らせた。
「ついでなんであんたにも聞いてもらっていいですかな」
「ええ、そりゃまあ……ですが、なんで」
「あんたも色々聞かせてくれたでしょう、お返しってわけじゃないですが、もしかしてお互いに気持ちが多少は分かるかも知れませんし」
男はディレンの言葉に黙ったままカップの酒を飲む。無言の了承のようだった。
ディレンは船の中でトーヤたちに語ったように、妻子の話をハリオと男に語って聞かせた。
「まあ、そういうことで、もう女なんか信じることもなかろうと思ってたんですが、ある街で一人の女に会ったんですよ。それが、親子ほど年が違う、場末も場末の娼家の女だったんですが、なんというか俺にとっちゃ運命の女だったってわけです」
ディレンがその女を思い出す顔を見て、ハリオも男もその言葉を信じるしかなかろうと思った。それほどにディレンの表情は晴れやかで、聖なる存在を見ている巡礼者のようだったからだ。
「ところが、その女が病になって、命の期限を切られた。俺はさっきも言ったようにもう人生諦めたように、いつ死んでもいいって暮らしをしていたもんで、その女を引き取ってやる金もない。それで一勝負することにしたんですよ」
「一勝負?」
「ええ、海賊船です」
「ええっ!」
またハリオが声をひっくり返らせる。
「海賊船ってもそんな非道な本物の海賊じゃない。ちょっとばかり同業者にケンカ売って、荷を横取りしてやろうってなチンケな海賊もどきですよ。ですが、船には明るくても海賊家業には縁がなかったもんで、逆にやられて荷を全部取られちまってね、結果として船まで失うことになった」
ディレンは晴れやかに笑いながらそう言うが、ハリオは気の毒で聞いていられないと思った。
「それで結局その女は死んでしまったわけですが、その時の絶望たるや……それで、頼まれてたそいつの息子みたいなガキのこと、それすらどうにもできなくて、結局行方不明にしちまった。そいつにこっち来る船で偶然再会したわけですが、突っぱねられましてね、その女との約束を守れない、そう思ってもう死んでもいいかと思ったってわけです」
トーヤのことだとハリオは気がついた。ディレンはトーヤのことを「昔の知り合いだ」と言っていたが、まさか二人にそんな因縁があったとは思いもしなかった。とてもそんな複雑な関係には見えなかったからだ。
静かに夜が更ける中、ディレンの話は続いた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
悲恋を気取った侯爵夫人の末路
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。
順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。
悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──?
カクヨムにも公開してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる