上 下
361 / 488
第五章 第二部

21 応急手当

しおりを挟む
 トーヤとベルは急いでシャンタルを主寝室へと運んだ。
 こんな騒ぎになってしまっては、何がどうなるか分からない。多分担当侍女と用のある侍女以外はそうそう入っては来ないだろうが、万が一ということがある。

 アランは様子を見るために部屋の外へと出ていった。

 シャンタルをベッドに寝かせ、衣服を緩ませて布団をかける。銀色の髪が汗をかいた額に張り付き、息も荒い。

「なあ、おい、だいじょうぶかよ、シャンタル……」

 ベルがベッドの横に座り、心配そうにシャンタルの手をギュッと握った。

「うん、大丈夫。ベルが手を握っててくれたらきっとすぐ良くなるよ」

 そう言って笑うものの、その笑顔もつらそうで、ベルは胸が痛くなる。

 トーヤはそんな2人のそばに立っている。

「なあトーヤ、シャンタル平気だよな? すぐよくなるよな?」

 ベルが泣きそうな顔でトーヤに聞いてくるが、

「いや、すぐには良くならんと思う」

 と言われて思わず目を見開いて、口も開いたままになる。

「な、な、なんでそんなことわかんだよ!」
 
 ベルはやっとのように口を閉じて開けて、そうとだけ口にした。

「わ、わかんねえだろ、そんなこと!」
「落ち着け」

 トーヤがふっと一つだけ笑って続ける。

「なんで分かるかってとな、似てるんだよ」
「な、なにに!」
「共鳴だ」
「へ?」
「俺が共鳴を経験した時、こんな感じになった」

 トーヤがダルと剣の訓練をしているのを見に来たシャンタルと目が合った時、シャンタルが見た溺れる夢をトーヤも見た時、それからマユリアとラーラ様から切り離されたシャンタルが使える体を探してトーヤの体に入ろうとした時だ。

「急にがっくりと体に力が入らなくなってな、息をするのも重かった。それで丸一日ぐらいは動けなかったな」
「これが共鳴の……」

 ベルは話には聞いたが、実際にその時のトーヤを見たわけではない。

「俺もこうなって寝てただけだからそうじゃねえかと思うだけだが、ダルやミーヤにも見てもらったら、多分一緒だと言うはずだ」
「そうかあ、私はなんともなかったし、トーヤがそうなった時のことも見ていないから知らなかったよ」

 シャンタルははあっと大きく一つ肩で息をして、

「つらいねえ、これは」

 と言って弱々しく笑った。

 アランは廊下へ出た。
 扉を出て少し客殿寄り、エリス様ご一行が滞在していることになっている部屋の隣、ちょうどトーヤの部屋の前あたりに男が2人倒れていて、それを高貴な身分とおぼしき男が呆然と立ったままで見下ろしていた。 
 さっきミーヤが「侍医を呼んでくる」と言って立ち去ってからまだ間もないが、それにしてもこのお貴族様は、仲間の様子を見る甲斐性すらないのか、とアランは少しばかりイラッとした。

「あの」

 アランに話しかけられ、ヌオリは青い顔のまま視線をアランに向ける。

「どうされたんです?」

 一部始終を見ていたが、アランはそっとそう聞いてみた。

「いや……」

 ヌオリはそうとだけ言うと、また黙って仲間を見下ろす。

「ケガしてるみたいじゃないですか、って、こりゃ骨が外れてるみたいだな」

 アランは倒れてうめいている男たちの様子を見てみる。これまでの経験からおそらく脱臼させられているだろうと思ったが、予想通りであった。
 こちらに向かう途中で盗賊らしき一団に「お仕置き」をした時は、すぐにシャンタルが治してやっていたが、今ここでそんなことをすると、ますますおかしなことになるし、第一、なぜだかシャンタルは具合が悪くなって寝室へ運ばれていた。ここは普通に人間の医者に診てもらうしかなさそうだ。

「さっき、侍女の方が侍医を呼んでくるって走って行きましたが、何があったんです?」
「分からん」

 ヌオリがアランの質問に一言だけ答える。感情は何も含まず、反射的に答えた、そんな感じだった。

「分からんって……」

 アランは座って2人の様子を見る。1人は手首、もう1人は肩がはずれている。痛みで低く呻くだけ、冷や汗もかいている。

「ちょっと我慢してくださいよ」

 アランはそう言うと、手首がはずれた男の腕を持ち、

「ぎゃあっ!」

 元のように骨をはめた。

「これでもうそんな痛くないと思いますよ。しばらく冷やして固定した方がいいけど」

 男は骨をはめられた痛みで目に涙を浮かべ、声もないまま苦痛に耐えているようだった。

「こっちはなあ、肩だもんなあ」

 明らかに手首よりもはめるのが厄介だ。

「あの」
「え!」

 ヌオリがアランに声をかけられてビクッとする。

「ちょっとこの人の肩はめますんで、押さえてもらえますか?」
「え!」

 ヌオリが驚いて声を上げた。

「わ、私にはそんな技術はない!」
「大丈夫ですよ、俺がやれますから」
「おまえは医者なのか?」
「いえ、傭兵です。戦場ではこういうのしょっちゅうですからね、慣れてます」
「傭兵……」
「ほら、そっち押さえててください」

 ヌオリはアランに言われるがまま、仲間の体を押さえた。

「いきますよ、ちょっとだけ我慢してくださいね」
「ぎゃあっ!」

 仲間が痛みで絶叫し、肩がゴキッと音がしてはまったようだ。

「はい、これでちょっとは楽になったと思いますよ。医者が来るまでちょっとじっとしといてください」

 ヌオリは目の前の出来事に顔色をなくし、硬直している。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

処理中です...