上 下
357 / 488
第五章 第二部

17 並ぶ客室

しおりを挟む
 その頃、くだんのヌオリはライネン以外の仲間たちと宮の中にいた。

「王宮に陛下への謁見を求めて日参していたのに、突然行かなくなるのはおかしいだろう。何かあったのでは疑われると困る。それに、続けて圧力をかけ続けるためにも、同じことを繰り返す方がいい」

 ヌオリがそう主張し、今も交代で日に何度も王宮へ足を向けては、いないと知っている前国王に謁見を願い出ている。

 ヌオリたちが滞在しているのはトーヤとダルの部屋の一つ空けて隣の部屋だ。

 トーヤの部屋、ダルの部屋、そして先日ハリオがルギと話をするために滞在してそのまま一泊した部屋が3つ並んでおり、その隣からは同じタイプの部屋を2つつなげても使えるように、壁に扉が設置された部屋が3組並んでいる。ここまでが前の宮の上級の客室になる。それぞれ廊下を挟んだ反対の山側は、担当の侍女の控室や、その他諸々所用のための部屋だ。

 ちなみにその西隣、トーヤの部屋の隣がエリス様ご一行が滞在し続けていることになっている、主従で滞在できる大部屋で、これも3つ並んでいる。今はエリス様の隣の部屋がディレン、ハリオ、アランの部屋だ。一番端だけが空き部屋だが、ほとんど人の出入りのない宮にとっては珍しく、ほぼ満室状態と言っていいだろう。

 その一角から東、客殿の方向へ進むと、衛士たちの控室までの間には、セルマとミーヤがいるのと同じ一番小さな客室がずらっと並んでいる。海側、山側に10室ずつ、合計20室ある。こちらは今はセルマとミーヤが使っている部屋だけが使用中で、その向かい側の海側の部屋に、一応念のために見張りの衛士たちが交代で詰めている。もちろん廊下にも絶えず交代で番をしているので、空き室が多いが人の往来は多いと言えるだろう。

 ヌオリと仲間は部屋を出ると、そのセルマのいる部屋の前を通って王宮へ行き、しばらくすると戻ってくるという行動を一日に何度か繰り返している。
 その度にヌオリは衛士が見張っている部屋のことが気にはなっていたのだが、そんなことをわざわざ聞く必要もなければ、聞いているゆとりもなかったので、いつも素通りしてするだけだった。

 だが今は、前国王という貴重な駒を手に入れ、それを使うタイミングを図っている状態だ。少しばかり心の余裕ができた。そうなると、今までは気にならなかったことが気になってきた。

「おい、あの部屋は一体なんだと思う?」

 部屋へ戻ると早速連れにそう聞くが、誰も知る者はいない。当然だが。

「あそこは客室だとの話ですが、でも見る限りは衛士が見張ってますよね」
「ああ、それと、時々侍女が出入りしてる姿を見かけます」
「私も見ました、オレンジの衣装の侍女が入っていくのを」
「ということは、その侍女の部屋か?」

 ヌオリが仲間たちの言葉をまとめてそう言うが、

「侍女部屋は奥宮にあると聞いた気がします」
「そういう話だな。それに自分の部屋だとしても、衛士に見張られながら自由に出入りするというのもおかしな話だな」
「そうですよね」
 
 人間というものは、一度疑問に思ったことを表に出すと、今度は気になって仕方がなくなることがあるものだ。

「でもあの侍女」

 ふと、思い出したようにまた別の者が口を開く。

「確か、隣の月虹兵の部屋にも出入りしていましたよ」
「そうなのか」
「ということは、月虹兵付きなのではないか?」
「では衛士が見張っている部屋にも月虹兵がいるということか?」
「衛士に見張られながら宮にですか? だとしたら一体どういう理由ででしょう」
「そうだな」

 月虹兵についてはよく分からないが、もしも衛士や憲兵などという立場の者が何か身柄を拘束される、監視されるなどという状況になったとしたら、それなりの施設に収監されたはずだ。

「月虹兵は衛士や憲兵と違って宮直属というか、確かマユリア直属のような形でしたよね?」
「そうだったな」

 そうだ。八年前にいきなりそのような隊ができた、しかもマユリアの直々のお声がけで。

「漁師の小倅こせがれがその隊長だと言っていたな」
「ええ、それと副隊長に例の託宣の客人と言われる者が」
「ああ」

 言われてヌオリも思い出す。

 託宣については誰も何も言わない。何があろうと、それはシャンタルがこの世のためにお言葉を下さること。信じる以外の選択肢はない。だが、そんな者が宮に出入りしているという話は、やはり心ざわめかずに聞かずにはおられなかった。

「その後、その託宣の客人という者は姿を消し、この八年、見た者はないという話だな」
「はい」

 いないにも関わらず、相変わらず託宣の客人は月虹隊の副隊長だという。しかも、宮の命で世界中を旅しているという話だった。

「では、もしかして、本当はその者があの部屋にいるのでは?」
「あ、そういえば、あの当時、確かオレンジの衣装の侍女がその者の世話役となった、と聞いた覚えもあります」
 
 そう言い出したのは、当時、妹が「行儀見習いの侍女」として宮へ入っていた者だ。その後戻った妹は他家へ縁付いたが、その時にそんな話をしていたように思う。

 ヌオリたちの間で、なんとなくその話が真実味を帯びてきたが、

「では、なぜそんなところに閉じ込められている」

 分からないのはそこであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...