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第五章 第一部

21 覚悟の先に

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「本当に頑固ですね……」

 セルマはそう言って、微笑ましそうに、だがどこかさびしそうに笑った。

「そうかも知れません」

 ミーヤも少しだけ笑いを浮かべる。

「ですが、覚悟や決意というものは、そんなに簡単にひるがえすものではないと思うのです。たとえそれが幼い日の幼い心で誓ったことでも」

 ミーヤは遠いあの日のことを思い出す。

 懐かしい故郷から王都へ出てきて、一月ほどの生活の後、侍女に選ばれたと告げられた日のことを。
 うれしさとさびしさがないまぜになり、もう二度と戻ることはない故郷を思い出して、心が引き裂かれそうになった時のことを。
 やりきれないほどのさびしさと同時に誇らしくもあり、自分は一生をここで過ごし、神にその身を捧げるのだと幼心おさなごころに誓ったことを。

「そうですね。分からないではないです。私もやはり、今から自分の道を違えることはできない……」

 セルマもミーヤの言葉に頷く。

「前に話しましたよね、私がなぜ侍女になったのかを」
「はい、お聞きしました」
「私は、あなたのように誰かの役に立ちたい、誰かを助けたい、そんな純粋な心で侍女になったのではありません。全ては家のため、家族のため、そう思ってひたすら学び、宮からの募集がある日のために努力をしました。そして望んだ通りに侍女になったのです。つまり、そこには私の意思、希望、そんなものはなかった。ですが、一度そうして選んだ道はもう変えられない。変えるつもりもありません。たとえそれが自分の選んだ道ではなかったとしても。だから、あなたの気持ちもなんとなく分かります」

 セルマはまたさびしげにそう言った。

「この一月ひとつきの間、生まれて初めて、自由に時間を過ごした気がします。思う存分読みたい本を読み、好きなだけ色々なことを考えることが出来て、あなたと色々な話をして、そして、不思議なことに、そんな時間を過ごすことで幸せを感じることができました。皮肉なことですが、今度のことで初めてそのような時間を持てたのです。そうして決められ、歩いてきた道の先に、こんな時間を過ごせた。思いもしなかった平穏な時間を。なんでしょうね、もうそれだけで充分なようにも思えます」

 セルマはそう言ったが、その後でため息を一つつくと、

「私は一体どうなるのでしょうね。キリエ殿を害した犯人はまだ捕まってはいないのでしょう?」
「ええ……」

 ミーヤは返事に困った。
 
 なぜなら、その犯人はこのセルマであると分かっているからだ。 

 先代、「黒のシャンタル」がその力を使い、2人の侍女見習いの記憶の中にあった香炉を届けた侍女の声がセルマであると断定をした。だからそれに間違いはない。

 だが、セルマにはそんなことは分からない。そんな不思議なことがあるとは、セルマでなくとも誰にでも考えることはできないだろう。だから、決定的な証拠のない状態では、あくまで自分ではないと言い張り続けるだろう。この先も何があろうと決してあの侍女が自分だと認めはしないはずだ。

 そしてそれは事実なのだ。それ以外になにも証拠はない。誰にもセルマが犯人であると断じることはできない。

「宮は、マユリアは、衛士は、私を一体どうするつもりなのでしょうね。この部屋から出された時、私の扱いは一体どうなるのか」

 それはミーヤも思っていたことである。

 ミーヤは最初はセルマと同じく、容疑者として懲罰を経てこの部屋へと入れられた。だがその後、いきなりキリエがこの部屋へやってきて、ミーヤの嫌疑は晴れたがそのままセルマの世話役をするようにと命じられ、そのままこの部屋へ残っている。

 マユリアのめいがあり、キリエが侍女には禁じられている「嘘をついて」まで、エリス様ご一行の逃亡劇がエリス様を狙う犯人をかく乱するためであったということになった。故に一行を手伝った、特に身分を偽っていたトーヤを宮へ引き入れたとする容疑が晴れ、ミーヤは元の侍女に戻ったのだ。
 
 だが、セルマに関しては、それ以降も全く何の処分はなく、かといって自由にするわけでもない。
 
 おそらく、交代の後、キリエ様は勇退なさってフウ様を次の侍女頭に指名されるはずだ。セルマ様を指名されることはない。だが、キリエ様が一線を退しりぞかれたならば、神官長が黙ってそのままフウ様が侍女頭になることを許すことはないだろう。だけど、そのままセルマ様を侍女頭に任命することも難しいように思う。

 ミーヤがそう考えていた時、

「もしかしたら、私は神官長に見捨てられたのかも知れませんね」
 
 と、セルマが言った。

 そうなのだろうか。
 
 交代の後、一体何がどうなるのかは全く分からない。

 おそらく大部分の者たちは、いつものように自然に交代を行われ、当代がまだ幼いながら8歳のマユリアとなられ、次代様がシャンタルになられると思っているはずだ。

 だが、自分たちのようにある秘密を知ってしまったものには、そう思うことはできない。

「一体どうなるのでしょうね」

 そう言いながらも感情が込められていないこの言葉に、ミーヤも答えることができなかった。

「どうなるのでしょう」

 ただ、ミーヤもセルマと同じ言葉を繰り返すだけだ。

 その日はすぐそこまで来ている。
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