340 / 488
第五章 第一部
21 覚悟の先に
しおりを挟む
「本当に頑固ですね……」
セルマはそう言って、微笑ましそうに、だがどこかさびしそうに笑った。
「そうかも知れません」
ミーヤも少しだけ笑いを浮かべる。
「ですが、覚悟や決意というものは、そんなに簡単に翻すものではないと思うのです。たとえそれが幼い日の幼い心で誓ったことでも」
ミーヤは遠いあの日のことを思い出す。
懐かしい故郷から王都へ出てきて、一月ほどの生活の後、侍女に選ばれたと告げられた日のことを。
うれしさとさびしさがないまぜになり、もう二度と戻ることはない故郷を思い出して、心が引き裂かれそうになった時のことを。
やりきれないほどのさびしさと同時に誇らしくもあり、自分は一生をここで過ごし、神にその身を捧げるのだと幼心に誓ったことを。
「そうですね。分からないではないです。私もやはり、今から自分の道を違えることはできない……」
セルマもミーヤの言葉に頷く。
「前に話しましたよね、私がなぜ侍女になったのかを」
「はい、お聞きしました」
「私は、あなたのように誰かの役に立ちたい、誰かを助けたい、そんな純粋な心で侍女になったのではありません。全ては家のため、家族のため、そう思ってひたすら学び、宮からの募集がある日のために努力をしました。そして望んだ通りに侍女になったのです。つまり、そこには私の意思、希望、そんなものはなかった。ですが、一度そうして選んだ道はもう変えられない。変えるつもりもありません。たとえそれが自分の選んだ道ではなかったとしても。だから、あなたの気持ちもなんとなく分かります」
セルマはまたさびしげにそう言った。
「この一月の間、生まれて初めて、自由に時間を過ごした気がします。思う存分読みたい本を読み、好きなだけ色々なことを考えることが出来て、あなたと色々な話をして、そして、不思議なことに、そんな時間を過ごすことで幸せを感じることができました。皮肉なことですが、今度のことで初めてそのような時間を持てたのです。そうして決められ、歩いてきた道の先に、こんな時間を過ごせた。思いもしなかった平穏な時間を。なんでしょうね、もうそれだけで充分なようにも思えます」
セルマはそう言ったが、その後でため息を一つつくと、
「私は一体どうなるのでしょうね。キリエ殿を害した犯人はまだ捕まってはいないのでしょう?」
「ええ……」
ミーヤは返事に困った。
なぜなら、その犯人はこのセルマであると分かっているからだ。
先代、「黒のシャンタル」がその力を使い、2人の侍女見習いの記憶の中にあった香炉を届けた侍女の声がセルマであると断定をした。だからそれに間違いはない。
だが、セルマにはそんなことは分からない。そんな不思議なことがあるとは、セルマでなくとも誰にでも考えることはできないだろう。だから、決定的な証拠のない状態では、あくまで自分ではないと言い張り続けるだろう。この先も何があろうと決してあの侍女が自分だと認めはしないはずだ。
そしてそれは事実なのだ。それ以外になにも証拠はない。誰にもセルマが犯人であると断じることはできない。
「宮は、マユリアは、衛士は、私を一体どうするつもりなのでしょうね。この部屋から出された時、私の扱いは一体どうなるのか」
それはミーヤも思っていたことである。
ミーヤは最初はセルマと同じく、容疑者として懲罰を経てこの部屋へと入れられた。だがその後、いきなりキリエがこの部屋へやってきて、ミーヤの嫌疑は晴れたがそのままセルマの世話役をするようにと命じられ、そのままこの部屋へ残っている。
マユリアの命があり、キリエが侍女には禁じられている「嘘をついて」まで、エリス様ご一行の逃亡劇がエリス様を狙う犯人をかく乱するためであったということになった。故に一行を手伝った、特に身分を偽っていたトーヤを宮へ引き入れたとする容疑が晴れ、ミーヤは元の侍女に戻ったのだ。
だが、セルマに関しては、それ以降も全く何の処分はなく、かといって自由にするわけでもない。
おそらく、交代の後、キリエ様は勇退なさってフウ様を次の侍女頭に指名されるはずだ。セルマ様を指名されることはない。だが、キリエ様が一線を退かれたならば、神官長が黙ってそのままフウ様が侍女頭になることを許すことはないだろう。だけど、そのままセルマ様を侍女頭に任命することも難しいように思う。
ミーヤがそう考えていた時、
「もしかしたら、私は神官長に見捨てられたのかも知れませんね」
と、セルマが言った。
そうなのだろうか。
交代の後、一体何がどうなるのかは全く分からない。
おそらく大部分の者たちは、いつものように自然に交代を行われ、当代がまだ幼いながら8歳のマユリアとなられ、次代様がシャンタルになられると思っているはずだ。
だが、自分たちのようにある秘密を知ってしまったものには、そう思うことはできない。
「一体どうなるのでしょうね」
そう言いながらも感情が込められていないこの言葉に、ミーヤも答えることができなかった。
「どうなるのでしょう」
ただ、ミーヤもセルマと同じ言葉を繰り返すだけだ。
その日はすぐそこまで来ている。
セルマはそう言って、微笑ましそうに、だがどこかさびしそうに笑った。
「そうかも知れません」
ミーヤも少しだけ笑いを浮かべる。
「ですが、覚悟や決意というものは、そんなに簡単に翻すものではないと思うのです。たとえそれが幼い日の幼い心で誓ったことでも」
ミーヤは遠いあの日のことを思い出す。
懐かしい故郷から王都へ出てきて、一月ほどの生活の後、侍女に選ばれたと告げられた日のことを。
うれしさとさびしさがないまぜになり、もう二度と戻ることはない故郷を思い出して、心が引き裂かれそうになった時のことを。
やりきれないほどのさびしさと同時に誇らしくもあり、自分は一生をここで過ごし、神にその身を捧げるのだと幼心に誓ったことを。
「そうですね。分からないではないです。私もやはり、今から自分の道を違えることはできない……」
セルマもミーヤの言葉に頷く。
「前に話しましたよね、私がなぜ侍女になったのかを」
「はい、お聞きしました」
「私は、あなたのように誰かの役に立ちたい、誰かを助けたい、そんな純粋な心で侍女になったのではありません。全ては家のため、家族のため、そう思ってひたすら学び、宮からの募集がある日のために努力をしました。そして望んだ通りに侍女になったのです。つまり、そこには私の意思、希望、そんなものはなかった。ですが、一度そうして選んだ道はもう変えられない。変えるつもりもありません。たとえそれが自分の選んだ道ではなかったとしても。だから、あなたの気持ちもなんとなく分かります」
セルマはまたさびしげにそう言った。
「この一月の間、生まれて初めて、自由に時間を過ごした気がします。思う存分読みたい本を読み、好きなだけ色々なことを考えることが出来て、あなたと色々な話をして、そして、不思議なことに、そんな時間を過ごすことで幸せを感じることができました。皮肉なことですが、今度のことで初めてそのような時間を持てたのです。そうして決められ、歩いてきた道の先に、こんな時間を過ごせた。思いもしなかった平穏な時間を。なんでしょうね、もうそれだけで充分なようにも思えます」
セルマはそう言ったが、その後でため息を一つつくと、
「私は一体どうなるのでしょうね。キリエ殿を害した犯人はまだ捕まってはいないのでしょう?」
「ええ……」
ミーヤは返事に困った。
なぜなら、その犯人はこのセルマであると分かっているからだ。
先代、「黒のシャンタル」がその力を使い、2人の侍女見習いの記憶の中にあった香炉を届けた侍女の声がセルマであると断定をした。だからそれに間違いはない。
だが、セルマにはそんなことは分からない。そんな不思議なことがあるとは、セルマでなくとも誰にでも考えることはできないだろう。だから、決定的な証拠のない状態では、あくまで自分ではないと言い張り続けるだろう。この先も何があろうと決してあの侍女が自分だと認めはしないはずだ。
そしてそれは事実なのだ。それ以外になにも証拠はない。誰にもセルマが犯人であると断じることはできない。
「宮は、マユリアは、衛士は、私を一体どうするつもりなのでしょうね。この部屋から出された時、私の扱いは一体どうなるのか」
それはミーヤも思っていたことである。
ミーヤは最初はセルマと同じく、容疑者として懲罰を経てこの部屋へと入れられた。だがその後、いきなりキリエがこの部屋へやってきて、ミーヤの嫌疑は晴れたがそのままセルマの世話役をするようにと命じられ、そのままこの部屋へ残っている。
マユリアの命があり、キリエが侍女には禁じられている「嘘をついて」まで、エリス様ご一行の逃亡劇がエリス様を狙う犯人をかく乱するためであったということになった。故に一行を手伝った、特に身分を偽っていたトーヤを宮へ引き入れたとする容疑が晴れ、ミーヤは元の侍女に戻ったのだ。
だが、セルマに関しては、それ以降も全く何の処分はなく、かといって自由にするわけでもない。
おそらく、交代の後、キリエ様は勇退なさってフウ様を次の侍女頭に指名されるはずだ。セルマ様を指名されることはない。だが、キリエ様が一線を退かれたならば、神官長が黙ってそのままフウ様が侍女頭になることを許すことはないだろう。だけど、そのままセルマ様を侍女頭に任命することも難しいように思う。
ミーヤがそう考えていた時、
「もしかしたら、私は神官長に見捨てられたのかも知れませんね」
と、セルマが言った。
そうなのだろうか。
交代の後、一体何がどうなるのかは全く分からない。
おそらく大部分の者たちは、いつものように自然に交代を行われ、当代がまだ幼いながら8歳のマユリアとなられ、次代様がシャンタルになられると思っているはずだ。
だが、自分たちのようにある秘密を知ってしまったものには、そう思うことはできない。
「一体どうなるのでしょうね」
そう言いながらも感情が込められていないこの言葉に、ミーヤも答えることができなかった。
「どうなるのでしょう」
ただ、ミーヤもセルマと同じ言葉を繰り返すだけだ。
その日はすぐそこまで来ている。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
悲恋を気取った侯爵夫人の末路
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。
順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。
悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──?
カクヨムにも公開してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる