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第五章 第一部
13 おとぎ話の証拠
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ナスタが外から鍵をかけて家に帰ってしまい、海神神殿には3人が残った。
「しっかりした石造りだな。これをどのぐらいで作ったって?」
「託宣があってから嵐が来るまで十日って言ってたな」
「ええっ、そんな短期間で!」
ベルが驚き、あらためてきょろきょろと見回すほどに立派な建物だった。
「そらまあ、宮の肝入りだからな、宮大工たちも、どんな仕事しててもそれほっぽって、駆けつけて不眠不休で作業したんだろうよ」
「へえ、たかがトーヤのためになあ……」
言っておいてベルがさっと逃げたが、
「まあ、そうだよなあ」
と、トーヤも認めたのでベルは拍子抜けしてしまった。
「おいおい、えらく素直だな。また、なんだとー! ってくると思ったのに」
「いや……」
トーヤが苦笑する。
「俺は目を覚ました時にはすでにここはこの状態だったわけだから、前のしょぼい神殿ってのは見てねえんだよな。けど、それって、つまり、確かに託宣ってのがあったって証拠ってことみたいでな」
「ああ、そういやそうか」
「八年前から、さんざっぱら不思議なことを見せつけられて、妙なことやらされてきたけど、それは実際に自分が見てきたこと、俺がここに来た後のことだろうが」
「まあ、そうだな」
「それがな」
トーヤもベルのように周囲を見渡しながら言う。
「こうして、その為にできてたってもんを見せられたら、ああ、そういうことかってな、なんか妙な気分になる。いっそ、千年前にどうたらってのの方が、遠いこと、不思議なことで済ませられるんだが、俺が来るってこいつが言って、そんで急いで作ったっての聞かされたらな、妙に現実的で変な気持ちになるんだよ」
「そうか……」
ベルも真面目な顔でトーヤにそう答えた。
そういうものなのかも知れない。
あの時、ここに来る前に一晩かけて八年前の出来事を聞いた時、ベルは兄にこう言ったことを思い出していた。
『な~んか、ピンとこねえ』
そういうものなのだ、人の感覚とは。
それがいかに大きな出来事だとしても、遠いところで起きれば遠い話、遠い人に起きたことなら遠い話として受け止める。
あの時、色々と聞いたが、それはなんというか、遠い物語のようだった。
トーヤとシャンタルはベルにとって大事な人だ。だから、その2人と離れたくなくて、ここで別れると言われたことにあれだけ激怒したのだ。
それだけ大事な人の身の上に起こった話だというのに、やっぱりそれでも、ベルには「ピンとこない」話でしかなかった。
ここへ来て、物語の中に出てきたシャンタル宮を見て、女神たちや侍女たちと実際に会って、現実の人たち、現実の話なのだと感じるに従って、自分の身近の問題になり、自分の大事な人の話になってきて、そして気がつけば自分も当事者になっていた。
トーヤも自分の身の上に起きた色々なことは本当のこととして受け止め、その前の話は物語のように受け止めていたのだろう。
だが、そのおとぎ話の中で建てられたというこの神殿、カースの海神神殿に入ってみると、これが自分のために、自分がこの国に来るという託宣のために建てられた建物だという。そう聞いてしまうと、自分がそのおとぎ話の主人公だとあらためて思い、なんとなく落ち着かない気分になるのかも知れない。
「でもまあ、それももうあとちょいの辛抱だ。次代様が生まれて交代の日が決まったら、こうしてのんびり座ってもいられねえ。とりあえずは衛士たちからどうやって逃げるかだな」
「それなんだけどさ」
ベルはトーヤの声でふっと現実に戻って、思っていることを口に出す。
「衛士とか憲兵ってさ、本当におれたちのこと探しに来ると思う?」
「なんだと?」
「いや、だってさ、ルギもキリエさんもおれたちのこと知ってんじゃん? なにか理由つけて探しに来ないんじゃねえ?」
トーヤはうーんと考えてから、
「そういう可能性がないことはない。けどな、何回も言ってるが、事は最悪を想定して動いとかないとな」
「うん、そりゃまそうなんだけど、なんとなく来ない気がするんだよなあ」
トーヤがじっとベルを見る。
「ベルの勘か」
ベルは驚くほど勘が鋭い。以前から不思議に思っていたが、「童子」というものであると知った今となっては、その能力は神のものなのかも知れないとも思う。
「う~ん、そうかも?」
ベルも少しばかり考えたようにそう言う。
「そうか」
トーヤはどうするべきかと考えるが、
「いや、やっぱり逃げる準備はしとく」
と、短く決定事項を告げ、ベルとシャンタルもそれを受け入れる。
これが今まで自分たちがやってきた形だ。いくらベルが童子でも、シャンタルが慈悲の女神の半分、マユリアと2人で1人だとしても、そんなことは自分たちとは関係のないことだ。
「いいか、色々知っちまったことで今までは考えなくてもよかったことを考えるようになっちまったのは分かる。けどな、俺たちは俺たちだ、今までとなんにも変わらん、何があっても今までと同じく動く」
そう言ってトーヤは頭上、海神神殿の天井を指差し、
「ここは確かに託宣によって建てられた神殿かも知れん。だがな、今はカースのみんなが普通に使ってる神殿だ。元の掘っ立て小屋となんも変わらん。そういうこった」
そう宣言した。
「しっかりした石造りだな。これをどのぐらいで作ったって?」
「託宣があってから嵐が来るまで十日って言ってたな」
「ええっ、そんな短期間で!」
ベルが驚き、あらためてきょろきょろと見回すほどに立派な建物だった。
「そらまあ、宮の肝入りだからな、宮大工たちも、どんな仕事しててもそれほっぽって、駆けつけて不眠不休で作業したんだろうよ」
「へえ、たかがトーヤのためになあ……」
言っておいてベルがさっと逃げたが、
「まあ、そうだよなあ」
と、トーヤも認めたのでベルは拍子抜けしてしまった。
「おいおい、えらく素直だな。また、なんだとー! ってくると思ったのに」
「いや……」
トーヤが苦笑する。
「俺は目を覚ました時にはすでにここはこの状態だったわけだから、前のしょぼい神殿ってのは見てねえんだよな。けど、それって、つまり、確かに託宣ってのがあったって証拠ってことみたいでな」
「ああ、そういやそうか」
「八年前から、さんざっぱら不思議なことを見せつけられて、妙なことやらされてきたけど、それは実際に自分が見てきたこと、俺がここに来た後のことだろうが」
「まあ、そうだな」
「それがな」
トーヤもベルのように周囲を見渡しながら言う。
「こうして、その為にできてたってもんを見せられたら、ああ、そういうことかってな、なんか妙な気分になる。いっそ、千年前にどうたらってのの方が、遠いこと、不思議なことで済ませられるんだが、俺が来るってこいつが言って、そんで急いで作ったっての聞かされたらな、妙に現実的で変な気持ちになるんだよ」
「そうか……」
ベルも真面目な顔でトーヤにそう答えた。
そういうものなのかも知れない。
あの時、ここに来る前に一晩かけて八年前の出来事を聞いた時、ベルは兄にこう言ったことを思い出していた。
『な~んか、ピンとこねえ』
そういうものなのだ、人の感覚とは。
それがいかに大きな出来事だとしても、遠いところで起きれば遠い話、遠い人に起きたことなら遠い話として受け止める。
あの時、色々と聞いたが、それはなんというか、遠い物語のようだった。
トーヤとシャンタルはベルにとって大事な人だ。だから、その2人と離れたくなくて、ここで別れると言われたことにあれだけ激怒したのだ。
それだけ大事な人の身の上に起こった話だというのに、やっぱりそれでも、ベルには「ピンとこない」話でしかなかった。
ここへ来て、物語の中に出てきたシャンタル宮を見て、女神たちや侍女たちと実際に会って、現実の人たち、現実の話なのだと感じるに従って、自分の身近の問題になり、自分の大事な人の話になってきて、そして気がつけば自分も当事者になっていた。
トーヤも自分の身の上に起きた色々なことは本当のこととして受け止め、その前の話は物語のように受け止めていたのだろう。
だが、そのおとぎ話の中で建てられたというこの神殿、カースの海神神殿に入ってみると、これが自分のために、自分がこの国に来るという託宣のために建てられた建物だという。そう聞いてしまうと、自分がそのおとぎ話の主人公だとあらためて思い、なんとなく落ち着かない気分になるのかも知れない。
「でもまあ、それももうあとちょいの辛抱だ。次代様が生まれて交代の日が決まったら、こうしてのんびり座ってもいられねえ。とりあえずは衛士たちからどうやって逃げるかだな」
「それなんだけどさ」
ベルはトーヤの声でふっと現実に戻って、思っていることを口に出す。
「衛士とか憲兵ってさ、本当におれたちのこと探しに来ると思う?」
「なんだと?」
「いや、だってさ、ルギもキリエさんもおれたちのこと知ってんじゃん? なにか理由つけて探しに来ないんじゃねえ?」
トーヤはうーんと考えてから、
「そういう可能性がないことはない。けどな、何回も言ってるが、事は最悪を想定して動いとかないとな」
「うん、そりゃまそうなんだけど、なんとなく来ない気がするんだよなあ」
トーヤがじっとベルを見る。
「ベルの勘か」
ベルは驚くほど勘が鋭い。以前から不思議に思っていたが、「童子」というものであると知った今となっては、その能力は神のものなのかも知れないとも思う。
「う~ん、そうかも?」
ベルも少しばかり考えたようにそう言う。
「そうか」
トーヤはどうするべきかと考えるが、
「いや、やっぱり逃げる準備はしとく」
と、短く決定事項を告げ、ベルとシャンタルもそれを受け入れる。
これが今まで自分たちがやってきた形だ。いくらベルが童子でも、シャンタルが慈悲の女神の半分、マユリアと2人で1人だとしても、そんなことは自分たちとは関係のないことだ。
「いいか、色々知っちまったことで今までは考えなくてもよかったことを考えるようになっちまったのは分かる。けどな、俺たちは俺たちだ、今までとなんにも変わらん、何があっても今までと同じく動く」
そう言ってトーヤは頭上、海神神殿の天井を指差し、
「ここは確かに託宣によって建てられた神殿かも知れん。だがな、今はカースのみんなが普通に使ってる神殿だ。元の掘っ立て小屋となんも変わらん。そういうこった」
そう宣言した。
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