上 下
332 / 488
第五章 第一部

13 おとぎ話の証拠

しおりを挟む
 ナスタが外から鍵をかけて家に帰ってしまい、海神神殿には3人が残った。

「しっかりした石造りだな。これをどのぐらいで作ったって?」
「託宣があってから嵐が来るまで十日って言ってたな」
「ええっ、そんな短期間で!」

 ベルが驚き、あらためてきょろきょろと見回すほどに立派な建物だった。

「そらまあ、宮の肝入りだからな、宮大工たちも、どんな仕事しててもそれほっぽって、駆けつけて不眠不休で作業したんだろうよ」
「へえ、たかがトーヤのためになあ……」

 言っておいてベルがさっと逃げたが、

「まあ、そうだよなあ」

 と、トーヤも認めたのでベルは拍子抜けしてしまった。

「おいおい、えらく素直だな。また、なんだとー! ってくると思ったのに」
「いや……」

 トーヤが苦笑する。

「俺は目を覚ました時にはすでにここはこの状態だったわけだから、前のしょぼい神殿ってのは見てねえんだよな。けど、それって、つまり、確かに託宣ってのがあったって証拠ってことみたいでな」
「ああ、そういやそうか」
「八年前から、さんざっぱら不思議なことを見せつけられて、妙なことやらされてきたけど、それは実際に自分が見てきたこと、俺がここに来た後のことだろうが」
「まあ、そうだな」
「それがな」

 トーヤもベルのように周囲を見渡しながら言う。

「こうして、その為にできてたってもんを見せられたら、ああ、そういうことかってな、なんか妙な気分になる。いっそ、千年前にどうたらってのの方が、遠いこと、不思議なことで済ませられるんだが、俺が来るってこいつが言って、そんで急いで作ったっての聞かされたらな、妙に現実的で変な気持ちになるんだよ」
「そうか……」

 ベルも真面目な顔でトーヤにそう答えた。

 そういうものなのかも知れない。
 
 あの時、ここに来る前に一晩かけて八年前の出来事を聞いた時、ベルは兄にこう言ったことを思い出していた。

『な~んか、ピンとこねえ』

 そういうものなのだ、人の感覚とは。
 
 それがいかに大きな出来事だとしても、遠いところで起きれば遠い話、遠い人に起きたことなら遠い話として受け止める。
 
 あの時、色々と聞いたが、それはなんというか、遠い物語のようだった。
 
 トーヤとシャンタルはベルにとって大事な人だ。だから、その2人と離れたくなくて、ここで別れると言われたことにあれだけ激怒したのだ。
 それだけ大事な人の身の上に起こった話だというのに、やっぱりそれでも、ベルには「ピンとこない」話でしかなかった。

 ここへ来て、物語の中に出てきたシャンタル宮を見て、女神たちや侍女たちと実際に会って、現実の人たち、現実の話なのだと感じるに従って、自分の身近の問題になり、自分の大事な人の話になってきて、そして気がつけば自分も当事者になっていた。

 トーヤも自分の身の上に起きた色々なことは本当のこととして受け止め、その前の話は物語のように受け止めていたのだろう。
 だが、そのおとぎ話の中で建てられたというこの神殿、カースの海神神殿に入ってみると、これが自分のために、自分がこの国に来るという託宣のために建てられた建物だという。そう聞いてしまうと、自分がそのおとぎ話の主人公だとあらためて思い、なんとなく落ち着かない気分になるのかも知れない。
 
「でもまあ、それももうあとちょいの辛抱だ。次代様が生まれて交代の日が決まったら、こうしてのんびり座ってもいられねえ。とりあえずは衛士たちからどうやって逃げるかだな」
「それなんだけどさ」

 ベルはトーヤの声でふっと現実に戻って、思っていることを口に出す。

「衛士とか憲兵ってさ、本当におれたちのこと探しに来ると思う?」
「なんだと?」
「いや、だってさ、ルギもキリエさんもおれたちのこと知ってんじゃん? なにか理由つけて探しに来ないんじゃねえ?」

 トーヤはうーんと考えてから、

「そういう可能性がないことはない。けどな、何回も言ってるが、事は最悪を想定して動いとかないとな」
「うん、そりゃまそうなんだけど、なんとなく来ない気がするんだよなあ」

 トーヤがじっとベルを見る。

「ベルの勘か」

 ベルは驚くほど勘が鋭い。以前から不思議に思っていたが、「童子」というものであると知った今となっては、その能力は神のものなのかも知れないとも思う。

「う~ん、そうかも?」

 ベルも少しばかり考えたようにそう言う。

「そうか」

 トーヤはどうするべきかと考えるが、

「いや、やっぱり逃げる準備はしとく」

 と、短く決定事項を告げ、ベルとシャンタルもそれを受け入れる。

 これが今まで自分たちがやってきた形だ。いくらベルが童子でも、シャンタルが慈悲の女神の半分、マユリアと2人で1人だとしても、そんなことは自分たちとは関係のないことだ。

「いいか、色々知っちまったことで今までは考えなくてもよかったことを考えるようになっちまったのは分かる。けどな、俺たちは俺たちだ、今までとなんにも変わらん、何があっても今までと同じく動く」

 そう言ってトーヤは頭上、海神神殿の天井を指差し、

「ここは確かに託宣によって建てられた神殿かも知れん。だがな、今はカースのみんなが普通に使ってる神殿だ。元の掘っ立て小屋となんも変わらん。そういうこった」

 そう宣言した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

処理中です...