上 下
280 / 488
第四章 第三部

 9 真っ直ぐに

しおりを挟む
 その夜、トーヤはなかなか寝付けなかった。

 波の音だけが聞こえる。
 何度も何度も繰り返す波の音が。
 ざぶ~ん、ざぶん。
 あの日、シャンタルの意識を自分から切り離すためにラーラ様が繰り返し聞いていたあの波の音が。
 いや、あの波ではない。
 波は、永遠に繰り返しながら一つとして同じ波はないのだ。

 揺れるように波の音に身を任せながら、トーヤは寝返りを打ってため息を一つついた。

「珍しいね、眠れないの?」

 いつもは驚くほど寝付きがいいトーヤが眠れていないことにシャンタルが気がつき、声をかけた。

「なんだ、まだ寝てなかったのかよ」
「ううん、一度寝たけどトーヤが動いたので目が覚めた」
「なんだよ、そのぐらいで目が覚めるタマかよ、おまえが」
「そうだね」
 
 トーヤが背中を向けたままそう言い、それを聞いたシャンタルが笑った。

「だけど今は目が覚めたんだ。トーヤに呼ばれたのかも知れないね」
「なんだあ?」

 トーヤがくるっと体の向きを変えてシャンタルに向き直る。

 暗闇の中、灯りのない部屋の中で誰かが座っているらしい影だけがぼんやりと分かるぐらいだ。
 トーヤの目の中にシャンタルのシルエットが切り取られたように浮かんでいる。
 その影を見てホッとしている自分にトーヤは気づいた。

「そうか」
 
 その影を見ながらトーヤは一言そう言った。

 そうなのだろう。シャンタルは自分にとってそういう存在なのだとトーヤは思った。
 自分は意識しないうちにシャンタルを、自分の心の内を分かってくれる仲間を呼んでいたのだろう。

 シャンタルとこの国を脱出して八年の間、ディナが言ったようにぶつかったことが何度もあった。時にはなんでこんな子どもにこんなに必死に言い返してるんだと思ったこともあったが、それでもそんなことを繰り返すうちに、2人の間で自然とここまでは入ってもいい、ここからは触れてはいけないという距離が定まってきた。
 そしてそれは三年前、アランとベルと出会うまでその形で続いていた。そこに新しい2人が入り、また新たな角をぶつけながらも、気がつけば今、4人の間で定まった形という物が出来上がっていた。

 では他の人間との関係はどうなのだろうとトーヤは考えた。
 
 カースの人たちとは特にぶつかることもなく、すんなりと受け入れてもらい、自分も溶け込んだと思う。
 だがそれは、考えてみればシャンタルとアランとベルのように深く関わってはいないからだ。普通の関係で、言ってみれば角をぶつけ合うほどの関係ではなかったからだ。

 だからといって嫌いなわけではない、大事でないわけではない。
 あちらに戻っていた八年間に、何度も村のことを思い出していた、帰りたいと思っていた。
 トーヤはこの村が、この村の人が好きで、そして大事なのだ。

 ではその違いは何だ?
 形を変えるほどぶつかり合う関係とは一体何なのだ?

「家族だからだと思うよ」

 シャンタルの言葉にトーヤがギョッとする。

「何が家族なんだ」

 警戒するようにトーヤがシャンタルに聞く。

「トーヤが私を呼んだ理由だよ。どうして呼んだのか考えてたんじゃないの?」
「ああ」

 なるほど、そうなのかとトーヤもぼんやりと思った。

「家族でだめなら仲間かな」
「家族と仲間ってのはどう違うんだ?」
「さあ?」

 言うだけ言ってクスリと笑うと、

「じゃあ寝るから」

 シャンタルはそう言って横になり、あっという間にすうすうと寝息を立てて寝てしまった。

「なんだよこいつ」

 呆れるやら笑えるやらで、トーヤはやっと寝られるような気がしてきた。

 横になりながらさらに考える。あまり考えすぎるとまた寝られなくなるかも知れないなと思いながら、やっぱり考えずにはいられない。

 カースのダル一家とはかなり親しい関係だ。八年前からまるでこの家の家族のように馴れ馴れしく過ごさせてもらっていた。そして戻ってきたら元通りに受け入れてもらえた。

 ダルとは親友だ。友人と家族、どう違うのか分からないが、何も言わずに分かり合える関係だと思っている。
 リルは異性ではあるが、気がつけばダルと似たような関係になっているような気がする。それにはもちろん、やはり色々とぶつかり合ったことがあるからだろう。
 宮のキリエとルギとも色々あったが、まあそれなりに関係は固定した、そんな気がする。
 
 ではミーヤとはどうなのだ。
 
 ここでトーヤの思考は先に進めなくなるのだ。

 ずっと会いたかった、いや、離れたくなかった。
 そしてやっと会えた。
 会えて幸せだった。

 確かめたことはないが、ミーヤも同じように思っていてくれるのではないかと思う。うぬぼれかも知れないがそうだと思う、そうでありたいと思う。 
  
 だがミーヤには自分の道がある、人生がある。

『私はこの宮の侍女です。私には私の生きる道があるのです。一緒には行きません』

 あの時のミーヤのこの言葉、これが真実だ。
 ミーヤは幼い日に宮に一生を捧げると決めてその道を真っ直ぐに歩いている。
 その生き方を自分の気持ちを押し付けて曲げさせることはできない。

『無理やり道をくっつけたがためにだめになる関係ってのもある』

 ディナのその言葉を思い出し、またトーヤは一つ小さくため息をついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

処理中です...