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第四章 第二部
21 辿り着いた者
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神官長は一度だけ会ったトーヤのことを思い出し、顔をしかめた。
なんとも礼儀知らず、品のない男だった。託宣がなければとてもそんな選ばれた人間には思えなかった。
まず大臣がいくつか質問をしたのだが、名前と年齢を答えた後は、質問の度に吐き出すように、
「さあね」
「どうだかな」
「ここに来たばっかりなのにそんなこと知るわけないだろ」
などとふてくされたように答えるもので、大臣が顔を真赤にして憤慨をしていたのを思い出す。
神官長は腐っても託宣の客人であること、そして3人続けて同じ親御様が選ばれたという事実から、このような者でももしかすると国のために、国の危機を救うためにやってきたものかも知れないと自分に言い聞かせ、トーヤを丁寧に遇し、託宣について知っていることなどがないか聞き出そうとしたが、本当に何も知らないらしいと分かって、それ以上のことを聞くのはやめた。
神に選ばれたからといって、その者が神のご意思を全て知る必要はない。それは特に必要ではない、人は所詮人でしかないのだから。
そのような考えから、神官長は一応聞くだけのことを聞いて、確認をしただけであった。知らぬと分かればそれでもういい。
「だがまあ、色々と助けになってくれたことは事実かも知れん」
神官長は当時と今の宮と神殿の関係性の変化、神殿が、神官が、以前よりも尊ばれることとなった変化については好ましく思っている。嵐の夜にやってきた託宣の客人も、もしかするとその運命の変化に関わっているのかもとは思っていた。
だが当時は、神がなさることを人である我が身に分かるはずがないと、その時一度だけ、いくつかの質問をしただけでそれ以降トーヤとの関わりを持つこともしなかった。
そしてその後、交代の日に先代シャンタルが亡くなり、その翌日、聖なる湖でルギと共に棺を沈めている姿を見るまで、トーヤのことはすっかり忘れていたと言ってもいい。
だが今は違う。
「あの男が先代と共に帰ってきている」
神官長はそう確信していた。
八年前、見てしまったことの恐ろしさから高熱を出して寝付き、回復した後も、時を、日を、恐れながらビクビクと生きてきたが、そのことを誰かに確かめることもできずにいた。そうしている間に宮と神殿の関係性が少しずつ変わってきたのだ。
「宮の仕事のことで神官を少し貸していただきたい」
侍女頭からそのような要望があり、否も応もなく答えていくうちに、段々と神殿が、神官が、宮から頼られるようになっていったのだ。
先代の死に一番衝撃を受けていたのは、何よりもそばにいた侍女たちだったのだ。なんとなく宮の中が落ち着かず、まだほとんど姿を見ることもなく、奥宮の自室でばかり過ごされる赤子の当代シャンタルではなく、亡くなられる前の数日の、あの愛らしかったお姿、お声、自分の名を呼んで微笑んでくださった表情などを思い出しては悲しみ、涙に暮れる侍女たちには失敗も増え、宮の空気が沈み込んでいった。
自然、業務も怠りがちになり、侍女頭のキリエも侍女たちの気持ちが分かるだけに、無益な叱責をすることもできず、仕方なく業務の一部を手伝ってくれるように神殿に要請をしたのだった。
神官たちが侍女に力を貸すうちに、侍女、特に若い者、その後の募集で入った者たちから、神官たちが一部の仕事を引き受けることを当然と考えるような空気が広がり始めた。細かい作業だけではなく、宮には数人がかりで行うような大掛かりな作業もある。男性で女性より力のある神官たちがそのような用から引き受けてくれるようになり、体力的に大変な作業を肩代わりしてくれるようになった。そうして、いつからかそれは神官の仕事となっていった。人とは、楽に流れるものなのだ。
宮と神殿の関係が落ち着いていく中で、おそらく唯一、神官長だけが荒れ狂う嵐のような心を抱え、日に日に心身がすり減っていくのを感じていた。
そしてある日、とうとう神官長は神に自分の思いの丈をぶつけることとなった。
神官長は正殿に誰も入らぬように、おこもりをすると告げて中に入り、神のご意思を、本当のことを教えて欲しいと嘆願した。
あの、トーヤが不思議な語らいをした光る石、御神体に、自分が見たことを告げ、なぜこんなに苦しまなければいけないのかと、切々と訴えた。
神は何も答えてくれなかった。
神官長の血を吐くような訴えにも、御神体は静かに光り続け、何一つ答えてくれなかった。
しばらく訴え続け、もうこれ以上は本当に喉から血を吐く、そこまで訴え続け、神官長の体力は尽きた。
「どうしてお答えいただけないのです、神よ、シャンタルよ、ではなぜあのような物を見せたのです、あのような秘密を知らせたのです」
力尽き、床に崩折れるようにして、神官長は答えをもらうことを諦め、正殿から出ると、何事もなかったように普通の生活に戻った。
何もかも諦めたのだ。
すると、
「ようやくお言葉を頂けたのだ、神から。おまえの気持ちはよく分かった、おまえが知っていることもよく分かった、おまえはようやくたどり着いた、時が、満ちたのだ、と」
神官長は恍惚とした表情でその奇跡の瞬間を思い出していた。
なんとも礼儀知らず、品のない男だった。託宣がなければとてもそんな選ばれた人間には思えなかった。
まず大臣がいくつか質問をしたのだが、名前と年齢を答えた後は、質問の度に吐き出すように、
「さあね」
「どうだかな」
「ここに来たばっかりなのにそんなこと知るわけないだろ」
などとふてくされたように答えるもので、大臣が顔を真赤にして憤慨をしていたのを思い出す。
神官長は腐っても託宣の客人であること、そして3人続けて同じ親御様が選ばれたという事実から、このような者でももしかすると国のために、国の危機を救うためにやってきたものかも知れないと自分に言い聞かせ、トーヤを丁寧に遇し、託宣について知っていることなどがないか聞き出そうとしたが、本当に何も知らないらしいと分かって、それ以上のことを聞くのはやめた。
神に選ばれたからといって、その者が神のご意思を全て知る必要はない。それは特に必要ではない、人は所詮人でしかないのだから。
そのような考えから、神官長は一応聞くだけのことを聞いて、確認をしただけであった。知らぬと分かればそれでもういい。
「だがまあ、色々と助けになってくれたことは事実かも知れん」
神官長は当時と今の宮と神殿の関係性の変化、神殿が、神官が、以前よりも尊ばれることとなった変化については好ましく思っている。嵐の夜にやってきた託宣の客人も、もしかするとその運命の変化に関わっているのかもとは思っていた。
だが当時は、神がなさることを人である我が身に分かるはずがないと、その時一度だけ、いくつかの質問をしただけでそれ以降トーヤとの関わりを持つこともしなかった。
そしてその後、交代の日に先代シャンタルが亡くなり、その翌日、聖なる湖でルギと共に棺を沈めている姿を見るまで、トーヤのことはすっかり忘れていたと言ってもいい。
だが今は違う。
「あの男が先代と共に帰ってきている」
神官長はそう確信していた。
八年前、見てしまったことの恐ろしさから高熱を出して寝付き、回復した後も、時を、日を、恐れながらビクビクと生きてきたが、そのことを誰かに確かめることもできずにいた。そうしている間に宮と神殿の関係性が少しずつ変わってきたのだ。
「宮の仕事のことで神官を少し貸していただきたい」
侍女頭からそのような要望があり、否も応もなく答えていくうちに、段々と神殿が、神官が、宮から頼られるようになっていったのだ。
先代の死に一番衝撃を受けていたのは、何よりもそばにいた侍女たちだったのだ。なんとなく宮の中が落ち着かず、まだほとんど姿を見ることもなく、奥宮の自室でばかり過ごされる赤子の当代シャンタルではなく、亡くなられる前の数日の、あの愛らしかったお姿、お声、自分の名を呼んで微笑んでくださった表情などを思い出しては悲しみ、涙に暮れる侍女たちには失敗も増え、宮の空気が沈み込んでいった。
自然、業務も怠りがちになり、侍女頭のキリエも侍女たちの気持ちが分かるだけに、無益な叱責をすることもできず、仕方なく業務の一部を手伝ってくれるように神殿に要請をしたのだった。
神官たちが侍女に力を貸すうちに、侍女、特に若い者、その後の募集で入った者たちから、神官たちが一部の仕事を引き受けることを当然と考えるような空気が広がり始めた。細かい作業だけではなく、宮には数人がかりで行うような大掛かりな作業もある。男性で女性より力のある神官たちがそのような用から引き受けてくれるようになり、体力的に大変な作業を肩代わりしてくれるようになった。そうして、いつからかそれは神官の仕事となっていった。人とは、楽に流れるものなのだ。
宮と神殿の関係が落ち着いていく中で、おそらく唯一、神官長だけが荒れ狂う嵐のような心を抱え、日に日に心身がすり減っていくのを感じていた。
そしてある日、とうとう神官長は神に自分の思いの丈をぶつけることとなった。
神官長は正殿に誰も入らぬように、おこもりをすると告げて中に入り、神のご意思を、本当のことを教えて欲しいと嘆願した。
あの、トーヤが不思議な語らいをした光る石、御神体に、自分が見たことを告げ、なぜこんなに苦しまなければいけないのかと、切々と訴えた。
神は何も答えてくれなかった。
神官長の血を吐くような訴えにも、御神体は静かに光り続け、何一つ答えてくれなかった。
しばらく訴え続け、もうこれ以上は本当に喉から血を吐く、そこまで訴え続け、神官長の体力は尽きた。
「どうしてお答えいただけないのです、神よ、シャンタルよ、ではなぜあのような物を見せたのです、あのような秘密を知らせたのです」
力尽き、床に崩折れるようにして、神官長は答えをもらうことを諦め、正殿から出ると、何事もなかったように普通の生活に戻った。
何もかも諦めたのだ。
すると、
「ようやくお言葉を頂けたのだ、神から。おまえの気持ちはよく分かった、おまえが知っていることもよく分かった、おまえはようやくたどり着いた、時が、満ちたのだ、と」
神官長は恍惚とした表情でその奇跡の瞬間を思い出していた。
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