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第四章 第一部 最後のシャンタル
8 黒のシャンタルの誕生
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「もうすぐご誕生になられます」
「分かりました、すぐに参ります」
親御様のご出産が近いと連絡があり、キリエは産室近くの部屋で待機をしていた。
当代シャンタルは大層お美しく、眩く輝くような、まさに女神そのもののお方であった。「歴史上最も美しいシャンタル」との世評にも首を横に振れぬほどのお美しさ。まさに奇跡のようなお方である。
その後継の次代様は一体どのようなお方なのか。
もちろんシャンタルに容姿は関係ない。ただ先代が託宣で告げた親御様からお生まれになる、それだけが次代シャンタルの条件である。どのようなお方でもシャンタルであるだけで尊く大事なお方。そうは思うものの、あれだけの方の次に立たれるのでは、どうしても比較されるのは間違いがない。できればお美しい方であられますように。キリエは心の中でそっとそう祈った。
そしておそらくそうなるのではないかという、おぼろに期待のできる根拠はあった。
――当代と次代様の親御様は同じ方である――
そもそも子どもというのは親の特徴を引き継いで生まれてくるものだ。ならばきっと、次代様も当代に及ばぬとしても似たご容姿の方であられるだろう。ご両親が同じなのだから。キリエはそっとそう思った。
二代続けて同じ親御様からご誕生になられる。今までにこういった前例があったのかどうかは不明である。なぜなら親御様についての記録はシャンタルが人に戻られ、ご実家に戻られ、その生涯を終えた時に廃棄されるからである。ご存命のうちは毎年決まった額の年金が支給される。
受け取られるご本人が亡くなり支給が止められると困るということで、大昔にはその死を知らせず不正に支給金を受け取り続けた家族もあったそうだが、発覚の後は厳しく罰せらることになり、現在ではそのようなことはないようだ。そうでなくとも、そもそも神の血族ともあろう者たちが、そのように卑しい心持ちでは困る。あってはならないことだ。
キリエが存じ上げる元シャンタルは当代より四代前、人に戻られた後、遠くの町に戻られたと聞くご存命ならば50歳になられるお方までだ。「ご存命であろう」というのは、亡くなられたとの知らせがないからそう思うしかないということで、特に調査をしてはいないからだ。もしものことがある時は知らせがあろうと、良心を信じてのことだ。三十年前、その方と同じ年頃のキリエは若くして奥宮付きとなり、宮を去られるのをお見送りしたのでかろうじてそういう方だと知っていた。
13歳で誓いを立てたキリエは異例の若年で奥宮入りをしていたが、さらに異例の速さでシャンタル付きとなった。それが当代マユリアがご誕生になった年、二十年前であった。
通常ならばそろそろ誓いを立てる者も増えてくるというぐらいの年齢での大抜擢に色々と陰口を叩かれ、時に嫌がらせなどを受けることもあったがキリエは動じなかった。5歳で宮へ入り、他の者がやっと見習いから侍女として認められる年齢の頃、すでにその生涯を宮へ捧げると定められ、そうして生きてきた。そう生きるしかなかった。ならば真っ直ぐ前を向き、その道を邁進して極めるしかない。周囲の雑音になど意識を向けるゆとりもつもりもなかった。それがキリエに与えられた人生だった。
「お具合はいかがです」
キリエが産室に入ると、衝立の向こうで産婆が親御様を励ます声と親御様のあげられる産みの苦しみの声が聞こえてきた。その声がしばらく続き、やがて元気な赤子の泣き声が産室に響いた。
「無事お産まれのようですね」
その声を聞いてキリエはホッとした。よかった、お元気にお産まれなった。神に感謝を捧げる。
ところが、
「これは……」
産婆がそう言ったきり言葉を続けることがなく、お産の手伝いをしていたネイとタリアも何も言葉を発しない。
「どうしました」
不吉な予感がした。
元気な赤子の声は聞こえる、お元気なのは間違いがない。
では、一体何が。
「失礼いたします」
キリエはそう声をかけて衝立の向こうに入り、そして無言のまま産婆と2人の侍女が絶句した理由を知った。
お産まれになった次代様、次の神、新しいシャンタルのそのご容姿は、常のお方とはあまりに違っていた。
必死に目をつぶり元気に泣くその肌は褐色で、そして何より、
「まさか……」
さすがのキリエがそうつぶやく。
そう、お産まれになった方はあり得ないことに男児であったのだ。
「あの、何かありましたか? あの、産まれた子がどうか……」
お産まれになった次代様と親御様の接触を最低限にするため、親御様からは次代様が見えぬように仕切りで隠されている。前のお子様、当代シャンタルの時との反応の違いに不安に思われたのだろう。
「いえ、とてもお元気で美しいお子様です。次代様のご誕生おめでとうございます。新しいシャンタルをありがとうございます」
キリエは親御様の不安を取り除くように冷静に礼を言い、
「親御様のお手当と次代様の産湯を」
産婆と侍女たちにそう命じ、その後はいつものご誕生の時と同じようにいつもの手順で事を進めた。
「分かりました、すぐに参ります」
親御様のご出産が近いと連絡があり、キリエは産室近くの部屋で待機をしていた。
当代シャンタルは大層お美しく、眩く輝くような、まさに女神そのもののお方であった。「歴史上最も美しいシャンタル」との世評にも首を横に振れぬほどのお美しさ。まさに奇跡のようなお方である。
その後継の次代様は一体どのようなお方なのか。
もちろんシャンタルに容姿は関係ない。ただ先代が託宣で告げた親御様からお生まれになる、それだけが次代シャンタルの条件である。どのようなお方でもシャンタルであるだけで尊く大事なお方。そうは思うものの、あれだけの方の次に立たれるのでは、どうしても比較されるのは間違いがない。できればお美しい方であられますように。キリエは心の中でそっとそう祈った。
そしておそらくそうなるのではないかという、おぼろに期待のできる根拠はあった。
――当代と次代様の親御様は同じ方である――
そもそも子どもというのは親の特徴を引き継いで生まれてくるものだ。ならばきっと、次代様も当代に及ばぬとしても似たご容姿の方であられるだろう。ご両親が同じなのだから。キリエはそっとそう思った。
二代続けて同じ親御様からご誕生になられる。今までにこういった前例があったのかどうかは不明である。なぜなら親御様についての記録はシャンタルが人に戻られ、ご実家に戻られ、その生涯を終えた時に廃棄されるからである。ご存命のうちは毎年決まった額の年金が支給される。
受け取られるご本人が亡くなり支給が止められると困るということで、大昔にはその死を知らせず不正に支給金を受け取り続けた家族もあったそうだが、発覚の後は厳しく罰せらることになり、現在ではそのようなことはないようだ。そうでなくとも、そもそも神の血族ともあろう者たちが、そのように卑しい心持ちでは困る。あってはならないことだ。
キリエが存じ上げる元シャンタルは当代より四代前、人に戻られた後、遠くの町に戻られたと聞くご存命ならば50歳になられるお方までだ。「ご存命であろう」というのは、亡くなられたとの知らせがないからそう思うしかないということで、特に調査をしてはいないからだ。もしものことがある時は知らせがあろうと、良心を信じてのことだ。三十年前、その方と同じ年頃のキリエは若くして奥宮付きとなり、宮を去られるのをお見送りしたのでかろうじてそういう方だと知っていた。
13歳で誓いを立てたキリエは異例の若年で奥宮入りをしていたが、さらに異例の速さでシャンタル付きとなった。それが当代マユリアがご誕生になった年、二十年前であった。
通常ならばそろそろ誓いを立てる者も増えてくるというぐらいの年齢での大抜擢に色々と陰口を叩かれ、時に嫌がらせなどを受けることもあったがキリエは動じなかった。5歳で宮へ入り、他の者がやっと見習いから侍女として認められる年齢の頃、すでにその生涯を宮へ捧げると定められ、そうして生きてきた。そう生きるしかなかった。ならば真っ直ぐ前を向き、その道を邁進して極めるしかない。周囲の雑音になど意識を向けるゆとりもつもりもなかった。それがキリエに与えられた人生だった。
「お具合はいかがです」
キリエが産室に入ると、衝立の向こうで産婆が親御様を励ます声と親御様のあげられる産みの苦しみの声が聞こえてきた。その声がしばらく続き、やがて元気な赤子の泣き声が産室に響いた。
「無事お産まれのようですね」
その声を聞いてキリエはホッとした。よかった、お元気にお産まれなった。神に感謝を捧げる。
ところが、
「これは……」
産婆がそう言ったきり言葉を続けることがなく、お産の手伝いをしていたネイとタリアも何も言葉を発しない。
「どうしました」
不吉な予感がした。
元気な赤子の声は聞こえる、お元気なのは間違いがない。
では、一体何が。
「失礼いたします」
キリエはそう声をかけて衝立の向こうに入り、そして無言のまま産婆と2人の侍女が絶句した理由を知った。
お産まれになった次代様、次の神、新しいシャンタルのそのご容姿は、常のお方とはあまりに違っていた。
必死に目をつぶり元気に泣くその肌は褐色で、そして何より、
「まさか……」
さすがのキリエがそうつぶやく。
そう、お産まれになった方はあり得ないことに男児であったのだ。
「あの、何かありましたか? あの、産まれた子がどうか……」
お産まれになった次代様と親御様の接触を最低限にするため、親御様からは次代様が見えぬように仕切りで隠されている。前のお子様、当代シャンタルの時との反応の違いに不安に思われたのだろう。
「いえ、とてもお元気で美しいお子様です。次代様のご誕生おめでとうございます。新しいシャンタルをありがとうございます」
キリエは親御様の不安を取り除くように冷静に礼を言い、
「親御様のお手当と次代様の産湯を」
産婆と侍女たちにそう命じ、その後はいつものご誕生の時と同じようにいつもの手順で事を進めた。
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