215 / 488
第三章 第四部 女神の秘密
8 伝説の魔女
しおりを挟む
光が二度目にトーヤたちを集めたその日、ダルはそのまままたリルの実家、オーサ商会に世話になり、翌日も月虹隊本部へ顔を出した後、またリュセルスの様子を見に出ていた。
「隊長、お供します!」
前回ダルにくっついて回った予備兵のアーリンがまたそう言って付いて来たが、今回も様子を見て回るだけなので好きにさせておいた。
『あの子ね、ダルに憧れてるのよ』
リルにそう言われてむずがゆい気持ちはあったが、好意を持たれるのは悪い気はしなかったことと、子どもたちと離れてさびしい気持ちから、なんとなくそうさせる気になったようだ。
街はざわついていた。昨日、前国王が逃げたらしいという噂を耳にした時より、さらにざわつきが大きくなっていたように感じる。
「一体なんで騒いでるんでしょうね」
アーリンも戸惑いながらそう言う。
「ちょっと何を言ってるのか聞いてみよう」
「あ、俺行ってきます」
「うん、頼めるかな」
「はい!」
ダルに仕事を頼まれ、アーリンはうれしそうに少し離れた場所に集まっている男たちのところへ駆けて行った。
仮にもダルは月虹隊隊長、それなりに顔を知られているので、中には顔を見て避ける者もいる。その点、まだ子どもに近いアーリンなら何か聞けるかも知れない。
ダルはアーリンが男たちに話しかける姿を遠目に見ながら、聞こえてくる言葉に耳を向ける。
「だから、そうじゃないんだって」
「いやあ、だってまさか、そんなこと」
「いや、そう聞いたんだから間違いないって」
そういう言葉はあちらこちらから聞こえるものの、肝心のその先になるとみんな声をひそめてしまって聞き取れない。よほど気をつけて話をしているらしい。
(なんの話をしてるんだろうなあ)
そう思っていたら、アーリンが大慌てでこちらに駆け戻ってくる姿が見えた。
「何か聞けた?」
「聞けたなんてもんじゃないですよ!」
そう言ってアーリンが聞かせてくれた話は、それこそとんでもない話だった。
「本部に戻ってから宮へ行ってくる」
「あ、俺も!」
「分かった」
話を直接聞いてきたのはアーリンである。もしかしたら必要になるかも知れない。そう思ってダルは承諾し、急いで本部に戻ると馬で連れ立って宮へと急いだ。
宮の正門で衛士たちがアーリンを警戒して一悶着あったが、
「だから、俺は月虹隊隊長だって知ってるだろ? その部下のアーリン、怪しい人間じゃないって。俺が責任を持つから。なんだったらルギ隊長に聞いてきてくれてもいいけど、その間に報告が遅れて後で大問題になっても、俺は知らないからね」
と、ダルが珍しく強く押し通し、無事にアーリンを連れて宮へと入れた。
おかげでアーリンがダルを見る目には、一層尊敬の光がキラキラ状態になったのだが、それは気にしないことにした。それほどのことを聞いてしまったということだ。
「侍女頭のキリエ様に取り次ぎを頼みます。急ぎの用です」
月虹兵の待機室にちょうどミーヤがいたのでそう言って急がせる。またアーリンの目が一層光を帯びるが気にしない。
「お急ぎですか、ではこのままご一緒に。あの、そちらの方は」
「ああ、予備兵のアーリンです。ちょっとこの子の話も聞いてもらいたいので、一緒で」
「分かりました」
ダルとミーヤの間でとんとんと話が進み、アーリンは2人に付いて、初めて宮のさらに奥へと足を踏み入れた。
「キリエ様にお取次ぎを。月虹隊のダル隊長がお急ぎの御用だそうです」
キリエ付きの侍女がミーヤの様子に急いで連絡を取り、今回は執務室ではなく、ダルの部屋で話をすることになった。
ダルの部屋にアーダがお茶と茶菓子を運んで来て、3人で待機していると、間もなくキリエが部屋へと訪れた。
「急ぎだそうですね。そして、同行の者があるとのことでこちらが出向きました」
素性のよく知られていない者をこれ以上の奥には入れないと暗に言っている。
アーリンは初めて目にする侍女頭の存在感に圧倒されて、ダルの部屋に入れてもらえた興奮も萎れ果て、顔が真っ青になっている。
「キリエ様、これは私の部下のアーリンと言います。予備兵として月虹兵になってまだ二月あまりですので、失礼があるかも知れませんがお許しください」
「それほどの急ぎですか」
「はい」
「では話を聞きましょう」
キリエはそう言って、ダルが勧めた席に腰を下ろす。アーリンの真向かいで、ますますアーリンが緊張をする。
「はい、まずは私から説明させていただきます。昨日の報告の続きになりますが、とんでもない話が飛び交っています」
「とんでもない話?」
「はい」
ダルが一度言葉を止めて、落ち着かせるようにゆっくりと続ける。
「前国王陛下は宮からおられなくなったのではなく、国王陛下に、その、亡きものにされたのだ、と」
「なんですって」
さすがのキリエが少し声を高くする。
「私の姿を認めた街の者たちは、仮にも月虹隊隊長の耳に自分の言葉が入ることで、何かよろしくないことでも起きるのを恐れたのでしょう、何も聞くことはできなかったのですが、このアーリンが聞いてきてくれました」
「その者がですか」
「はい」
「では聞きましょう。何を聞きました」
アーリンが伝説の魔女と目を合わせて石になった旅人のように固まった。
「隊長、お供します!」
前回ダルにくっついて回った予備兵のアーリンがまたそう言って付いて来たが、今回も様子を見て回るだけなので好きにさせておいた。
『あの子ね、ダルに憧れてるのよ』
リルにそう言われてむずがゆい気持ちはあったが、好意を持たれるのは悪い気はしなかったことと、子どもたちと離れてさびしい気持ちから、なんとなくそうさせる気になったようだ。
街はざわついていた。昨日、前国王が逃げたらしいという噂を耳にした時より、さらにざわつきが大きくなっていたように感じる。
「一体なんで騒いでるんでしょうね」
アーリンも戸惑いながらそう言う。
「ちょっと何を言ってるのか聞いてみよう」
「あ、俺行ってきます」
「うん、頼めるかな」
「はい!」
ダルに仕事を頼まれ、アーリンはうれしそうに少し離れた場所に集まっている男たちのところへ駆けて行った。
仮にもダルは月虹隊隊長、それなりに顔を知られているので、中には顔を見て避ける者もいる。その点、まだ子どもに近いアーリンなら何か聞けるかも知れない。
ダルはアーリンが男たちに話しかける姿を遠目に見ながら、聞こえてくる言葉に耳を向ける。
「だから、そうじゃないんだって」
「いやあ、だってまさか、そんなこと」
「いや、そう聞いたんだから間違いないって」
そういう言葉はあちらこちらから聞こえるものの、肝心のその先になるとみんな声をひそめてしまって聞き取れない。よほど気をつけて話をしているらしい。
(なんの話をしてるんだろうなあ)
そう思っていたら、アーリンが大慌てでこちらに駆け戻ってくる姿が見えた。
「何か聞けた?」
「聞けたなんてもんじゃないですよ!」
そう言ってアーリンが聞かせてくれた話は、それこそとんでもない話だった。
「本部に戻ってから宮へ行ってくる」
「あ、俺も!」
「分かった」
話を直接聞いてきたのはアーリンである。もしかしたら必要になるかも知れない。そう思ってダルは承諾し、急いで本部に戻ると馬で連れ立って宮へと急いだ。
宮の正門で衛士たちがアーリンを警戒して一悶着あったが、
「だから、俺は月虹隊隊長だって知ってるだろ? その部下のアーリン、怪しい人間じゃないって。俺が責任を持つから。なんだったらルギ隊長に聞いてきてくれてもいいけど、その間に報告が遅れて後で大問題になっても、俺は知らないからね」
と、ダルが珍しく強く押し通し、無事にアーリンを連れて宮へと入れた。
おかげでアーリンがダルを見る目には、一層尊敬の光がキラキラ状態になったのだが、それは気にしないことにした。それほどのことを聞いてしまったということだ。
「侍女頭のキリエ様に取り次ぎを頼みます。急ぎの用です」
月虹兵の待機室にちょうどミーヤがいたのでそう言って急がせる。またアーリンの目が一層光を帯びるが気にしない。
「お急ぎですか、ではこのままご一緒に。あの、そちらの方は」
「ああ、予備兵のアーリンです。ちょっとこの子の話も聞いてもらいたいので、一緒で」
「分かりました」
ダルとミーヤの間でとんとんと話が進み、アーリンは2人に付いて、初めて宮のさらに奥へと足を踏み入れた。
「キリエ様にお取次ぎを。月虹隊のダル隊長がお急ぎの御用だそうです」
キリエ付きの侍女がミーヤの様子に急いで連絡を取り、今回は執務室ではなく、ダルの部屋で話をすることになった。
ダルの部屋にアーダがお茶と茶菓子を運んで来て、3人で待機していると、間もなくキリエが部屋へと訪れた。
「急ぎだそうですね。そして、同行の者があるとのことでこちらが出向きました」
素性のよく知られていない者をこれ以上の奥には入れないと暗に言っている。
アーリンは初めて目にする侍女頭の存在感に圧倒されて、ダルの部屋に入れてもらえた興奮も萎れ果て、顔が真っ青になっている。
「キリエ様、これは私の部下のアーリンと言います。予備兵として月虹兵になってまだ二月あまりですので、失礼があるかも知れませんがお許しください」
「それほどの急ぎですか」
「はい」
「では話を聞きましょう」
キリエはそう言って、ダルが勧めた席に腰を下ろす。アーリンの真向かいで、ますますアーリンが緊張をする。
「はい、まずは私から説明させていただきます。昨日の報告の続きになりますが、とんでもない話が飛び交っています」
「とんでもない話?」
「はい」
ダルが一度言葉を止めて、落ち着かせるようにゆっくりと続ける。
「前国王陛下は宮からおられなくなったのではなく、国王陛下に、その、亡きものにされたのだ、と」
「なんですって」
さすがのキリエが少し声を高くする。
「私の姿を認めた街の者たちは、仮にも月虹隊隊長の耳に自分の言葉が入ることで、何かよろしくないことでも起きるのを恐れたのでしょう、何も聞くことはできなかったのですが、このアーリンが聞いてきてくれました」
「その者がですか」
「はい」
「では聞きましょう。何を聞きました」
アーリンが伝説の魔女と目を合わせて石になった旅人のように固まった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
婚約破棄された悪役令嬢。そして国は滅んだ❗私のせい?知らんがな
朋 美緒(とも みお)
ファンタジー
婚約破棄されて国外追放の公爵令嬢、しかし地獄に落ちたのは彼女ではなかった。
!逆転チートな婚約破棄劇場!
!王宮、そして誰も居なくなった!
!国が滅んだ?私のせい?しらんがな!
18話で完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる