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第三章 第ニ部 助け手の秘密

19 始まりの話 

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「なあトーヤ、一緒に行かねえか? うまい話があるんだよ」

 部屋でゴロゴロしていたトーヤを店の若い衆が「客が来てる」と呼びに来たので、そんな気がしながら一応一階の待合いに降りていくと、やはり思った顔があり、トーヤの顔を見た途端にそう言った。

「まあたおまえかよ、しつけえなあ。だから、今は何する気にもなんねえんだよ、かわいいお姉ちゃんとゴロゴロしてたいんだよ、俺は」

 ミーヤが亡くなり、後始末が全部終わった後、トーヤは馴染みの店の馴染みの女のところに居続けていた。

「いや、そりゃ聞いたけどよお、話聞いたら絶対トーヤもその気になるって」
「とにかく帰れよ、俺はまた寝るから。おい、しばらく誰が来てもつなぐなよな」
「お、おい、トーヤってばあ」

 トーヤはそれだけ言うと、階段を全部降り切ることなく、とっとと階上の元の部屋に戻ってしまった。ここから上は金を払った客しか上がれない。
 
「ったくしつけえな、うるせえんだよ」

 トーヤはそう言い捨てるようにして、元いた部屋に入るとゴロッとベッドに横になった。

 全くやる気が出なかった。
 他にもいくつも声をかけてくる奴はいて、中には面白そうだなと思う案件もあったものの、腰を上げるとなると億劫おっくうで、そこから先に進むことができない。

 時々そういう奴がいる。そうしてそのまま、女に寄生したり、小銭欲しさにちょっと金を持ってるような奴にすり寄ってお情けで生きているような奴が。
 幼い頃から自分の腕で生きてきたトーヤはそういう奴を馬鹿にしていたというのに、このままでは自分もそうなってしまいそうな嫌な気持ちになったが、それでも動く気になれないのだからしょうがないとも思っていた。

「まあ、もうちょいしたら動くさ」

 そう言って寝返りを打つと、

「それに、あいつも動くなって言ってたしな」

 と、ある人間を言い訳にして、真っ昼間からうとうとと眠ってしまった。



「そうだよ、動くなって言われた、それも言い訳にしてなんもしてなかった、あの時」

 トーヤが当時の事を思い出してそうつぶやくのを、不思議な空間にいる者たちは聞いた。

「それ、もしかしたら俺か」

 心当たりがあるディレンがそう聞く。

「まあな」

 トーヤが素直に認めた。

一月ひとつきぐらい仕事で留守にするが、どこにも行くな、そう言ってあんた出ていったよな」
「ああ、そうだった」

 ディレンもミーヤのいない場所に耐えられず逃げたのだが、その時にやはり、頼むと言われていたトーヤのことを気にかけないではなかったのだ。

 トーヤは「ほっとけ、どこに行こうと俺の勝手だろうが」とは言ったものの、とりあえずそのぐらいはいてやってもいいか、とも思っていた。

「何しろ、なんもする気にもなれなかったし、次の当てもなかったしな。いや、当てがないわけじゃない。色々声かけてくるのはいた。けど、やっぱ、どこ行く気にもならなかった」
「そうか」
「だから、俺がいなくなったからって、あんたが気に病む必要はなかったんだよ、今思い出した」
「そうか」

 聞いてディレンはちょっとホッとしたようだった。

「それが動く気になった、その時のことを思い出した」



「トーヤ、いるか」

 いきなり部屋の外から声をかけられ、トーヤは驚いて飛び起きた。

「ば! おまえ、人の部屋にいきなり来るんじゃねえよ! 中で何やってっか分かんねえだろうが!」

 何しろ場所は娼家である、トーヤの言う通り時刻関係なく中で何があるか分かったものではない。

「ご、ごめん!」
「いや、まあ一人だからいいけどよ」
 
 呆れながらトーヤがドアを開けると、ふてくされたような顔の女がその男の隣に立っていた。

「なんだ、おまえも相方あいかたいんじゃねえか」
「いや、そうじゃなくて、金払って頼んだんだよ」
「ああ、なるほど」

 女がふてくされるはずだ。つまり、客としての金は払うが目的は階上にいたトーヤを尋ねるためで、そのだしに使われたわけだ。

「すまなかったな、これ取っといてくれ」

 トーヤがそう言っていくばくかの心付けを渡すと、やっと女は少しばかり笑顔をサービスして離れていった。

「まあ入れ」
「お邪魔します」

 男、ティクスは様子を伺うようにしてトーヤが長期滞在している部屋へと入ってきた。

「ほんっとおまえもしつっこいよな、そこまでしての話ってのはなんなんだよ」
「う、うん」

 トーヤが指した古びた椅子に遠慮そうに腰掛け、まだキョロキョロと部屋の中を見回す。

「なんだよ、こういうとこ、来たことねえのかよ」
「う、うん……」
「まあいいや。で、話は?」
「うん、あのな、海賊船に乗らないかって話があるんだよ」
「なんだ」

 トーヤはちょっとうんざりとした。
 海賊船にも色々ある。物語に出てくるような荒くれの残虐な海賊もあれば、その真似事みたいな安っぽい海賊船もある。
 ティクスぐらいの奴に声をかけてくるってのは、そのへんちょろちょろと動いて回るつまらん船だろう、そう思ったからだ。

「どうせおもちゃみたいな海賊船だろうが、そんなちゃちい仕事ごめんだな」
「いや、それが違うんだよ!」

 ティクスは身を乗り出すようにして続けた。

「それが、シャンタリオまで行くって話なんだよ」

 その単語が急にトーヤの興味を引いた。
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