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第三章 第一部 カースより始まる
11 噂の出どころ
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「だからな、あんたから宮の上の方に俺らのこと伝えて、なあに直接じゃなくてもいいんだよ、いや、そりゃ直接お会いできればいいが、民が、どれほど前の王様にお戻りいただきたいか、それをお知りいただけたら、そんでいい。な、頼んでもらえねえかな?」
ダルが黙ったのにかぶせるように、一番体が大きく一番押しが強そうな男が少し柔らかくそう言う。
「なあ、なんとかお願いできないかな」
「申し訳ないけど」
ダルは柔らかくだがきっぱりとそう言った。
男は座ったままのダルを上から威圧するようにギロリと見下ろし、
「なあ、あんた、なんであんただけ特別扱いなんだ?」
「特別扱い?」
「あんた、漁師のせがれだろ? そんなあんたが、お側近くにまで行けて、そんできっと直々にお言葉とかいただいてるんだろ? なあ、なんでだ? あんたが行けるなら俺らもこんだけ国のこと思ってるんだ、お伝えしていただきたいんだよ、今、こんだけ国が危ういってことを」
後半は声を和らげ、機嫌を取るように、頼むようにそう言う。
「そういうことを耳にするような、そんなことはあの方たちのお役目じゃないよ。そんなこと、知っていただきたくない」
ダルの言葉に男は驚いて目をむいた。
「申し訳ないけど、君たちの頼みは聞けない」
ダルは知っている。
マユリアが、シャンタルが、どれほどの重荷を背負って、そして苦しんでいらっしゃったか。
これ以上あの方たちに不要な荷物を背負わせるわけにはいかない、こんな誰の仕業か分からないが、つまらない権力争いに利用なんかさせてたまるか。
「おい……」
先頭の男が上半身をぐうっと低くして、ダルの胸元をつかんだ。
「いい気になるなよな、おまえだって所詮はただの漁師だろうが。どんな手を使って宮へ入り込んだんだよ、え!」
男がダルをそう言って威嚇するが、ダルは黙って男をじっと見るだけだ。
「なんとか言えってんだよ! いいから俺らを宮へ招待しろよ! そのぐらいのことできんだろうがよ、ええ、隊長さんよお!」
「できない」
もう一度ダルがきっぱりと言う。
「俺にはそんな権限ないし、もしもあったとしても、そんなことはしたくない、しない」
「この野郎……」
男はダルをじっと睨みつけていたが、少し手を緩めると、遠巻きにしている人々に向かって叫んだ。
「おい、この月虹隊隊長はな、今この国で起こってる天変地異や疫病を見て見ない振りするってよ! 自分だけが上の方々と親しく出来て、自分が漁師の息子だ、俺たちと同じ民の一人だってのをすっかり忘れちまったらしい! なあ、どう思う?」
人々がざわざわとざわめき、あちらこちらからダルを非難するような声も聞こえてくる。
「月虹兵ってのは民と宮を結ぶって話だったのに、自分らだけがよけりゃいいってよ!」
男がさらに煽るように声を張り上げる。
「この隊長さんがここでのんびりしてる間にも、あっちこっちの民が災害や疫病で苦しんでるってのに、それを上に訴えたいって俺たちを相手にしねえってよ! どこが民と宮を結ぶってんだよ、なあ!」
「あの」
男が一層声を張り上げ、それに周囲の人間が反応しようとしたその時、どこかから、あまり強くはないがしっかりとした声が男にかけられた。
「なんだ!」
「ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」
「誰だ!」
「ああ、今行きます」
そう言って人垣の間から進み出た人を見て、ダルが驚いた。
「すみません、邪魔してしまって」
そう言ったのは、初老に入ろうとする年頃の、髪に白い物が混じった男であった。
「その災害や疫病、どこで起きてるんですか?」
「え?」
「いや、どこで起きてるのか知りたくて」
「え……」
男の声が小さくなった。
「実は、封鎖の直前にうちに弟子が来たんですが、もう少し遅かったら封鎖で街に入れなかたんです。それからそんな話は聞いたことがなかったので。だから、どこで起きてたから知りたいんです。弟子の故郷とかで起きてないかも心配ですし」
そう、封鎖直前に来た弟子を預かった親方、ラデルであった。
「そ、その弟子ってのが知らないだけじゃないのか?」
「ええ、そうかも知れません。ですから、どこで起きてるのか教えてもらえないかと」
「いや……」
男がさらに口ごもる。
「どなたから聞いたんですか? 弟子より後から来た人は街に入れなかったと思います。王様の交代で天がお怒りということは、『王家の鐘』が鳴った後、封鎖までの間ってことですよね? いつ、どこで起きたのか教えていただけませんか?」
答えぬ男にラデルは不思議そうな顔をして、
「どうしました? 今、ここにいらっしゃる人にも、親戚や実家などが心配だという方もいらっしゃると思いますよ。教えていただけませんか?」
そう言うと、あちこちから心配そうな声が上がりだした。
「よう、どこで起きてんだよ」
「うちの娘の嫁ぎ先じゃないか心配だよ!」
ざわざわとそちらの声の方が大きくなってきたと見ると、男は、
「ふ、ふん、後で後悔しても知らんからな」
そう言ってダルを突き飛ばすようにして放し、
「おい、行くぞ!」
仲間に声をかけてそそくさとその場を離れて行った。
ダルが黙ったのにかぶせるように、一番体が大きく一番押しが強そうな男が少し柔らかくそう言う。
「なあ、なんとかお願いできないかな」
「申し訳ないけど」
ダルは柔らかくだがきっぱりとそう言った。
男は座ったままのダルを上から威圧するようにギロリと見下ろし、
「なあ、あんた、なんであんただけ特別扱いなんだ?」
「特別扱い?」
「あんた、漁師のせがれだろ? そんなあんたが、お側近くにまで行けて、そんできっと直々にお言葉とかいただいてるんだろ? なあ、なんでだ? あんたが行けるなら俺らもこんだけ国のこと思ってるんだ、お伝えしていただきたいんだよ、今、こんだけ国が危ういってことを」
後半は声を和らげ、機嫌を取るように、頼むようにそう言う。
「そういうことを耳にするような、そんなことはあの方たちのお役目じゃないよ。そんなこと、知っていただきたくない」
ダルの言葉に男は驚いて目をむいた。
「申し訳ないけど、君たちの頼みは聞けない」
ダルは知っている。
マユリアが、シャンタルが、どれほどの重荷を背負って、そして苦しんでいらっしゃったか。
これ以上あの方たちに不要な荷物を背負わせるわけにはいかない、こんな誰の仕業か分からないが、つまらない権力争いに利用なんかさせてたまるか。
「おい……」
先頭の男が上半身をぐうっと低くして、ダルの胸元をつかんだ。
「いい気になるなよな、おまえだって所詮はただの漁師だろうが。どんな手を使って宮へ入り込んだんだよ、え!」
男がダルをそう言って威嚇するが、ダルは黙って男をじっと見るだけだ。
「なんとか言えってんだよ! いいから俺らを宮へ招待しろよ! そのぐらいのことできんだろうがよ、ええ、隊長さんよお!」
「できない」
もう一度ダルがきっぱりと言う。
「俺にはそんな権限ないし、もしもあったとしても、そんなことはしたくない、しない」
「この野郎……」
男はダルをじっと睨みつけていたが、少し手を緩めると、遠巻きにしている人々に向かって叫んだ。
「おい、この月虹隊隊長はな、今この国で起こってる天変地異や疫病を見て見ない振りするってよ! 自分だけが上の方々と親しく出来て、自分が漁師の息子だ、俺たちと同じ民の一人だってのをすっかり忘れちまったらしい! なあ、どう思う?」
人々がざわざわとざわめき、あちらこちらからダルを非難するような声も聞こえてくる。
「月虹兵ってのは民と宮を結ぶって話だったのに、自分らだけがよけりゃいいってよ!」
男がさらに煽るように声を張り上げる。
「この隊長さんがここでのんびりしてる間にも、あっちこっちの民が災害や疫病で苦しんでるってのに、それを上に訴えたいって俺たちを相手にしねえってよ! どこが民と宮を結ぶってんだよ、なあ!」
「あの」
男が一層声を張り上げ、それに周囲の人間が反応しようとしたその時、どこかから、あまり強くはないがしっかりとした声が男にかけられた。
「なんだ!」
「ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」
「誰だ!」
「ああ、今行きます」
そう言って人垣の間から進み出た人を見て、ダルが驚いた。
「すみません、邪魔してしまって」
そう言ったのは、初老に入ろうとする年頃の、髪に白い物が混じった男であった。
「その災害や疫病、どこで起きてるんですか?」
「え?」
「いや、どこで起きてるのか知りたくて」
「え……」
男の声が小さくなった。
「実は、封鎖の直前にうちに弟子が来たんですが、もう少し遅かったら封鎖で街に入れなかたんです。それからそんな話は聞いたことがなかったので。だから、どこで起きてたから知りたいんです。弟子の故郷とかで起きてないかも心配ですし」
そう、封鎖直前に来た弟子を預かった親方、ラデルであった。
「そ、その弟子ってのが知らないだけじゃないのか?」
「ええ、そうかも知れません。ですから、どこで起きてるのか教えてもらえないかと」
「いや……」
男がさらに口ごもる。
「どなたから聞いたんですか? 弟子より後から来た人は街に入れなかったと思います。王様の交代で天がお怒りということは、『王家の鐘』が鳴った後、封鎖までの間ってことですよね? いつ、どこで起きたのか教えていただけませんか?」
答えぬ男にラデルは不思議そうな顔をして、
「どうしました? 今、ここにいらっしゃる人にも、親戚や実家などが心配だという方もいらっしゃると思いますよ。教えていただけませんか?」
そう言うと、あちこちから心配そうな声が上がりだした。
「よう、どこで起きてんだよ」
「うちの娘の嫁ぎ先じゃないか心配だよ!」
ざわざわとそちらの声の方が大きくなってきたと見ると、男は、
「ふ、ふん、後で後悔しても知らんからな」
そう言ってダルを突き飛ばすようにして放し、
「おい、行くぞ!」
仲間に声をかけてそそくさとその場を離れて行った。
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