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第二章 第二部 揺れる故郷
14 帰れる場所
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「そうかい、ミーヤにも言われたのかい」
ディナが愉快そうに笑った。
「そうなんですよ! そしたらトーヤが」
「ばあさんまでなんだよ! フェイ、こんなんと全然違っただろうが」
「そう、これ! こんなんってなんだよおっさん!」
「だから俺はお兄さんだ!」
「もう25のおっさ、いで!」
3発目。
「これこれ、もうおよしよ。本気になるよ」
ディナが声をあげて笑いながら言う。
「ミーヤもそう言ったのかい、そうかい、そうだろうね」
「って、ばあちゃん、なんでか分かるのか?」
すっかりベルがいつもの口調になる。
「トーヤの顔だね」
「あ!」
言われてベルも思い出す。
『ええ、全然違うのですが、なんでしょう、トーヤの表情が、フェイと話していた時と同じだったもので』
「そう言ってた、ミーヤさんも!」
「ミーヤがなんて?」
「トーヤの顔がフェイと話してる時の顔だって」
「ああ、そうだよ」
ディナが優しく手を伸ばし、短く刈り込んで黒く染められたベルの頭をやさしく撫でる。
いつもトーヤがやるように、ガシガシと髪をくしゃくしゃにしてしまうのとは違う、そっとそっと、これ以上力を入れると壊れてしまうものに触れるように。
「あんた、本当にトーヤに大事にされてるんだね」
ディナが顔中をしわにしてそう言った。
「ばあちゃん……」
大事にしてるもんをはたいたりくしゃくしゃにはしないだろうと言いかけたが、ベルはなんとなくそうは言えなくなった。
「トーヤはね、初めて見た時からベルのことが気にいってたんですよ」
シャンタルがディナにうれしそうに言う。
「おや、そうなのかい?」
ディナがシャンタルの言葉を受けてトーヤを振り向くと、
「んなはずねえだろ! 初めて会った時はそりゃも――」
「るせえー!」
「だからやめなさいって、もう」
シャンタルがころころと楽しそうに笑い、サディとダリオはその様子に驚いて身を引いてしまった。
「お幸せだったんですね」
ディナの声にシャンタルが微笑みながら振り向いた。
「そう見えますか?」
「ええ」
「そうですか、よかった」
そうして笑みを深める。
「この間もそう言われたんです。幸せというものがどういうものなのかはよく分からなかったんですが、おっしゃる通り、おそらく私は幸せなんでしょう」
「そうですか、よかった」
ディナも顔のシワを深めながらそう言う。
「きっとお母様もそれを聞きなすったらお喜びでしょう」
「はい」
そんな話をしていたら、ナスタとダリオが食事を運んできた。
「急だったしなんもないけど、まあ食べておくれよ」
「って、おふくろさん、えらい早いな」
「もう食べるように準備してたからね」
「急に悪いな、ただでさえ封鎖で色々足りねえだろうに、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。用意してたのにちょっと干物焼き足したけど、そんでもう十分足りるだろうよ」
「ああ、ごちそうだ、いただくよ」
「たんとお食べ、あんたらもだよ」
と、ナスタがベルと、それからシャンタルの方もちらっと見てそう言った。
「いただきます」
「ごちそうになります」
そうしてダルの家族たちと一緒に夕食の卓を囲んだ。
まるで八年前のあの頃が戻ってきたようだとトーヤは思った。
失われた時は戻ることはない、失われた人も。
それでも、まだこれから起こることに対する不安はありながらも、それなりに穏やかに過ぎていた日々と重なる今に、トーヤは心穏やかであった。
「魚の団子だ」
「おや、好きなのかい?」
「うん」
「そうかい、いっぱいお食べ」
ナスタがそう言って揚げた魚の団子を2つも3つもベルの皿に入れてやる。
「おふくろさん~そんなに食べらんないよ。てか、他のが食べられなくなっちゃうし」
「そっちかい」
ベルの遠慮のない言葉にみながどっと笑った。
「トーヤ、これ」
「ああ」
ナスタが持ってきてくれたのは、あの青いリボンを結んだトーヤのカップだ。
「ちゃんと預かっておいたからね」
「ありがとう」
トーヤの手に収まったカップをベルがじっと見る。
「本当にいたんだな、フェイ」
「ああ」
「おれも会ってみたかったな」
「おまえは会わねえ方がいいぞ」
「なんでだよ」
「全然違うからだよ」
「またそれかよ!」
「ほらほら、またけんかになるよ」
シャンタルがくすくす笑いながら2人を止める。
「お約束なんだね、それが」
「そうなんです」
ディナが楽しそうにシャンタルに声をかけ、シャンタルももうすっかり打ち解けて返事をする。
その頃になると、一同もシャンタルの存在に慣れてきたのか、くつろいで食事を楽しむことができた。
楽しい夕食の時が終わり、トーヤたちは世話になる部屋に通された。
「トーヤとその」
と、ナスタがちょっと呼吸を置いてから、
「シャンタルはダルの部屋に」
と、トーヤもよく知っている部屋に通された。
「ダルが結婚して出ていったけど、他に使う者もないし、トーヤの物も置いてあるからいつ帰ってきてもいいようにそのままにしといたんだよ」
トーヤが足を踏み入れたダルの部屋。
言われた通りにあの時のままだった。
宮の部屋も、この部屋もトーヤのために置いておかれたのだ。
厳しい今の状況でも、待っててくれる人がいて、帰る場所があった。
そう思うだけで力をもらえた気がした。
ディナが愉快そうに笑った。
「そうなんですよ! そしたらトーヤが」
「ばあさんまでなんだよ! フェイ、こんなんと全然違っただろうが」
「そう、これ! こんなんってなんだよおっさん!」
「だから俺はお兄さんだ!」
「もう25のおっさ、いで!」
3発目。
「これこれ、もうおよしよ。本気になるよ」
ディナが声をあげて笑いながら言う。
「ミーヤもそう言ったのかい、そうかい、そうだろうね」
「って、ばあちゃん、なんでか分かるのか?」
すっかりベルがいつもの口調になる。
「トーヤの顔だね」
「あ!」
言われてベルも思い出す。
『ええ、全然違うのですが、なんでしょう、トーヤの表情が、フェイと話していた時と同じだったもので』
「そう言ってた、ミーヤさんも!」
「ミーヤがなんて?」
「トーヤの顔がフェイと話してる時の顔だって」
「ああ、そうだよ」
ディナが優しく手を伸ばし、短く刈り込んで黒く染められたベルの頭をやさしく撫でる。
いつもトーヤがやるように、ガシガシと髪をくしゃくしゃにしてしまうのとは違う、そっとそっと、これ以上力を入れると壊れてしまうものに触れるように。
「あんた、本当にトーヤに大事にされてるんだね」
ディナが顔中をしわにしてそう言った。
「ばあちゃん……」
大事にしてるもんをはたいたりくしゃくしゃにはしないだろうと言いかけたが、ベルはなんとなくそうは言えなくなった。
「トーヤはね、初めて見た時からベルのことが気にいってたんですよ」
シャンタルがディナにうれしそうに言う。
「おや、そうなのかい?」
ディナがシャンタルの言葉を受けてトーヤを振り向くと、
「んなはずねえだろ! 初めて会った時はそりゃも――」
「るせえー!」
「だからやめなさいって、もう」
シャンタルがころころと楽しそうに笑い、サディとダリオはその様子に驚いて身を引いてしまった。
「お幸せだったんですね」
ディナの声にシャンタルが微笑みながら振り向いた。
「そう見えますか?」
「ええ」
「そうですか、よかった」
そうして笑みを深める。
「この間もそう言われたんです。幸せというものがどういうものなのかはよく分からなかったんですが、おっしゃる通り、おそらく私は幸せなんでしょう」
「そうですか、よかった」
ディナも顔のシワを深めながらそう言う。
「きっとお母様もそれを聞きなすったらお喜びでしょう」
「はい」
そんな話をしていたら、ナスタとダリオが食事を運んできた。
「急だったしなんもないけど、まあ食べておくれよ」
「って、おふくろさん、えらい早いな」
「もう食べるように準備してたからね」
「急に悪いな、ただでさえ封鎖で色々足りねえだろうに、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。用意してたのにちょっと干物焼き足したけど、そんでもう十分足りるだろうよ」
「ああ、ごちそうだ、いただくよ」
「たんとお食べ、あんたらもだよ」
と、ナスタがベルと、それからシャンタルの方もちらっと見てそう言った。
「いただきます」
「ごちそうになります」
そうしてダルの家族たちと一緒に夕食の卓を囲んだ。
まるで八年前のあの頃が戻ってきたようだとトーヤは思った。
失われた時は戻ることはない、失われた人も。
それでも、まだこれから起こることに対する不安はありながらも、それなりに穏やかに過ぎていた日々と重なる今に、トーヤは心穏やかであった。
「魚の団子だ」
「おや、好きなのかい?」
「うん」
「そうかい、いっぱいお食べ」
ナスタがそう言って揚げた魚の団子を2つも3つもベルの皿に入れてやる。
「おふくろさん~そんなに食べらんないよ。てか、他のが食べられなくなっちゃうし」
「そっちかい」
ベルの遠慮のない言葉にみながどっと笑った。
「トーヤ、これ」
「ああ」
ナスタが持ってきてくれたのは、あの青いリボンを結んだトーヤのカップだ。
「ちゃんと預かっておいたからね」
「ありがとう」
トーヤの手に収まったカップをベルがじっと見る。
「本当にいたんだな、フェイ」
「ああ」
「おれも会ってみたかったな」
「おまえは会わねえ方がいいぞ」
「なんでだよ」
「全然違うからだよ」
「またそれかよ!」
「ほらほら、またけんかになるよ」
シャンタルがくすくす笑いながら2人を止める。
「お約束なんだね、それが」
「そうなんです」
ディナが楽しそうにシャンタルに声をかけ、シャンタルももうすっかり打ち解けて返事をする。
その頃になると、一同もシャンタルの存在に慣れてきたのか、くつろいで食事を楽しむことができた。
楽しい夕食の時が終わり、トーヤたちは世話になる部屋に通された。
「トーヤとその」
と、ナスタがちょっと呼吸を置いてから、
「シャンタルはダルの部屋に」
と、トーヤもよく知っている部屋に通された。
「ダルが結婚して出ていったけど、他に使う者もないし、トーヤの物も置いてあるからいつ帰ってきてもいいようにそのままにしといたんだよ」
トーヤが足を踏み入れたダルの部屋。
言われた通りにあの時のままだった。
宮の部屋も、この部屋もトーヤのために置いておかれたのだ。
厳しい今の状況でも、待っててくれる人がいて、帰る場所があった。
そう思うだけで力をもらえた気がした。
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