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第二章 第一部 吹き返す風
13 分かり合う
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そしてその後、ミーヤとセルマは本当に色々な話をした。
お互いの子供の頃のこと、二人が人生の半分以上を過ごしている宮の中での出来事。
十歳以上も年の離れた親友のように、今まで他の人とはしたことがないほどたくさんのことを話し合った。
「我が家は貴族と言っても地方の小領主でしたからね、父も母もいつも資金繰りに苦労していて、私たちが行事の折に着る衣装なども、あちこち手を入れてなるべく同じ物に見えないように工夫をしたりしていました」
「まあ、貴族の家の方は優雅にゆったりとお暮らしのように思っていました」
「それは王都にお住まいの方や、地方でも大領主の方だけでしょうね」
「存じませんでした」
「ある夜、両親が話しているのを聞いてしまったのです。長女のセルマが器量よしであったなら、どこかの大貴族に縁付く可能性もあるけれど、ごく普通の子でその希望もない。ただ、あの子は頭がいいから、宮の募集でもあれば侍女になれるのではないかと」
「まあ」
「その話を聞いたのがおそらく5歳ぐらいであったかと思いますが、それでずっと家のために侍女になりたいと思っていました。」
「そうだったのですか」
「ええ。それでその日のためにと、色々な努力してきました。勉強、お裁縫、音楽、絵を描くこと。両親は生活を始末してはできる限り色々なことを習わせてくれました。そして7歳の時、宮の募集があったので王都に出てきて、選ばれて今に至ります」
「そうなのですね」
ミーヤはセルマの信念に感心をした。
「セルマ様はそれだけの決意で、それほどの努力をなさってこられたのですね」
「ええ。ですから選ばれた時には両親は我が家にとってこれほど名誉なことはない、そう言って本当に喜んでくれました。私も幼いながら震えるほどの喜びを感じ、両親のこの姿を一生忘れるまい、家族のためにも生涯をかけて精一杯宮にお仕えするのだ、この身を捧げるのだと心に誓いました」
セルマが誇り高く微笑んだ。
ミーヤはその笑顔を素直に美しいと思った。
この方は、幼い時よりご自分の道を定め、ひたすらそのためにだけ生きてこられたのだ。
だからこそ、ご自分にも他人にも厳しい。その厳しい理由をミーヤは理解できた気がした。
「おまえはどうして侍女になろうと思ったのです?」
「私ですか」
ミーヤはセルマと比べると自分の動機はなんとも浅い理由であったような気がしたが、話し始めた。
「私は2歳の頃に両親を流行り病で亡くしました」
「まあ」
セルマはなんとも痛ましそうに頬を引き締める。
「いえ、ですが、あまりに幼くてその頃のことは覚えておりません。その後、祖父母の元で大切に育ててもらいましたし、祖父が家具工房の親方をしていたので、工房の職人やその奥さんたちにもかわいがってもらい、さみしいなどと思うこともありませんでした。幸せな子ども時代だったと思います。ですが、今度は6歳の時に祖母が病で亡くなりました。その時にはさすがに悲しくて、祖母を思い出しては泣き、おばあちゃんはどこに行ってしまったのか、どうして帰ってこないのか、そう言って祖父を困らせておりました」
「幼子が大切な方を亡くすというのは、物心ついた者が亡くすより一層つらく思います」
セルマが心から幼いミーヤを思ってくれているのが分かった。
この方は本当に他人を思いやることができる優しい方なのだとミーヤは思った。
「はい。祖父の方がもっとつらかったであろうと今なら思えますが、その時にはまだ自分のさびしさで精一杯で、ただただ祖母に会いたい、そればかり思ってふさぎこむ日が続きました。そんな時です、祖父が子馬を連れて帰ってくれたのは」
「ああ」
セルマは前にミーヤが馬に乗れるのを不思議に思ったが、話を聞いてその理由を理解できた。
「ミーヤ、おまえの新しい家族だよ、そう言って連れてきてくれた子馬とすぐに仲良くなり、それから乗り方を習って乗れるようになりました。祖父は出来上がった家具を馬車や馬で運ぶこともあり、馬には慣れていたので早く乗れるようになったのだと思います」
「そうだったのですね」
「はい」
「その子馬の名前は? 名前をつけたのでしょう?」
「はい。トアンと」
「トアン?」
「はい。幼い時に読んだ絵本に出てきた子馬の名前です」
ミーヤは子馬を懐かしく思い出す。
「そしてある日、祖父が故郷の村の神殿に家具の修理に出向きました時、私もトアンに乗って着いて行きました。祖父が作業をしている間に神殿で待っていたのですが、その時に神官様やお手伝いの方々がとてもやさしく、相談に来られた方たちが話をするとうれしそうに帰って行くんです。それを見ていて私もこの方たちのようになりたい、そう思ってお手伝いをするようになりました。そして8歳の時に宮から募集があり、10歳以下のよく神殿のお手伝いをしている子という条件だったので、神官様が行ってみてはどうかと声をかけてくださいました」
セルマはなんとなくその頃のミーヤの姿を想像できる気がした。
今もこの侍女は同じ生き方をしている。
常に誰かのことを考え、誰かのために動く。
それが例えば敵である自分であったとしても。
セルマはそう思いながらミーヤの話を聞いていた。
お互いの子供の頃のこと、二人が人生の半分以上を過ごしている宮の中での出来事。
十歳以上も年の離れた親友のように、今まで他の人とはしたことがないほどたくさんのことを話し合った。
「我が家は貴族と言っても地方の小領主でしたからね、父も母もいつも資金繰りに苦労していて、私たちが行事の折に着る衣装なども、あちこち手を入れてなるべく同じ物に見えないように工夫をしたりしていました」
「まあ、貴族の家の方は優雅にゆったりとお暮らしのように思っていました」
「それは王都にお住まいの方や、地方でも大領主の方だけでしょうね」
「存じませんでした」
「ある夜、両親が話しているのを聞いてしまったのです。長女のセルマが器量よしであったなら、どこかの大貴族に縁付く可能性もあるけれど、ごく普通の子でその希望もない。ただ、あの子は頭がいいから、宮の募集でもあれば侍女になれるのではないかと」
「まあ」
「その話を聞いたのがおそらく5歳ぐらいであったかと思いますが、それでずっと家のために侍女になりたいと思っていました。」
「そうだったのですか」
「ええ。それでその日のためにと、色々な努力してきました。勉強、お裁縫、音楽、絵を描くこと。両親は生活を始末してはできる限り色々なことを習わせてくれました。そして7歳の時、宮の募集があったので王都に出てきて、選ばれて今に至ります」
「そうなのですね」
ミーヤはセルマの信念に感心をした。
「セルマ様はそれだけの決意で、それほどの努力をなさってこられたのですね」
「ええ。ですから選ばれた時には両親は我が家にとってこれほど名誉なことはない、そう言って本当に喜んでくれました。私も幼いながら震えるほどの喜びを感じ、両親のこの姿を一生忘れるまい、家族のためにも生涯をかけて精一杯宮にお仕えするのだ、この身を捧げるのだと心に誓いました」
セルマが誇り高く微笑んだ。
ミーヤはその笑顔を素直に美しいと思った。
この方は、幼い時よりご自分の道を定め、ひたすらそのためにだけ生きてこられたのだ。
だからこそ、ご自分にも他人にも厳しい。その厳しい理由をミーヤは理解できた気がした。
「おまえはどうして侍女になろうと思ったのです?」
「私ですか」
ミーヤはセルマと比べると自分の動機はなんとも浅い理由であったような気がしたが、話し始めた。
「私は2歳の頃に両親を流行り病で亡くしました」
「まあ」
セルマはなんとも痛ましそうに頬を引き締める。
「いえ、ですが、あまりに幼くてその頃のことは覚えておりません。その後、祖父母の元で大切に育ててもらいましたし、祖父が家具工房の親方をしていたので、工房の職人やその奥さんたちにもかわいがってもらい、さみしいなどと思うこともありませんでした。幸せな子ども時代だったと思います。ですが、今度は6歳の時に祖母が病で亡くなりました。その時にはさすがに悲しくて、祖母を思い出しては泣き、おばあちゃんはどこに行ってしまったのか、どうして帰ってこないのか、そう言って祖父を困らせておりました」
「幼子が大切な方を亡くすというのは、物心ついた者が亡くすより一層つらく思います」
セルマが心から幼いミーヤを思ってくれているのが分かった。
この方は本当に他人を思いやることができる優しい方なのだとミーヤは思った。
「はい。祖父の方がもっとつらかったであろうと今なら思えますが、その時にはまだ自分のさびしさで精一杯で、ただただ祖母に会いたい、そればかり思ってふさぎこむ日が続きました。そんな時です、祖父が子馬を連れて帰ってくれたのは」
「ああ」
セルマは前にミーヤが馬に乗れるのを不思議に思ったが、話を聞いてその理由を理解できた。
「ミーヤ、おまえの新しい家族だよ、そう言って連れてきてくれた子馬とすぐに仲良くなり、それから乗り方を習って乗れるようになりました。祖父は出来上がった家具を馬車や馬で運ぶこともあり、馬には慣れていたので早く乗れるようになったのだと思います」
「そうだったのですね」
「はい」
「その子馬の名前は? 名前をつけたのでしょう?」
「はい。トアンと」
「トアン?」
「はい。幼い時に読んだ絵本に出てきた子馬の名前です」
ミーヤは子馬を懐かしく思い出す。
「そしてある日、祖父が故郷の村の神殿に家具の修理に出向きました時、私もトアンに乗って着いて行きました。祖父が作業をしている間に神殿で待っていたのですが、その時に神官様やお手伝いの方々がとてもやさしく、相談に来られた方たちが話をするとうれしそうに帰って行くんです。それを見ていて私もこの方たちのようになりたい、そう思ってお手伝いをするようになりました。そして8歳の時に宮から募集があり、10歳以下のよく神殿のお手伝いをしている子という条件だったので、神官様が行ってみてはどうかと声をかけてくださいました」
セルマはなんとなくその頃のミーヤの姿を想像できる気がした。
今もこの侍女は同じ生き方をしている。
常に誰かのことを考え、誰かのために動く。
それが例えば敵である自分であったとしても。
セルマはそう思いながらミーヤの話を聞いていた。
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