上 下
95 / 488
第二章 第一部 吹き返す風

13 分かり合う

しおりを挟む
 そしてその後、ミーヤとセルマは本当に色々な話をした。
 お互いの子供の頃のこと、二人が人生の半分以上を過ごしている宮の中での出来事。 
 十歳以上も年の離れた親友のように、今まで他の人とはしたことがないほどたくさんのことを話し合った。

「我が家は貴族と言っても地方の小領主でしたからね、父も母もいつも資金繰りに苦労していて、私たちが行事の折に着る衣装なども、あちこち手を入れてなるべく同じ物に見えないように工夫をしたりしていました」
「まあ、貴族の家の方は優雅にゆったりとお暮らしのように思っていました」
「それは王都にお住まいの方や、地方でも大領主の方だけでしょうね」
「存じませんでした」
「ある夜、両親が話しているのを聞いてしまったのです。長女のセルマが器量よしであったなら、どこかの大貴族に縁付く可能性もあるけれど、ごく普通の子でその希望もない。ただ、あの子は頭がいいから、宮の募集でもあれば侍女になれるのではないかと」
「まあ」
「その話を聞いたのがおそらく5歳ぐらいであったかと思いますが、それでずっと家のために侍女になりたいと思っていました。」
「そうだったのですか」
「ええ。それでその日のためにと、色々な努力してきました。勉強、お裁縫、音楽、絵を描くこと。両親は生活を始末してはできる限り色々なことを習わせてくれました。そして7歳の時、宮の募集があったので王都に出てきて、選ばれて今に至ります」
「そうなのですね」

 ミーヤはセルマの信念に感心をした。
 
「セルマ様はそれだけの決意で、それほどの努力をなさってこられたのですね」
「ええ。ですから選ばれた時には両親は我が家にとってこれほど名誉なことはない、そう言って本当に喜んでくれました。私も幼いながら震えるほどの喜びを感じ、両親のこの姿を一生忘れるまい、家族のためにも生涯をかけて精一杯宮にお仕えするのだ、この身を捧げるのだと心に誓いました」

 セルマが誇り高く微笑んだ。

 ミーヤはその笑顔を素直に美しいと思った。
 この方は、幼い時よりご自分の道を定め、ひたすらそのためにだけ生きてこられたのだ。
 だからこそ、ご自分にも他人にも厳しい。その厳しい理由をミーヤは理解できた気がした。

「おまえはどうして侍女になろうと思ったのです?」
「私ですか」

 ミーヤはセルマと比べると自分の動機はなんとも浅い理由であったような気がしたが、話し始めた。

「私は2歳の頃に両親を流行り病で亡くしました」
「まあ」

 セルマはなんとも痛ましそうに頬を引き締める。

「いえ、ですが、あまりに幼くてその頃のことは覚えておりません。その後、祖父母の元で大切に育ててもらいましたし、祖父が家具工房の親方をしていたので、工房の職人やその奥さんたちにもかわいがってもらい、さみしいなどと思うこともありませんでした。幸せな子ども時代だったと思います。ですが、今度は6歳の時に祖母が病で亡くなりました。その時にはさすがに悲しくて、祖母を思い出しては泣き、おばあちゃんはどこに行ってしまったのか、どうして帰ってこないのか、そう言って祖父を困らせておりました」
「幼子が大切な方を亡くすというのは、物心ついた者が亡くすより一層つらく思います」

 セルマが心から幼いミーヤを思ってくれているのが分かった。
 この方は本当に他人を思いやることができる優しい方なのだとミーヤは思った。

「はい。祖父の方がもっとつらかったであろうと今なら思えますが、その時にはまだ自分のさびしさで精一杯で、ただただ祖母に会いたい、そればかり思ってふさぎこむ日が続きました。そんな時です、祖父が子馬を連れて帰ってくれたのは」
「ああ」

 セルマは前にミーヤが馬に乗れるのを不思議に思ったが、話を聞いてその理由を理解できた。

「ミーヤ、おまえの新しい家族だよ、そう言って連れてきてくれた子馬とすぐに仲良くなり、それから乗り方を習って乗れるようになりました。祖父は出来上がった家具を馬車や馬で運ぶこともあり、馬には慣れていたので早く乗れるようになったのだと思います」
「そうだったのですね」
「はい」
「その子馬の名前は? 名前をつけたのでしょう?」
「はい。トアンと」
「トアン?」
「はい。幼い時に読んだ絵本に出てきた子馬の名前です」

 ミーヤは子馬を懐かしく思い出す。

「そしてある日、祖父が故郷の村の神殿に家具の修理に出向きました時、私もトアンに乗って着いて行きました。祖父が作業をしている間に神殿で待っていたのですが、その時に神官様やお手伝いの方々がとてもやさしく、相談に来られた方たちが話をするとうれしそうに帰って行くんです。それを見ていて私もこの方たちのようになりたい、そう思ってお手伝いをするようになりました。そして8歳の時に宮から募集があり、10歳以下のよく神殿のお手伝いをしている子という条件だったので、神官様が行ってみてはどうかと声をかけてくださいました」

 セルマはなんとなくその頃のミーヤの姿を想像できる気がした。
 今もこの侍女は同じ生き方をしている。
 常に誰かのことを考え、誰かのために動く。
 それが例えば敵である自分であったとしても。
 セルマはそう思いながらミーヤの話を聞いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おっす、わしロマ爺。ぴっちぴちの新米教皇~もう辞めさせとくれっ!?~

月白ヤトヒコ
ファンタジー
 教皇ロマンシス。歴代教皇の中でも八十九歳という最高齢で就任。  前任の教皇が急逝後、教皇選定の儀にて有力候補二名が不慮の死を遂げ、混乱に陥った教会で年功序列の精神に従い、選出された教皇。  元からの候補ではなく、支持者もおらず、穏健派であることと健康であることから選ばれた。故に、就任直後はぽっと出教皇や漁夫の利教皇と揶揄されることもあった。  しかし、教皇就任後に教会内でも声を上げることなく、密やかにその資格を有していた聖者や聖女を見抜き、要職へと抜擢。  教皇ロマンシスの時代は歴代の教皇のどの時代よりも数多くの聖者、聖女の聖人が在籍し、世の安寧に尽力したと言われ、豊作の時代とされている。  また、教皇ロマンシスの口癖は「わしよりも教皇の座に相応しいものがおる」と、非常に謙虚な人柄であった。口の悪い子供に「徘徊老人」などと言われても、「よいよい、元気な子じゃのぅ」と笑って済ませるなど、穏やかな好々爺であったとも言われている。 その実態は……「わしゃ、さっさと隠居して子供達と戯れたいんじゃ~っ!?」という、ロマ爺の日常。 短編『わし、八十九歳。ぴっちぴちの新米教皇。もう辞めたい……』を連載してみました。不定期更新。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

処理中です...