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第二章 第一部 吹き返す風

 4 抱く

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 トーヤは「お父上」として宮から出た。

 帰ってくる時に真っ直ぐではなく、一度用意された家に入り、そこから人に見られないようにこっそりと出てからラデルの家具工房へと帰る。
 もちろんマントをきちんと着込み、あちらこちらに寄り道をして、絶対に誰にも付けられないように気をつけながらだ。
 今度宮に行きたくなったら連絡をして、その逆の経路でその家から馬車で宮へ入る。

 「親御様」と「お父上」がどこの誰かは知られないようにこれほどに気を配られている。
 知っているのはごくごく限られた一部の人間だけだ。

 今回は託宣を聞いたラーラ様と侍女頭のキリエの二人が知って、それを神官長に告げた。
 その後で侍女頭が選んだ衛士1名、神官長が選んだ神官1名で確認に行くのだ。

 今回選ばれた衛士は、シャンタル宮警護隊長のルギであった。

「本当なら隊長であるあなたに頼むべきことではないのですが」

 キリエがいつものように、見た目だけは何もないようにそう告げ、ルギも何一つ質問することなくその任に就いた。
 神官長が任命した神官は、後は引退の時を迎えるだけの古株の神官であった。

 ルギと年老いた神官の2名は2頭の馬で連れ立って「親御様」の自宅へと向かった。
 神官は月虹兵ができるまでは宮の伝令の役目も担っていたので、乗馬は全員ができることとなっている。あまりに高齢になったり、どうしても乗れない者は馬車を使うが、この老神官はまだ大丈夫なようだった。
 
 着いた先はリュセルスの西あたりにある家具工房であった。
 神官が声をかけると、中から特にこれといって特徴のない、中年から初老にかかろうかという男が出てきた。
 この工房の親方であるラデル、当代シャンタルの「お父上」であるが、ルギも老神官もその事実は知らない。
 
 目的の方の名を伝えると、確かにここに住む人物であると分かった。

「今は出かけていておりません。伝言があるなら伝えますが」
「いえ、それだけでは困るのです。事が事だけに」

 神官が困ったように言うと、

「そう言われても今はいないのですから仕方がないでしょう。戻ったら連絡しますので、連絡先を教えて下さい」

 そう言われて、神官と衛士が一時滞在先を伝え、翌日、連絡があったのでもう一度訪問すると、シャンタルの託宣通りの名を持つ女性が確かに存在していた。

 「親御様」である女性は衛士と神官が来た理由を聞くと、

「そうですか」

 とだけ淡々と答えた。

 いつもなら吉日を伝えてお迎えの日まで自宅で過ごしていただくのがだ、何しろ前回は親御様が一時期姿をくらまして大騒ぎになっていた。今回は宮に入る日は選ぶが、それまでは目の届くところに滞在していただきたいと伝える。

「分かりました」

 それにも淡々と答えるので、ルギはなんとなく違和感を持った。

 自分の胎内に次のシャンタル、次代様がいらっしゃる。
 そう聞いた時、こんなに普通の状態でいられるものなのだろうか、そう思ったのだ。

 ルギが見る女性はほぼ宮の中にいる侍女のみだ。
 あるじであるシャンタルとマユリアは神なので女性には含まれない、そんな失礼なことはできない。
 それから任務の時に街で見かける女性、たまにダルなどと一緒に街に飲みに行った店にいる女性などだが、その中に子を身ごもっている女性の数は少なかった。

(そういえばリルが身重だったな)

 そうは思うが、リルは見たところ以前とほぼ変わりがないように思う。
 ならばこの反応もごく普通のものなのだろうか。
 それ以上のことは想像することもできないので、そこで考えるのを諦めた。

 そうして親御様は無事に一度待機場所である家に入られて、吉日を選んで宮へと移動された。

 今回は産み月まで後二月ふたつきほどではないかとの話だった。

(だとすればリルと同じぐらいの時期か)

 ルギはふと、そうも思った。

 同じぐらいの時期にリルは4人目の子を産むと、その後は上の子と夫が待つ家で今までより1人多い6人家族としての生活を始める。夫婦どちらの両親も健在なので、それはにぎやかなことになるだろう。
 
 だが親御様とお父上は違う。
 聞いたところによると上にお子様はいらっしゃらないということだったので、次代様を無事にご出産なさったら、約一月ひとつき後の交代の儀式の後、親御様の体調を見ながらひっそりと元の家に帰り、また夫婦二人の生活が戻ってくる。

 生まれた子を一度もいだくことなく、シャンタルを十年、マユリアを十年お務めになり、神から人に戻られた子が親の元に戻る日を待つしかない。

 二十年の歳月を超えて、親はやっと我が子をその胸に抱くことができる。

 今回の役目に就き、ルギは、ラーラ様、先代の「黒のシャンタル」、当代、これからお生まれになる次代様、そして我があるじと定めたマユリア、5人の女神の運命の過酷さを初めて知った気がした。

 ルギ自身も11歳にして家族全員を失ったというものの、それでもそれ以前の記憶、懐かしい家族の記憶はしっかりと残っている。
 幼い時、ぐずって母の胸に抱かれたこと、父にしっかりと肩車をされたこと、叔父や兄たちと共に初めて船に乗った時のあの興奮。

 人に戻ったマユリアは、他のお方たちは、空白の二十年をどうやって埋めるのだろう。
 ルギは初めてその考えに至ったのだ。 
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