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第一章 第四部 穢れた侍女
16 青い少女の話
しおりを挟む「そんな、そんな幼くして死んだ子の話、そんな縁起の悪い話を今、ここでですか」
フェイと聞いてセルマが嫌そうに言う。
「ええ、フェイは残念ながら幼くして亡くなりました。ですが、誰よりも濃い人生を精一杯生きました。そして今も私の中で、そしてトーヤや他の関わりのある人たちの中でも生きているのです」
ミーヤが優しい口調で言う。
「フェイの話をお聞きください」
セルマは返事をしなかった。
ミーヤは返事がないのが承諾の印と話し始める。
「八年前のことです。セルマ様もご存知のように、私はマユリアに指名をされ、託宣の客人である『助け手』トーヤの世話係となりました。その時に私を手伝うようにとキリエ様がお付けになったのがフェイでした」
託宣に関することはもちろん話せない。
トーヤがフェイを助けるために湖に走ったことももちろん話せない。
話せないことはたくさんある。
だが、それでも、フェイの話を聞いてもらうには一晩あっても足りないのではないか、そう思うほどいろいろな思い出があった。
「フェイは本当にトーヤに懐いたのですが、それはトーヤがフェイをかわいがったからです。フェイは家族との縁が薄く、家族がいないも同然の身の上でしたが、トーヤを父親のように慕うようになりました。きっかけが――」
そう言って思い出して少しくすっと笑う。
「リュセルスで、小さな足で歩き疲れただろうと、トーヤがいきなりフェイを抱っこして街を歩いたことがあったのですが、おそらくそれだと思います」
そしてそのことを思い出し、後にシャンタルをいきなり抱き上げたのだった。
それももちろんセルマには話せはしない。
「フェイはおとなしい子でした。キリエ様がおっしゃるには、人見知りなフェイならトーヤとあまり親しくなり過ぎないだろう、そう思ってフェイを付けたのだそうですが、予想に反してすぐにトーヤに懐き、同時にみるみる子どもらしくなっていったもので、とても驚かれたのだそうです」
「キリエ殿が?」
セルマが意外そうに聞く。
「あの人がそんなことを言ったのですか?」
「ええ、フェイが亡くなった後で、そのことでトーヤにお礼をと。そしてあまりに懐くので心配になり、トーヤはいつかいなくなる人だと言ったのだと、そのことを詫びていらっしゃいました」
「詫びをですか」
「はい」
思い出しても苦しくなる。
あの時のキリエの胸の内。
「キリエ様は、あまり親しくなると別れの時につらくなるだろう、そう思っておっしゃったそうなのですが、その自分の言葉がフェイに生きる気力を失わせたのではないか、そうもお思いになられたようです」
「信じられない……」
セルマが驚いてそう言う。
「あの人は人の心など分からぬ人です。自分のことさえ良ければそれでいいのです。そんな人間が、まさかそんなことを」
「セルマ様は勘違いをなさっていらっしゃいます」
ミーヤがきっぱりと言い切る。
「フェイは、おとなしい子ではありましたが、自分の考えというものをしっかりと持っている子でした。トーヤと知り合うまではその自分を封印していたんだと思います。それがトーヤに大事にされ、自分を表現できるようになっていったのではないかと思います。それを聞き、キリエ様は救われた、そうおっしゃっていらっしゃいました」
セルマはまだ信じられないという表情を崩せずにいた。
「そうそう、こんなことがあったんですよ」
これはフェイのことを語る上で絶対に外すことはできないエピソードだ。
「トーヤはお酒が飲めないんです、本当に一滴も。それが、カースである時うっかり、ダルと自分のカップを間違えてお酒を口にして気を失ってしまうという出来事がありました」
「そういう人間には見えませんね」
セルマは驚いていた。
セルマの中でならず者という人間は、朝夜関係なく酒を口にしては暴れ、女と見ると手を出す。気にいらぬことがあると平気で人を傷つける。そういうどうしようもない人間だった。
そしてセルマの中ではトーヤはならず者である。
「でも飲めないのです、本当に。そしてそのすぐ翌日、今度はダルがマユリアに神馬を賜ってそのお祝いの宴が催されたのですが、フェイはハラハラとトーヤを見守り、そして決心したように立ち上がるとトーヤの元に行きました」
「何をしに行ったのです」
認めたくはなかったが、セルマは少し話の先行きが気になってきた。
「フェイは、トーヤのジュースが入ったカップを取り上げると、自分の髪を縛っていた青いリボンを外して取手にくるくると巻いて目印にして、これで間違えませんよね、と」
「まあ」
その光景を頭に浮かべると、さすがにセルマも少しばかり微笑ましく思うしかない。
「それでトーヤもカースの人も大喜びして、トーヤがフェイを抱えあげて、さすがは俺の第一夫人だ、最高だと」
「第一夫人?」
「はい、トーヤはフェイをそう呼んでかわいがっていました」
なぜだろう。
セルマは不思議に思った。
今までの自分なら、あのならず者が幼い侍女見習いをそんな呼び方をしたなどと聞いたら、やはりそんな目で見ているのかと、不潔な、不愉快なと思っていただろうに、なぜだかそうは思えなかったからだ。
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