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第一章 第四部 穢れた侍女
9 侍女の涙
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廊下を再び歩き出し、二人は突き当たりまで進んだ。
そこには不似合いなゆったりしたソファとどっしりしたテーブルが置かれていた。
「マユリアのお心遣いです。番をする衛士たちのためにと」
「ああ、なるほどな」
ガチャリと音を立ててソファの横にある扉を開ける。
予想と違ってほんのり温かい空気が流れ出てきた。
「これもそうです。中の二人が過ごしやすいようにと」
中にはさらに個室が仕切ってあり、その外に焼かれたらしい焦げた石がいくつか置いてあった。そばにはまだ水を入れてあったらしい桶も一つ。水をかけて蒸気を出していたらしい。
「3つある個室の一番奥にミーヤ、手前にセルマが入れられていました」
「ほう」
「音が聞こえますか?」
「いや、聞こえねえ――」
トーヤがそう言いかけた時、懐から何かの波動がトーヤの体に伝わってきた。
(あ、やべえ!)
これは御祭神の分身だ。
これをこんな穢れた場所に持ってきちゃいけなかったのか?
そう考えた一瞬でそれは終わった。
「どうしたのです!」
いきなり膝をついた神官姿のトーヤにキリエが驚いた。
「いや、なんでもねえ……」
トーヤは何もなかったように立ち上がった。
「おかげで分かったよ」
「え?」
「行こう、もう用は済んだ」
「え?」
戸惑うキリエの手を掴み、トーヤはさっさとその部屋から出る。
そのままキリエに負担にならぬほどの速度で廊下の突き当り、離宮からつながる階段の下へと来た。
そして続けて階段を上がり、そこでやっと足を止めた。
「すまねえな、無理させちまってないか?」
「いえ、それはまあ、大丈夫です」
キリエが少しだけ息を切らしていた。
「ちょっとだけ休もう」
「何があったのです」
「それは部屋に戻ってから。動けるようになったら言ってくれ、できるだけ早くここから離れたい」
「大丈夫です。行きましょう」
キリエはそう言うと、息を整えながらトーヤの前に出て、来た時と同じように神官を先導する侍女頭へと戻った。
「かなわねえな」
トーヤはふっと笑うとフードを深くかぶり直し、大人しくキリエの後に付いて歩いた。
二人はお父上の部屋の前に付き、周囲に人がいないのを確認してから中に入る。
「どうしたというのですか」
「まあ座れって」
言われて大人しくキリエが椅子に座る。
トーヤも神官の扮装を解き、ソファに座ってキリエと向かい合う形になる。
「ほれ水」
テーブルの上の水差しから水を注ぎキリエに渡す。
「ありがとうございます」
キリエも大人しく受け取って水を飲んだ。
平気な顔をしているが、地下から離宮への廊下まではかなりの早足で急かしたから、キリエには結構堪えたはずだ。
二人共落ち着いた頃、キリエが口を開いた。
「それで、何が分かったのです」
「ああ」
トーヤはどこからどう説明しようかと考えた。
御祭神の分身のことはキリエに話していいのかどうか分からない。
ここのところはぼかしておくか……
「俺はまあ、なんでか分からんがここの神様に目ぇつけられてる。それはあんたも知っての通りだ」
キリエは黙って聞いている。
否定はしない。
ってことは、納得してるんだろう。
そう考えてトーヤは続ける。
「そんでな、まあまあ、色んな目に合わせてもらってるよ。共鳴だとか、湖に引きずり込まれるだとか、その他にも色々な。その一つだと思ってもらいたい」
「分かりました」
短くキリエが答えた。
「あの水音、あれは侍女の涙だ」
「え?」
「それと流れる血」
キリエが無言でトーヤを見る。
「あの時、今までにあそこで涙や血を流した侍女の存在が見えた。特にあの真ん中の部屋。ミーヤとセルマを両端の部屋に離したのは、それは二人が話をしたりとかしないように、だけじゃねえだろ?」
「驚きました」
そう言いながらキリエは表情を変えてはいない。
「あそこであった事も見た」
「そうですか」
キリエが軽く目を閉じた。
「あの真ん中の部屋は閉鎖されています。誰も入れないように。幸いなことに、今まで3人の侍女が同時にあそこへ入れられることはなかったので、誰もあそこで過ごすようなことはありませんでした」
「そりゃ運がよかった、幸いだったな」
トーヤの言葉をキリエは黙って聞いている。
「あの真ん中の部屋であったこと、あんたは知ってんのか?」
「ええ。侍女頭になる時に先代から申し伝えられました。ごく一部の侍女だけが知っています」
「今は誰が知ってる?」
「私とネイとタリアの3人です」
「そんだけか」
「あの二人とは全ての秘密を共有しています」
「そんで、それを聞いても動じない人間だけが次の侍女頭になれるってことか」
「フウなら大丈夫でしょう」
「あの御仁ならな」
そう言ってトーヤが楽しそうに笑った。
「肝が座ってるからなあ」
キリエがふわっと笑った。
「見たことを教えてもらえますか」
「答え合わせか、いいだろう」
トーヤがもういっぱい水を注いでキリエに渡し、自分も飲む。
「時代までは分からん。何があったかなんもかんも同時に降ってきたからな。だが、あの真ん中の部屋であったこと、それが一番の悲劇だということだけは俺にも分かった」
トーヤがそう話し始めた。
そこには不似合いなゆったりしたソファとどっしりしたテーブルが置かれていた。
「マユリアのお心遣いです。番をする衛士たちのためにと」
「ああ、なるほどな」
ガチャリと音を立ててソファの横にある扉を開ける。
予想と違ってほんのり温かい空気が流れ出てきた。
「これもそうです。中の二人が過ごしやすいようにと」
中にはさらに個室が仕切ってあり、その外に焼かれたらしい焦げた石がいくつか置いてあった。そばにはまだ水を入れてあったらしい桶も一つ。水をかけて蒸気を出していたらしい。
「3つある個室の一番奥にミーヤ、手前にセルマが入れられていました」
「ほう」
「音が聞こえますか?」
「いや、聞こえねえ――」
トーヤがそう言いかけた時、懐から何かの波動がトーヤの体に伝わってきた。
(あ、やべえ!)
これは御祭神の分身だ。
これをこんな穢れた場所に持ってきちゃいけなかったのか?
そう考えた一瞬でそれは終わった。
「どうしたのです!」
いきなり膝をついた神官姿のトーヤにキリエが驚いた。
「いや、なんでもねえ……」
トーヤは何もなかったように立ち上がった。
「おかげで分かったよ」
「え?」
「行こう、もう用は済んだ」
「え?」
戸惑うキリエの手を掴み、トーヤはさっさとその部屋から出る。
そのままキリエに負担にならぬほどの速度で廊下の突き当り、離宮からつながる階段の下へと来た。
そして続けて階段を上がり、そこでやっと足を止めた。
「すまねえな、無理させちまってないか?」
「いえ、それはまあ、大丈夫です」
キリエが少しだけ息を切らしていた。
「ちょっとだけ休もう」
「何があったのです」
「それは部屋に戻ってから。動けるようになったら言ってくれ、できるだけ早くここから離れたい」
「大丈夫です。行きましょう」
キリエはそう言うと、息を整えながらトーヤの前に出て、来た時と同じように神官を先導する侍女頭へと戻った。
「かなわねえな」
トーヤはふっと笑うとフードを深くかぶり直し、大人しくキリエの後に付いて歩いた。
二人はお父上の部屋の前に付き、周囲に人がいないのを確認してから中に入る。
「どうしたというのですか」
「まあ座れって」
言われて大人しくキリエが椅子に座る。
トーヤも神官の扮装を解き、ソファに座ってキリエと向かい合う形になる。
「ほれ水」
テーブルの上の水差しから水を注ぎキリエに渡す。
「ありがとうございます」
キリエも大人しく受け取って水を飲んだ。
平気な顔をしているが、地下から離宮への廊下まではかなりの早足で急かしたから、キリエには結構堪えたはずだ。
二人共落ち着いた頃、キリエが口を開いた。
「それで、何が分かったのです」
「ああ」
トーヤはどこからどう説明しようかと考えた。
御祭神の分身のことはキリエに話していいのかどうか分からない。
ここのところはぼかしておくか……
「俺はまあ、なんでか分からんがここの神様に目ぇつけられてる。それはあんたも知っての通りだ」
キリエは黙って聞いている。
否定はしない。
ってことは、納得してるんだろう。
そう考えてトーヤは続ける。
「そんでな、まあまあ、色んな目に合わせてもらってるよ。共鳴だとか、湖に引きずり込まれるだとか、その他にも色々な。その一つだと思ってもらいたい」
「分かりました」
短くキリエが答えた。
「あの水音、あれは侍女の涙だ」
「え?」
「それと流れる血」
キリエが無言でトーヤを見る。
「あの時、今までにあそこで涙や血を流した侍女の存在が見えた。特にあの真ん中の部屋。ミーヤとセルマを両端の部屋に離したのは、それは二人が話をしたりとかしないように、だけじゃねえだろ?」
「驚きました」
そう言いながらキリエは表情を変えてはいない。
「あそこであった事も見た」
「そうですか」
キリエが軽く目を閉じた。
「あの真ん中の部屋は閉鎖されています。誰も入れないように。幸いなことに、今まで3人の侍女が同時にあそこへ入れられることはなかったので、誰もあそこで過ごすようなことはありませんでした」
「そりゃ運がよかった、幸いだったな」
トーヤの言葉をキリエは黙って聞いている。
「あの真ん中の部屋であったこと、あんたは知ってんのか?」
「ええ。侍女頭になる時に先代から申し伝えられました。ごく一部の侍女だけが知っています」
「今は誰が知ってる?」
「私とネイとタリアの3人です」
「そんだけか」
「あの二人とは全ての秘密を共有しています」
「そんで、それを聞いても動じない人間だけが次の侍女頭になれるってことか」
「フウなら大丈夫でしょう」
「あの御仁ならな」
そう言ってトーヤが楽しそうに笑った。
「肝が座ってるからなあ」
キリエがふわっと笑った。
「見たことを教えてもらえますか」
「答え合わせか、いいだろう」
トーヤがもういっぱい水を注いでキリエに渡し、自分も飲む。
「時代までは分からん。何があったかなんもかんも同時に降ってきたからな。だが、あの真ん中の部屋であったこと、それが一番の悲劇だということだけは俺にも分かった」
トーヤがそう話し始めた。
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