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第一章 第三部 光と闇

16 黒から青へ

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「今宵はアルディナの高位の方になったつもりで、ゆったりと出来上がりを待つといたしましょうか」

 アロがルギをテーブルに呼ぶ。

「これはなかなかにいい酒でしてな、やはりアルディナ渡りの物です」

 そう言って一本の酒瓶を取り出した。

「以前、マユリアのお茶会にご招待いただきました時に、お酒などたしなまれるのかと伺いましたらお飲みにならないとのこと。とても残念で、また何かあった時にと思っておりましたところ、此度こたびのことでこうして持参いたしました、いや持ってきてよかった」

 いたずらっぽくそう言いながらキュッキュと音を立ててコルク栓を抜き、はたはたと手で瓶から流した芳香を楽しむ。

「ささ、どうぞ」

 トクトクと音を立ててグラスに半分ほど注ぐとルギに勧めた。

「遠慮なくいただきます」

 ルギはグラスを手に取ると、グラスを回してから同じように香りを楽しみ、ゆっくりと口に含む。

「これは、なんとも芳醇ほうじゅんな」
「さようでございましょう!」

 アロがうれしそうにそう言うと自分も同じように飲む。

「いやいや、やはりうまい。お茶会のお礼にぜひともマユリアにと思っておったのですが、嗜まれないということで諦めました。いやいや、残念です」
「本当に」

 そうして二人で暖炉を見守りながらゆっくりと会話する。

「そういえば、トーヤ殿も酒は召し上がられなかったですな、体が受け付けぬとかで」
「確かに。一度カースで誤って口にして昏倒されたことがありました」
「なんと! そこまでお弱かったとは!」
 
 アロがううむ、と一言唸るように口にしてから、

「それにしてももう八年、今はどこでどうなさっているのでしょう」
「さようですな」

 ルギが話を合わせる。

「色々と広く知識をお持ちのようでした。トーヤ殿に伺えば、この陶器のことももっと確かに分かったやも知れませんのに。いや、残念です。本当にどこにおられるものか」
「…………」

 ルギは黙ってグラスを傾け、アロの言葉には軽く頷くだけにする。
 
 アロにはトーヤがルークであったということは言っていない。
 事情を聞く前にまずは陶器の変容実験からと部下たちにも口止めをしてある。
 
 アロがエリス様たちのことをどこまで知っていたか、様子を見るにほぼ聞いただけのことしか知らないように思われた。おそらく、懇意にしているディレンの言葉を信じたのと、それからまあ、うまく言いくるめられたのだろう。

(あの野郎)

 と、グラスを交わしながらルギは心の中でトーヤに悪態をつく。

 そうしてアロとルギは想像したアルディナ貴族のように、ゆったりとグラスを交わしながら暖炉の見張りを続け、時にうとうとと休んだり、食事をしたりしながらも翌日の同じぐらいの時刻を迎えた。

「問題は冷ましてから取り出すのか、すぐに取り出すのかですが」

 アロが火を落とした暖炉を見ながらそう言う。

「陶器というものは窯の中で高い温度で焼くもの。それを一気に冷やしてしまうと割れてしまうのです。ですから、本来ならじっくり冷まして取り出すのものかと思いますが、もしそれが誤りなら、そうすることで色が違ってしまうということになる可能性もあるかと」
「なるほど」

 ルギも一緒になってまだ熱が残る暖炉の灰の山をじっと見る。

「一部だけ少し灰を取り除くというのはどうでしょう?」

 衛士の一人が後ろからそう声をかける。

「アロ殿」
「なんでしょう」
「申し訳ないが、この花瓶は完全な仕上がりを求めるものではなく、色の変容を見るために宮に進呈していただいた、そうしていただいてよろしいか」
「もちろんもちろん!」

 今度の実験は陶器をきれいに仕上げるのが目的ではない。あくまでどのように色が変わるかを試すためのものだ。

「色ムラになり、せっかくの見事な品を損ねることになるかも知れませんが、取り出す温度の違いでの色の違いも見てみたい」
「無論です。私もぜひとも見せていただきたい」

 アロのこころよい返事をもらい、ルギは部下にうなずいて見せる。

「これから一部の灰を取り除く。その色について正確に記録していってくれ」
「はい」

 ルギは灰かき棒で花瓶のあるあたりの灰をそっと取り除く。
 やがてまだ熱を帯びた黒い陶器の一部が見えてきた。

「まだ黒いですね」
「記録してくれ」
「はい」

 部下が文字と、見た目に近い色を絵の具を混ぜて作った色で記録していく。

「またしばらくしたら他の部分を取り除く」
「はい」

 そうして少しずつあちらこちらの灰を取り除き、熱を持った花瓶が少しずつ露出していく。

 やがて熱が冷めていくにつれ、黒かった花瓶の肌が次第に青へと変わっていった。

「これは、本当に変わってきましたな……」

 アロが興奮した口調でそう言う。

「ええ」

 10回ほどに分けて灰を取り除き、片手で持てるほどの大きさの花瓶の銅の部分に指で丸を作ったぐらいの大きさに灰を残して完全に冷めるまで放置しておいた。

 黒い花瓶は見事に例の香炉と同じ、深い深い青へと姿を変えた。

「同じ色だ……」

 すっかり冷めた花瓶を取り出し、全ての灰をはたき落とす。
 
 花瓶に描かれていた銀の線は香炉と同じく揺れたように、散りばめられた、こちらは赤い石も溶けたりそのままであったり。誰が見ても、同じ過程を経て同じ変化を遂げたとしか思えぬ花瓶の変容であった。
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