55 / 488
第一章 第三部 光と闇
15 変容実験
しおりを挟む
「へ? トーヤの夢?」
アランが目をパチクリとする。
「多分、今トーヤが見てる夢だよ」
「え、こんな時間にか? おまえじゃあるまいし、トーヤが昼寝してるってのか?」
「多分……」
トーヤは今シャンタル宮にいる。
一体侵入して何をどうしているかは分からないが、のんびり昼寝などしているとはとても思えない。
「一体何があったんだ」
「分からない」
シャンタルが目をつぶり、ふるふると首を振る。
「だけど、多分共鳴だよ」
「共鳴?」
「うん、トーヤが見ている夢を送ってきたんだと思う」
「って、トーヤもおまえみたいなことできるようになったってことか!」
と、言ってから、アランが突然シャンタルの向かい側のベッドにドサッと腰を下ろした。
思い出したのだ、ある出来事を。
あの実験台になった時のことを。
「分からない」
シャンタルはそんなアランの様子には全く構わず、もう一度そう言う。
「分からない、何があったのか。分かるのはルークが死んだということだけ」
「え!?」
「トーヤがそれを見てる」
「って、おい……」
もう何が何だか分からない。
「ルークが、板をつかんだまま海に沈んでる。トーヤもその板を持ってたけど手を放した」
「おい、それって、まさか、もしかしたら」
「うん……」
シャンタルがアランを見て頷く。
「船が沈んだ時の夢を見てるんだと思うよ」
「って、それって」
「うん」
もしもそのトーヤが見ている夢の人物、あの嵐で命を落とした男がルークという名であるのなら、トーヤが名乗った「ルーク」という名前、それにどんな因縁があったというのか。アランは愕然とした。
「とにかくこれだけではよく分からないから、トーヤが帰ってくるのを待つしかないね」
「トーヤ、大丈夫なのかよ……一体何があったんだ?」
考えてもどうすることもできない。
宮へ様子を伺いに行くわけにもいかない。
アランとシャンタルは顔を見合わせ、だまって頷き合うしかできずにいた。
トーヤたちがそうして動き出した頃、宮の中でも動きがあった。
「う~ん、これでいいとは思うのですが、何しろやってみたこともありませんし、これがそういう品であるとは今回初めて知りましたもので」
オーサ商会会長アロ、リルの父親はそう言って申し訳無さそうに頭を下げる。
「いえ、会長に無理をお願いしておりますのはこちらですから」
シャンタル宮警護隊長のルギもそう言って丁寧に頭を下げた。
例の焼けば色が変わるアルディナ渡りの陶器、いよいよそれを火に焚べる時を迎えていた。
何がどうなるかは分からない。ことによると青い香炉のようにならない可能性もある。
そのために前もって細かく記録を取っておく必要があり、その準備にも時間がかかった。
「会長には長らく宮に留め置くようなことになり、大変申し訳無いことだとマユリアからも礼と詫びをとのことでした」
侍女頭のキリエがそう伝えると、
「あの、あの、マユリアが! いや、そんなもったいない」
アロは目を白黒、頭を上げ下げしてどこに身を置いていいものか分からないようになる。
「あの、あの、大変申し訳のないことで。私ごときにそんな……」
最後には涙目になって頭を下げ続ける。
「アロ殿、頭をお上げください。どうぞそれまでに」
キリエに冷静な声でそう言われ、やっと自分を取り戻したようだ。
そもそもが大商会の会長とはいえど一介の商人に過ぎぬ身、それが娘が侍女として宮に上がったとはいえ、それも応募で選ばれたのではなくツテを辿って行儀見習いとしてやっと入れただけのこと。それが、エリス様のおかげで女神と直接お目にかかる機会を得、お言葉をいただくなどという身に余る光栄に恵まれただけで一生の宝と思っていたものの、今度はそのようなお言葉まで。
「はい、シャンタルとマユリアの御為にもぜひとも良い結果を得なければなりません」
身を引き締めてそう言う。
「ぜひともそのように」
キリエも静かにアロに頭を下げる。
「では始めましょうか」
「はい」
ここはアロが案内された客殿にある客室である。実験が終わるまではこの部屋に滞在するようにと言われ、その時にも足が立たぬほどに光栄に感じたものだが、この部屋には必要な物があった。
「この暖炉なら、アルディナの高位の方のご自宅にある物と変わることはないでしょう」
キリエがそう判断してアロを通したのは、エリス様御一行が最初に滞在していた客殿で2番目の部屋であった。アロが及び腰になるのも無理はあるまい。
「お話を伺ってからできるだけのことは調べましたが、何しろこれという確証はございません。そして陶器も現在はこの花瓶一つだけ、どうぞ良き結果を得られますように……」
アロがそう言いながら暖炉の灰に花瓶を埋め、上からまきを足す。
「これで一昼夜とのことですが、最後には高位の方がご自分の手でということでしたので、ゆったりと時間をお過ごしになられたのではないかと思います。しばらく何もせず見ておくしかないでしょうな」
「ではその間、アロ殿にお茶を」
キリエが侍女に命じてお茶の用意をさせる。
「明日のこの時刻までごゆっくりお過ごしください。またご用がございましたらお呼びください」
そう言ってキリエ以下侍女たちは退室していった。
アランが目をパチクリとする。
「多分、今トーヤが見てる夢だよ」
「え、こんな時間にか? おまえじゃあるまいし、トーヤが昼寝してるってのか?」
「多分……」
トーヤは今シャンタル宮にいる。
一体侵入して何をどうしているかは分からないが、のんびり昼寝などしているとはとても思えない。
「一体何があったんだ」
「分からない」
シャンタルが目をつぶり、ふるふると首を振る。
「だけど、多分共鳴だよ」
「共鳴?」
「うん、トーヤが見ている夢を送ってきたんだと思う」
「って、トーヤもおまえみたいなことできるようになったってことか!」
と、言ってから、アランが突然シャンタルの向かい側のベッドにドサッと腰を下ろした。
思い出したのだ、ある出来事を。
あの実験台になった時のことを。
「分からない」
シャンタルはそんなアランの様子には全く構わず、もう一度そう言う。
「分からない、何があったのか。分かるのはルークが死んだということだけ」
「え!?」
「トーヤがそれを見てる」
「って、おい……」
もう何が何だか分からない。
「ルークが、板をつかんだまま海に沈んでる。トーヤもその板を持ってたけど手を放した」
「おい、それって、まさか、もしかしたら」
「うん……」
シャンタルがアランを見て頷く。
「船が沈んだ時の夢を見てるんだと思うよ」
「って、それって」
「うん」
もしもそのトーヤが見ている夢の人物、あの嵐で命を落とした男がルークという名であるのなら、トーヤが名乗った「ルーク」という名前、それにどんな因縁があったというのか。アランは愕然とした。
「とにかくこれだけではよく分からないから、トーヤが帰ってくるのを待つしかないね」
「トーヤ、大丈夫なのかよ……一体何があったんだ?」
考えてもどうすることもできない。
宮へ様子を伺いに行くわけにもいかない。
アランとシャンタルは顔を見合わせ、だまって頷き合うしかできずにいた。
トーヤたちがそうして動き出した頃、宮の中でも動きがあった。
「う~ん、これでいいとは思うのですが、何しろやってみたこともありませんし、これがそういう品であるとは今回初めて知りましたもので」
オーサ商会会長アロ、リルの父親はそう言って申し訳無さそうに頭を下げる。
「いえ、会長に無理をお願いしておりますのはこちらですから」
シャンタル宮警護隊長のルギもそう言って丁寧に頭を下げた。
例の焼けば色が変わるアルディナ渡りの陶器、いよいよそれを火に焚べる時を迎えていた。
何がどうなるかは分からない。ことによると青い香炉のようにならない可能性もある。
そのために前もって細かく記録を取っておく必要があり、その準備にも時間がかかった。
「会長には長らく宮に留め置くようなことになり、大変申し訳無いことだとマユリアからも礼と詫びをとのことでした」
侍女頭のキリエがそう伝えると、
「あの、あの、マユリアが! いや、そんなもったいない」
アロは目を白黒、頭を上げ下げしてどこに身を置いていいものか分からないようになる。
「あの、あの、大変申し訳のないことで。私ごときにそんな……」
最後には涙目になって頭を下げ続ける。
「アロ殿、頭をお上げください。どうぞそれまでに」
キリエに冷静な声でそう言われ、やっと自分を取り戻したようだ。
そもそもが大商会の会長とはいえど一介の商人に過ぎぬ身、それが娘が侍女として宮に上がったとはいえ、それも応募で選ばれたのではなくツテを辿って行儀見習いとしてやっと入れただけのこと。それが、エリス様のおかげで女神と直接お目にかかる機会を得、お言葉をいただくなどという身に余る光栄に恵まれただけで一生の宝と思っていたものの、今度はそのようなお言葉まで。
「はい、シャンタルとマユリアの御為にもぜひとも良い結果を得なければなりません」
身を引き締めてそう言う。
「ぜひともそのように」
キリエも静かにアロに頭を下げる。
「では始めましょうか」
「はい」
ここはアロが案内された客殿にある客室である。実験が終わるまではこの部屋に滞在するようにと言われ、その時にも足が立たぬほどに光栄に感じたものだが、この部屋には必要な物があった。
「この暖炉なら、アルディナの高位の方のご自宅にある物と変わることはないでしょう」
キリエがそう判断してアロを通したのは、エリス様御一行が最初に滞在していた客殿で2番目の部屋であった。アロが及び腰になるのも無理はあるまい。
「お話を伺ってからできるだけのことは調べましたが、何しろこれという確証はございません。そして陶器も現在はこの花瓶一つだけ、どうぞ良き結果を得られますように……」
アロがそう言いながら暖炉の灰に花瓶を埋め、上からまきを足す。
「これで一昼夜とのことですが、最後には高位の方がご自分の手でということでしたので、ゆったりと時間をお過ごしになられたのではないかと思います。しばらく何もせず見ておくしかないでしょうな」
「ではその間、アロ殿にお茶を」
キリエが侍女に命じてお茶の用意をさせる。
「明日のこの時刻までごゆっくりお過ごしください。またご用がございましたらお呼びください」
そう言ってキリエ以下侍女たちは退室していった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる