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第一章 第三部 光と闇
6 リルんち
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封鎖の鐘から二日目、トーヤが「お父上」として神殿へ戻った翌日、髪を短く黒くして男の子のようになったベルは、その日の午後はアランたちと「ラデルの弟子」の細かい設定を決めていた。
「名前はベルを男の子っぽくしてアベルでは?」
「あ、それいいな」
「ラデルさんの弟子で年はそうだな、12歳ってことで」
「出身地はミーヤさんが生まれた村ってのでいいかな」
「いいんじゃない、ラデルさんも少しは知ってる町だしね」
そうして細かい部分を詰めていき、町の人と話をしてもおかしい部分がないようにしていった。
翌日の朝から早速ラデルと共に町に買い物に出た。
カースにほど近い市場の中の小間物屋へ行く。この店を選んだのには実は理由があった。
商店街にある小さな店の店主はリルの夫、マルトであった。
「旦那さん経由でつなぎ取るのにリルんちに行きたい」
ベルがそう言い出したのだ。
月虹兵の条件は「仕事を持っていること」である。
これは自身が漁師でありながら「兼業で宮の仕事をしたい」とダルが要望したことから、「宮と民をつなぐ」「衛士と憲兵をつなぐ」という「中間を虹のように橋でつなぐ」という形でできた月虹兵を専業の兵にしないための条件である。
仕事を持っていながら交代で兵の役目も責任をもって務められる者という条件があることで、単に宮に入ってみたい、マユリアに近づきたいという下心だけを持つ者はかなりふるいにかけられた。
マルトは両親と共に小さな小間物屋を営んでいたが、「宮のために国のためにお勤めしたい」と両親を説得して応募したところ第一回の募集で採用され、月虹兵付きとなったリルに一目惚れして口説き落として結婚したのだ。
「リルはその頃ミーヤさんたち応募の侍女たちみたいにずっと宮に仕えたいって思ってずっと断ってたんだけどさ、あまりにやいのやいの言われて疲れてきたら外の侍女ができて、自分はそういうのが向いてんじゃないか、ちょうどいいやって思って結婚することにしたんだって」
ベルはリルと色々な話をしていてその時に聞いた話をまとめてそう言ったのだが、なんだか身も蓋もないような話になっていて聞いたラデルがかなり笑っていた。
「いやいや、なんだか旦那さんがちょっと気の毒に聞こえるね」
笑いを噛み殺しながらベルにそう言うと、
「そうか~? いや、でも幸せなんだと思うよリルの旦那。何しろリルに惚れて惚れて惚れて、ずっと冷たくされてたのが嫁さんにできたんだしさ。そんでずっと尻に敷かれてるらしいけど、敷かれてることもきっと幸せなはずだよ」
マルトはリルがまさかオーサ商会のお嬢様だとは思いもせず、リルからいい返事をもらった後で知ってかなりびっくりしたようだ。
「もしもオーサ商会の娘さんだと知ってたら声とかかけられなかったから、知らずにいてよかったって言ってたって」
「へえ、そうなのか」
そんな話をぼつぼつとしながら目的の店に着いた。
「お邪魔します」
ラデルが声をかけて店の中に入ると、まだ若い丸顔の男がニコニコしながら出てきた。
「いらっしゃいませ、何がお入りようでしょうか?」
「いや、この子がね、今度うちに弟子入りすることになって、それで必要な物を買いにきたんです」
ラデルがそう言って「アベル」を前に出す。
ベルは薄い青いシャツと茶色のズボンの上下に黒い靴、それから額の上に濃いめの茶色のバンダナを巻いていた。バンダナの影で瞳が茶色っぽく見えるように目の錯覚を狙ってのことだ。
「ども」
アベルがペコリと頭を下げるのにラデルが、
「挨拶はきちんとするもんだ、ほれ、やり直し」
そう言うとアベルはもう一度きちんと、
「どうも、今度ラデル親方の工房に入ったアベルです。おれのなんか必要なもんください」
そう言ったのでマルトが楽しそうに声を上げて笑った。
「それはそれは、これからがんばっていい職人になってください。それじゃあどんな物がいるのかな? えっと、食器とかはお持ちでしょうか?」
「ああ、食器は前からの職人たちが使っていたのが一揃いあります。そうですね、タオルや細々とした身の回りの物、それから勉強のための帳面やペン。それから何が必要かな」
「じゃあちょっと色々見ていきましょうか」
「お願いします」
そうして人の良さそうな丸顔の男に連れられ、アベルが色々と見て回る。
「親方~仕事の道具なんかはここじゃなくていいすかあ?」
アベルことベルが、いかにもやんちゃな男の子、みたいな口調でそう言うと、
「いいんですか、だろう。そういう行儀を習うのも弟子の仕事だ、分かったな」
「はあ~い」
「はいと短く」
「はいはい」
「はいは一回」
「はい」
マルトは師弟の微笑ましいやりとりをニコニコして見ていた。
「そんじゃ、これとこれと、それからこれぐらい?」
「そんなもんかな。まあ他に必要な物があったらまた買いに来ればいい」
「そうだよな」
「じゃなくて」
「そうですよね、だな」
「だなは余分だ」
「そうですよね~」
そうして買った物を会計して袋に入れてもらうと、
「おじさん、ありがとうございました」
「おじさんじゃなくお兄さんだろうが」
「えっと、じゃあお兄さん」
と、最後の最後まで小間物屋の店主を笑わせて職人師弟は帰っていった。
「名前はベルを男の子っぽくしてアベルでは?」
「あ、それいいな」
「ラデルさんの弟子で年はそうだな、12歳ってことで」
「出身地はミーヤさんが生まれた村ってのでいいかな」
「いいんじゃない、ラデルさんも少しは知ってる町だしね」
そうして細かい部分を詰めていき、町の人と話をしてもおかしい部分がないようにしていった。
翌日の朝から早速ラデルと共に町に買い物に出た。
カースにほど近い市場の中の小間物屋へ行く。この店を選んだのには実は理由があった。
商店街にある小さな店の店主はリルの夫、マルトであった。
「旦那さん経由でつなぎ取るのにリルんちに行きたい」
ベルがそう言い出したのだ。
月虹兵の条件は「仕事を持っていること」である。
これは自身が漁師でありながら「兼業で宮の仕事をしたい」とダルが要望したことから、「宮と民をつなぐ」「衛士と憲兵をつなぐ」という「中間を虹のように橋でつなぐ」という形でできた月虹兵を専業の兵にしないための条件である。
仕事を持っていながら交代で兵の役目も責任をもって務められる者という条件があることで、単に宮に入ってみたい、マユリアに近づきたいという下心だけを持つ者はかなりふるいにかけられた。
マルトは両親と共に小さな小間物屋を営んでいたが、「宮のために国のためにお勤めしたい」と両親を説得して応募したところ第一回の募集で採用され、月虹兵付きとなったリルに一目惚れして口説き落として結婚したのだ。
「リルはその頃ミーヤさんたち応募の侍女たちみたいにずっと宮に仕えたいって思ってずっと断ってたんだけどさ、あまりにやいのやいの言われて疲れてきたら外の侍女ができて、自分はそういうのが向いてんじゃないか、ちょうどいいやって思って結婚することにしたんだって」
ベルはリルと色々な話をしていてその時に聞いた話をまとめてそう言ったのだが、なんだか身も蓋もないような話になっていて聞いたラデルがかなり笑っていた。
「いやいや、なんだか旦那さんがちょっと気の毒に聞こえるね」
笑いを噛み殺しながらベルにそう言うと、
「そうか~? いや、でも幸せなんだと思うよリルの旦那。何しろリルに惚れて惚れて惚れて、ずっと冷たくされてたのが嫁さんにできたんだしさ。そんでずっと尻に敷かれてるらしいけど、敷かれてることもきっと幸せなはずだよ」
マルトはリルがまさかオーサ商会のお嬢様だとは思いもせず、リルからいい返事をもらった後で知ってかなりびっくりしたようだ。
「もしもオーサ商会の娘さんだと知ってたら声とかかけられなかったから、知らずにいてよかったって言ってたって」
「へえ、そうなのか」
そんな話をぼつぼつとしながら目的の店に着いた。
「お邪魔します」
ラデルが声をかけて店の中に入ると、まだ若い丸顔の男がニコニコしながら出てきた。
「いらっしゃいませ、何がお入りようでしょうか?」
「いや、この子がね、今度うちに弟子入りすることになって、それで必要な物を買いにきたんです」
ラデルがそう言って「アベル」を前に出す。
ベルは薄い青いシャツと茶色のズボンの上下に黒い靴、それから額の上に濃いめの茶色のバンダナを巻いていた。バンダナの影で瞳が茶色っぽく見えるように目の錯覚を狙ってのことだ。
「ども」
アベルがペコリと頭を下げるのにラデルが、
「挨拶はきちんとするもんだ、ほれ、やり直し」
そう言うとアベルはもう一度きちんと、
「どうも、今度ラデル親方の工房に入ったアベルです。おれのなんか必要なもんください」
そう言ったのでマルトが楽しそうに声を上げて笑った。
「それはそれは、これからがんばっていい職人になってください。それじゃあどんな物がいるのかな? えっと、食器とかはお持ちでしょうか?」
「ああ、食器は前からの職人たちが使っていたのが一揃いあります。そうですね、タオルや細々とした身の回りの物、それから勉強のための帳面やペン。それから何が必要かな」
「じゃあちょっと色々見ていきましょうか」
「お願いします」
そうして人の良さそうな丸顔の男に連れられ、アベルが色々と見て回る。
「親方~仕事の道具なんかはここじゃなくていいすかあ?」
アベルことベルが、いかにもやんちゃな男の子、みたいな口調でそう言うと、
「いいんですか、だろう。そういう行儀を習うのも弟子の仕事だ、分かったな」
「はあ~い」
「はいと短く」
「はいはい」
「はいは一回」
「はい」
マルトは師弟の微笑ましいやりとりをニコニコして見ていた。
「そんじゃ、これとこれと、それからこれぐらい?」
「そんなもんかな。まあ他に必要な物があったらまた買いに来ればいい」
「そうだよな」
「じゃなくて」
「そうですよね、だな」
「だなは余分だ」
「そうですよね~」
そうして買った物を会計して袋に入れてもらうと、
「おじさん、ありがとうございました」
「おじさんじゃなくお兄さんだろうが」
「えっと、じゃあお兄さん」
と、最後の最後まで小間物屋の店主を笑わせて職人師弟は帰っていった。
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