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第一章 第二部 囚われの侍女

11 孤立無援

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 「これからどうするつもりです?」

 トーヤに力を貸してくれていた者がみな、動きを取れなくなっている。
 ダルとリルは宮から遠ざけられ、逆にディレン、ハリオ、アロは宮からいつ出られるか分からないだろう。

 そして何よりもミーヤがこれからどうなるのか。

 セルマがミーヤに「おまえがあのミーヤか」そう言ったと聞き、そのことでミーヤに厳しくあたる可能性があるのではないかとは思ったが、まさかそこまでやるとは思ってもみなかった。
 何も知らず、自分が助かりたさに当てずっぽうに荷物を調べさせたり、連れて逃げようとしたのだろうと決めつけたりしたのかも知れないが、まさかミーヤを追い込むとは思わなかった。

「どうするって」

 元々今回だってどうすると決めて宮へ戻ったわけではない。
 そして宮から逃げる時にもどうすると決めて逃げたのではない。

「何がどうなろうとやることは同じだ」
 
 絞り出すようにトーヤがそう言う。

「同じとは」
「神官長とセルマの影響のない前の宮に戻す、そしてあいつとその家族をここから連れ出す」
「できるのですか」
「できるかって、やるしかねえだろ」
「そうですか」

 キリエはふうっと小さくため息をついた

「相変わらずですね」

 本当はミーヤのことが気にかかって仕方がないだろうに、本当に……

「本当に頑固で……」

 トーヤは固い表情を少しだけ崩し、

「あんたには負けるさ」

 そう言ってみせた。

「いいえ、私の頑固さなど、流れる川の中で動かずにいる小石のようなもの。あなたたちの頑固さときたら、その川を流れ上ろうするほどですから、到底敵うものではありません」
「なんだよそれ、あんた案外詩人なんだな」

 少しホッとしたような表情でトーヤが軽く笑う。

「言っておきますが」
 
 キリエがいつもの様子で言う。

「神官長とセルマは私のこともエリス様の共犯ぐらいに思っていますよ。ですから力になれるとは思ってもらわない方がいいでしょう」
「かもな」

 トーヤもそれは承知している。

「なんせエリス様を預かったのもあんただし、自作自演だー、セルマを陥れるためだーとか言いそうだ」
「そうですね」
「だからまあ、あんたはあんたの身を自分で守ってくれ。俺も今はあんたのことまで守れるとは思わん。といっても、あんたには強烈な応援団がいるし大丈夫か」

 キリエには誰のことか分かったようだ。

「セルマはフウに対抗意識を抱いています」
「だろうな。決定的に合わなさそうな二人だ」

 少しだけ空気が和らいだ。

「孤立無援か」

 ぼそっとトーヤが言う。

「けどまあ、思えばここに来た時にもそういうもんだったしな。だからまあ、なんとかするよ」
「そうですね」
 
 八年前、確かにトーヤはその身一つだけでこの国に流されてきた。
 だが今は抱えているものがある。
 あの時はその手に何も持っていなかったからできたことが、今はできない。

「そんでもまあ、持ってるからこそできることもあるからな」
「なんですって?」
「いや、なんでもねえよ」

 そう言ってトーヤがキリエをじっと見た。

「なんです」
「いや、最初はいけすかねえばあさんだと思ったなあと」
「そうらしいですね。ベルさんが言ってました」
「あいつ、またいらんことを」
「かわいらしいお嬢さんです」
「叩きごたえもあるしな」

 そう言ってトーヤがクククと笑う。

「だがそのお嬢さんも、今はどうにも動きが取れん状態だ」

 黒髪、黒い瞳、白い肌ばかりのこの国で、ベルの濃茶の髪と瞳はどうしても目立ってしまう。
 かつらをかぶってうつむいていればそれなりに多少はごまかせるだろうが、堂々と動くとそのうち誰かに違和感をもたれるだろう。
 ベルより薄い髪と目を持つアランはなおさらだ。

「アランもでしょう」
「おっしゃる通り。だからまあ、一人でなんとかするさ。状況が変わればまた動けるやつも出てくるだろうしな」

 トーヤは容姿だけは黒髪、黒い瞳、白い肌とこの国の人間と変わらないが、何しろ顔を知られ過ぎている。この国で知り合った者はそう多くないかも知れないが、こうなるとアルロス号の船員たちとの交流が裏目に出る。特に、顔にケガをしていたと思っている船員たちには違和感どころではない。その上船長とハリオが宮へ呼ばれたまま帰ってこないとなると、どんな動きがあるか分からない。

「そろそろ失礼します」
「ん?」

 キリエが突然そう言う。

「私は侍女頭として宮へいらっしゃったお父上に挨拶に伺っただけです。あまり長く滞在すると誰にどう思われるか分かりませんから」
「そりゃそうだな」
「ですが、毎日様子は伺いに参ります」
「分かった。明日までになんとか考えをまとめてみるよ」
「あまり時間はありませんよ」

 キリエが厳しい顔で言う。

「あの封鎖の鐘は神官長の一存で突然鳴らされたものではありますが、親御様のご出産がそう遠くないことは事実です。それほど好き勝手鳴らせるものでもありません」
「だろうな」
一月ひとつきです」

 キリエが言い放つ。

「おそらくそれが目安でしょう」
「うん、分かった」

 そう言ってキリエが出て行った後、ふとトーヤはキリエの言葉にひっかかった。

『あなたたちの頑固さときたら』

 もう一人の頑固者は今どうしているのか。
 トーヤの胸にオレンジの影が暗く浮かんできた。
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