30 / 488
第一章 第二部 囚われの侍女
10 立ち尽くす
しおりを挟む
「確かにトーヤがミーヤを連れて行こうとしたことは事実です」
「はい、その通りです」
マユリアの言葉に神官長が安心したような声になる。
「ですから、この者が中の国御一行と関わりがあった、そのことも事実です。そのために、あえて宮に残すためにそのような芝居をした可能性もございます。そのために侍女アーダの意識をわざと残しておいた、そうも考えられませんか?」
「神官長の申すこと」
マユリアが表情を浮かべずそう言う。
「確かに、そのようなことがない、とも言い切れません。残念ですが……」
「ありがとうございます」
神官長が急いで膝をついて正式の礼をする。
「間違えないでください」
マユリアが顔を上げ、部屋のみんなを見渡して言う。
「わたくしは、セルマも、ミーヤも、どちらもそんなことをしていたと思いたくはない、いえ、思えません。どちらもこの宮の侍女として、シャンタルに、女神にその身を捧げると誓った者、その侍女たる者が、そのように誤った道を選ぶなどとは」
誰も身じろぎもせずマユリアの言葉に耳を傾ける。
「ですが、残念ながら、何者かがキリエに対して害をなそうとした、それは事実です。そのようなことをした者を探し出し、何故そのようなことをしたのか問い質さねばなりません。そのためには、たとえ信じていたとしても、少しでも疑いのある状態をそのままにしておくことはできません。真実を知るためにも、やらねばならぬことがあります。ルギ」
「はい」
「二人の潔白が証明できるまで、懲罰房に」
マユリアは言い終わると悲しげに目を伏せた。
その美しい睫毛の影がより一層悲しみを縁取る。
「はい。おい」
ルギが部下たちに命じる。
「取締役セルマと侍女ミーヤを懲罰房へ」
「は!」
衛士たちが二人に近寄ってくる。
「ミーヤ!」
リルがかばうように衛士たちに背を向けミーヤを見る。
「きっと、きっとミーヤの無実を証明するから、だから、それまで待っていて!」
「リル……」
「お、俺も!」
ダルも一歩進み出る。
「ミーヤがそんなことする人間じゃないってよく知ってる! だから待っててくれ!」
「ダルも、ありがとう」
ミーヤはしっかりと頷いてみせた。
「私は大丈夫です。だから、リルは体のことを一番に、ダルはお勤めのことを大事に」
二人にはよく分かっている。
トーヤのことも、エリス様やその仲間たちのことも、何をしようとしているかも。
だが、今ここでそれを言うわけにはいかない。
自分たちにできるのは、今言った通り、一日でも早くミーヤが解放されるようにすることだけだ。
「マユリア、この二名も怪しいのではないですか?」
衛士に両側に並ばれながら、セルマが楽しそうにそう言う。
「きっとこの二名も仲間に違いありま――」
「セルマ!」
マユリアが、あのマユリアが声を大きくしてセルマの言葉を遮った。
「もうそれ以上何も言わずにいてください。わたくしは、おまえの口からそのような言葉が出ることもつらいのです」
目をつぶり、ゆっくりと大きく首を振る。
「お願いです」
「マユリア……」
セルマがさすがに口を閉ざす。
「連れて行け」
「は!」
ルギの言葉で衛士たちがミーヤとセルマを連れて謁見の間を出ていった。
誰も何も言わず、黙ってその後ろ姿を見送った。
「そうして今、ミーヤはセルマと共に懲罰房に入っています」
トーヤは一言も発することなくキリエの言葉を聞き終えた。
キリエも何も言わずじっとトーヤを見たまま立っている。
思ってもみない事態であった。
「ダルは」
トーヤはかすれた声で絞り出すように言葉を口にした。
「ダルと、リルはどうなった」
最後の神官長の言葉も気になる。
「二人共今は宮におりません」
「どうなったんだ」
「ダルは、エリス様ご一行の行方を一日も早く突き止めるため、月虹隊を率いてしばらくはリュセルスでの捜索を続けるように、と。見つかるまでは日々の報告も不要、そう言われてしばらくは宮へ来ることはできません」
「リルは」
「リルは、もう七月に入るところなので、出産を終えて身二つになるまで宮へは来ぬようにと。もうすぐ親御様のご出産もあること、次代様に万が一のことがあってはいけませんからね。今度のことがなくとも、そろそろ下がらせようと私も思っていました」
元々ここ、シャンタル宮の敷地内で出産が許されるのは親御様、次代様の母親だけである。そして出産は血を伴う為にある意味最悪の穢れともみなされる。リルが早産にでもなれば大問題だ。今までキリエが禁を犯してまでリルの滞在を許していたのは、トーヤたちの手助けのためであった。
「そうか」
「昨夜のうちに関係者と思われるアルロス号の船長ディレン殿、ルークの身代わりを務めた船員のハリオ、エリス様を私に引き合わせたオーサ商会のアロ殿なども宮に呼ばれています。リルはアロ殿が乗ってきた馬車で実家に帰りました」
「そうか」
「アロ殿は、事情を聞かれるだけではなく、あの例の花瓶と同じ塗料を使ったと思われる花瓶を持参してこられて、その実験のためにも残られました」
「そうか」
トーヤはそうとだけ答えると、何も言えずに立ち尽くす。
「はい、その通りです」
マユリアの言葉に神官長が安心したような声になる。
「ですから、この者が中の国御一行と関わりがあった、そのことも事実です。そのために、あえて宮に残すためにそのような芝居をした可能性もございます。そのために侍女アーダの意識をわざと残しておいた、そうも考えられませんか?」
「神官長の申すこと」
マユリアが表情を浮かべずそう言う。
「確かに、そのようなことがない、とも言い切れません。残念ですが……」
「ありがとうございます」
神官長が急いで膝をついて正式の礼をする。
「間違えないでください」
マユリアが顔を上げ、部屋のみんなを見渡して言う。
「わたくしは、セルマも、ミーヤも、どちらもそんなことをしていたと思いたくはない、いえ、思えません。どちらもこの宮の侍女として、シャンタルに、女神にその身を捧げると誓った者、その侍女たる者が、そのように誤った道を選ぶなどとは」
誰も身じろぎもせずマユリアの言葉に耳を傾ける。
「ですが、残念ながら、何者かがキリエに対して害をなそうとした、それは事実です。そのようなことをした者を探し出し、何故そのようなことをしたのか問い質さねばなりません。そのためには、たとえ信じていたとしても、少しでも疑いのある状態をそのままにしておくことはできません。真実を知るためにも、やらねばならぬことがあります。ルギ」
「はい」
「二人の潔白が証明できるまで、懲罰房に」
マユリアは言い終わると悲しげに目を伏せた。
その美しい睫毛の影がより一層悲しみを縁取る。
「はい。おい」
ルギが部下たちに命じる。
「取締役セルマと侍女ミーヤを懲罰房へ」
「は!」
衛士たちが二人に近寄ってくる。
「ミーヤ!」
リルがかばうように衛士たちに背を向けミーヤを見る。
「きっと、きっとミーヤの無実を証明するから、だから、それまで待っていて!」
「リル……」
「お、俺も!」
ダルも一歩進み出る。
「ミーヤがそんなことする人間じゃないってよく知ってる! だから待っててくれ!」
「ダルも、ありがとう」
ミーヤはしっかりと頷いてみせた。
「私は大丈夫です。だから、リルは体のことを一番に、ダルはお勤めのことを大事に」
二人にはよく分かっている。
トーヤのことも、エリス様やその仲間たちのことも、何をしようとしているかも。
だが、今ここでそれを言うわけにはいかない。
自分たちにできるのは、今言った通り、一日でも早くミーヤが解放されるようにすることだけだ。
「マユリア、この二名も怪しいのではないですか?」
衛士に両側に並ばれながら、セルマが楽しそうにそう言う。
「きっとこの二名も仲間に違いありま――」
「セルマ!」
マユリアが、あのマユリアが声を大きくしてセルマの言葉を遮った。
「もうそれ以上何も言わずにいてください。わたくしは、おまえの口からそのような言葉が出ることもつらいのです」
目をつぶり、ゆっくりと大きく首を振る。
「お願いです」
「マユリア……」
セルマがさすがに口を閉ざす。
「連れて行け」
「は!」
ルギの言葉で衛士たちがミーヤとセルマを連れて謁見の間を出ていった。
誰も何も言わず、黙ってその後ろ姿を見送った。
「そうして今、ミーヤはセルマと共に懲罰房に入っています」
トーヤは一言も発することなくキリエの言葉を聞き終えた。
キリエも何も言わずじっとトーヤを見たまま立っている。
思ってもみない事態であった。
「ダルは」
トーヤはかすれた声で絞り出すように言葉を口にした。
「ダルと、リルはどうなった」
最後の神官長の言葉も気になる。
「二人共今は宮におりません」
「どうなったんだ」
「ダルは、エリス様ご一行の行方を一日も早く突き止めるため、月虹隊を率いてしばらくはリュセルスでの捜索を続けるように、と。見つかるまでは日々の報告も不要、そう言われてしばらくは宮へ来ることはできません」
「リルは」
「リルは、もう七月に入るところなので、出産を終えて身二つになるまで宮へは来ぬようにと。もうすぐ親御様のご出産もあること、次代様に万が一のことがあってはいけませんからね。今度のことがなくとも、そろそろ下がらせようと私も思っていました」
元々ここ、シャンタル宮の敷地内で出産が許されるのは親御様、次代様の母親だけである。そして出産は血を伴う為にある意味最悪の穢れともみなされる。リルが早産にでもなれば大問題だ。今までキリエが禁を犯してまでリルの滞在を許していたのは、トーヤたちの手助けのためであった。
「そうか」
「昨夜のうちに関係者と思われるアルロス号の船長ディレン殿、ルークの身代わりを務めた船員のハリオ、エリス様を私に引き合わせたオーサ商会のアロ殿なども宮に呼ばれています。リルはアロ殿が乗ってきた馬車で実家に帰りました」
「そうか」
「アロ殿は、事情を聞かれるだけではなく、あの例の花瓶と同じ塗料を使ったと思われる花瓶を持参してこられて、その実験のためにも残られました」
「そうか」
トーヤはそうとだけ答えると、何も言えずに立ち尽くす。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
悲恋を気取った侯爵夫人の末路
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。
順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。
悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──?
カクヨムにも公開してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる