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第三章 第四部 逆風
15 気配り
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前の宮の客人、エリス様ご一行はキリエの香炉事件のことを全く知らず、予定通りに神殿詣でを開始していた。
まず神殿にお参りに行きたいとアーダかミーヤに伝えると、それをどちらかが神殿に取り次ぐ役目の侍女に伝える。それを神殿に伝え、神殿から日時が伝えられてお参りをすることができる。
と、トーヤに言わせると「しちめんどくせえ手順」を一応踏みはするが、ほとんど伝えるだけでいつでもお参りできるのと同じような感じだ。
「いっそおれが自分でお参り行きたいって言いにいきてえよな、だめなのかな」
「それは、一応決まりがありますので」
と、ミーヤが困ったように答える。
「まあ決まりは決まりだ、そんぐらい我慢しろ」
トーヤが笑いながらそう言って、準備ができた奥様と侍女を送り出す。
シャンタルとベルはキリエが再度攻撃を受けたことを知らないまま、神殿へとやってきた。約束の時間通りに神殿内部の拝殿へと通される。
拝殿へ案内され、そこでキラキラ光る御祭神に頭を下げて祈りを捧げる。そしてその後、神官長のありがたいお説教をいただく。そこまでがお参りのコースらしい。
お参りを終えた後、前回はみんなで部屋へと戻ったが、今回は神官長の客室へと招待され、そこで少しばかり話をすることになった。
神官長の客室は質素そのものであった。
これが本来の神殿の姿なのであろう。
特に派手な装飾はなく、シャンタル宮にあった宝石や象嵌のあった彫刻をシンプルなタペストリーにしたようなもの、それが壁の三方に飾ってあった。そしてそれが、かえって神殿の落ち着いた感じを引き立てている。
(なんだか趣味のいい部屋だな)
シャンタル宮のきらびやかな装飾に慣れてきていたベルは、なんとなく落ち着く気がした。
何しろ今まで、そんなきらきらしい境遇に暮らしたことはない、殺風景な場所にぼそっと存在してきたようなものなので、久しぶり元の場所に戻ったように思えたのだ。
そこで奥様と侍女が神官長とお茶を飲みながら話をしていると、少し遅れて取次役、セルマがやってきた。
セルマも普通に会話の輪に加わり、想像もしなかったぐらい和やかで、楽しい一時を過ごすことがとなった。
(ほんとかよ)
ベルがそう思うぐらい、二人共遠い国から来た客人に心を配り、気持ちを引き立てようとしてくれているのを感じた。
「本当にこうしてお参りに来てくださってよかった」
「ありがとうございます。ですが、いつもこうしてお時間をいただくのは、神官長様に申し訳がない、と奥様がおっしゃっていらっしゃいます」
「いえ、本日は偶然私がここにおりましたので、それでこちらの方からお時間をいただいたのです」
神官長がにこやかに続ける。
こうして見ると、人の良い、穏やかな人柄にしか見えない。
今も、こちらのことを案じて、気を遣わせないようにそう言っているようにしか思えない。
「私が不在の時にも、いつでも、何回でもいらっしゃってくださって構わないのです。神官たちにもよく申し付けておきますし、そもそも、ここはシャンタル宮の中の神殿ということで、あまり頻繁にどなたかがお参りに来るということはないのです」
「まあ、そうなのですか。では、かえって申し訳がないような」
「いえ、そうではないのです」
神官長が慌てたように言う。
下心がなく、ついそうやって率直に物を言ってしまう人の良い人物、やはりそうとしか見えない。
「そうではなく、神官たちにも、もちろん私にも励みになるということなのです」
「そうなのですか?」
「はい」
にっこりと、このおどおどしているように見える初老の男が、そんな風に笑えるのだなという笑顔で優しく続ける。
(この笑顔はちょっとひっかかるな、逆に下心あるからみたいだ)
ベルは心の中にそう思いながら、こちらもにこやかに続きの言葉を待った。
「こちらは王宮の方々、王宮に控えていらっしゃる高貴な方々、王宮に仕える者のお参りのための神殿なのですよ」
「ええっ、そうなのですか!」
いや、それは知らなかった。てっきりシャンタル宮の影に隠れた日陰の神殿なんだとばかり思っていた。
「他にも、王都にお越しになられた方が、いつもの神殿にお参りになられない時にこちらに来られることもあります。それぞれの街には街の、村には村の神殿がございます、皆様いつもはそちらをお尋ねになられますので。それから、総本山ということで、わざわざ遠くから足を伸ばして来られる方もいらっしゃいます。そのような場所なのです」
「そうなのですか……神聖な場所なのですね、ありがたいことです」
ベルがいかにも感じ入ったようにそう言い、奥様にも耳打ちをする。奥様もゆっくりと首を何度か振り、最後に神官長に向かって深く一礼する。
「どうぞ頭をお上げください。そのように時が止まったように静かな場所ですので、遠い国からのお客様が頻繁に足を運んで下さることは、神官たちにも良い刺激になります。それに、王都の者たちもそれを知ったらもっと足を運ぼうと思ってくれるかも知れません。ここはやはり足を運びにくい場所ですので、街には分所のような神殿もあり、多くはそちらにお参りなさいますので」
心底うれしそうにそう言って笑う。
まず神殿にお参りに行きたいとアーダかミーヤに伝えると、それをどちらかが神殿に取り次ぐ役目の侍女に伝える。それを神殿に伝え、神殿から日時が伝えられてお参りをすることができる。
と、トーヤに言わせると「しちめんどくせえ手順」を一応踏みはするが、ほとんど伝えるだけでいつでもお参りできるのと同じような感じだ。
「いっそおれが自分でお参り行きたいって言いにいきてえよな、だめなのかな」
「それは、一応決まりがありますので」
と、ミーヤが困ったように答える。
「まあ決まりは決まりだ、そんぐらい我慢しろ」
トーヤが笑いながらそう言って、準備ができた奥様と侍女を送り出す。
シャンタルとベルはキリエが再度攻撃を受けたことを知らないまま、神殿へとやってきた。約束の時間通りに神殿内部の拝殿へと通される。
拝殿へ案内され、そこでキラキラ光る御祭神に頭を下げて祈りを捧げる。そしてその後、神官長のありがたいお説教をいただく。そこまでがお参りのコースらしい。
お参りを終えた後、前回はみんなで部屋へと戻ったが、今回は神官長の客室へと招待され、そこで少しばかり話をすることになった。
神官長の客室は質素そのものであった。
これが本来の神殿の姿なのであろう。
特に派手な装飾はなく、シャンタル宮にあった宝石や象嵌のあった彫刻をシンプルなタペストリーにしたようなもの、それが壁の三方に飾ってあった。そしてそれが、かえって神殿の落ち着いた感じを引き立てている。
(なんだか趣味のいい部屋だな)
シャンタル宮のきらびやかな装飾に慣れてきていたベルは、なんとなく落ち着く気がした。
何しろ今まで、そんなきらきらしい境遇に暮らしたことはない、殺風景な場所にぼそっと存在してきたようなものなので、久しぶり元の場所に戻ったように思えたのだ。
そこで奥様と侍女が神官長とお茶を飲みながら話をしていると、少し遅れて取次役、セルマがやってきた。
セルマも普通に会話の輪に加わり、想像もしなかったぐらい和やかで、楽しい一時を過ごすことがとなった。
(ほんとかよ)
ベルがそう思うぐらい、二人共遠い国から来た客人に心を配り、気持ちを引き立てようとしてくれているのを感じた。
「本当にこうしてお参りに来てくださってよかった」
「ありがとうございます。ですが、いつもこうしてお時間をいただくのは、神官長様に申し訳がない、と奥様がおっしゃっていらっしゃいます」
「いえ、本日は偶然私がここにおりましたので、それでこちらの方からお時間をいただいたのです」
神官長がにこやかに続ける。
こうして見ると、人の良い、穏やかな人柄にしか見えない。
今も、こちらのことを案じて、気を遣わせないようにそう言っているようにしか思えない。
「私が不在の時にも、いつでも、何回でもいらっしゃってくださって構わないのです。神官たちにもよく申し付けておきますし、そもそも、ここはシャンタル宮の中の神殿ということで、あまり頻繁にどなたかがお参りに来るということはないのです」
「まあ、そうなのですか。では、かえって申し訳がないような」
「いえ、そうではないのです」
神官長が慌てたように言う。
下心がなく、ついそうやって率直に物を言ってしまう人の良い人物、やはりそうとしか見えない。
「そうではなく、神官たちにも、もちろん私にも励みになるということなのです」
「そうなのですか?」
「はい」
にっこりと、このおどおどしているように見える初老の男が、そんな風に笑えるのだなという笑顔で優しく続ける。
(この笑顔はちょっとひっかかるな、逆に下心あるからみたいだ)
ベルは心の中にそう思いながら、こちらもにこやかに続きの言葉を待った。
「こちらは王宮の方々、王宮に控えていらっしゃる高貴な方々、王宮に仕える者のお参りのための神殿なのですよ」
「ええっ、そうなのですか!」
いや、それは知らなかった。てっきりシャンタル宮の影に隠れた日陰の神殿なんだとばかり思っていた。
「他にも、王都にお越しになられた方が、いつもの神殿にお参りになられない時にこちらに来られることもあります。それぞれの街には街の、村には村の神殿がございます、皆様いつもはそちらをお尋ねになられますので。それから、総本山ということで、わざわざ遠くから足を伸ばして来られる方もいらっしゃいます。そのような場所なのです」
「そうなのですか……神聖な場所なのですね、ありがたいことです」
ベルがいかにも感じ入ったようにそう言い、奥様にも耳打ちをする。奥様もゆっくりと首を何度か振り、最後に神官長に向かって深く一礼する。
「どうぞ頭をお上げください。そのように時が止まったように静かな場所ですので、遠い国からのお客様が頻繁に足を運んで下さることは、神官たちにも良い刺激になります。それに、王都の者たちもそれを知ったらもっと足を運ぼうと思ってくれるかも知れません。ここはやはり足を運びにくい場所ですので、街には分所のような神殿もあり、多くはそちらにお参りなさいますので」
心底うれしそうにそう言って笑う。
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