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第三章 第二部 侍女たちの行方
18 神詣で
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思ったより早く、その翌日には神殿に来るようにとの連絡があり、アーダに付き添われてエリス様一行は神殿に足を向けることとなった。
「寄進はこれほどの額でもよろしいのでしょうか」
神殿で出迎えてくれた神官にベルがそう言って金袋を差し出す。
これは、あちらの、アルディナの金をディレンがこちらの金に両替してくれていた残りだ。
(くっ……おれの金……)
ベルは金袋を渡しながら、まだ心の中でそう思う。
「お気持ちだけで結構でございます」
2人の神官のうち、向かって右にいた背の高い方がそう言って、礼をするように金袋を軽く掲げた。
そうして一行は神殿の中に通された。
謁見の間で当代シャンタルに謁見をした時とは違い、アルディナでも馴染みのある、ごく普通の神殿にごく普通のお参りをするのと同じ形であった。
なんだかキラキラ光る石の板のような物が、厚いガラスの天井から差し込む光にきらめいている。あれが神殿の御祭神なのだろうか。
ベルは、あちらで神殿にきちっとお参りしたことなんかなかったよな、と思った。
それまで神様なんか信じたことがなかったし、トーヤとシャンタルと出会うまでは、毎日毎日生きることだけに必死で、お参りする余裕なんか全くなかった。
出会ってからもなお、特に神様にどうこう思う気持ちはなく、従って自分の意思として神様に頭を下げるなんて経験は初めてのものだった。トーヤたちだってお参りに行こうなんて言わなかったし。
もしも、物心つかない時期に家族と行ったことがあるとしても、それは全く記憶の中には残っていなかった。
それでもなんとなく神殿というものは目にしたことがある。
なので、こっちの方が神様に挨拶やお願いをするにはごくごく当たり前の施設、そんなように感じていた。
そもそもシャンタリオ以外の場所では、そんな生きた神様が住んでいる宮殿なんてありはしないのだし。
(それがなあ、なんでか本物の神様と仲間になってんだからなあ)
ベルは、世の中というものは分からないものだと考えながら御祭神の前まで進み、この国の人がやるように片膝をついて跪いた。もちろん、エリス様の補助をしながら。
跪いたまま、神官長が祈りの言葉を唱えるのをじっと一行は聞いている。
何を言っているのか分からない部分も多いが、とにかくありがたい言葉を唱えてくれているのだろう。
「どうぞ、頭をお上げください」
侍女が奥様に急いで耳打ちし、他の者より少しだけ遅れて奥様が顔を上げる。
「ようこそお参りくださいました」
神官長がそう言って一同に頭を下げる。
「事情は伺っております。色々と大変なことが続いておられるとのこと、ご心中をお察しいたします」
神官長の言葉に一行がもう一度頭を下げる。
その後で神官長が色々と心が平穏になるように、神を信じて心正しく生きることが人としてできる唯一のこと、との説教をしてくれた。
トーヤが言っていたように、神官長は本当にヤギのような貧相なあごひげを生やした、そろそろ老齢に差し掛かろうとするところか、という年齢の男であった。
自信がなさそうで弱々しいが、それでも人の前でこうして説教をしたりすることからか、姿勢だけはよく見えた。見ようによるなら、静かな人、それなりに信頼はできそうな人、そういう感じではあるかも知れない。
そして、トーヤ、ミーヤ、ダルが言うように、とてもそんな大それた事を実行どころか思いつきもしない人間にしか見えない。
もしもこれが何かの芝居の配役だとすると、黒幕に命令されて陰謀に巻き込まれ、ビクビクしながらも言うことを聞くしかなく、どんどんと深みにはまっていく不幸な男、そのような印象だ。
ベルがぼおっとそんなことを考えていたら、奥様にそっと衣装の袖を引かれた。
「あ」
気づけば説教が終わっていたようだ。
そうだった、侍女は奥様の代わりにお礼の言葉を述べなくてはいけないのだ。
これが奥様が主人公のお話とすると、直接お話しになれない奥様の代わりに、ベルの出番は結構多いのだ。
「ありがとうございます」
急いでそう言って頭を下げる。
「奥様もいたく感じ入っておられるようです。感謝いたします」
一同を代表するようにそう言ってから顔を上げ、神官長の顔をしっかりと見上げた。
(何回見てもそうにしか見えない)
ベルはそう思いながらじっと神官長を見てから、もう一度一人だけ深く頭を下げた。
神殿へのお参りを済ませた一行は、歩いてまた前の宮の自室へと戻った。
「うーん……」
アーダが一行を部屋まで送って一度退室した後、ベルは応接の椅子のいつもの席に座り、腕組みをしてそんな声を出す。
「トーヤが言ってた通りさ、そんなことできるようなおっさんには見えなかったなあ」
「俺もだ」
兄も妹に同意して続ける。
「ああいうのが一番そういうのから遠い人間だよな」
いかにも問題ごとを避けたい、静かに自分のやるべき仕事だけして静かに暮らしたい、どう見てもそういうタイプの人間だった。
「だよな」
トーヤも八年前に会った時と同じ印象を確認しただけに終わった。
「ってことは、やっぱり後ろにかなーりきっついやつがついてんのかなあ」
ベルがポツリとそう口にするが、誰もが同じ感想しか持てはしなかった。
「寄進はこれほどの額でもよろしいのでしょうか」
神殿で出迎えてくれた神官にベルがそう言って金袋を差し出す。
これは、あちらの、アルディナの金をディレンがこちらの金に両替してくれていた残りだ。
(くっ……おれの金……)
ベルは金袋を渡しながら、まだ心の中でそう思う。
「お気持ちだけで結構でございます」
2人の神官のうち、向かって右にいた背の高い方がそう言って、礼をするように金袋を軽く掲げた。
そうして一行は神殿の中に通された。
謁見の間で当代シャンタルに謁見をした時とは違い、アルディナでも馴染みのある、ごく普通の神殿にごく普通のお参りをするのと同じ形であった。
なんだかキラキラ光る石の板のような物が、厚いガラスの天井から差し込む光にきらめいている。あれが神殿の御祭神なのだろうか。
ベルは、あちらで神殿にきちっとお参りしたことなんかなかったよな、と思った。
それまで神様なんか信じたことがなかったし、トーヤとシャンタルと出会うまでは、毎日毎日生きることだけに必死で、お参りする余裕なんか全くなかった。
出会ってからもなお、特に神様にどうこう思う気持ちはなく、従って自分の意思として神様に頭を下げるなんて経験は初めてのものだった。トーヤたちだってお参りに行こうなんて言わなかったし。
もしも、物心つかない時期に家族と行ったことがあるとしても、それは全く記憶の中には残っていなかった。
それでもなんとなく神殿というものは目にしたことがある。
なので、こっちの方が神様に挨拶やお願いをするにはごくごく当たり前の施設、そんなように感じていた。
そもそもシャンタリオ以外の場所では、そんな生きた神様が住んでいる宮殿なんてありはしないのだし。
(それがなあ、なんでか本物の神様と仲間になってんだからなあ)
ベルは、世の中というものは分からないものだと考えながら御祭神の前まで進み、この国の人がやるように片膝をついて跪いた。もちろん、エリス様の補助をしながら。
跪いたまま、神官長が祈りの言葉を唱えるのをじっと一行は聞いている。
何を言っているのか分からない部分も多いが、とにかくありがたい言葉を唱えてくれているのだろう。
「どうぞ、頭をお上げください」
侍女が奥様に急いで耳打ちし、他の者より少しだけ遅れて奥様が顔を上げる。
「ようこそお参りくださいました」
神官長がそう言って一同に頭を下げる。
「事情は伺っております。色々と大変なことが続いておられるとのこと、ご心中をお察しいたします」
神官長の言葉に一行がもう一度頭を下げる。
その後で神官長が色々と心が平穏になるように、神を信じて心正しく生きることが人としてできる唯一のこと、との説教をしてくれた。
トーヤが言っていたように、神官長は本当にヤギのような貧相なあごひげを生やした、そろそろ老齢に差し掛かろうとするところか、という年齢の男であった。
自信がなさそうで弱々しいが、それでも人の前でこうして説教をしたりすることからか、姿勢だけはよく見えた。見ようによるなら、静かな人、それなりに信頼はできそうな人、そういう感じではあるかも知れない。
そして、トーヤ、ミーヤ、ダルが言うように、とてもそんな大それた事を実行どころか思いつきもしない人間にしか見えない。
もしもこれが何かの芝居の配役だとすると、黒幕に命令されて陰謀に巻き込まれ、ビクビクしながらも言うことを聞くしかなく、どんどんと深みにはまっていく不幸な男、そのような印象だ。
ベルがぼおっとそんなことを考えていたら、奥様にそっと衣装の袖を引かれた。
「あ」
気づけば説教が終わっていたようだ。
そうだった、侍女は奥様の代わりにお礼の言葉を述べなくてはいけないのだ。
これが奥様が主人公のお話とすると、直接お話しになれない奥様の代わりに、ベルの出番は結構多いのだ。
「ありがとうございます」
急いでそう言って頭を下げる。
「奥様もいたく感じ入っておられるようです。感謝いたします」
一同を代表するようにそう言ってから顔を上げ、神官長の顔をしっかりと見上げた。
(何回見てもそうにしか見えない)
ベルはそう思いながらじっと神官長を見てから、もう一度一人だけ深く頭を下げた。
神殿へのお参りを済ませた一行は、歩いてまた前の宮の自室へと戻った。
「うーん……」
アーダが一行を部屋まで送って一度退室した後、ベルは応接の椅子のいつもの席に座り、腕組みをしてそんな声を出す。
「トーヤが言ってた通りさ、そんなことできるようなおっさんには見えなかったなあ」
「俺もだ」
兄も妹に同意して続ける。
「ああいうのが一番そういうのから遠い人間だよな」
いかにも問題ごとを避けたい、静かに自分のやるべき仕事だけして静かに暮らしたい、どう見てもそういうタイプの人間だった。
「だよな」
トーヤも八年前に会った時と同じ印象を確認しただけに終わった。
「ってことは、やっぱり後ろにかなーりきっついやつがついてんのかなあ」
ベルがポツリとそう口にするが、誰もが同じ感想しか持てはしなかった。
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