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第三章 第二部 侍女たちの行方

 1 小物係と神具係

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 セルマは腹立たしげに執務室のソファに音を立てて座った。

 さっきまで前の宮の面会室で、面会に来たさる名のある貴族の当主と話をしていたのだ。
 そこでの話はセルマの体面を著しく損なわせる内容であった。



「セルマ殿には非常に話しにくい内容ではあるが」

 その男性がその言葉ほど遠慮はなく言うところによると、今回宮に侍女見習いとして入った娘から手紙がきたのだと言う。

「その手紙によると、仕事が大変つらい、そういうことであった」
「お仕事がですか?」

 セルマは目を丸くして驚いた。

「あの、モアラ様には神具係に就いていただいております。あそこは申してはなんですが、大事な神具を扱う部所ですので、やり甲斐はあれど、辛い仕事ではないと思うのですが」
「それがだな……」

 セルマの父に話を聞き、セルマは呆れたものの口には出さず、とりあえず事実を調べて対処すると約束してお帰りいただいた。



「なんというわがままな!」

 言うなりセルマは拳でソファの座面を思い切り殴った。
 
 宮の侍女らしくない行動である。
 それは分かっていても、そうせずにはいられない内容の苦情であった。

「仕事が退屈? もっと楽しい仕事がしたい? よくもそのようなことをのうのうと親に書いてよこせたものだ!」

 モアラの父のラキム伯爵は王宮でも力のある名家の当主である。その当主直々に、近々嫁ぐ娘がその前にシャンタル宮に勤めたいと言っている、結婚の祝いのつもりで願いを叶えてもらいたいと頼まれた神官長がセルマに話を持ってきたのだ。

「嫁ぎ先に大事にしてもらえるよう、少しでも良い役職に、ですって? 本当にそう思うのなら、もっと幼いうちから宮へ入れば良いものを! ほんの数ヶ月宮でうろうろして、それでシャンタルにお仕えしたことがあると持参金代わりに持っていこうなどと、本来ならそのようなこと許されるはずもない!」

 ミーヤが思った通り、本来ならばセルマはそのような不正を最も嫌うたちの人間である。
 その心を押さえてまで、ミーヤに圧力をかけてまで神具係に入れさせたというのに、それをつらいとは。

 一体どのような仕事に回されたというのか、腹立たしさを感じながらも、様子を見に行くしかない。
 セルマは水を一杯飲んで少し気持ちを落ち着かせ、何回か大きく息をして整えてから神具係の部屋へと向かった。



「先日、こちらに入った新しい侍女はどちらに配属されましたか」

 突然やってきた取次役がジロリと睨みつけ、その日の神具係の責任者が身をすくめる。

「あの、モアラとシリルのことでしょうか」
「そうです」
「こちらです」

 案内されたのは、神具を置いてある神具置き場のすぐ隣の小部屋であった。

 名家のご令嬢が二人、そこでテーブルに向かい合うように座って仕事をしていた。

「セルマ様がお越しです」

 声をかけられ、緑系の侍女の服装の二人が急いで立ち上がるが、

「いえ、そのままで」

 そう言って座らせると、作業の内容をセルマが吟味する。

「これは何をしているところです」
「え、あの、はい」

 その日の神具係の責任者の説明によると、神具として使うろうそくとろうそく立て、香と香炉がこの2人の担当だとかで、

「毎日数に間違いがないかを数え、道具の汚れを磨いております」

 とのことであった。

「ろうそくと香ですか? それは小物係の担当ではありませんでしたか?」
「はい。ですが、やはり神具に使うものと小物、消耗品として使うものは分けた方がよかろうという話になりまして、それで新しく入った二人の担当となりました」

 初耳であった。
 確かにろうそくと香は神具としても使うが、その他の用途にも使う。それで今までは小物として扱い、必要な分を神具係が小物係から受け取って使っていた。

「その受け取りや手続きが、毎日のことで大変だろうと、この度分けることになりました」
「そうなのですか。それで数の点検と用具の手入れを?」
「はい」
「その他の仕事は何をさせています」
「いえ、あの、それだけです」
「それだけ?」
「あ、はい」

 身を縮ませるようにして、神具係の責任者が答える。

 では、この二人は日がな一日、この小部屋で、二人だけで延々ろうそくの数を数え、香の量を量り、ろうそく立てと香炉を磨いているだけなのか。作業が終わればまた一から繰り返し。
 楽な仕事には思えるが、それだけを毎日毎日続けるなど、それは確かに泣き言の一つも言いたくなるだろうというものだ。

「あまり大変な仕事を与えぬように、そうおっしゃっておられましたので」

 責任者がいいわけのようにそう言う。

「分かりました、おまえの責任ではありません」
「は、はい、ありがとうございます」
「それで、ろうそくと香を分けるようにという指示はどこからきましたか」
「おそらく侍女頭のキリエ様からかと」
「そうですか」

 やはりだ、とセルマは心の中で歯噛みをした。
 キリエが自分への嫌がらせにやらせたに違いない、そう思った。

「分かりました。ですが、もう仕事にも慣れたことでしょうし、この二人には一日一度数を数え、用具の手入れをさせたら他の神具のことも教えるように」
「は、はい承知いたしました」
 
 責任者の侍女と、二人の新人侍女に見送られながら、セルマは怒りを抱えて部屋を出ていった。
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