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第二章 第四部 おかえり、ただいま
5 ただいま
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ミーヤはいつもより遅く湯殿から出てくるところで同期の侍女に会った。
「あら、随分と遅いのね、明日もまた早いのではないの?」
「ええ、少し片付けものをしていたら遅くなってしまって」
ノノが「外の侍女」になり、残り4人の同期の侍女の一人ミオンである。
今は違う係にいるので侍女の控室か、こういう共用の施設ですれ違うぐらいであるが、会えば軽く立ち話などはする。
「大変ね、見習い侍女の教育係だったかしら?」
「ええ」
「あと何日ぐらい?」
「あと2日」
「そう、それが終わったらまた戻ってくるの?」
「そうなるのではないかしら。今のお役目は一時的なものだし」
「そうね、待っているわよ。がんばってね」
「ありがとう、そちらもね」
そんな話をするだけでもなんとなくホッとする。
やはり同期の侍女たちとは一番気心が知れていると言える。
奥宮の入り口部分の侍女棟とも呼べる場所にある自室へ戻る。
宮に入ったばかりの頃は誰もが大部屋だが、役が付いたらそれに伴う部署にある部屋に入ったり、ある程度年数が経つと2人部屋や個室へと移動することが多い。
たまに、
「元が大家族なので賑やかな方がいい」
と、いつまでも大部屋を希望する侍女もいたりはするが、その場合、同じ部屋に入った年若い侍女が少しばかり遠慮をするのは、やや気の毒ではあったりする。
ミーヤは今、役付きの部屋ではなく、八年前に奥宮に出入りを許された時にもらった個室が自室である。
その前はトーヤ付きの客室係であったので、客室近くの控室に入っていた。ダル付きのリルも隣室に入り、初めてもらった個室に大興奮していたことを思い出す。
その後、2人とも月虹」付きになったのだが、まだそのための部屋が用意されていなかったので、奥宮出入りを許されたことと合わせて、侍女棟に個室をもらったのである。
ミーヤはベッドに腰を下ろしタオルで髪を拭く。
湯殿から出る時にある程度拭いてはきたが、完全に乾くまでではないのでもう一度乾いたタオルで髪を包む。
「なんだか長い一日だったわ……」
そうしておいて、ふっとそうつぶやいた。
本当に夢のようだった。
朝から新しい侍女見習いの教育係として色々教え、あちらこちらと連れて歩き、ようやく今日の仕事も終わりと思った頃に、ベルとぶつかりそうになった。
「あれは、わざとやったことではなさそうよね?」
あの場所はあの時刻、確かに逆光で、廊下側からは暗い階段から上がってきた人間に気づきにくい。
それでも宮の造りに慣れた者はそれなりに気をつけるようになっているのだが、ベルは多分、あそこに階段があることに気がついてはいなかっただろう。元々、あまり目立たぬように作ってあるのだし。
「では、あれはやはり本当の偶然なのかしら」
あの時のベルの驚いた顔を思い出す。
今思えば、最初に人が出てきたことに驚き、次にもう一度驚き直していたように見えた。
二度驚かれたようで、その時には一瞬不思議な気もしたのだが、その後は慌ててしまい、その気持は意識の外へと消えていたように思う。
「あれはきっと、私に気がついて驚いたのね。でも私のことをどうして知っていたのかしら」
もしかしたらトーヤが教えたのかも知れない。自分の色を伝えて、それに気がついたのかも。
だがよくうまく会えたものだと思った。
そしてよく自分を1人することができた、とも。
「出会いは偶然だとしても、その後の足を痛めた振りはきっとあの瞬間に思いついたのでしょうね。まだ13歳だと聞いたけれど、やはりあの人と一緒にあのような場所で生活している方なのだわ」
「あの人」とミーヤは口にする。
まだ名前を口に出せる気がしない。
なんとなくそのことを考えただけで気恥ずかしいのと、誰かに聞き咎められると危険だとの両方の気持ちからである。自分の部屋でそこまで気を遣うこともなかろう、とも思うのだが、キリエのことを思い出し、どれだけ気を配り、どれだけ考えても足りない気がする。
「それにしても、あれはどうしているのかしら」
ふっと違うことが気にかかる。
トーヤの「鍵開け」である。
そのようなことをして泥棒に入る人がいる、とは聞いたことがある。
だが自分が知る限り、今までこの宮でそんな被害があったとは聞いたことがない。
第一には宮の敷地内に入るのはかなり困難であるからだ。
高い山の中腹にあり、そこまでつながる道を通る者は全部把握されている。王宮とシャンタル宮、聖地中の聖地、外部から許可なく入るのは不可能な厳重な警備体制が整っている。まず敷地内に入ることが困難である。
だが、トーヤが以前言っていた通り、一度中に入ってしまえばそこそこ警備は緩い。ミーヤもトーヤからそう言われて初めてそのことを知った。
「まあ、聞いても教えてはくれないのでしょうね」
そうつぶやき、ムッとしたように顔をしかめた。
本当に悪い人だこと。
そう思いながら、あの時、振り返って声をかけた時のトーヤを思い出すと、胸の内がカッと熱くなるのを感じる。
「ただいま」
一瞬戸惑ったようになり、それから恥ずかしそうにそう言ったあの顔を思い出すと。
ミーヤは胸のうちの熱が顔に移ったように赤くなるのを感じ、両頬に手を当てた。
「あら、随分と遅いのね、明日もまた早いのではないの?」
「ええ、少し片付けものをしていたら遅くなってしまって」
ノノが「外の侍女」になり、残り4人の同期の侍女の一人ミオンである。
今は違う係にいるので侍女の控室か、こういう共用の施設ですれ違うぐらいであるが、会えば軽く立ち話などはする。
「大変ね、見習い侍女の教育係だったかしら?」
「ええ」
「あと何日ぐらい?」
「あと2日」
「そう、それが終わったらまた戻ってくるの?」
「そうなるのではないかしら。今のお役目は一時的なものだし」
「そうね、待っているわよ。がんばってね」
「ありがとう、そちらもね」
そんな話をするだけでもなんとなくホッとする。
やはり同期の侍女たちとは一番気心が知れていると言える。
奥宮の入り口部分の侍女棟とも呼べる場所にある自室へ戻る。
宮に入ったばかりの頃は誰もが大部屋だが、役が付いたらそれに伴う部署にある部屋に入ったり、ある程度年数が経つと2人部屋や個室へと移動することが多い。
たまに、
「元が大家族なので賑やかな方がいい」
と、いつまでも大部屋を希望する侍女もいたりはするが、その場合、同じ部屋に入った年若い侍女が少しばかり遠慮をするのは、やや気の毒ではあったりする。
ミーヤは今、役付きの部屋ではなく、八年前に奥宮に出入りを許された時にもらった個室が自室である。
その前はトーヤ付きの客室係であったので、客室近くの控室に入っていた。ダル付きのリルも隣室に入り、初めてもらった個室に大興奮していたことを思い出す。
その後、2人とも月虹」付きになったのだが、まだそのための部屋が用意されていなかったので、奥宮出入りを許されたことと合わせて、侍女棟に個室をもらったのである。
ミーヤはベッドに腰を下ろしタオルで髪を拭く。
湯殿から出る時にある程度拭いてはきたが、完全に乾くまでではないのでもう一度乾いたタオルで髪を包む。
「なんだか長い一日だったわ……」
そうしておいて、ふっとそうつぶやいた。
本当に夢のようだった。
朝から新しい侍女見習いの教育係として色々教え、あちらこちらと連れて歩き、ようやく今日の仕事も終わりと思った頃に、ベルとぶつかりそうになった。
「あれは、わざとやったことではなさそうよね?」
あの場所はあの時刻、確かに逆光で、廊下側からは暗い階段から上がってきた人間に気づきにくい。
それでも宮の造りに慣れた者はそれなりに気をつけるようになっているのだが、ベルは多分、あそこに階段があることに気がついてはいなかっただろう。元々、あまり目立たぬように作ってあるのだし。
「では、あれはやはり本当の偶然なのかしら」
あの時のベルの驚いた顔を思い出す。
今思えば、最初に人が出てきたことに驚き、次にもう一度驚き直していたように見えた。
二度驚かれたようで、その時には一瞬不思議な気もしたのだが、その後は慌ててしまい、その気持は意識の外へと消えていたように思う。
「あれはきっと、私に気がついて驚いたのね。でも私のことをどうして知っていたのかしら」
もしかしたらトーヤが教えたのかも知れない。自分の色を伝えて、それに気がついたのかも。
だがよくうまく会えたものだと思った。
そしてよく自分を1人することができた、とも。
「出会いは偶然だとしても、その後の足を痛めた振りはきっとあの瞬間に思いついたのでしょうね。まだ13歳だと聞いたけれど、やはりあの人と一緒にあのような場所で生活している方なのだわ」
「あの人」とミーヤは口にする。
まだ名前を口に出せる気がしない。
なんとなくそのことを考えただけで気恥ずかしいのと、誰かに聞き咎められると危険だとの両方の気持ちからである。自分の部屋でそこまで気を遣うこともなかろう、とも思うのだが、キリエのことを思い出し、どれだけ気を配り、どれだけ考えても足りない気がする。
「それにしても、あれはどうしているのかしら」
ふっと違うことが気にかかる。
トーヤの「鍵開け」である。
そのようなことをして泥棒に入る人がいる、とは聞いたことがある。
だが自分が知る限り、今までこの宮でそんな被害があったとは聞いたことがない。
第一には宮の敷地内に入るのはかなり困難であるからだ。
高い山の中腹にあり、そこまでつながる道を通る者は全部把握されている。王宮とシャンタル宮、聖地中の聖地、外部から許可なく入るのは不可能な厳重な警備体制が整っている。まず敷地内に入ることが困難である。
だが、トーヤが以前言っていた通り、一度中に入ってしまえばそこそこ警備は緩い。ミーヤもトーヤからそう言われて初めてそのことを知った。
「まあ、聞いても教えてはくれないのでしょうね」
そうつぶやき、ムッとしたように顔をしかめた。
本当に悪い人だこと。
そう思いながら、あの時、振り返って声をかけた時のトーヤを思い出すと、胸の内がカッと熱くなるのを感じる。
「ただいま」
一瞬戸惑ったようになり、それから恥ずかしそうにそう言ったあの顔を思い出すと。
ミーヤは胸のうちの熱が顔に移ったように赤くなるのを感じ、両頬に手を当てた。
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