上 下
117 / 354
第二章 第二部 宮と神殿

16 我々こそ

しおりを挟む
 トーヤがもやもやとした心を抱えた頃、同じ宮にもう一人、重い気持ちを抱えかねてイラついている者がいた。

「あれほど申し上げたのに、まさかキリエ殿に関わりのある者を私室にまでお入れになるなんて……」

 セルマである。

 一昨日、マユリアにキリエと接触せぬよう、そして後宮入りを承諾するようにと直談判に行き、最後には己の立場を突きつけられて引き下がることになってしまった。

 その後、神殿に足を運び、神官長にとりあえず考え直すと言わせた、との報告はしたが、後宮に入ると言わせたわけではない。
 神官長もそのあたりの微妙な雰囲気を感じ取り、必ず受け入れさせるように、と重ねて言われてしまったのだ。

 本当なら、一昨日と同じように乗り込んで、直に色々と物申したいところであった。
 だが……



『おまえは何者です? そしてわたくしは何者?』



 自分があの方のただ一言で、今すぐにもこの存在すら消されてしまう危うい存在である、と知ってしまった。

(もしも、もう一度あのように言い争うことになったら、今度こそわたくしは……)

 気持ちの上ではすでに宮の最高権力者のつもりであったセルマは、歯噛みするような気持ちで執務室に座っていた。

 一体どうすればいいのか。もうすぐ交代がやってくる。それまでにすべてのことをうまく収めないと自分はおしまいだ。
 セルマが今一番邪魔に感じているキリエ、とりあえずあの老女をどうにかして奥宮から、マユリアから引き離さないといけない。
 そのためには何か、キリエに大きな過失でもあればいいのだが……

 仮にも「慈悲の女神」の御座おわすシャンタル宮にある者の考えることではない、と心の奥をチクチクと刺されるような痛みを感じないわけではない。

「だが、この宮のため、この国のため、この世界のために誰かがやらねばならないこと」

 小さく、だが自分に言い聞かせるようにそう口に出す。

 いや、過失でなくとも不調でも良いのだ。

 ふと、そう思いつく。

 マユリアは「キリエが不調で見舞いに行った」との言い訳をしていた。
 あれは嘘だと思う。
 不調な者が、その2日後にお茶会の世話などできるものか。

 では、その「言い訳」をこちらも使わせてもらえばいいだけだ。
 そういう結論に達した。

 だが、どうやって……

 セルマは考えた挙げ句、思い切ってまた神殿へと足を運んだ。



「なんという大胆なことを……」

 思った通り、神官長はただでさえよろしくはない顔色を、さらに白くしてそう一言口に出す。

「はい、仮にも宮の侍女の申すことではないと重々承知しております。ですが、宮のため、この国のため、ひいてはこの世界のためです。そのためにかぶる泥ならいくらでもかぶりましょう」

 セルマはきっぱりとそう言い切った。

 神官長はしばらくの間黙ってセルマを見つめていたが、

「あっぱれなお考えです。さすがに私が見込んだだけのことはある」

 満足そうにそう言った。

「それに、キリエ殿には少し休んでいただくだけ、お命や今後の体調に著しく悪い影響を与えるわけではない。たったそれだけのことですべてがうまく進むのなら、きっと天も許してくださると思うのです。本当にこの世界のことを思っていてくださるのなら」

 セルマもそう言い添える。

「ただ、わたくしにはそれ以上のこと、実際にはどうすればよいのかが分かりません。それで神官長のお知恵をお借りしたく、恥ずかしながらこうしてご意見を伺いに参りました」
「いや、そのぐらいの相談はいくらでもしていただいて結構です。それが世界のためなのです」
「そう言っていただけるとありがたいことです」

 神官長とセルマはお互いに満足のできる話し合いになった、と感じていた。

「あなたもご存知の通り、この国は危機にあります」
「はい」
「マユリアはご存知ないことです」
「はい」
「交代の後、人に戻る方には関係のないことです」
「はい」
「そのことを知る者はあなたがおっしゃる通り、己の身も心もそのために捧げなければなりません。そのためにあえて泥をかぶり、血を吐く思いで進むと決意されたあなたは本当に立派です」
「ありがとうございます」
「キリエ殿にはその覚悟がない」

 神官長の言い切る言葉にセルマは何も答えない。

「ご存知なのに、だ」

 神官長はやりきれない、という風に首を横に振った。

「そしてラーラ様、おそらくは今シャンタル付きのネイとタリアも知っていて何をする気もない……嘆かわしいことです」

 セルマはただ黙って聞いている。

「なぜあの方たちは何もしようとしないのか、私には不思議でなりません」
「はい、わたくしもです」
「だが、あなたは違う」

 神官長はぐっと一足踏み出し、セルマの目をじっととらえて続ける。

「あなたほど立派な方はこの宮に、いや、この国にはいない」
「おそれいります……」

 セルマは恐縮したというように片膝をつき、深く頭を下げた。

「我々こそが、この後の宮を、この国を、そしてこの世界を救うものなのです」
「はい」
「何があろうとも、何をしようとも、成し遂げなくてはならない」
「はい」
「辛いでしょう、苦しいでしょう、ですが、我々こそが成し遂げなくてはならない」
「はい」

 セルマはあらためて自分の使命を噛み締めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放された魔界のプリンスは人間界で無自覚に無双する~え、ドラゴンくらいワンパンで倒せるでしょ~

平山和人
ファンタジー
魔王の息子であるアスモデウスは1400歳の誕生日に魔界のしきたりにより、人間界で3年間過ごすことになる。 人間界ではデウスという名で勇者学校に通うことになったのだが、デウスは知らなかった。自分が生まれ育った魔界が、人間界に比べて途轍もなく過酷な環境だったことを。 「え、ドラゴンくらいワンパンで倒せるでしょ?」 今日もデウスは常識外れの力を見せつけ、無自覚に無双するのであった。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

妾の子だった転生勇者~魔力ゼロだと冷遇され悪役貴族の兄弟から虐められたので前世の知識を活かして努力していたら、回復魔術がぶっ壊れ性能になった

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
◆2024/05/31   HOTランキングで2位 ファンタジーランキング4位になりました! 第四回ファンタジーカップで21位になりました。皆様の応援のおかげです!ありがとうございます!! 『公爵の子供なのに魔力なし』 『正妻や兄弟姉妹からも虐められる出来損ない』 『公爵になれない無能』 公爵と平民の間に生まれた主人公は、魔力がゼロだからという理由で無能と呼ばれ冷遇される。 だが実は子供の中身は転生者それもこの世界を救った勇者であり、自分と母親の身を守るために、主人公は魔法と剣術を極めることに。 『魔力ゼロのハズなのになぜ魔法を!?』 『ただの剣で魔法を斬っただと!?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ……?』 『あいつを無能と呼んだ奴の目は節穴か?』 やがて周囲を畏怖させるほどの貴公子として成長していく……元勇者の物語。

ネネギの国

ふしきの
ファンタジー
変わる景色の美しさ。 変わらぬ愛のいとおしさ。 あなたは転がる石をどうとらえる? 実は球状コンクリーションだったりして。 使わなかった方言用語 ネキ=そばへ 近く

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)
ファンタジー
宇宙界きっての大国、ナルス。代々長(おさ)には魂の核(センナ)を生み出す力、破壊する力が受け継がれており、次代長候補である朱己(しゅき)も現在の長である父から授かった。  ときを同じくして、朱己は側近であり婚約者の裏切りに逢ってしまう。重罪人の処刑は長の業務の一つ。長の業務の経験として、自らの手で彼のセンナを砕き、存在を抹消するという処刑をすることとなった。 そんな中、朱己の次の側近を決めろと父から通告されるが、心の整理が追いつかず、民の日常を視察するという名目で人間界に降りると、そこには人間から迫害されている霊獣夫婦がいた。 国の長として、必要なものとは何か?日々葛藤しながら傷つきながら、考えもがいて生きていく異世界ファンタジー。 ※時折グロテスクな描写がございます。 ※この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。

転生幼女はお詫びチートで異世界ごーいんぐまいうぇい

高木コン
ファンタジー
第一巻が発売されました! レンタル実装されました。 初めて読もうとしてくれている方、読み返そうとしてくれている方、大変お待たせ致しました。 書籍化にあたり、内容に一部齟齬が生じておりますことをご了承ください。 改題で〝で〟が取れたとお知らせしましたが、さらに改題となりました。 〝で〟は抜かれたまま、〝お詫びチートで〟と〝転生幼女は〟が入れ替わっております。 初期:【お詫びチートで転生幼女は異世界でごーいんぐまいうぇい】 ↓ 旧:【お詫びチートで転生幼女は異世界ごーいんぐまいうぇい】 ↓ 最新:【転生幼女はお詫びチートで異世界ごーいんぐまいうぇい】 読者の皆様、混乱させてしまい大変申し訳ありません。 ✂︎- - - - - - - -キリトリ- - - - - - - - - - - ――神様達の見栄の張り合いに巻き込まれて異世界へ  どっちが仕事出来るとかどうでもいい!  お詫びにいっぱいチートを貰ってオタクの夢溢れる異世界で楽しむことに。  グータラ三十路干物女から幼女へ転生。  だが目覚めた時状況がおかしい!。  神に会ったなんて記憶はないし、場所は……「森!?」  記憶を取り戻しチート使いつつ権力は拒否!(希望)  過保護な周りに見守られ、お世話されたりしてあげたり……  自ら面倒事に突っ込んでいったり、巻き込まれたり、流されたりといろいろやらかしつつも我が道をひた走る!  異世界で好きに生きていいと神様達から言質ももらい、冒険者を楽しみながらごーいんぐまいうぇい! ____________________ 1/6 hotに取り上げて頂きました! ありがとうございます! *お知らせは近況ボードにて。 *第一部完結済み。 異世界あるあるのよく有るチート物です。 携帯で書いていて、作者も携帯でヨコ読みで見ているため、改行など読みやすくするために頻繁に使っています。 逆に読みにくかったらごめんなさい。 ストーリーはゆっくりめです。 温かい目で見守っていただけると嬉しいです。

もふもふで始めるVRMMO生活 ~寄り道しながらマイペースに楽しみます~

ゆるり
ファンタジー
☆第17回ファンタジー小説大賞で【癒し系ほっこり賞】を受賞しました!☆ ようやくこの日がやってきた。自由度が最高と噂されてたフルダイブ型VRMMOのサービス開始日だよ。 最初の種族選択でガチャをしたらびっくり。希少種のもふもふが当たったみたい。 この幸運に全力で乗っかって、マイペースにゲームを楽しもう! ……もぐもぐ。この世界、ご飯美味しすぎでは? *** ゲーム生活をのんびり楽しむ話。 バトルもありますが、基本はスローライフ。 主人公は羽のあるうさぎになって、愛嬌を振りまきながら、あっちへこっちへフラフラと、異世界のようなゲーム世界を満喫します。 カクヨム様にて先行公開しております。

処理中です...