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第二章 第一部 神と神

18 中の国の方

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 マユリアは私室から出ると、奥宮にあるキリエの私室へと足を向けた。

 キリエの執務室は「前の宮」にあるが、生活をする場は他の役付きの者たちと同じく「奥宮」にある。
 奥宮の「前の宮」に近いところに侍女たちの控室があり、その奥が役付きの者たちに与えられた個室である。「誓いを立て」て宮で一生を過ごすと決めた者たちの部屋になる。



 マユリアは「奥宮」の最奥、シャンタルの私室のある区域から衛士が立ち番をしている場所を通って「奥宮」の前へと進んだ。
 
 キリエの私室がどこにあるかは分かっている。
 時刻は夕刻より前、私室に戻っているかどうかは分からなかったが、なんとなく戻っているような気がした。

 扉を軽く叩くと中からいらえがあった。

「マユリアです、入りますよ」

 鍵はかけていなかった。

「これは、わざわざ足をお運びいただき」

 私室にいても今はまだ役目のある時間であるからか、キリエは侍女の衣装のまま、ソファに腰掛けていたようだ。
 
 立ち上がり、膝をついて頭を下げる正式の礼でマユリアを迎える。

「楽にしてください。わたくしもソファに座らせてもらいますね」

 そう言うと、マユリアはキリエの隣に腰をかけた。

「随分と久しぶりですね」

 親しみを込め、キリエの骨ばった手を両手でゆったりと握る。

「はい」
「おまえは分かってくれるはず、と、ついつい甘えてしまって申し訳のないことです」
「いえ、もったいないお言葉」

 キリエは手を握られたまま、しっかりと頭を下げた。

「頭を上げてください。今日は話したいことがあって参りました」
「ええ、お越しになるのではないかと思ってお待ちしておりました」
「やはり」

 マユリアは、キリエの察しの良さに感心するように笑った。

「では、話の内容ももう分かっているのですね?」
「ええ、おそらくは」
「『中の国』の方のことです」
「勝手なことをいたしまして、お叱りは覚悟しております」

 キリエが頭を下げる。

「叱るつもりなどありませんよ、頭をお上げなさい」

 言われてキリエが頭を上げる。

「どのような方なのです?」
「エリス様は直接はお話をなさいません。家族と、許しのある一部の侍女などとしか話をなさらぬのだとか」
「そのような話は聞いたことがありますが、実際にそのような方にはお会いしたことはありませんね」
「はい、私も初めてでございました」
「では、侍女を通して話をなさるということですね」
「さようでございます」
「侍女から聞いた話を教えてください」
「はい」

 キリエは話を始めた。

「主に話をするのは侍女のアナベル、それから護衛のアラヌスと申す傭兵です」
「傭兵ですか」

 マユリアはその言葉の響きに、なんとなく何かの感情を乗せた。

「はい。もう一名、ルークと申す護衛もおるのですが、こちらがエリス様を賊から守ろうとして負傷をいたしており、今は話すことができません」
「話せない?」
「はい。顔にケガをし、口を切って縫っているのと、喉も痛めたようです」
「そうなのですか。ひどいケガですね」
「そのようです」

 キリエがそう言って頷いた。

「それで主にその2名が話をしております。それから、この4名の身元保証をアルロス号という2つの神域を行き来する船の船長がしております」
「船長がですか?」
「はい、この者が護衛の2名と知己のようで、エリス様の事情を知って逃亡の手助けをしたようです」
「そうなのですか」
「はい。そしてオーサ商会のアロ会長ともつながりがあり、賊に襲われたことからそちらを通して保護を求めてきたというわけです」
「分かりました。それで、どうしておまえの責任で預かりました?宮ではなく」
「はい」

 キリエが説明を続ける。

「事情を聞き、リュセルスでも話題になっているということで保護の必要は感じました。ですが、申しております通り、4名のうち2名の顔が見えない、話もできないでは、とても宮で預かるわけにはいきません。それで私の権限で、私の個人的責任で預かることとしました」
「相変わらず律儀ですね」

 マユリアが少しからかうように言う。

「ご迷惑をおかけいたします」

 もう一度キリエが頭を下げるのに、

「迷惑などとは思っておりませんが、それで、謁見を求めることになったのはどういう理由です」
「はい」

 キリエが頭を上げて話を続ける。

「エリス様がシャンタルの託宣のことを耳にされて、自分の先行きが不安である、託宣を受けて道を定めたいと。そのために全財産を寄進したい、そうおっしゃりました」
「全財産をですか?」

 マユリアが驚く。

「はい。託宣が悪い結果に終わった時には、もう生きている望みがなく、命を断つ覚悟と」
「そのようなことを」
「はい。そして、良い結果が出た時には、ご主人の迎えが来ると言われた時には、その時まで宮に置いてほしい、そのための寄進だと」
「そうだったのですか」
「はい。ですが、シャンタルの託宣とはそのようなものではない、そうたしなめ、謁見はしていただくように話を進めました。もしも何か託宣があれば、私も少しばかり心安らかになれますから」
「分かりました」

 マユリアはキリエからの「中の国の方」の説明に、とりあえずは納得したようであった。
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