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第一章 第四部 シャンタリオへの帰還
13 責任
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「ええ、そのような話は伺っております」
キリエも同意する。
「そうですか」
アランが続ける。
「ただ、どこの国のどういう方かは今もまだ申し上げられません。落ち着くまでは言わぬとの契約になっています」
「そうですか、分かりました。それで?」
顔色一つ動かさずそう言うキリエに、ややアランが気圧される。
「あ、え、そのですね、そういう事情の上でお願い申し上げます、どうぞ奥様をこの宮で保護していただきたい。俺たち、いえ、俺だけではとても無理だと思うので」
そう言ってアランが深く頭を下げ、隣にいる包帯に巻かれた男もそれに倣った。
「あの」
後に続くようにストールに包まれて目だけを出した侍女も、
「どうぞお願いいたします。どうぞ奥様をお助けください!」
そう言ってから奥様に何か耳打ちをし、奥様もゆっくりと頭を下げる。
キリエは頭を下げる4人を変わらぬ表情でじっと見ている。
沈黙が場を支配した。
ほんの数秒の間であったであろう。その間、アロとディレンは動けずにいた。
「頭を上げてください」
静かな声で奥様に向けてキリエが声をかけ、全員が顔を上げると、キリエが黙ったまま、順番に一行の顔をゆっくりと見ていった。
まずはアランから。
主に話をしている者を、何を考えているのか全く読めぬ、鉄の仮面のような表情のままじっと見つめる。茶色の瞳は、侍女頭の深い黒い瞳をじっと受け止めるだけで精一杯だが、それでも動かさずにじっと受け止め続けた。
しばらくアランの目を見つめた後、キリエは視線を動かすと、次に包帯で巻かれた黒髪の男に目を止めた。
包帯から出ている唯一本人を現す一つだけの目に、視線を止めてじっと見つめると、男も正面からじっと見返した。それほど長い時間ではないが、キリエの目と男の目が相手の中にある物を探るようにぶつかり合った。
やがてふいっとキリエが視線をはずし、次にストールから出ている濃い茶の瞳をじっと見つめる。
侍女は、先の2人がそうされていたのを見ていたので、なんとかじっと耐えて鋼の侍女頭の瞳をじっと見つめ返した。おそらく、ストールの下では冷や汗をかいてはいるだろうが。
キリエはゆっくりと侍女から視線をはずすと、今度は見えない奥様の瞳をじっと見つめた。
奥様の反応は見えはしないが、それでもなぜか優しげにキリエの視線に視線を返しているように思えた。
キリエは少し視線を緩めると、一度目をつぶってから奥様から視線をはずす。
「はっきりと申し上げます。宮としては、あなた方の身を預かるわけにはまいりません」
きっぱりと言う。
「そ、そんな、キリエ様……」
昨日、アランに脅かされたからか、それとも引き合わせた自分の責任を感じたのか、アロが半分立ち上がるようにしてそう言った。
「あの、しばらくの間でよろしいのです。なんとか、なんとか」
「いいえ」
アロを見ることもなく言う。
「どこの何者とも分からず、その申すことも本当かどうか分からぬ。そのような者たちをシャンタル宮が責任を持って預かるなどできるはずもない」
「キリエ様……」
アロはもう言葉もない。
言われてみればその通りだ。
懇意にしているディレンの言葉を聞き、実際に街で噂になっている奥様に会っての身の上を気の毒になり、将来的に何か有利に働くことがあるかも知れない、そうも思った。そして昨日アランに言われたことに不安になったことも理由の一つではあるが、そのどれもがなんとも頼りない理由でしかない、あらためてそう思った。
「ですが」
アロが身の置きどころがないと考えていた時、鋼鉄の侍女頭がもう一度口を開く。
「シャンタルは慈悲の女神、この宮はシャンタルの慈悲の御心を広く民に知らしめ、慈悲の光であまねく世を照らすために存在するもの。遠くから来訪なされた貴人がそのようにお困りであるのを知り、知らぬ顔はできるものではありません」
「え、で、では」
アロの顔がぱあっと明るくなった。
「このキリエの、侍女頭の責任であなた方の身をお預かりいたします」
「あ、ありがとうございます!」
アロがこれ以上の喜びはない、という声を上げ、奥様の御一行、そして船長のディレンも頭を下げる。
「ありがとうございます、奥様も感謝のお気持ちをお伝えくださいとのことです」
侍女が明るい声で言う。
「もう一度申し上げますが、これはあくまでこのキリエの責任ですることです、上に上げるわけには参りません。そのことを重々承知しておいてください。それからアロ殿」
「は、はい」
「念の為に手形を預からせていただきます、よろしいですね」
「あ、はい」
「あの、手形につきまして」
船長ディレンが口を開いた。
「その手形は、自分が一時的に一行の身分を隠すために切ったもので、偽名になってます」
「偽名?」
キリエがディレンをじろっと見る。
「はい、何しろ奥様の名前を明かすことはできないものですから。船に乗っている間だけの保証という形でその名前で切ったものです」
そう言って4枚の手形をキリエに渡す。
キリエは4枚の手形を1枚ずつくりながら丁寧に見ていくと、
「エリス、ミーヤ、アラン、ルギ。偽名なんですね、これが」
知った名前が2つも入っているにも関わらず、無表情のままそう言った。
キリエも同意する。
「そうですか」
アランが続ける。
「ただ、どこの国のどういう方かは今もまだ申し上げられません。落ち着くまでは言わぬとの契約になっています」
「そうですか、分かりました。それで?」
顔色一つ動かさずそう言うキリエに、ややアランが気圧される。
「あ、え、そのですね、そういう事情の上でお願い申し上げます、どうぞ奥様をこの宮で保護していただきたい。俺たち、いえ、俺だけではとても無理だと思うので」
そう言ってアランが深く頭を下げ、隣にいる包帯に巻かれた男もそれに倣った。
「あの」
後に続くようにストールに包まれて目だけを出した侍女も、
「どうぞお願いいたします。どうぞ奥様をお助けください!」
そう言ってから奥様に何か耳打ちをし、奥様もゆっくりと頭を下げる。
キリエは頭を下げる4人を変わらぬ表情でじっと見ている。
沈黙が場を支配した。
ほんの数秒の間であったであろう。その間、アロとディレンは動けずにいた。
「頭を上げてください」
静かな声で奥様に向けてキリエが声をかけ、全員が顔を上げると、キリエが黙ったまま、順番に一行の顔をゆっくりと見ていった。
まずはアランから。
主に話をしている者を、何を考えているのか全く読めぬ、鉄の仮面のような表情のままじっと見つめる。茶色の瞳は、侍女頭の深い黒い瞳をじっと受け止めるだけで精一杯だが、それでも動かさずにじっと受け止め続けた。
しばらくアランの目を見つめた後、キリエは視線を動かすと、次に包帯で巻かれた黒髪の男に目を止めた。
包帯から出ている唯一本人を現す一つだけの目に、視線を止めてじっと見つめると、男も正面からじっと見返した。それほど長い時間ではないが、キリエの目と男の目が相手の中にある物を探るようにぶつかり合った。
やがてふいっとキリエが視線をはずし、次にストールから出ている濃い茶の瞳をじっと見つめる。
侍女は、先の2人がそうされていたのを見ていたので、なんとかじっと耐えて鋼の侍女頭の瞳をじっと見つめ返した。おそらく、ストールの下では冷や汗をかいてはいるだろうが。
キリエはゆっくりと侍女から視線をはずすと、今度は見えない奥様の瞳をじっと見つめた。
奥様の反応は見えはしないが、それでもなぜか優しげにキリエの視線に視線を返しているように思えた。
キリエは少し視線を緩めると、一度目をつぶってから奥様から視線をはずす。
「はっきりと申し上げます。宮としては、あなた方の身を預かるわけにはまいりません」
きっぱりと言う。
「そ、そんな、キリエ様……」
昨日、アランに脅かされたからか、それとも引き合わせた自分の責任を感じたのか、アロが半分立ち上がるようにしてそう言った。
「あの、しばらくの間でよろしいのです。なんとか、なんとか」
「いいえ」
アロを見ることもなく言う。
「どこの何者とも分からず、その申すことも本当かどうか分からぬ。そのような者たちをシャンタル宮が責任を持って預かるなどできるはずもない」
「キリエ様……」
アロはもう言葉もない。
言われてみればその通りだ。
懇意にしているディレンの言葉を聞き、実際に街で噂になっている奥様に会っての身の上を気の毒になり、将来的に何か有利に働くことがあるかも知れない、そうも思った。そして昨日アランに言われたことに不安になったことも理由の一つではあるが、そのどれもがなんとも頼りない理由でしかない、あらためてそう思った。
「ですが」
アロが身の置きどころがないと考えていた時、鋼鉄の侍女頭がもう一度口を開く。
「シャンタルは慈悲の女神、この宮はシャンタルの慈悲の御心を広く民に知らしめ、慈悲の光であまねく世を照らすために存在するもの。遠くから来訪なされた貴人がそのようにお困りであるのを知り、知らぬ顔はできるものではありません」
「え、で、では」
アロの顔がぱあっと明るくなった。
「このキリエの、侍女頭の責任であなた方の身をお預かりいたします」
「あ、ありがとうございます!」
アロがこれ以上の喜びはない、という声を上げ、奥様の御一行、そして船長のディレンも頭を下げる。
「ありがとうございます、奥様も感謝のお気持ちをお伝えくださいとのことです」
侍女が明るい声で言う。
「もう一度申し上げますが、これはあくまでこのキリエの責任ですることです、上に上げるわけには参りません。そのことを重々承知しておいてください。それからアロ殿」
「は、はい」
「念の為に手形を預からせていただきます、よろしいですね」
「あ、はい」
「あの、手形につきまして」
船長ディレンが口を開いた。
「その手形は、自分が一時的に一行の身分を隠すために切ったもので、偽名になってます」
「偽名?」
キリエがディレンをじろっと見る。
「はい、何しろ奥様の名前を明かすことはできないものですから。船に乗っている間だけの保証という形でその名前で切ったものです」
そう言って4枚の手形をキリエに渡す。
キリエは4枚の手形を1枚ずつくりながら丁寧に見ていくと、
「エリス、ミーヤ、アラン、ルギ。偽名なんですね、これが」
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