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第一章 第三部 絶海の孤島
16 潮もかなひぬ
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「奥様」の馬車はゆっくりと町を通り抜けると港に着いた。
船員たちが馬車から荷物を船に運び、奥様も茶色い髪の若い護衛に手を取られて船へと入る。
すでに船に戻っている者、船で過ごしていた者、そしてこれから船に戻る者、全方向から「奥様」の優雅な動きに視線が注がれるが、絹の海に埋もれたその方は足取りも軽く船内へと入って行った。
時刻はまだ夕刻より前、薄明にやや早いぐらい時間であった。
「へえ、結構いいじゃない」
扉を閉めた元船長室に運び込まれた大きなベッドに、シャンタルは気持ちよさそうに寝そべってみせる。
「いいよなあ」
「うん、だから一緒に寝れば?こんなに広いんだし」
「だよなあ」
ベルがそう言ってうらめしそうに兄の顔を伺う。
確かに心地よさそうなベッドであった。アランも妹に快適な船の旅を続けてやらせたくて心が動くが、ここで折れてはいけないと心を鬼にする。
「だめだ。言っただろうが、シャンタルだって男なんだぞ?」
「え~」
「え~」
言われている本人まで一緒になり、子どものように反論の声を上げる。
「じゃあさ、神様って思えば?」
「は?」
元女神様がいいことを思いついた、という風にそう言う。
「実際、私はまだ半分神様みたいなもんだし、それだったらいいんじゃない?」
「そうだそうだ!」
「それでアランが侍女用で寝たら?」
アランは今、この客室の前の廊下で座って番をしながら寝るか、もしくはトーヤと交代してディレンの部屋の床に敷物を敷いて寝ている。少し心が揺れる申し出ではあった。
「トーヤはお父さんのところで甘えて寝りゃいいじゃん。な、兄貴?」
「…………」
侍女用の寝台のような場所はそれなりに敷物もあるし、奥様用のベッドのすぐ脇だ。もしも、もしも、万が一だが、2人に何か怪しい動きがあってもすぐに気がついて止められる……
「ま、まあ、出港してからのことだ」
かなり気持ちでは譲歩しながらも、とりあえずそうやって保留しておくことにする。
「奥様御一行」がきちんと船に収まった後、残りの船客たちも次々に船に戻り、出港時間前には全員が乗り込んで取りこぼしはないようだった。
「これで間違いないな?」
「ええ、何回も乗客名簿を確認しました」
「時間もあるし、客室へ行ってもう一度だけ確認してきてくれ。万が一の万が一もないようにな」
「はい、分かりました」
船長に言われ、船員の一人が名簿を持って大部屋へと足を向ける。
「確認した証に今度は赤い色で印をつけていけ」
「はい、分かりました」
船長にもう一度返事をして下の部屋への階段を降りていく。
「さて、この部屋は、と」
元船長室の扉を3度叩く。
「はい」
アランの声がした。
「船長のディレンです。乗船確認させていただきます」
中からそっと扉が開けられ、ディレンが中に入る。
「あれ、3人か、あいつはどうした?」
「トーヤはなんかさっき甲板へ行くって」
「なんだあ、出港までは部屋にいろって言ってあったんだが、言うこと聞けねえなら置いてくか」
ディレンの言葉に3人が笑う。
「まあ様子見てくるわ。おまえらは部屋から出るなよ」
「わかったー」
「おまえ、声が元気過ぎる、外まで聞こえねえようにな」
侍女の元気な声にうれしそうにそう言うと、ディレンが船室へ出でいった。
甲板ではもう積み込み作業もほぼ終わり、船員たちが一息ついてあちらこちらで休んでいる。客室に名簿の確認に行った船員も間もなく作業を終えて戻って来た。名簿には全員に赤い色で印がついている。全員乗船を確認した。
外はもうすっかり夜、暗闇に満月が高く高く上がっていく。トーヤは甲板の船べりでその月をじっと眺めていた。
「またここか、よく飽きないもんだ」
からかうように言うディレンに黙って笑ってみせる。
「月が高くなってきたな」
「ああ、もうすぐ潮が変わるぞ」
それまで「アルディナの神域」方向から流れてきていた潮目が逆転し「シャンタルの神域」方向に流れ出す。
ちゃぽちゃぽと海水を持ち上げていた波が静まり、海面が平らになってきた。
「潮が流れ出したな」
海が川のように激しく流れ、見た目だけは穏やかに見える鏡面現象が起こっているのだ。
「渦が出る前に島の反対側に出るぞ!」
ディレンが船員たちに大声で言う。
「よーそろー!」
今まで待機していた船員たちが声を上げ、船出の準備だ。
渡り板が上げられる。
「乗りこぼしはないな!?」
「はい!」
港では水先人が係柱に括り付けた綱を解く。
「錨を上げろー!」
ガラガラと音がして錨に繋がれた鎖が巻き上げられる。
「出港だ!帆を上げろー!」
メインマストからバサリと降ろされた縦帆が風をはらみ、船が次第にスピードを上げていく。
「風の具合もいいぞ!このまま反対に回って潮に乗れ!」
暗闇の中、眩しいほど光る満月の中、船は島の裏側に回り、そこからそのまま鏡の上に乗って大海原へと滑り出す。
みるみる3日を過ごした島が小さくなっていく。
「これで半分、後は大きな問題がなけりゃ半月でシャンタリオの西の港『サガン』だ」
潮に乗り、一仕事終えた船員たちがほっと一息つく頃に、ディレンがトーヤの元に来てそう言った。
船員たちが馬車から荷物を船に運び、奥様も茶色い髪の若い護衛に手を取られて船へと入る。
すでに船に戻っている者、船で過ごしていた者、そしてこれから船に戻る者、全方向から「奥様」の優雅な動きに視線が注がれるが、絹の海に埋もれたその方は足取りも軽く船内へと入って行った。
時刻はまだ夕刻より前、薄明にやや早いぐらい時間であった。
「へえ、結構いいじゃない」
扉を閉めた元船長室に運び込まれた大きなベッドに、シャンタルは気持ちよさそうに寝そべってみせる。
「いいよなあ」
「うん、だから一緒に寝れば?こんなに広いんだし」
「だよなあ」
ベルがそう言ってうらめしそうに兄の顔を伺う。
確かに心地よさそうなベッドであった。アランも妹に快適な船の旅を続けてやらせたくて心が動くが、ここで折れてはいけないと心を鬼にする。
「だめだ。言っただろうが、シャンタルだって男なんだぞ?」
「え~」
「え~」
言われている本人まで一緒になり、子どものように反論の声を上げる。
「じゃあさ、神様って思えば?」
「は?」
元女神様がいいことを思いついた、という風にそう言う。
「実際、私はまだ半分神様みたいなもんだし、それだったらいいんじゃない?」
「そうだそうだ!」
「それでアランが侍女用で寝たら?」
アランは今、この客室の前の廊下で座って番をしながら寝るか、もしくはトーヤと交代してディレンの部屋の床に敷物を敷いて寝ている。少し心が揺れる申し出ではあった。
「トーヤはお父さんのところで甘えて寝りゃいいじゃん。な、兄貴?」
「…………」
侍女用の寝台のような場所はそれなりに敷物もあるし、奥様用のベッドのすぐ脇だ。もしも、もしも、万が一だが、2人に何か怪しい動きがあってもすぐに気がついて止められる……
「ま、まあ、出港してからのことだ」
かなり気持ちでは譲歩しながらも、とりあえずそうやって保留しておくことにする。
「奥様御一行」がきちんと船に収まった後、残りの船客たちも次々に船に戻り、出港時間前には全員が乗り込んで取りこぼしはないようだった。
「これで間違いないな?」
「ええ、何回も乗客名簿を確認しました」
「時間もあるし、客室へ行ってもう一度だけ確認してきてくれ。万が一の万が一もないようにな」
「はい、分かりました」
船長に言われ、船員の一人が名簿を持って大部屋へと足を向ける。
「確認した証に今度は赤い色で印をつけていけ」
「はい、分かりました」
船長にもう一度返事をして下の部屋への階段を降りていく。
「さて、この部屋は、と」
元船長室の扉を3度叩く。
「はい」
アランの声がした。
「船長のディレンです。乗船確認させていただきます」
中からそっと扉が開けられ、ディレンが中に入る。
「あれ、3人か、あいつはどうした?」
「トーヤはなんかさっき甲板へ行くって」
「なんだあ、出港までは部屋にいろって言ってあったんだが、言うこと聞けねえなら置いてくか」
ディレンの言葉に3人が笑う。
「まあ様子見てくるわ。おまえらは部屋から出るなよ」
「わかったー」
「おまえ、声が元気過ぎる、外まで聞こえねえようにな」
侍女の元気な声にうれしそうにそう言うと、ディレンが船室へ出でいった。
甲板ではもう積み込み作業もほぼ終わり、船員たちが一息ついてあちらこちらで休んでいる。客室に名簿の確認に行った船員も間もなく作業を終えて戻って来た。名簿には全員に赤い色で印がついている。全員乗船を確認した。
外はもうすっかり夜、暗闇に満月が高く高く上がっていく。トーヤは甲板の船べりでその月をじっと眺めていた。
「またここか、よく飽きないもんだ」
からかうように言うディレンに黙って笑ってみせる。
「月が高くなってきたな」
「ああ、もうすぐ潮が変わるぞ」
それまで「アルディナの神域」方向から流れてきていた潮目が逆転し「シャンタルの神域」方向に流れ出す。
ちゃぽちゃぽと海水を持ち上げていた波が静まり、海面が平らになってきた。
「潮が流れ出したな」
海が川のように激しく流れ、見た目だけは穏やかに見える鏡面現象が起こっているのだ。
「渦が出る前に島の反対側に出るぞ!」
ディレンが船員たちに大声で言う。
「よーそろー!」
今まで待機していた船員たちが声を上げ、船出の準備だ。
渡り板が上げられる。
「乗りこぼしはないな!?」
「はい!」
港では水先人が係柱に括り付けた綱を解く。
「錨を上げろー!」
ガラガラと音がして錨に繋がれた鎖が巻き上げられる。
「出港だ!帆を上げろー!」
メインマストからバサリと降ろされた縦帆が風をはらみ、船が次第にスピードを上げていく。
「風の具合もいいぞ!このまま反対に回って潮に乗れ!」
暗闇の中、眩しいほど光る満月の中、船は島の裏側に回り、そこからそのまま鏡の上に乗って大海原へと滑り出す。
みるみる3日を過ごした島が小さくなっていく。
「これで半分、後は大きな問題がなけりゃ半月でシャンタリオの西の港『サガン』だ」
潮に乗り、一仕事終えた船員たちがほっと一息つく頃に、ディレンがトーヤの元に来てそう言った。
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