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第一章 第三部 絶海の孤島

 3 月待ち

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「出港できない?」

 夜、宿にやってきたディレンの言葉にトーヤが眉をひそめる。

「ああ、潮目が悪くてな。出てもかえって日にちがかかるだけだ」

 「東の大海」のど真ん中にあるこの島は、今までの航路より島に寄るだけに遠回りになるものの、島近くの潮目に乗るとかなり早く船を進められる。
 逆に、島から離れる時には一度ぐるっと反対まで回り、そちらの潮に乗れれば、寄り道した分を短縮できるほど早く、シャンタリオの西の端の港「サガン」へ到着できる。

「それがな、ちょうど月の位置が悪い。それで3日ほどここに停泊する」

 潮の満ち引きは月に左右される。
 島に着くまではちょうど月の引きがよかったらしいが、島から離れようとすると今度はその強い流れに引き寄せられ進めない。月の変わり目を待つ方が、結果としては労力も少なく、早くあちらに着けるということらしい。

「仕方ねえな、そんじゃそれまでここでのんびりするよ」
「見るところってもそんなにないが、少しなら町を見て回るとかしてみたらどうだ」
「都合にする。何しろ奥様もいらっしゃるしな」
「奥様も観光に出てみてもいいんじゃないのか?」
「見るほどのもん、そんなにないんだろ?」
「まあな」

 そんな会話をし、

「俺の宿はここだ、なんかあったらここに来い。出港が決まったらまた来る」

 そう言ってディレンは1枚の紙をトーヤの手に押し付けて行ってしまった。

 部屋に入り、後ろに気をつけながら扉を閉め、鍵をかける。

「なんだって?」

 衝立の向こうからベルが聞く。

「しばらく出港できんそうだ」
「え、なんで?」

 月の位置が悪く、潮待ちをすることになったと伝える。

「そうか、まあ船の中じゃないし、ちょっと息抜きするか」

 明るいうちに温泉に浸かってのんびりしていたベルがごろりと寝転び、大の字になって両手足を伸ばす。

「それはいいんだが、大丈夫なのか?」 

 アランが心配そうに聞く。

「ああ、俺もそれが気になる。シャンタル、大丈夫か?」
「う~ん、どうだろうね」
「何がだよ?」

 ベルが3人に聞く。

「おまえな、覚えてないのか?あんなにぶっとばして港まで来ただろうが」
「あ、そうか!」

 やっとベルも思い出す。

「そうだ、次代様が生まれるまで、正確にはそれが発表して王都が封鎖されるまでに着かなきゃな」
「そうだった……」

 ベルも心配そうにシャンタルを見ると、

「まあ、なるようになれだよ。考えても仕方ない」

 と、あっけらかんと答える。

「おまえがそう言うんなら、多分大丈夫なんだろうけどな」

 心配はしつつも、どうしようもないことなのでトーヤも仕方なくそう言う。

「しかしなんだよなあ、神様ってのは本当に性悪しょうわるな気がしてきたよ」

 ベルがぼそっと言う。

「ほんとだよなあ、もうちょい余裕くれりゃいいのに、ここに来て数日の月待ちか」

 アランもそう言う。

 それを聞いてトーヤが苦笑した。

「考えてみりゃ、前もそんな感じだった。なんでもうちょい早く、っての何回も思った」
「そうだったっけ?」
「おまえがギリギリまで目、覚まさなかったからじゃねえか」
「言われてみればそうかも」

 トーヤの言葉にシャンタルが笑う。

「神様って性悪なのか能天気なのかよく分かんねえよなあ」
「どっちもかもな」

 妹と兄もそう言って笑い合う。

「そうか……」

 トーヤが気がついたように言う。

「性悪で能天気、それだな」
「え?」
「わざとだよ」
「何がだ?」
「ギリギリに、例えば封鎖の数日前とかにカトッティに着くんじゃねえかな」
「は?」

 兄と妹が意味が分からずに聞く。

「今までも全部そうだったって言っただろうが、なんでもうちょい早くってな」
「ああ」
「だけどな、思い返してみりゃ、考える時間だけは与えられてたって感じだ」
「そうなのか?」
「ああ」

 トーヤが続ける。

「一番最初に目を覚ました時、あの時からずっとそうだった。何しろ考える時間だけはあった。だから今度もそうだ、潮待ちだからってのんびりしてたら俺たちが負ける」
「え、負けるって何に!」
「さあな、神様なのか運命なのか分からんが、とにかく勝負に負ける」
「そんじゃどうすんだよ」
「分からんが、何が起こってもいいように考える」
「起こることも分かんねえのにどう考えろってんだよ」

 ベルの抗議にトーヤが真面目に答える。

「とにかく、何が起こってもいいようにできるだけのことを考える。とりあえず、何があっても船に乗り遅れねえようにすることだな、今は」
「そんな可能性あるのか?」
「ないと言えるか?」
「む……」

 確かに、今度いつ出港するのか分からないということは、そういう危険があるということだ。特に、シャンタルとベルが姿を隠してゆっくり動かなければならない今、何よりも余裕を持って動かなければいけないと分かっている。

「明日の朝、俺はちょっと町に出てみる。どこをどう通ってどう行けば港に最短でたどり着けるか調べておく。他には馬車の手配がどこでできるか、もしもの時はおまえら乗せて馬でぶっ飛ばす準備、とかもな」
「なんでそんなことすんだろうな、神様って」

 ベルが不満そうに言うのにトーヤが、

「試されてるのかもな、乗り切れるかどうかを」

 そう答えた。
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