44 / 354
第一章 第三部 絶海の孤島
3 月待ち
しおりを挟む
「出港できない?」
夜、宿にやってきたディレンの言葉にトーヤが眉をひそめる。
「ああ、潮目が悪くてな。出てもかえって日にちがかかるだけだ」
「東の大海」のど真ん中にあるこの島は、今までの航路より島に寄るだけに遠回りになるものの、島近くの潮目に乗るとかなり早く船を進められる。
逆に、島から離れる時には一度ぐるっと反対まで回り、そちらの潮に乗れれば、寄り道した分を短縮できるほど早く、シャンタリオの西の端の港「サガン」へ到着できる。
「それがな、ちょうど月の位置が悪い。それで3日ほどここに停泊する」
潮の満ち引きは月に左右される。
島に着くまではちょうど月の引きがよかったらしいが、島から離れようとすると今度はその強い流れに引き寄せられ進めない。月の変わり目を待つ方が、結果としては労力も少なく、早くあちらに着けるということらしい。
「仕方ねえな、そんじゃそれまでここでのんびりするよ」
「見るところってもそんなにないが、少しなら町を見て回るとかしてみたらどうだ」
「都合にする。何しろ奥様もいらっしゃるしな」
「奥様も観光に出てみてもいいんじゃないのか?」
「見るほどのもん、そんなにないんだろ?」
「まあな」
そんな会話をし、
「俺の宿はここだ、なんかあったらここに来い。出港が決まったらまた来る」
そう言ってディレンは1枚の紙をトーヤの手に押し付けて行ってしまった。
部屋に入り、後ろに気をつけながら扉を閉め、鍵をかける。
「なんだって?」
衝立の向こうからベルが聞く。
「しばらく出港できんそうだ」
「え、なんで?」
月の位置が悪く、潮待ちをすることになったと伝える。
「そうか、まあ船の中じゃないし、ちょっと息抜きするか」
明るいうちに温泉に浸かってのんびりしていたベルがごろりと寝転び、大の字になって両手足を伸ばす。
「それはいいんだが、大丈夫なのか?」
アランが心配そうに聞く。
「ああ、俺もそれが気になる。シャンタル、大丈夫か?」
「う~ん、どうだろうね」
「何がだよ?」
ベルが3人に聞く。
「おまえな、覚えてないのか?あんなにぶっとばして港まで来ただろうが」
「あ、そうか!」
やっとベルも思い出す。
「そうだ、次代様が生まれるまで、正確にはそれが発表して王都が封鎖されるまでに着かなきゃな」
「そうだった……」
ベルも心配そうにシャンタルを見ると、
「まあ、なるようになれだよ。考えても仕方ない」
と、あっけらかんと答える。
「おまえがそう言うんなら、多分大丈夫なんだろうけどな」
心配はしつつも、どうしようもないことなのでトーヤも仕方なくそう言う。
「しかしなんだよなあ、神様ってのは本当に性悪な気がしてきたよ」
ベルがぼそっと言う。
「ほんとだよなあ、もうちょい余裕くれりゃいいのに、ここに来て数日の月待ちか」
アランもそう言う。
それを聞いてトーヤが苦笑した。
「考えてみりゃ、前もそんな感じだった。なんでもうちょい早く、っての何回も思った」
「そうだったっけ?」
「おまえがギリギリまで目、覚まさなかったからじゃねえか」
「言われてみればそうかも」
トーヤの言葉にシャンタルが笑う。
「神様って性悪なのか能天気なのかよく分かんねえよなあ」
「どっちもかもな」
妹と兄もそう言って笑い合う。
「そうか……」
トーヤが気がついたように言う。
「性悪で能天気、それだな」
「え?」
「わざとだよ」
「何がだ?」
「ギリギリに、例えば封鎖の数日前とかにカトッティに着くんじゃねえかな」
「は?」
兄と妹が意味が分からずに聞く。
「今までも全部そうだったって言っただろうが、なんでもうちょい早くってな」
「ああ」
「だけどな、思い返してみりゃ、考える時間だけは与えられてたって感じだ」
「そうなのか?」
「ああ」
トーヤが続ける。
「一番最初に目を覚ました時、あの時からずっとそうだった。何しろ考える時間だけはあった。だから今度もそうだ、潮待ちだからってのんびりしてたら俺たちが負ける」
「え、負けるって何に!」
「さあな、神様なのか運命なのか分からんが、とにかく勝負に負ける」
「そんじゃどうすんだよ」
「分からんが、何が起こってもいいように考える」
「起こることも分かんねえのにどう考えろってんだよ」
ベルの抗議にトーヤが真面目に答える。
「とにかく、何が起こってもいいようにできるだけのことを考える。とりあえず、何があっても船に乗り遅れねえようにすることだな、今は」
「そんな可能性あるのか?」
「ないと言えるか?」
「む……」
確かに、今度いつ出港するのか分からないということは、そういう危険があるということだ。特に、シャンタルとベルが姿を隠してゆっくり動かなければならない今、何よりも余裕を持って動かなければいけないと分かっている。
「明日の朝、俺はちょっと町に出てみる。どこをどう通ってどう行けば港に最短でたどり着けるか調べておく。他には馬車の手配がどこでできるか、もしもの時はおまえら乗せて馬でぶっ飛ばす準備、とかもな」
「なんでそんなことすんだろうな、神様って」
ベルが不満そうに言うのにトーヤが、
「試されてるのかもな、乗り切れるかどうかを」
そう答えた。
夜、宿にやってきたディレンの言葉にトーヤが眉をひそめる。
「ああ、潮目が悪くてな。出てもかえって日にちがかかるだけだ」
「東の大海」のど真ん中にあるこの島は、今までの航路より島に寄るだけに遠回りになるものの、島近くの潮目に乗るとかなり早く船を進められる。
逆に、島から離れる時には一度ぐるっと反対まで回り、そちらの潮に乗れれば、寄り道した分を短縮できるほど早く、シャンタリオの西の端の港「サガン」へ到着できる。
「それがな、ちょうど月の位置が悪い。それで3日ほどここに停泊する」
潮の満ち引きは月に左右される。
島に着くまではちょうど月の引きがよかったらしいが、島から離れようとすると今度はその強い流れに引き寄せられ進めない。月の変わり目を待つ方が、結果としては労力も少なく、早くあちらに着けるということらしい。
「仕方ねえな、そんじゃそれまでここでのんびりするよ」
「見るところってもそんなにないが、少しなら町を見て回るとかしてみたらどうだ」
「都合にする。何しろ奥様もいらっしゃるしな」
「奥様も観光に出てみてもいいんじゃないのか?」
「見るほどのもん、そんなにないんだろ?」
「まあな」
そんな会話をし、
「俺の宿はここだ、なんかあったらここに来い。出港が決まったらまた来る」
そう言ってディレンは1枚の紙をトーヤの手に押し付けて行ってしまった。
部屋に入り、後ろに気をつけながら扉を閉め、鍵をかける。
「なんだって?」
衝立の向こうからベルが聞く。
「しばらく出港できんそうだ」
「え、なんで?」
月の位置が悪く、潮待ちをすることになったと伝える。
「そうか、まあ船の中じゃないし、ちょっと息抜きするか」
明るいうちに温泉に浸かってのんびりしていたベルがごろりと寝転び、大の字になって両手足を伸ばす。
「それはいいんだが、大丈夫なのか?」
アランが心配そうに聞く。
「ああ、俺もそれが気になる。シャンタル、大丈夫か?」
「う~ん、どうだろうね」
「何がだよ?」
ベルが3人に聞く。
「おまえな、覚えてないのか?あんなにぶっとばして港まで来ただろうが」
「あ、そうか!」
やっとベルも思い出す。
「そうだ、次代様が生まれるまで、正確にはそれが発表して王都が封鎖されるまでに着かなきゃな」
「そうだった……」
ベルも心配そうにシャンタルを見ると、
「まあ、なるようになれだよ。考えても仕方ない」
と、あっけらかんと答える。
「おまえがそう言うんなら、多分大丈夫なんだろうけどな」
心配はしつつも、どうしようもないことなのでトーヤも仕方なくそう言う。
「しかしなんだよなあ、神様ってのは本当に性悪な気がしてきたよ」
ベルがぼそっと言う。
「ほんとだよなあ、もうちょい余裕くれりゃいいのに、ここに来て数日の月待ちか」
アランもそう言う。
それを聞いてトーヤが苦笑した。
「考えてみりゃ、前もそんな感じだった。なんでもうちょい早く、っての何回も思った」
「そうだったっけ?」
「おまえがギリギリまで目、覚まさなかったからじゃねえか」
「言われてみればそうかも」
トーヤの言葉にシャンタルが笑う。
「神様って性悪なのか能天気なのかよく分かんねえよなあ」
「どっちもかもな」
妹と兄もそう言って笑い合う。
「そうか……」
トーヤが気がついたように言う。
「性悪で能天気、それだな」
「え?」
「わざとだよ」
「何がだ?」
「ギリギリに、例えば封鎖の数日前とかにカトッティに着くんじゃねえかな」
「は?」
兄と妹が意味が分からずに聞く。
「今までも全部そうだったって言っただろうが、なんでもうちょい早くってな」
「ああ」
「だけどな、思い返してみりゃ、考える時間だけは与えられてたって感じだ」
「そうなのか?」
「ああ」
トーヤが続ける。
「一番最初に目を覚ました時、あの時からずっとそうだった。何しろ考える時間だけはあった。だから今度もそうだ、潮待ちだからってのんびりしてたら俺たちが負ける」
「え、負けるって何に!」
「さあな、神様なのか運命なのか分からんが、とにかく勝負に負ける」
「そんじゃどうすんだよ」
「分からんが、何が起こってもいいように考える」
「起こることも分かんねえのにどう考えろってんだよ」
ベルの抗議にトーヤが真面目に答える。
「とにかく、何が起こってもいいようにできるだけのことを考える。とりあえず、何があっても船に乗り遅れねえようにすることだな、今は」
「そんな可能性あるのか?」
「ないと言えるか?」
「む……」
確かに、今度いつ出港するのか分からないということは、そういう危険があるということだ。特に、シャンタルとベルが姿を隠してゆっくり動かなければならない今、何よりも余裕を持って動かなければいけないと分かっている。
「明日の朝、俺はちょっと町に出てみる。どこをどう通ってどう行けば港に最短でたどり着けるか調べておく。他には馬車の手配がどこでできるか、もしもの時はおまえら乗せて馬でぶっ飛ばす準備、とかもな」
「なんでそんなことすんだろうな、神様って」
ベルが不満そうに言うのにトーヤが、
「試されてるのかもな、乗り切れるかどうかを」
そう答えた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
悲恋を気取った侯爵夫人の末路
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。
順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。
悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──?
カクヨムにも公開してます。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる