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第一章 第一部 東の海へ
15 古馴染み
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「いやあ、すまんなあ、無理聞いてもらっちゃってよ」
「だから、まだ乗せてやるとは言ってねえだろうが」
「まあまあ、そこんところの説明するからよ。聞いたら絶対乗せたくなるぜ?」
「なに言ってんだ」
愉快そうに会話を続けるが、どちらも相手の様子をうかがいながら丁々発止のやり取りを楽しんでいる、そんな感じだ。
アランは、このディレンという海の男がトーヤと肩を並べている人間だと感じ、自分はまだその後ろを追いかけている段階なのだ、と少しばかり口惜しく思っていた。
「こっちだよ、ほれ、来いって」
「もうちょい形だけでも来てくださいとか言えねえもんか、え?」
「まあまあ、ほれって」
トーヤが余計にからかうように、ちょいちょい、っとディレンを手招きした。
「しょうがねえなあ……」
そう言いながらも、ディレンが面白いおもちゃを値踏みする子どものように馬車に近づく。
「こちらなんだがな」
そう言って、トーヤが馬車の扉を少し開き、船長に中を覗かせる。
「ほう、これは……どうも、はじめまして」
ディレンが丁寧に頭を下げた。
「さ、このぐらいで」
馬車の中にいたのは、絹の、頭から下まで全部隠してしまうように長いベールのある衣装を着た、貴婦人に偽装したシャンタルと、もう少し薄着ではあるが、同じように絹の、おそらく侍女らしい衣装を着たベルであった。
これは「中の国」あたりの上流階級の婦人の服装である。
中の国から砂漠周辺の近い文化圏の国々では、女性は上流になるほど自分の姿を家族以外の他人には見せない。特に王族になると声も聞かせないと言われている。シャンタルが着ているのは、王族とまではいかないが、かなり上流、もしくは富豪階級の女性の衣装であった。
「でな、あの方と侍女をシャンタリオの王都、えっとなんだ、リュ、リュセ?」
「リュセルスか?」
「そうそう、多分それ」
と、これ以上ないほど知っているくせに、トーヤがわざと思い出せない振りをする。
「そのリュセルスか、そこに送り届けるって仕事を請け負ったんだよな」
「なんでまたおまえに」
「俺が、ちらっとだけあっちに行ったことがあるって知られてな、そんでお鉢が回ってきたんだよ。アランは俺の手伝いだ」
「なるほど、そういや前に会った時にそんなこと言ってたな」
「アルディナとは言葉も同じだしな」
中の国周辺ではまた言葉が違う。大きなその区域を挟んで東西2つの大きな文化圏の言葉、文字が一緒なのはまことに不思議なことではあるが、事実として一緒なのだからそのあたりは認めざるを得ない。
「なんでもこの人の旦那がな、しばらくその王都ってところに仕事で滞在するらしい。ちょっと名前は言えねえんだが、まあそのあたりの国の人間が聞いたら『ええっ、あの方あ!』と、びっくりするぐらいのお偉いさんらしいぜ。俺はよく知らんけどな」
「なるほど。それで?」
「そんで、だな」
トーヤがぐいっとディレンを引き寄せる。
「あそこらへんの国は、まあ、女に関しては、だ、あれだろ?」
「あれ?」
「ああ、何人もってやつ」
「ああ、あれな」
中の国あたりは一夫多妻制が多い。
「そんで、その旦那がだな、この人を一緒に連れて行きたがってるんだが、まあそのな、分かるだろ? そうすんなりとはいかなかったので、出遅れたってわけだ」
「ああ」
ディレンもなるほどと納得した顔をする。
中の国にはシャンタリオと交流のある国も少なくはない。一番大きな理由はアルディナより地理的に近いということ、それと色々とシャンタリオから得るものもあるからだ。
それはシャンタリオだけではなく「シャンタルの神域」でも同じこと。閉鎖的な国柄のシャンタリオを含め、そのような理由で最低限の交流はされていた。シャンタル宮の侍女のリルの父親、オーサ商会のアロも、そうやって交易で大きな利益を上げている商人の一人であった。
トーヤがディレンに含ませた「訳あり」の理由は、そうして自国から遠く離れた赴任地に、自分のお気入りの妻なり愛人なりを連れて行き、2人でゆっくりと蜜月を過ごしたいと考えた「偉い人」が、他の、特に古女房の目からこっそり隠してやる手であった。
「でな、同じ船で行きたかったらしいんだが、どうしても一緒に出られなくてな。そんで怖いお方の目からなんとか逃れて、やっとここまで辿り着いたってわけだ。だからどうしてもこの船に乗せてもらわなくちゃなんねえ。そうでないと、追いつかれて連れ戻されちまうかも知れん」
「なるほどな」
「そんで、お相手がお相手だけにな、やっぱり個室がほしいんだよ」
「そうは言われてもなあ、そもそもが個室なんてほとんどねえ船だ、乗りたいってやつはみんなごろ寝雑魚寝でいってもらってる」
「そりゃ分かってる、だからあ、無理言ってんじゃねえかよ、なあ兄弟」
「誰が兄弟だ」
「じゃあ親父だ。あんた、ミーヤの客だっただろ?」
それを言われるとディレンも弱い。
ディレンがトーヤと親しげなのは、ミーヤのところへ足繁く通っていたからだ。
「この子トーヤ。あたしの姉さんが残した子ども、今はあたしの息子みたいなもん」
そう言ってミーヤがトーヤを紹介した時、まだトーヤは7歳、浮浪児に混じって町をうろついていた頃だった。
「だから、まだ乗せてやるとは言ってねえだろうが」
「まあまあ、そこんところの説明するからよ。聞いたら絶対乗せたくなるぜ?」
「なに言ってんだ」
愉快そうに会話を続けるが、どちらも相手の様子をうかがいながら丁々発止のやり取りを楽しんでいる、そんな感じだ。
アランは、このディレンという海の男がトーヤと肩を並べている人間だと感じ、自分はまだその後ろを追いかけている段階なのだ、と少しばかり口惜しく思っていた。
「こっちだよ、ほれ、来いって」
「もうちょい形だけでも来てくださいとか言えねえもんか、え?」
「まあまあ、ほれって」
トーヤが余計にからかうように、ちょいちょい、っとディレンを手招きした。
「しょうがねえなあ……」
そう言いながらも、ディレンが面白いおもちゃを値踏みする子どものように馬車に近づく。
「こちらなんだがな」
そう言って、トーヤが馬車の扉を少し開き、船長に中を覗かせる。
「ほう、これは……どうも、はじめまして」
ディレンが丁寧に頭を下げた。
「さ、このぐらいで」
馬車の中にいたのは、絹の、頭から下まで全部隠してしまうように長いベールのある衣装を着た、貴婦人に偽装したシャンタルと、もう少し薄着ではあるが、同じように絹の、おそらく侍女らしい衣装を着たベルであった。
これは「中の国」あたりの上流階級の婦人の服装である。
中の国から砂漠周辺の近い文化圏の国々では、女性は上流になるほど自分の姿を家族以外の他人には見せない。特に王族になると声も聞かせないと言われている。シャンタルが着ているのは、王族とまではいかないが、かなり上流、もしくは富豪階級の女性の衣装であった。
「でな、あの方と侍女をシャンタリオの王都、えっとなんだ、リュ、リュセ?」
「リュセルスか?」
「そうそう、多分それ」
と、これ以上ないほど知っているくせに、トーヤがわざと思い出せない振りをする。
「そのリュセルスか、そこに送り届けるって仕事を請け負ったんだよな」
「なんでまたおまえに」
「俺が、ちらっとだけあっちに行ったことがあるって知られてな、そんでお鉢が回ってきたんだよ。アランは俺の手伝いだ」
「なるほど、そういや前に会った時にそんなこと言ってたな」
「アルディナとは言葉も同じだしな」
中の国周辺ではまた言葉が違う。大きなその区域を挟んで東西2つの大きな文化圏の言葉、文字が一緒なのはまことに不思議なことではあるが、事実として一緒なのだからそのあたりは認めざるを得ない。
「なんでもこの人の旦那がな、しばらくその王都ってところに仕事で滞在するらしい。ちょっと名前は言えねえんだが、まあそのあたりの国の人間が聞いたら『ええっ、あの方あ!』と、びっくりするぐらいのお偉いさんらしいぜ。俺はよく知らんけどな」
「なるほど。それで?」
「そんで、だな」
トーヤがぐいっとディレンを引き寄せる。
「あそこらへんの国は、まあ、女に関しては、だ、あれだろ?」
「あれ?」
「ああ、何人もってやつ」
「ああ、あれな」
中の国あたりは一夫多妻制が多い。
「そんで、その旦那がだな、この人を一緒に連れて行きたがってるんだが、まあそのな、分かるだろ? そうすんなりとはいかなかったので、出遅れたってわけだ」
「ああ」
ディレンもなるほどと納得した顔をする。
中の国にはシャンタリオと交流のある国も少なくはない。一番大きな理由はアルディナより地理的に近いということ、それと色々とシャンタリオから得るものもあるからだ。
それはシャンタリオだけではなく「シャンタルの神域」でも同じこと。閉鎖的な国柄のシャンタリオを含め、そのような理由で最低限の交流はされていた。シャンタル宮の侍女のリルの父親、オーサ商会のアロも、そうやって交易で大きな利益を上げている商人の一人であった。
トーヤがディレンに含ませた「訳あり」の理由は、そうして自国から遠く離れた赴任地に、自分のお気入りの妻なり愛人なりを連れて行き、2人でゆっくりと蜜月を過ごしたいと考えた「偉い人」が、他の、特に古女房の目からこっそり隠してやる手であった。
「でな、同じ船で行きたかったらしいんだが、どうしても一緒に出られなくてな。そんで怖いお方の目からなんとか逃れて、やっとここまで辿り着いたってわけだ。だからどうしてもこの船に乗せてもらわなくちゃなんねえ。そうでないと、追いつかれて連れ戻されちまうかも知れん」
「なるほどな」
「そんで、お相手がお相手だけにな、やっぱり個室がほしいんだよ」
「そうは言われてもなあ、そもそもが個室なんてほとんどねえ船だ、乗りたいってやつはみんなごろ寝雑魚寝でいってもらってる」
「そりゃ分かってる、だからあ、無理言ってんじゃねえかよ、なあ兄弟」
「誰が兄弟だ」
「じゃあ親父だ。あんた、ミーヤの客だっただろ?」
それを言われるとディレンも弱い。
ディレンがトーヤと親しげなのは、ミーヤのところへ足繁く通っていたからだ。
「この子トーヤ。あたしの姉さんが残した子ども、今はあたしの息子みたいなもん」
そう言ってミーヤがトーヤを紹介した時、まだトーヤは7歳、浮浪児に混じって町をうろついていた頃だった。
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