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22 うれしくてうれしくない 

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 日に日にアランは回復していき、とうとう一人で歩いて階段を降りられるようになり、とうとう自分で風呂に入れるようになった。

「よし、これですっきりするぞ。のぼせない程度にゆっくり入ってこい」

 風呂好きのトーヤが本当にうれしそうにそう言って見送った。

「ほんっとにトーヤは風呂好きだよなあ」
 
 ベルがなんとなく力なくそう言う。

「当たり前だ。あんなすっきりするもんねえからな」
「お風呂は気持ちいいよね」

 シャンタルも同意する。

「ずっと寝てたから、もうちょい歩く訓練しないとな。まだやっと起きられるようになった、ってぐらいだ。おい、ガキ、おまえ、もうちょっとしたら風呂行って兄貴に手、貸してやれ」
「分かったよ」

 ベルは大人しく風呂場へ行って、アランが出てくるのを待つことにした。

 初めてここで風呂に入った日にトーヤがそうしてくれていたように、ベルは壁にもたれてアランが出てくるのを待つ。あれはもう10日以上も前になるか。

 しばらくすると、アランがやや赤い顔で出てきた。きっと泡が立つまで何回か洗っていて少しのぼせたのだろう。

「なんだ、待っててくれたのか」
「うん」
「ありがとな、じゃあ上に上がろうか。風呂、交代しないとな」
「うん」

 なんとなく力なく返事をする妹と一緒に2階の部屋へと戻る。

「お、きれいになったな、すっきりしただろうが」
「はい、おかげさまで」
「じゃあ、次はトーヤ行ってきたら?」
「その前にガキはいいのか?」
「おれはいい」
「後でちゃんと入れよ、兄貴がきれいになってもおまえが臭いと意味がねえからな」

 そう言い捨てるようにしてトーヤはうれしそうに風呂へ行った。

「なんだか元気がないね」

 シャンタルがベルに話しかける。

「別に、そんなことねえよ」
「そう?」

 アランが座ってタオルで頭を拭いているのを手伝ってやりながら、なんとなく力が入らないように言う。

「兄貴」
「なんだ」
「風呂、気持ちよかった?」
「よかったな。何年ぶりだ、風呂入ったのなんか」
「三年ぶりみたい」
「そうか」

 アランがその年月に何をどう感じたかは分からない。
 
「ありがたいな、感謝しないとな」
「うん」

 黙って手伝いながらやはりベルが力なく言う。

「やっぱり元気がないね」
「そんなことねえよ!」

 わざとのように大きな声で言う。

「元気だよ、ほら、ほら!」

 わしゃわしゃと力いっぱいアランの頭を拭く。

「おまえ、痛いって」
「あ、ごめん」

 謝る様子さえなんとなくしおれた感じだ。

 ベルには分かっていた、どうしてなんとなく力が入らないかが。

 本当なら、アランが元気になればなるほど喜ばなければならない。
 実際うれしい。
 一度はもしかしたらと思った兄が、めきめきと音が聞こえるほどに元気になっていっている、その事実は本当に幸せだった。

 だが、その分2人との別れが近づいているのかと思うと、どうしても心底喜べない、体に力が入らなくなっていくのだ。

「おまえ、俺が元気になるのがうれしいけどうれしくないんだろ」

 そんなベルの気持ちを見破るようにアランが言った。

「そんなはずねえだろ!」

 ベルが反抗するようにガシガシとアランの髪をタオルで拭きまくる。

「いて、痛えって、おい! おい、傷にも響く! おいって!」
「あ、ごめん」

 しゅるしゅるとタオルを引っ張って、そしてだらんと垂らしたまま、すとんとベッドの横の椅子に腰を落とした。

「おい、タオル、床についてる」
「うん……」

 言われても引き上げることなく、タオルが床に落ちる。

「兄貴、ごめんな……おれ、兄貴が言う通り、兄貴が元気になるのうれしいのにうれしくない」
「やっぱりな」

 兄と妹がそんな会話をしているのを聞いて、シャンタルが、

「うれしいのにうれしくないの? どうして?」

 と聞く。

「って、シャンタル覚えてないのかよ!」
「なんだったっけ?」
「あのな」

 ベルがなんとなくイラッとした風に言う。

「おれ、熱出しただろうが!」
「ああ、出してたね」
「あの時、シャンタル言ったじゃねえかよ、出すなら兄貴が治ってからにしろって!」
「ああ、言ってたね。それでまた熱が出るの?」
「そんななあ、うまいこと出したり引っ込めたりできるもんじゃねえだろうが、熱なんて! だからこんななってんじゃねえか! なんで分かんねえんだよ!」

 立ち上がり、両手を握りしめて怒りをシャンタルにぶつける。

「おい、おまえ、シャンタルさんに言ってもしょうがねえだろうが」
「だってな、だってな、兄貴。こいつ、忘れてんだよ、信じられねえ!」

 そこはアランも同意であった。
 あの時、なんというか少しずれた感じではあったが、ベルが熱を出しているのが、辛いのが嫌だと言ってくれたのに、あれをすっかり忘れているのだろうか。

「ああ、あったね」

 思い出した、という風に続ける。

「でももうベルは熱を出さないと思ってたからね。忘れたんじゃないんだよ? もう終わったことかなと思ってた」
「終わってねえよ!」

 ベルが続けて叫ぶ。

「兄貴がなあ、元気になったらおれらとさよならするってトーヤは言ってんだよ! だから、兄貴が元気になってもうれしいだけ思ってられねえんだよ! 分かれよそのぐらい!」
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