上 下
14 / 30

14 女神の名前

しおりを挟む
「そうかあ……」
 
 ベルはそう言うと黙ってしまった。

 自分たちの名前の由来、全く知らなかったそれをまさか、こんなところで「こんなやつ!」に聞くとは思わなかったからだ。

「そのスレイ兄さんってのはどこでどうした?」
「あ、うん……」

 ベルはつらそうに続けた。

「一年前ぐらいかな、どこでだったかおれは場所分かんねえけど、そこの戦でケガして死んだ。傭兵やってたんだよ」
「傭兵?」
 
 トーヤの目が少し光った気がした。

「うん」
「ってことは、この兄貴、アランか? こいつもそうなのか? まだガキみてえだけどな」
「うん……」
「そうか」

 トーヤはそう言うと、持っていた取っ手付きのカップに入った水をぐいっと飲み干した。

「ろくな仕事じゃねえな」

 そう聞いてベルはカッと頭に血が上った。

「なんだよ! 2人とも生きるために一生懸命仕事してたんだよ! そんな言い方ねえだろ! 第一そういうトーヤは何やってんだよ!」
「俺か? 俺は傭兵だ」
「は?」

 ベルは混乱した。

「自分がそうだからな、だからろくな仕事じゃねえって分かってんだよ、バーカ」

 返事に困る。

「そんでおまえは?」
「え?」
「おまえも傭兵やってんのか?」
「おれが? まーさかあ!」

 ベルが目を見開き、呆れたように言う。

「おれ見てさ、そんな風に見えるか?」
「まあ、確かに見えねえな。なんもできねえ生意気なクソガキだ」
「なんだと!」
「じゃあ、違うんだな? 戦に参加したこたあねえんだな?」
「うん」
「そうか」

 トーヤはそう言うと、またぐびりと水を飲んだ。

 その横顔を見て、もうベルは何も言えなくなってしまった。

――どうやって生きてきた人なんだ、このトーヤって人は――

 そう思うと同時に、ふと、気になることもできた。

「あのさ……」
「ん、何?」
「あの、あの、傭兵、なの?」
「ああ」
 
 美しい顔がにっこりと笑う。

「そうだけど違うよ」
「へ?」

 意味が分からない。

「トーヤと一緒に戦場で仕事はしてるけどね、傭兵の仕事はやってない」

 それは、つまり……

「こいつは人殺ししてねえってことだよ」

 トーヤが横からはっきりと言う。

「うん、そういうこと」

 銀色の麗人が何もなかったかのようにそう言う。

「そうか、もうそういうことか、こいつ」

 トーヤがそう言って寝ているアランをチラッと見る。

「そんでそういうことか」

 今度はベルをチラッと見てそう言う。

「なんだよ」
「いい兄貴だな」
「え?」

 思いもかけぬ言葉に返事に困る。

「まあ、兄貴に、兄貴たちに感謝しろ。今はな」

 トーヤの言ってる意味は分かったような分からないようなだった。
 
 それで困った顔をしていると、マントの人が笑いながら言った。

「トーヤの言ってることは分かったような分からないようなだよね? 私も最初の頃は困ったなあ」
「なんだと、おまえの方がよっぽど意味不明だったじゃねえかよ」
「それもそうだね」
 
 そう言って2人で笑い合う。
 考えて見れば不思議な2人組だと初めてベルは思った。

「あの」
「ん、何?」
「あの、名前……」

 自分たちも名乗っていなかったが、考えてみればこの人の名前も知らない。
 「トーヤ」はこの人がそう呼んだから分かったが、トーヤはこの人のことは「あいつ」とか「おまえ」としか口にしないからだ。

「ああ、私の名前?」
「教えなくていい、そんなクソガキに」

 トーヤが目をつぶったままそう言い、またカップに口をつける。

「なんでだよ!」
「どうせおまえの兄貴が動けるようになったら別れるんだ、いらんことは知らん方がいい」

 ベルはそう聞いてドキリとした。

 この2人と別れる。
 言われてみればその通りだ。

 家族でも仲間でも友人でもない。ただ、通りすがりに助けてもらった、それだけの仲である。

「私は教えてもいいと思ってるけどな」
「おい」
 
 トーヤが軽くとがめるが、マントの人は気にせず続けた。

「シャンタル、私の名前はシャンタルっていうんだよ、よろしくね」
「おい……」

 なぜかトーヤが困ったような顔になる。

「シャンタル」

 ベルが忘れないように復唱する。

「きれいな名前だ、女神様の名前だよな?」
「あれ、知ってるの?」
「うん、慈悲の女神様の名前だって聞いた。村にいたんだ、シャンタルって同じ名前の子。女神様みたいに優しい子になるようにってつけられたんだって。そんで、その子はみんなにはルーって呼ばれて――」
「おい!」

 トーヤがきつい口調でいきなり言った。

「そいつの名前勝手に短くしたりすんなよな! 絶対だ! 覚えとけ!」
「な、なんだよ……」

 あまりの剣幕に言い返すこともできない。

「おい」

 トーヤが今まで見たことがない冷たい目でベルを見た。
 ベルが思わず身をすくめる。

「言っとくぞ、絶対に縮めるな! そんなことしたらすぐにでもおまえらのこと、放り出すからな! おまえの兄貴が目を覚まそうが覚まそうまいがな!」
「わ、分かったよ……」

 どうしてそこまで、と思ったが、とても反論できる雰囲気ではなかった。

「トーヤ、そんなにきつく言わなくても大丈夫だよ、ね?」
「う、うん……」

 ベルはまだトーヤから目が離せない。 

――こんなに怖い目ができる人間だったのだ――

 ベルは初めてトーヤを恐ろしい人間だと思った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

半身転生

片山瑛二朗
ファンタジー
忘れたい過去、ありますか。やり直したい過去、ありますか。 元高校球児の大学一年生、千葉新(ちばあらた)は通り魔に刺され意識を失った。 気が付くと何もない真っ白な空間にいた新は隣にもう1人、自分自身がいることに理解が追い付かないまま神を自称する女に問われる。 「どちらが元の世界に残り、どちらが異世界に転生しますか」 実質的に帰還不可能となった剣と魔術の異世界で、青年は何を思い、何を成すのか。 消し去りたい過去と向き合い、その上で彼はもう一度立ち上がることが出来るのか。 異世界人アラタ・チバは生きる、ただがむしゃらに、精一杯。 少なくとも始めのうちは主人公は強くないです。 強くなれる素養はありますが強くなるかどうかは別問題、無双が見たい人は主人公が強くなることを信じてその過程をお楽しみください、保証はしかねますが。 異世界は日本と比較して厳しい環境です。 日常的に人が死ぬことはありませんがそれに近いことはままありますし日本に比べればどうしても命の危険は大きいです。 主人公死亡で主人公交代! なんてこともあり得るかもしれません。 つまり主人公だから最強! 主人公だから死なない! そう言ったことは保証できません。 最初の主人公は普通の青年です。 大した学もなければ異世界で役立つ知識があるわけではありません。 神を自称する女に異世界に飛ばされますがすべてを無に帰すチートをもらえるわけではないです。 もしかしたらチートを手にすることなく物語を終える、そんな結末もあるかもです。 ここまで何も確定的なことを言っていませんが最後に、この物語は必ず「完結」します。 長くなるかもしれませんし大して話数は多くならないかもしれません。 ただ必ず完結しますので安心してお読みください。 ブックマーク、評価、感想などいつでもお待ちしています。 この小説は同じ題名、作者名で「小説家になろう」、「カクヨム」様にも掲載しています。

「黒のシャンタル」登場人物紹介

小椋夏己
ファンタジー
「黒のシャンタル」シリーズの登場人物の解説です。 場合によってはネタバレになることがあります。 話が進むのに従って人物紹介も更新されると思います。 ネタバレを避けたい方は気をつけて読んでください。 「この人はどんな人物だっただろう?」と思った時の確認の時にでも読んでいただくと便利かも知れません。 ※本編の第一部、第二部とほぼ登場順に並んでいます。 ※外伝は補足として紹介のところに説明を加えてあります。 ※「シャンタルの神域」の人の容姿については全員が黒髪、黒い瞳、白い肌なのでその部分は割愛し、年齢的な白髪やその他特筆すべき点だけを記載しています。 ※「シャンタル宮」の侍女はトレードマークの色を記載しています。

妖精の園

華周夏
ファンタジー
私はおばあちゃんと二人暮らし。金色の髪はこの世には、存在しない色。私の、髪の色。みんな邪悪だという。でも私には内緒の唄が歌える。植物に唄う大地の唄。花と会話したりもする。でも、私にはおばあちゃんだけ。お母さんもお父さんもいない。おばあちゃんがいなくなったら、私はどうしたらいいの?だから私は迷いの森を行く。お伽噺の中のおばあちゃんが語った妖精の国を目指して。 少しだけHなところも。。 ドキドキ度数は『*』マークで。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

大根王子 ~Wizard royal family~

外道 はぐれメタル
ファンタジー
 世界で唯一、女神から魔法を授かり繁栄してきた王家の一族ファルブル家。その十六代目の長男アルベルトが授かった魔法はなんと大根を刃に変える能力だった! 「これはただ剣を作るだけの魔法じゃない……!」   大根魔法の無限の可能性に気付いたアルベルトは大根の桂剥きを手にし、最強の魔法剣士として国家を揺るがす悪党達と激突する!  大根、ぬいぐるみ、味変……。今、魔法使いの一族による長い戦いが始まる。 ウェブトーン原作シナリオ大賞最終選考作品

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...