36 / 65
2022年 7月
あいすきゃんでー
しおりを挟む
「あづい……」
他に何か言おうと思ってもそれしか出てこないほど暑い……
「あづい……」
言ってもどうにもならないと思うが、ついつい言ってしまうほど暑い……
うちのエアコンが壊れている。
修理を頼んだが、急に暑くなってあっちこっちから同じような依頼があるらしく、うちの修理は二週間ほど先だと言われてしまったとか。
絶望……
「図書館に勉強しにいってくる」
そう言って一度は家を出てみたものの、図書館は予約制になってて入れなかった。
次に行ったネカフェもいっぱいだ。そもそも自分が行ける範囲ににネカフェはここにしかない。
どこの家にもネット環境が整っていって、前はあっちこっちにあった店は次々潰れてしまった。今はどこも介護関連の店になってしまっている。
「あづい……」
私は自転車を漕ぎながら次に行く場所を考えていたが、どこも思いつかない。
駅前にあるおしゃれなカフェは長居できないし、ファミレスのドリンクバーで何時間も居座れるほどの根性もない。
「こんなことなら帰省せずに下宿に残ればよかった」
心の底からそう思った。
まさか、のんびりできると思って帰った実家のエアコンが壊れるなんて!
夏休みが始まったばかりだが、この夏はバイトも入れず、実家で過ごそうと思った。
普段バイトに入っていた居酒屋は、昨今の復興の空気で学校も試験も何もかもほったらかしてでも毎日入れ入れと言われたのでやめた。
言ってはなんだが、バイトしていたのは稼ぐためではない。私は他のことでそこそこ稼げていた。
某アニメの二次創作の同人誌、先の祭りでそれがえらいこと売れて、今は結構な小金持ちなのだ。バイトしていたのはそのアニメの主人公が居酒屋でバイトしていたもので、その雰囲気を掴むためだった。
仕送りしてもらってる手前、親には内緒にしているが、毎日ガツガツバイトしてた時より、ずっと懐があったたかった。まあ多分今だけだけどね。
さっき「勉強してくる」と言って家を出たが、それも本当は新作のためだ。
「ちょっとヤオイの新作描いてくるね」
とはとても言えるものではない。
真夏の炎天下、行き場所を探して彷徨えど、そう長いこと走ってるわけにもいかない。熱中症で死ねる。
いっそ鎮守の森にでも行ってみようかと駅前とは反対方向に向かって走る。
あっと、今の間に自販機で冷たい飲み物をゲットしておかないと。
そうして私はいなかの道を、田んぼ道をひたすら自転車を漕いでこんもりとした森目指して突き進んで行った。
もうそこそこ伸びてきた青田の間を走るのは気持ちがいい。
もうちょっと短い頃、晴天の下、自転車で走る速度に合わせて光る水面が銀色の線になって流れるぐらいが好きなのだが、進学で都会に出ている今、帰ってきたらもう水面が隠れるぐらいに伸びてしまっているので仕方がない。
今度あの走る銀線を見られるのは、私がこの町に戻って来た時になるのかな。
そう考えながら走って行ったら、一時間に1本しか仕事をしていないバス停と、その横にある小さな駄菓子屋が見えてきた。
「あれは」
思い出した。
私がまだ子供の頃からあのお店はあった。
というか、まだあったんだな。
一休みするつもりでバス停の横に自転車を停め、小さな店に入ってみた。
「いらっしゃい」
おお!
あの頃出迎えてくれたおばあちゃんだ!
まだ元気だったんだ!
あれから少なくとも15年は経ってるから、当時はまだ思った以上に若かったのかも知れない。なんにしても、今はかなりのおばあちゃんになってしまってるのは間違いないが。
一応お店には冷房が入っていた。
生き返る。
私はブラブラと店の中を見て回り、思わずあるコーナーで足を止めた。
「あいすきゃんでー」
おばちゃんが書いたのか、ひらがながそう踊っている。
古い、よくまだ動いているなと思うアイスケースの中、すごく懐かしい物が並んでいた。
動きが悪いガラスのフタをキュキュっと開ける。
箸が斜めに刺さったアイスキャンディー。
この近所の古いアイスキャンディー工場で作られているのだと聞いたことがある。
「あのアイスキャンデーはお父さんが子供の頃からあったんだ。箸が斜めに刺さってるから、食べる時に気をつけないと角から崩れて落ちるぞ」
父からそう聞いたことがあった。
並んだケースにキャンディーの原液を入れ、そこにそのまま割り箸を挿すだけなので斜めになるのだそうだ。
気をつけては食べるのだが、まだ幼かった私はよく落としていたものだ。
色々な味がある中からオレンジを一本取り、レジのおばちゃんのところへ持っていく。
「100円」
え、今どきその値段?
昔の値段は覚えていないけど、コンビニアイスを買い慣れているとすごく安く思える。
おばあちゃんに100円渡し、外に出てバス停のベンチに座って食べる。
ほのかに柑橘系の味がするが半分は氷っぽい食感。
懐かしいなあ。
シャリシャリと食べて生き返る。
もしもエアコンが壊れてなかったら、図書館かネカフェに入れていたら、この味は味わえなかったんだな。
「よし、このキャンディーを新作に入れ込むかあ!」
そう言って一つ伸びをして、神社には行かず実家に向かって回れ右をして走り出した。
今ならエアコンなくてもなんとなくいける気がする。
他に何か言おうと思ってもそれしか出てこないほど暑い……
「あづい……」
言ってもどうにもならないと思うが、ついつい言ってしまうほど暑い……
うちのエアコンが壊れている。
修理を頼んだが、急に暑くなってあっちこっちから同じような依頼があるらしく、うちの修理は二週間ほど先だと言われてしまったとか。
絶望……
「図書館に勉強しにいってくる」
そう言って一度は家を出てみたものの、図書館は予約制になってて入れなかった。
次に行ったネカフェもいっぱいだ。そもそも自分が行ける範囲ににネカフェはここにしかない。
どこの家にもネット環境が整っていって、前はあっちこっちにあった店は次々潰れてしまった。今はどこも介護関連の店になってしまっている。
「あづい……」
私は自転車を漕ぎながら次に行く場所を考えていたが、どこも思いつかない。
駅前にあるおしゃれなカフェは長居できないし、ファミレスのドリンクバーで何時間も居座れるほどの根性もない。
「こんなことなら帰省せずに下宿に残ればよかった」
心の底からそう思った。
まさか、のんびりできると思って帰った実家のエアコンが壊れるなんて!
夏休みが始まったばかりだが、この夏はバイトも入れず、実家で過ごそうと思った。
普段バイトに入っていた居酒屋は、昨今の復興の空気で学校も試験も何もかもほったらかしてでも毎日入れ入れと言われたのでやめた。
言ってはなんだが、バイトしていたのは稼ぐためではない。私は他のことでそこそこ稼げていた。
某アニメの二次創作の同人誌、先の祭りでそれがえらいこと売れて、今は結構な小金持ちなのだ。バイトしていたのはそのアニメの主人公が居酒屋でバイトしていたもので、その雰囲気を掴むためだった。
仕送りしてもらってる手前、親には内緒にしているが、毎日ガツガツバイトしてた時より、ずっと懐があったたかった。まあ多分今だけだけどね。
さっき「勉強してくる」と言って家を出たが、それも本当は新作のためだ。
「ちょっとヤオイの新作描いてくるね」
とはとても言えるものではない。
真夏の炎天下、行き場所を探して彷徨えど、そう長いこと走ってるわけにもいかない。熱中症で死ねる。
いっそ鎮守の森にでも行ってみようかと駅前とは反対方向に向かって走る。
あっと、今の間に自販機で冷たい飲み物をゲットしておかないと。
そうして私はいなかの道を、田んぼ道をひたすら自転車を漕いでこんもりとした森目指して突き進んで行った。
もうそこそこ伸びてきた青田の間を走るのは気持ちがいい。
もうちょっと短い頃、晴天の下、自転車で走る速度に合わせて光る水面が銀色の線になって流れるぐらいが好きなのだが、進学で都会に出ている今、帰ってきたらもう水面が隠れるぐらいに伸びてしまっているので仕方がない。
今度あの走る銀線を見られるのは、私がこの町に戻って来た時になるのかな。
そう考えながら走って行ったら、一時間に1本しか仕事をしていないバス停と、その横にある小さな駄菓子屋が見えてきた。
「あれは」
思い出した。
私がまだ子供の頃からあのお店はあった。
というか、まだあったんだな。
一休みするつもりでバス停の横に自転車を停め、小さな店に入ってみた。
「いらっしゃい」
おお!
あの頃出迎えてくれたおばあちゃんだ!
まだ元気だったんだ!
あれから少なくとも15年は経ってるから、当時はまだ思った以上に若かったのかも知れない。なんにしても、今はかなりのおばあちゃんになってしまってるのは間違いないが。
一応お店には冷房が入っていた。
生き返る。
私はブラブラと店の中を見て回り、思わずあるコーナーで足を止めた。
「あいすきゃんでー」
おばちゃんが書いたのか、ひらがながそう踊っている。
古い、よくまだ動いているなと思うアイスケースの中、すごく懐かしい物が並んでいた。
動きが悪いガラスのフタをキュキュっと開ける。
箸が斜めに刺さったアイスキャンディー。
この近所の古いアイスキャンディー工場で作られているのだと聞いたことがある。
「あのアイスキャンデーはお父さんが子供の頃からあったんだ。箸が斜めに刺さってるから、食べる時に気をつけないと角から崩れて落ちるぞ」
父からそう聞いたことがあった。
並んだケースにキャンディーの原液を入れ、そこにそのまま割り箸を挿すだけなので斜めになるのだそうだ。
気をつけては食べるのだが、まだ幼かった私はよく落としていたものだ。
色々な味がある中からオレンジを一本取り、レジのおばちゃんのところへ持っていく。
「100円」
え、今どきその値段?
昔の値段は覚えていないけど、コンビニアイスを買い慣れているとすごく安く思える。
おばあちゃんに100円渡し、外に出てバス停のベンチに座って食べる。
ほのかに柑橘系の味がするが半分は氷っぽい食感。
懐かしいなあ。
シャリシャリと食べて生き返る。
もしもエアコンが壊れてなかったら、図書館かネカフェに入れていたら、この味は味わえなかったんだな。
「よし、このキャンディーを新作に入れ込むかあ!」
そう言って一つ伸びをして、神社には行かず実家に向かって回れ右をして走り出した。
今ならエアコンなくてもなんとなくいける気がする。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
平成寄宿舎ものがたり
藤沢 南
ライト文芸
世は平成の真っ只中。なのにこの名門女子高校には旧世紀の遺物ともいうべき「寄宿舎」が存在している。
世は令和となったんだけど、…
この話の中では平成を生きる女子高生達の、青臭いバトルが始まろうとしている。
帰国子女vs大和撫子、お嬢様育ちvs母子家庭育ち。ここは格差社会の実験場か。才媛達の楽園か。
この学校の覇権を賭けて、名門女子高校生の舌戦開始。生徒会を、寄宿舎を支配するのは誰だ〜!
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
夕陽が浜の海辺
如月つばさ
ライト文芸
両親と旅行の帰り、交通事故で命を落とした12歳の菅原 雫(すがわら しずく)は、死の間際に現れた亡き祖父の魂に、想い出の海をもう1度見たいという夢を叶えてもらうことに。
20歳の姿の雫が、祖父の遺した穏やかな海辺に建つ民宿・夕焼けの家で過ごす1年間の日常物語。
あと少しで届くのに……好き
アキノナツ
ライト文芸
【1話完結の読み切り短編集】
極々短い(千字に満たない)シチュエーション集のような短編集です。
恋愛未満(?)のドキドキ、甘酸っぱい、モジモジを色々詰め合わせてみました。
ガールでもボーイでもはたまた人外(?)、もふもふなど色々と取れる曖昧な恋愛シチュエーション。。。
雰囲気をお楽しみ下さい。
1話完結。更新は不定期。登録しておくと安心ですよ(๑╹ω╹๑ )
注意》各話独立なので、固定カップルのお話ではありませんm(_ _)m
【完結】新人機動隊員と弁当屋のお姉さん。あるいは失われた五年間の話
古都まとい
ライト文芸
【第6回ライト文芸大賞 奨励賞受賞作】
食べることは生きること。食べるために生きているといっても過言ではない新人機動隊員、加藤将太巡査は寮の共用キッチンを使えないことから夕食難民となる。
コンビニ弁当やスーパーの惣菜で飢えをしのいでいたある日、空きビルの一階に弁当屋がオープンしているのを発見する。そこは若い女店主が一人で切り盛りする、こぢんまりとした温かな店だった。
将太は弁当屋へ通いつめるうちに女店主へ惹かれはじめ、女店主も将太を常連以上の存在として意識しはじめる。
しかし暑い夏の盛り、警察本部長の妻子が殺害されたことから日常は一変する。彼女にはなにか、秘密があるようで――。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる