上 下
24 / 65
2022年  6月

たこ焼きパーティー

しおりを挟む
「お父さんどうしたの」

 金曜日の夕方、いきなり関西在住の父親が関東の我が家へやってきた。

「いや、これ」

 父が荷物から取り出したのはカセットコンロに乗せるたこ焼きの鉄板だった。

「夕べテレビで、関東の家にはたこ焼き器ない言うとったん聞いてな、そんで」
「って、今はこっちでも売ってるし、なければネットでも買えるのに」
「重いのにわざわざすみません」

 私は呆れ、夫は恐縮する。

「たこ焼きいうたら土曜日の昼ご飯や、そやから今日のうちに持ってこよとおもてな」

 父は「そうかこっちでもあるか」と言いながら、照れくさそうにそう言った。

 そうだった。
 我が家ではたこ焼きをするのは土曜日の昼ご飯と決まっていた。
 いつもは料理なんて何もやらない父なのに、なぜかすき焼きとたこ焼きだけは父の担当だったのだ。
 さしずめ鍋奉行兼たこ奉行というところか。

 そういうわけで、翌日、土曜日のお昼はたこ焼きをすることになった。

 父はたこ焼きの鉄板以外にも生地を入れる金属の「粉つぎ」やたこ焼きを返す「千枚通し」などの道具もセットで持ってきてくれていた。

「至れり尽くせりね」
「そやろ?」

 そう言って笑いながら粉を溶き、タコも切って全部の準備をしてくれた。当時は母がやってくれていた気がしていたが、もしかするとあの頃からそうだったのだろうか。

 熱した鉄板に油を塗って、卵がいっぱいでやや薄めの生地をジュウっと流し込み、かつおを粉末にした「粉ぶし」とたこを入れる。

「紅しょうがやあげ玉は入れないんですか?」
「大阪のは入れるみたいやけど神戸は入れへんな」
「そんな違いがあるんですか」
「神戸のは大阪のたこ焼きと明石焼きの中間みたいな感じやな。食べる時もだし汁につけて食べる」

 父は夫とそんな話をしながら千枚通しでくるくるときれいにひっくり返し、小学1年と幼稚園年長の年子としごの息子たちに竹串を渡すと、

「ほら、このへんやってみ」

 と、ひっくり返し方を伝授する。

「そうそう、上手やなあ、ほら、手危ないで、やけどせんように、そうそう、上手や」

 子どもたちはきゃあきゃあ言いながらも、ぐるぐると串を回すとなんとなく丸く仕上がっていくたこ焼きに夢中になっていた。
 
 父は焼き上がったたこ焼きを一度大きめのカレー皿に移して少し冷ますと、今度は「とんすい」に醤油味のだし汁とみじん切りにした三つ葉を入れ、そこに3つずつ入れて子どもたちに渡した。

「神戸ではこうやって食べるねん。この上にソース塗る人もおるけど、うちはこうやったな」
「うん、そうだったね」

 私も懐かしく思い出す。

「おばあちゃんちに行くと七輪の上に丸い鉄板で作ってくれたよ」
「そうやったなあ」
「そういえば、たこだけじゃなくてコンニャクとちくわ入れてたのも思い出した」
「ああ、そういうたら入れてたな」
「うん、コンニャクはなんか味がついてたと思う」
「そうやったわ」

 祖母の話に今度は父が懐かしそうな顔になる。

 そうして土曜の昼にゆっくりとたこ焼きを焼いて食べた。
 子どもの頃にそうだったように。
 
「久しぶりやわ、家でたこ焼きするの」

 私もつい懐かしい言葉に戻ってそう言う。

「せっかく道具持ってきたんやから、これからまたやったらええがな」
「うん、そうする」
「おじいちゃんのたこパ」
「たこぱ?」
「うん、たこパ」

 上の子の言葉に父が首をひねるので、

「たこ焼きパーティーのことを略してそう言うのよ。若い子とかはよくやってるみたい」
「そうなんか。なんでもかんでも略すんやなあ、今頃は」
「うん。それでね、なんだかいろんな物入れるみたい。ソーセージとかチーズとか、ウケ狙いで変わったものとか」
「それでたこパするんやな」
「そうそう、そういうこと」

 何回かくるくると焼いて、お腹がいっぱいになってきた頃、

「これで最後やから最後はお好みソースで食べてみ」

 父がそう言って子どもたちにソースと青のりのたこ焼きを3つずつ出してくれた。

 ああ、そうだった。
 うちは最初は出汁で食べて、最後はこうしてソースをつけて食べていた。

「最後はやっぱりこうやないと」

 特に母がそう言って〆のソースたこ焼きを楽しんでいたっけ。

 そうして楽しい一時を過ごした後、父はすぐに神戸に帰ろうとした。

「もう一泊していったらええやん」
「いやいや、明日はあんたらもゆっくり休みたいやろ」
「でも」
「今日は帰ったらもうビールきゅっと飲んで寝るわ」

 父は荷造りしながらそう言って笑った。

 三年前に母が亡くなってから一人で暮らしている。
 子どもは結婚して遠い関東に来てしまった私一人。
 関西に叔父叔母は健在だが、この先みんなもう若く元気になったりすることはない。

「お父さん、もうあっちの家は引き上げてこっちに来たらどうかな」

 ついそう口をついて出てしまった。

「いや、ええわ」

 父は聞かなかったかのように荷造りを続け、

「けど、またたこ焼き焼きに来るわ」

 と、続けた。

 そうしてあっという間に帰ってしまった。

 家に着いてから連絡をしてきたので、

「お父さん、スマホにせえへん? そしたらテレビ電話できるから」

 そう言うと、

「ほんなら今度そっち行った時にスマホ見繕って」

 そう返事をしてくれた。

 次のたこパ、じゃなくてたこ焼きパーティー、楽しみに待ってるよ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

おっさん、43歳になりました

炊き込みご飯
ライト文芸
目を離したら3秒で忘れそうな平凡な顔。 これといった特技も、趣味も無い、 どこにでもいそうな普通の「おっさん」 そんなおっさんを取り巻く、家族や友人との、時に寂しく、時に笑みがこぼれる、シュールな日常を描いたお話。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

月曜日の方違さんは、たどりつけない

猫村まぬる
ライト文芸
「わたし、月曜日にはぜったいにまっすぐにたどりつけないの」 寝坊、迷子、自然災害、ありえない街、多元世界、時空移動、シロクマ……。 クラスメイトの方違くるりさんはちょっと内気で小柄な、ごく普通の女子高校生。だけどなぜか、月曜日には目的地にたどりつけない。そしてそんな方違さんと出会ってしまった、クラスメイトの「僕」、苗村まもる。二人は月曜日のトラブルをいっしょに乗り越えるうちに、だんだん互いに特別な存在になってゆく。日本のどこかの山間の田舎町を舞台にした、一年十二か月の物語。 第7回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます、

じじいと娘ちゃん

狐守玲隠
ライト文芸
早瀬貴仁《ハヤセタカヒト》は56歳のどこにでもいそうなおじさんである。 そんな貴仁は、ある時、親族の葬儀に出席した。 そこで、ひとりの女の子に出会う。その女の子は虚ろで、貴仁はどうしても放っておけなかった。 「君さえよければうちの子にならないかい?」 そして始まる不器用な2人の親子生活。 温かくて、楽しくて、2人で毎日笑い合う。この幸せはずっと続いてくれる。そう思っていた__ ″なぁ、じじい。もう辞めたらどうだ__″ これは、ちょっぴり不器用な2人が織りなす、でこぼこ親子の物語。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...