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2022年 6月
たこ焼きパーティー
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「お父さんどうしたの」
金曜日の夕方、いきなり関西在住の父親が関東の我が家へやってきた。
「いや、これ」
父が荷物から取り出したのはカセットコンロに乗せるたこ焼きの鉄板だった。
「夕べテレビで、関東の家にはたこ焼き器ない言うとったん聞いてな、そんで」
「って、今はこっちでも売ってるし、なければネットでも買えるのに」
「重いのにわざわざすみません」
私は呆れ、夫は恐縮する。
「たこ焼きいうたら土曜日の昼ご飯や、そやから今日のうちに持ってこよとおもてな」
父は「そうかこっちでもあるか」と言いながら、照れくさそうにそう言った。
そうだった。
我が家ではたこ焼きをするのは土曜日の昼ご飯と決まっていた。
いつもは料理なんて何もやらない父なのに、なぜかすき焼きとたこ焼きだけは父の担当だったのだ。
さしずめ鍋奉行兼たこ奉行というところか。
そういうわけで、翌日、土曜日のお昼はたこ焼きをすることになった。
父はたこ焼きの鉄板以外にも生地を入れる金属の「粉つぎ」やたこ焼きを返す「千枚通し」などの道具もセットで持ってきてくれていた。
「至れり尽くせりね」
「そやろ?」
そう言って笑いながら粉を溶き、タコも切って全部の準備をしてくれた。当時は母がやってくれていた気がしていたが、もしかするとあの頃からそうだったのだろうか。
熱した鉄板に油を塗って、卵がいっぱいでやや薄めの生地をジュウっと流し込み、かつおを粉末にした「粉ぶし」とたこを入れる。
「紅しょうがやあげ玉は入れないんですか?」
「大阪のは入れるみたいやけど神戸は入れへんな」
「そんな違いがあるんですか」
「神戸のは大阪のたこ焼きと明石焼きの中間みたいな感じやな。食べる時もだし汁につけて食べる」
父は夫とそんな話をしながら千枚通しでくるくるときれいにひっくり返し、小学1年と幼稚園年長の年子の息子たちに竹串を渡すと、
「ほら、このへんやってみ」
と、ひっくり返し方を伝授する。
「そうそう、上手やなあ、ほら、手危ないで、やけどせんように、そうそう、上手や」
子どもたちはきゃあきゃあ言いながらも、ぐるぐると串を回すとなんとなく丸く仕上がっていくたこ焼きに夢中になっていた。
父は焼き上がったたこ焼きを一度大きめのカレー皿に移して少し冷ますと、今度は「とんすい」に醤油味のだし汁とみじん切りにした三つ葉を入れ、そこに3つずつ入れて子どもたちに渡した。
「神戸ではこうやって食べるねん。この上にソース塗る人もおるけど、うちはこうやったな」
「うん、そうだったね」
私も懐かしく思い出す。
「おばあちゃんちに行くと七輪の上に丸い鉄板で作ってくれたよ」
「そうやったなあ」
「そういえば、たこだけじゃなくてコンニャクとちくわ入れてたのも思い出した」
「ああ、そういうたら入れてたな」
「うん、コンニャクはなんか味がついてたと思う」
「そうやったわ」
祖母の話に今度は父が懐かしそうな顔になる。
そうして土曜の昼にゆっくりとたこ焼きを焼いて食べた。
子どもの頃にそうだったように。
「久しぶりやわ、家でたこ焼きするの」
私もつい懐かしい言葉に戻ってそう言う。
「せっかく道具持ってきたんやから、これからまたやったらええがな」
「うん、そうする」
「おじいちゃんのたこパ」
「たこぱ?」
「うん、たこパ」
上の子の言葉に父が首をひねるので、
「たこ焼きパーティーのことを略してそう言うのよ。若い子とかはよくやってるみたい」
「そうなんか。なんでもかんでも略すんやなあ、今頃は」
「うん。それでね、なんだかいろんな物入れるみたい。ソーセージとかチーズとか、ウケ狙いで変わったものとか」
「それでたこパするんやな」
「そうそう、そういうこと」
何回かくるくると焼いて、お腹がいっぱいになってきた頃、
「これで最後やから最後はお好みソースで食べてみ」
父がそう言って子どもたちにソースと青のりのたこ焼きを3つずつ出してくれた。
ああ、そうだった。
うちは最初は出汁で食べて、最後はこうしてソースをつけて食べていた。
「最後はやっぱりこうやないと」
特に母がそう言って〆のソースたこ焼きを楽しんでいたっけ。
そうして楽しい一時を過ごした後、父はすぐに神戸に帰ろうとした。
「もう一泊していったらええやん」
「いやいや、明日はあんたらもゆっくり休みたいやろ」
「でも」
「今日は帰ったらもうビールきゅっと飲んで寝るわ」
父は荷造りしながらそう言って笑った。
三年前に母が亡くなってから一人で暮らしている。
子どもは結婚して遠い関東に来てしまった私一人。
関西に叔父叔母は健在だが、この先みんなもう若く元気になったりすることはない。
「お父さん、もうあっちの家は引き上げてこっちに来たらどうかな」
ついそう口をついて出てしまった。
「いや、ええわ」
父は聞かなかったかのように荷造りを続け、
「けど、またたこ焼き焼きに来るわ」
と、続けた。
そうしてあっという間に帰ってしまった。
家に着いてから連絡をしてきたので、
「お父さん、スマホにせえへん? そしたらテレビ電話できるから」
そう言うと、
「ほんなら今度そっち行った時にスマホ見繕って」
そう返事をしてくれた。
次のたこパ、じゃなくてたこ焼きパーティー、楽しみに待ってるよ。
金曜日の夕方、いきなり関西在住の父親が関東の我が家へやってきた。
「いや、これ」
父が荷物から取り出したのはカセットコンロに乗せるたこ焼きの鉄板だった。
「夕べテレビで、関東の家にはたこ焼き器ない言うとったん聞いてな、そんで」
「って、今はこっちでも売ってるし、なければネットでも買えるのに」
「重いのにわざわざすみません」
私は呆れ、夫は恐縮する。
「たこ焼きいうたら土曜日の昼ご飯や、そやから今日のうちに持ってこよとおもてな」
父は「そうかこっちでもあるか」と言いながら、照れくさそうにそう言った。
そうだった。
我が家ではたこ焼きをするのは土曜日の昼ご飯と決まっていた。
いつもは料理なんて何もやらない父なのに、なぜかすき焼きとたこ焼きだけは父の担当だったのだ。
さしずめ鍋奉行兼たこ奉行というところか。
そういうわけで、翌日、土曜日のお昼はたこ焼きをすることになった。
父はたこ焼きの鉄板以外にも生地を入れる金属の「粉つぎ」やたこ焼きを返す「千枚通し」などの道具もセットで持ってきてくれていた。
「至れり尽くせりね」
「そやろ?」
そう言って笑いながら粉を溶き、タコも切って全部の準備をしてくれた。当時は母がやってくれていた気がしていたが、もしかするとあの頃からそうだったのだろうか。
熱した鉄板に油を塗って、卵がいっぱいでやや薄めの生地をジュウっと流し込み、かつおを粉末にした「粉ぶし」とたこを入れる。
「紅しょうがやあげ玉は入れないんですか?」
「大阪のは入れるみたいやけど神戸は入れへんな」
「そんな違いがあるんですか」
「神戸のは大阪のたこ焼きと明石焼きの中間みたいな感じやな。食べる時もだし汁につけて食べる」
父は夫とそんな話をしながら千枚通しでくるくるときれいにひっくり返し、小学1年と幼稚園年長の年子の息子たちに竹串を渡すと、
「ほら、このへんやってみ」
と、ひっくり返し方を伝授する。
「そうそう、上手やなあ、ほら、手危ないで、やけどせんように、そうそう、上手や」
子どもたちはきゃあきゃあ言いながらも、ぐるぐると串を回すとなんとなく丸く仕上がっていくたこ焼きに夢中になっていた。
父は焼き上がったたこ焼きを一度大きめのカレー皿に移して少し冷ますと、今度は「とんすい」に醤油味のだし汁とみじん切りにした三つ葉を入れ、そこに3つずつ入れて子どもたちに渡した。
「神戸ではこうやって食べるねん。この上にソース塗る人もおるけど、うちはこうやったな」
「うん、そうだったね」
私も懐かしく思い出す。
「おばあちゃんちに行くと七輪の上に丸い鉄板で作ってくれたよ」
「そうやったなあ」
「そういえば、たこだけじゃなくてコンニャクとちくわ入れてたのも思い出した」
「ああ、そういうたら入れてたな」
「うん、コンニャクはなんか味がついてたと思う」
「そうやったわ」
祖母の話に今度は父が懐かしそうな顔になる。
そうして土曜の昼にゆっくりとたこ焼きを焼いて食べた。
子どもの頃にそうだったように。
「久しぶりやわ、家でたこ焼きするの」
私もつい懐かしい言葉に戻ってそう言う。
「せっかく道具持ってきたんやから、これからまたやったらええがな」
「うん、そうする」
「おじいちゃんのたこパ」
「たこぱ?」
「うん、たこパ」
上の子の言葉に父が首をひねるので、
「たこ焼きパーティーのことを略してそう言うのよ。若い子とかはよくやってるみたい」
「そうなんか。なんでもかんでも略すんやなあ、今頃は」
「うん。それでね、なんだかいろんな物入れるみたい。ソーセージとかチーズとか、ウケ狙いで変わったものとか」
「それでたこパするんやな」
「そうそう、そういうこと」
何回かくるくると焼いて、お腹がいっぱいになってきた頃、
「これで最後やから最後はお好みソースで食べてみ」
父がそう言って子どもたちにソースと青のりのたこ焼きを3つずつ出してくれた。
ああ、そうだった。
うちは最初は出汁で食べて、最後はこうしてソースをつけて食べていた。
「最後はやっぱりこうやないと」
特に母がそう言って〆のソースたこ焼きを楽しんでいたっけ。
そうして楽しい一時を過ごした後、父はすぐに神戸に帰ろうとした。
「もう一泊していったらええやん」
「いやいや、明日はあんたらもゆっくり休みたいやろ」
「でも」
「今日は帰ったらもうビールきゅっと飲んで寝るわ」
父は荷造りしながらそう言って笑った。
三年前に母が亡くなってから一人で暮らしている。
子どもは結婚して遠い関東に来てしまった私一人。
関西に叔父叔母は健在だが、この先みんなもう若く元気になったりすることはない。
「お父さん、もうあっちの家は引き上げてこっちに来たらどうかな」
ついそう口をついて出てしまった。
「いや、ええわ」
父は聞かなかったかのように荷造りを続け、
「けど、またたこ焼き焼きに来るわ」
と、続けた。
そうしてあっという間に帰ってしまった。
家に着いてから連絡をしてきたので、
「お父さん、スマホにせえへん? そしたらテレビ電話できるから」
そう言うと、
「ほんなら今度そっち行った時にスマホ見繕って」
そう返事をしてくれた。
次のたこパ、じゃなくてたこ焼きパーティー、楽しみに待ってるよ。
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