上 下
17 / 65
2022年  6月

生きているから

しおりを挟む
「だってこの髪、何回か色抜いてから染めるんだけど、その時に頭の皮膚がピリピリするよ。それって生きてるからじゃん?」
「だから、死んでるのは伸びてる髪の毛の部分だってば。皮膚は生きてるでしょうが」
「あ、そうか」
「髪は生きてるのが毛根の部分だけだから切っても平気なんだよ」
「そりゃそうか」

 薄い金髪の、ストパーでストレートにした髪をフリフリしながら、夏海が言う。

「もしも髪の毛が生きてたら、カットするなんて考えるだけおそろしや~」
「神経通ってたらいったいぞ~」
「きっと血も出るね」
「髪の毛の先からぶしゅーっと吹き出す血!」
「いやーやめてよー!」
「すぷらったあ~」
「やめ~い!」

 そう言いながらみんなできゃあきゃあと盛り上がる。

 元々はおしゃれ番長の夏海が、

「見てー髪の毛こんな、そんでネイルもー」

 と、溜め込んだバイト代を一斉放出して薄い金髪にした髪と、おいしそうなスイーツがいっぱいくっついたネイルをうれしそうに見せてきたのを、

「すんごいね爪」
「それ、缶コーヒーの栓抜けられねえべ?」
「それはまあ、そばにいる人に開けてもらう~」
「え、やってやんねえよ?」
「やってよ~」
「コーヒーも開けられないような爪切っちゃえ!」
「いやだ、こんなかわいいのにかわいそうじゃん」
「かわいそうなことないって、爪なんて元々死んでんだし」
「やだやだ、気味悪いこと言わないでよ~」
「だってそうだよ? 爪って根っ子の部分以外の皮膚から出てる部分はもう死んでるんだよ」
「いや、そりゃそうだけどさ、そういう言い方なんかちょっと、うーん、なんか違う」
「うわ、情報量ゼロ、どう違うか全然わかんね~」

 などと、妙な方向に話が盛り上がったことからだった。

「でもさ、髪の毛も爪も死んでるんだってことはさ、それでいくとわしら、死んだ場所に力入れておしゃれしてるってこと?」
「言われてみればそうかな」
「まつエクだって死んだまつげにエクステくっつけてるんだな」
「うわ、そうなる」
「どこもここも死んでんだ、ゾンビ~」

 キャアキャアと盛り上がっていると、夏海が透き通るような金髪と、カラフルでおいしそうな爪を情けなそうに見る。

「これ時間かかったんだよ。色抜いて色抜いて色抜いて、そんで金色入れて4時間。なんか、死んでる部分にお金と時間かけてるんだって考えるとびみょ~」
「でもさ、その死んだ部分が生きた体にくっついてるわけだから」
「いや~なんかその言い方怖い~やめてよ~」
「だって事実だし」
「そりゃそうだけどさあ」

 いよいよ夏海ががっかりと、 

「それだったらいっそ、古代エジプトみたいに坊主にして、そんで好き勝手なかつら日替わりの方が安くて楽で楽しい気がしてきた」

 そうつぶやく。

「なにそれ?」
「うん、文化服装学の時間に習ったんだけど、古代のエジプトのおかっぱみたいな髪あるじゃん?」
「ああ、あるある」
「おかっぱかカーリーだよね?」
「うん、そういうの。あれって頭そって、その上にかつらかぶってんだよ」
「ええー!」
「うそー!」
「クレオパトラも?」
「うん、クレオパトラもつるつる」
「ええー」

 思わぬ事実に女子たちが絶句、ではなく絶叫でもないが、まあそんな声を上げる。

「しかもね、エジプトって三千年の間ずっとファッション変わんなかったんだよね」
「うそー!」
「それはさすがに」
「いや、マジマジ」
 
 夏海はせっかく力を入れたおしゃれへの気持ちがパワーダウンしたのを取り返すように、習ったばかりの知識を皆に披露する。

「あそこ暑いじゃない? だから虫が湧いたりしないように髪もそっちゃうし、服も男は風通しがいい麻の腰巻1枚、女も同じ生地のすっとんとんの筒みたいなワンピースだけ。それがずっと」
「三千年かよ!」
「そういうこと。頭つるつるも暑いのと虫沸いたりしないようにみたいよ」
「えーショックー!」
「あの独特のアイシャドウもも魔除けと、そんで虫よけ」
「ええ~」

 おしゃれをしてるのは死んだ部分、そして古代のロマンも不衛生から。
 現代の女子たちには結構衝撃的な話だった。

「あ~あ、なんだかなあ」
「ほんと、おしゃれってなんだろうって気になるよね」
「三代美女がつるつるの虫よけ……」
「現実って無情だ」

 ため息に次ぐため息。

「でもさ、でもさ」

 やはり口を開いたのは夏海だ。

「そうやってつるつるにしなくちゃなんなくてもさ、その上にかつら乗っけておしゃれしようって思ってたんだよ?」

 力説する。

「アイメイクだってさ、虫よけだったら適当に塗ればいいのに、それをあんな、なんてのかな、えっとエキセントリックじゃなくて」
「エキゾチック?」
「そうそ、それ。そんな風にしてったんだよ」
「言われてみりゃそうだ」
「でしょ? やっぱりおしゃれって必要なんだよ、生きてくのに!」
 

 夏海がふんっと胸を張り。

「だからさ、私ら女子は生きてる限り、そこが死んだ場所だって気を抜かず手を抜かず、おしゃれをしていかなきゃいけないのよ。いや、生きてるからこそ、死んでる場所もそうやって生かす! 私はこれからもおしゃれをしていくことを誓います!」
「おしゃれ万歳!」
「女子万歳!」
「おしゃれよ永遠なれ!」

おしゃれ番長の宣言に、みんながわあっと声を上げて拍手をした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あと少しで届くのに……好き

アキノナツ
ライト文芸
【1話完結の読み切り短編集】 極々短い(千字に満たない)シチュエーション集のような短編集です。 恋愛未満(?)のドキドキ、甘酸っぱい、モジモジを色々詰め合わせてみました。 ガールでもボーイでもはたまた人外(?)、もふもふなど色々と取れる曖昧な恋愛シチュエーション。。。 雰囲気をお楽しみ下さい。 1話完結。更新は不定期。登録しておくと安心ですよ(๑╹ω╹๑ ) 注意》各話独立なので、固定カップルのお話ではありませんm(_ _)m

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
 幾度繰り返そうとも、匣庭は――。 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。 舞台は繰り返す。 三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。 変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。 科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。 人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。 信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。 鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。 手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさん、43歳になりました

炊き込みご飯
ライト文芸
目を離したら3秒で忘れそうな平凡な顔。 これといった特技も、趣味も無い、 どこにでもいそうな普通の「おっさん」 そんなおっさんを取り巻く、家族や友人との、時に寂しく、時に笑みがこぼれる、シュールな日常を描いたお話。

処理中です...