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柿ノ元はんなの願い

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足がもつれる。
耐えろ。転んでるヒマなんかない!

学校中隈なく探した。
なんで見つかんねえんだ。明翔、学校の外まで逃げた?

もう、ここしかない。
校舎裏にもいなかったら、入れ違いになったか校外か――

「明翔!」

明翔が吞気にスマホを手にして木にもたれかかっている。
やっと見つけた!

「深月! ちょうど今校舎裏に来てってメッセージつくってたの。以心伝心」

目が釘付けになって殺意が湧いた。
嬉しそうに笑った明翔のスマホを持つ右手に赤い傷がある。

「はんな……許さねえ」

明翔を傷付けやがった。やってはならんことを……。

足を踏み出すと、スニーカー越し足の裏にムニュッと妙な感覚がした。
自分の靴を見る。人のふくらはぎを踏みつけていて、めちゃくちゃ驚いた。

「うわ! ……はんな?」

はんなが白目むいて明翔の足元に転がってる……。

「これ、明翔が?」
「うん。この子俺のこと殺す気でナイフ向けてきたから腹に入れた。1発で仕留めたからたぶんそんなに苦しくなかったと思うよ」

……男も女も関係ないボーダーレス男子は女相手でも容赦ねえなあ……。

「う……ううぅ……」

はんなのうめき声がする。
ギロリと睨みつけ、どうしてやろうかと考える。

「深月。これ」
「何これ」
「この子が書いた手紙」
「手紙?」

封が開いてる。明翔が読んだんかな。

中には便せんが1枚。
小さい女の子っぽい読みやすい字で引くほどビッシリと書かれている。


みずきへ

私のせいでみずきのそばにいられなくなってごめんなさい。
みずきを守りたい気持ちは本物です。
でも、親がばかほど怒ってて学校以外家から出してもらえないし、次にみずきに近付いたら学校をやめさせると言われました。
そばにはいられなくても、私はみずきと同じこの学校にいたいです。
私のわがままを許してください。

思えば、1年の時の文化祭、劇で同じ大道具係になったことから私とみずきの大恋愛は始まりましたね。
私が踏み台に乗って台を移動させながら飾りつけをしていたら、みずきは軽々とうでを伸ばして飾りをしていってました。
台の上でそんなみずきを見て、この目線がめっちゃ高い景色をみずきはいつも見てるんだって思いました。
すごいな、いいなって思いました。

みずきに言いたかったけど、言えなかったことがひとつあります。
私はみずきに近付けないから、かなうことはないけど……。

みずきに肩車してもらいたかったです。
いつも高い景色を見てるみずきよりも、もっと高い景色を見てみたかった。

はなれていても、私はみずきが大好きです。

はんなより


……はんな……。

「この子、こんな小さな望みすら言えないくらい、深月のこと好きだったんだね」
「いや、まずさ、俺みずきじゃなくてひらがな表記みづきなんだわ。月だからさあ。みずきが多すぎて内容ぜんっぜん頭に入ってこねえ」
「……みづきぃ……」

改めて、みずきをできるだけ視界から排除して文面を読む。
大恋愛……始まってねえんだわ。

「俺ってそこまで身長しか取り柄ない?」
「まあ、この小ささだから衝撃だったんじゃねえ? この子はこれくらいでしょ」

明翔がひざをかがめて小さくなり、俺を見上げる。
まあ、たしかにこれくらいだったかな。

規格外に小さくておもしろい女だと初めは思った。初めは。

「俺、嫌だよ。深月のことこんな好きなのに、いきなり深月に近付くなって警察まで出てきて仰々しい念書なんかで約束させられたりしたら」
「明翔は何も問題起こしてねえじゃん」
「この子だって、問題を起こしたくて起こしたわけじゃないんでしょ」

……そうかもしんねえ……興味ない関心ないって、俺が放置してたから問題が大きくなってった気もする。

はんなだけが悪いんじゃないか。

「俺、はんなに悪いことした。すっかりこの一件でみんなから要注意人物みたいに見られるだろうし」
「そうだね。せめて、願いを叶えてあげたら?」
「願い?」

明翔が笑顔で俺が持つはんなの手紙を指差す。
ああ、肩車……。

「けど、はんなには近付けねえし。はんなが起きる前に俺行くわ」
「それは、柿ノ元はんなが呂久村深月に近付かないって念書じゃなかったっけ」
「へ? そうだよ」
「深月から近付いてやればいいじゃん」
「……俺、そういう言葉のロジックみたいなん嫌いだわー」
「まあまあ」

はんながのっそりと上半身を持ち上げる。

「うう……」

明翔がしゃがんではんなの顔をのぞき込んだ。

「ごめんね。腹大丈夫?」
「……大丈夫……」

ほらほら、とでも言うように明翔が笑顔で俺を見上げる。
……しゃあねえな……。

「はんな。ほれ」

俺もしゃがみ込んで、はんなの前に背中を差し出す。

「え?」
「乗れよ。見せてやんよ。俺より高い景色」
「深月……」

明翔が手伝い、俺の肩と首に重みを感じる。
安全のためはんなの足首をしっかりとつかむ。
はあっ! と気合いを入れて足を伸ばすが、思ったよりはんなは重くなかった。

「これが、深月よりも高い景色……」
「どうよ」
「怖い怖い怖い怖い! 余裕で2メートル超えてるじゃない! 下ろして! 離して!」
「あっぶね! 暴れんな!」

バランスを崩してこけそうになる。
マジで何なんだ、この女!

「怖い! 離して! 助けてー! 誰かー!」
「誤解を生む悲鳴を上げるな!」

慌てて地面に膝をつき、明翔サポートではんなが地上に立つ。

「あー……高きゃいいってもんじゃない。こっわ」
「お前が望んだんだろーが!!」

恐怖に顔が歪んでいたはんなが俺を見上げた。

「手紙……」
「読んだ」
「私のために……」
「今俺にできることは、これくらいだし」

はんなが細い腕で抱きついてくる。

「深月――! 愛してるぅ――!」
「離れろ! お前から近付くのは禁止されてるだろ!」

はんなをひっぺがして明翔の背後に身を隠す。

「これからは、深月からはんなに近付くよ」
「深月から?」
「たまにな、たまにだけ」
「深月……うん!」

はんなの笑顔に罪悪感がいくらかマシになる。
逃げてばっかりじゃダメなんだ。ちゃんと、向き合った方が心が軽くなる。

「俺はずっと深月のそばにいるけどね」

明翔が俺の肩に頭を乗せる。

はんなの笑顔が般若に変わった。

「私のナイフは?!」
「そっちから近付いちゃダメなんでしょー」

明翔がナイフを見せびらかしながら、じゃーねー、と俺の腕を引っ張って校舎裏を出る。

「お前なあ……」
「俺がただあの子と深月を近付かせると思った? 絶対に俺がそばにいる時だけね」

すぐにすねる明翔が何の策もなくあんな提案をするわけないか。
キュッと腕に絡みつく明翔の頭をなでた。

よくやった、明翔。サンキューな。
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