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ふたり

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「おはよう! シュウちゃん! 髪だいぶ切ったんだねー、あか抜けたじゃん」

健太さんの笑顔は久しぶり感を感じさせない。安心して、フロントへと歩く。

「え?! 鼻水すごいよ! こっちおいでよ」

フロントの中に入ると、健太さんがティッシュで私の顔を拭ってくれる。

「泣いてんの? 襟ぐりびっしょり濡れてるのって涙?!」

ああ、涙のせいで余計に風が冷たく感じていたのかもしれない。ティッシュを肌にゴシゴシされると痛いんだけど、私に構ってくれるのは嬉しい。

「よし、綺麗になった」

健太さんが私に笑いかけて、カウンターの引き出しから小さな紙を出し、店の電話の子機を手に取った。

「まさか本当に電話することになるとは思ってなかったよー。お、早! 柊さん、何したの? シュウちゃん超泣いてんだけど。ダックダクなんだけど」

……え? もしかして、清水くんに電話してるの?

「うんそう、今店ー。はーい」

電話を置くと私に

「柊さん、すぐ来るってー。バックで待ってて」

と笑った。

……清水くんが来る? なんで? 奏さんを放って来るの?

私、邪魔者になってる……。

清水くんは優しい。よく分かってたのに。

奏さんがせっかく戻って来ても、あんな家の出方をしたら清水くんは心配して迎えに来てしまう。

自動ドアへと走る。通り抜けられそうな程度開いた瞬間飛び出した。

「シュウちゃん!」

階段を駆け下り、踊り場を曲がると中條さんがいた。狭い階段に体の大きい中條さんがいたんじゃ、通り抜けられない。

「見逃してください! 通して!」

「え? シュウちゃん?」

驚いた様子の中條さんが邪魔だ。なんとか横をすり抜けようとするけど、とても通れない。

自動ドアの開く音がする。シュウちゃーん? と呼んでる声が聞こえる。健太さんが出てくる!

「こっちこっち」

え?

中條さんが階段を下りる。ついて行くと、階段の下のスペースに私を押し込んで中條さんも隠れた。ちょうど店の入り口の真下だ。

「あ、柊さん? シュウちゃんが逃げたー。悪いけど店に今俺ひとりだから探しに行けないわー。ごめんねー」

と声がする。また清水くんに電話をしながら店に戻って行ったみたいだ。

「どうしたの? 白馬に乗った王子様が天神森から救い出してくれたって聞いてたけど。勝手に戻って来ちゃったの? お姫様」

お姫様……。

「清水くんのお姫様は私じゃないから。清水くんは優しいから、私があんな仕事をしてたことを心配してくれただけだから……」

頬に筋が走るのを感じる。また泣いてるのかしら……。涙が通った頬に風が冷たく感じる。唇には、温かい感触がした。

中條さんが私から唇を離す。びっくりして涙が引っ込んだ。

「じゃあ、俺のお姫様になってよ」

「え?」

「ちょっと早いけど、メシでも行かない? 素朴で店長が超優しい今のシュウちゃんにオススメしたい、いい店があるんだよね」

中條さんが笑って私の手を引いて歩き出す。あ……お昼ごはんも食べてないから、そういえばおなかすいた。
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