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ふたり

02

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「清水くんってどうなってるの?」

「はい? 俺が茉悠さんに聞きたいよ」

「お酒飲んだら俺様モードになるんじゃないの?」

「何それ、そんなモード搭載してないよ」

かわいい顔で清水くんが笑う。うん、今はワンコモードだから違うわね。

え? お酒がポイントじゃなかったってこと?

清水くんって、素でちょうどいい俺様なの?

お金払わなくても酔わせるだけで好みの俺様が見られるなんてラッキーだと思ってたけど、酔わせる必要すらないの?

でも、清水くんはかわいい。このかわいい笑顔にも嘘はないと思う。ということは、考えられるのは

「二重人格!」

「違う! なんだ、いきなり」

え? 違うの? 思わず清水くんを指差して言っちゃったんだけど。

「俺の性格の話してたの?」

「清水くんは何の話をしてたの?」

「何の話か分かんなかったの」

駅に着いて、ホームに下りるとちょうど電車が来るところだった。電車……本当にうちに来るのか、清水くんが……。

清水くんの想定を上回る散らかりようだと思うのよね。まあ、今更部屋が汚いことを恥ずかしがっても仕方ないか。

電車はそこそこ混んでる。ドア付近に並んで立った。

「俺も厄介な性格だと思ってる。自分でも。けど、人格はひとつなの。何者にも乗っ取られてないよ」

「自分の中にもうひとりの自分がいる、みたいな感じなの?」

「それ二重人格じゃん」

あれ? 考えてたら二重人格ってそもそも何だっけになってきた。

「二重じゃなくて、二面なんだよ。誰にでも二面性ってあるでしょ。茉悠さんだって、風俗辞めたい面と金稼がないといけない面とあったでしょ」

「ああ、どちらも私は私ね」

そうか、俺様な清水くんもワンコかわいい清水くんも、清水くんは清水くんなんだ。

「なんかお得感あるね。ひと粒で二度おいしい、みたいな」

「お得? 初めて言われたよ。みんな主人に従順な犬の面を求めてくるんだよ。茉悠さんも今日の俺は嫌でしょ。わがままで自己中な面はどうしても人に嫌われるからねー。しかも俺、二面性とか半々みたいに言いながら7―3でわがままが勝ってる自覚あるし」

「わがまま?」

清水くんをわがままだなんて思ったことはないけど。今日だって……ああ、強引だからわがままな印象になっちゃうのかな。

会社の人達みんなからペットのようにかわいがられてるあの清水くんに、人から嫌われた経験があるんだ……。

「私はしっぽ振ってついてくるようなワンコより、今日みたいな方が好きだよ」

「え……」

清水くんが私の顔を見て口ごもった。あら、珍しい。

「あ……ありがとう」

なんか照れくさそうにニッコリと笑う。やっぱりかわいいー。

電車を降り、駅前のコンビニを見て

「あ、金下ろして返済を――あ、コンビニって一度に200万も下ろせなかった気がする」

と清水くんが足を止めた。

「1日でも早く完済したいけど、あちこちで下ろしたんじゃ怪しまれそうかな。明日外回りの途中で銀行行くか」

本気で私の借金を立て替えるつもりなのかな……。どうして、そこまでして私に構うのかしら。

たしかに同じ会社で働く者同士ではあるけれど、こないだの交流会まで会社関係でたいして関わりはなかった。

会社関係以外でだって、清水くんが彼女にフラれてヤケになってたあの夜に偶然会って清水くんとひと晩過ごしたくらいで――あ、そうか。

彼女を忘れられない清水くんは、新しい彼女を作るに至れない。

男の人は、気持ちは彼女にあっても体は別なのかもしれない。

だから、やんちゃなタイガーみたいなお店が成り立つんだもの。お客さん達は女の子達が好きだから来る訳じゃない。指名しなきゃどんな子が出て来るかすら分からないんだから。

お金をもらってサービスを施していた私は、清水くんにとってちょうどいいのかも。
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