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思春期が終わり
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黙ってアイスを食べ終えると魁十が手を出す。
2本の棒を捨て、私の前にダイニングテーブルの椅子をずらして背もたれを抱きかかえるように座った。
「姉ちゃんの会社、有給消化してかないとダメなんだろ。無理しないで明日は休んだら」
「……うん……」
明日……明日はちょっと、大輝くんの顔見れる気がしないな。
でも、明日1日休んだからって立ち直れる気もしない……何なんだろう、この虚無感。
たしかに何かがなくなった感じ。
スマホが鳴る。
大輝くん……。
「出なよ。その定期は俺が持ってってやるから」
魁十が優しい声で言うから、泣きそうになる。
「僕の定期ない?」
「落ちてたよ」
「悪いんだけど持って来てくれる? 僕ちょっと急いでて」
「分かった……弟にバイクで届けてもらう」
「ごめんね。ありがとう」
今の大輝くんは、偽物……。
明るい声で、ハキハキしゃべってた。
男の人は、僕と俺を仕事とプライベートで使い分けられる。
プライベートの中でも使い分けることもできる……。
私は大輝くんの何を見せられてたんだろう。
彼女なのに、ずっと、取り繕った大輝くんしか見せてもらってなかった。
それとも、私がもっとちゃんと大輝くんを見ていたら見抜けたのかな。
私がもっと彼女として、ちゃんと役目を果たせていれば他の女の人とは切れてたのかな。
「姉ちゃん、帰りに何か買ってこよっか」
「プリン」
「せっかく駅まで行くからケーキ屋さんのプリン買ってくる」
ニッコリ笑った魁十がめちゃくちゃかわいい。
そして、ケーキ屋さんのプリンがめちゃくちゃ好き。
あのプリン食べるの久しぶり。おいしいけど高いんだもん。
ご褒美に買いたい感じ。でもいざとなるとプリンに出す金額じゃない気がしてしまう。
魁十、早く帰って来ないかな。
ペコン、とメッセージを受信した音がする。
『定期受け取った。ありがとう』
『行ってらっしゃい』
『行ってきます!』
……女性のところに行く彼にわざと皮肉を込めたメッセージのつもりだったんだけど……『!』って、メンタル強すぎない?
私、何に落ち込んでたんだろ……大輝くんがただの気持ち悪い人に思えてきた。
「ただいま」
「おかえり」
「はい、プリン」
「ありがとう!」
魁十が太陽のように輝く笑顔で私の隣の椅子に座る。
かわいい……癒し。
「食わしてやろうか?」
「え、いいの?」
プリンのフタを開け、魁十がスプーンを握る。
ひな鳥のように口を開けると、冷たい甘いプルプルがおいしい。
上に乗ったクリームの割合まで絶妙。さすが魁十。
「なんか逆だね。小さい時は私がカイに食べさせてあげてたじゃない」
「人のこと人形扱いしてな」
「だってカイ小さくてかわいかったんだもん」
「今は?」
「今もかわいい。いくら大きくなってもカイはかわいい」
「そりゃどーも」
懐かしい……この向こう側に座ったパパとママが、私たちを見て微笑ましそうに笑ってた。
私が大好きだった空気感を、今また感じられた気がする。
「カイは食べないの?」
「俺の分あげる。明日もプリン食えるよ」
「やったあ!」
会社に休みの連絡だけ入れたら、あとはゴロゴロ。
忙しい時期じゃなくて良かった。
たまには用事はなくても有給取るのいいな。
「紗夜、俺そろそろ行くわ」
「待って、カイ! 行ってらっしゃい」
ソファに転がっていたけれど、慌てて立ち上がって魁十のほっぺたにチュッと口を付ける。
「行ってきます」
頬に柔らかくて弾力のある感触を感じ、肌から離れる瞬間、チュッと軽く音がする。
何年振りだろう。
魁十がほっぺにチューを返してくれた?!
笑って手を振り、家を出て行く魁十を見送っても、感動でしばし玄関から動けない。
やった!
辛抱強く待っていた甲斐があった!
魁十の思春期がついに終わった!
かわいいかわいいかわいさしかない魁十が帰ってきた!
2本の棒を捨て、私の前にダイニングテーブルの椅子をずらして背もたれを抱きかかえるように座った。
「姉ちゃんの会社、有給消化してかないとダメなんだろ。無理しないで明日は休んだら」
「……うん……」
明日……明日はちょっと、大輝くんの顔見れる気がしないな。
でも、明日1日休んだからって立ち直れる気もしない……何なんだろう、この虚無感。
たしかに何かがなくなった感じ。
スマホが鳴る。
大輝くん……。
「出なよ。その定期は俺が持ってってやるから」
魁十が優しい声で言うから、泣きそうになる。
「僕の定期ない?」
「落ちてたよ」
「悪いんだけど持って来てくれる? 僕ちょっと急いでて」
「分かった……弟にバイクで届けてもらう」
「ごめんね。ありがとう」
今の大輝くんは、偽物……。
明るい声で、ハキハキしゃべってた。
男の人は、僕と俺を仕事とプライベートで使い分けられる。
プライベートの中でも使い分けることもできる……。
私は大輝くんの何を見せられてたんだろう。
彼女なのに、ずっと、取り繕った大輝くんしか見せてもらってなかった。
それとも、私がもっとちゃんと大輝くんを見ていたら見抜けたのかな。
私がもっと彼女として、ちゃんと役目を果たせていれば他の女の人とは切れてたのかな。
「姉ちゃん、帰りに何か買ってこよっか」
「プリン」
「せっかく駅まで行くからケーキ屋さんのプリン買ってくる」
ニッコリ笑った魁十がめちゃくちゃかわいい。
そして、ケーキ屋さんのプリンがめちゃくちゃ好き。
あのプリン食べるの久しぶり。おいしいけど高いんだもん。
ご褒美に買いたい感じ。でもいざとなるとプリンに出す金額じゃない気がしてしまう。
魁十、早く帰って来ないかな。
ペコン、とメッセージを受信した音がする。
『定期受け取った。ありがとう』
『行ってらっしゃい』
『行ってきます!』
……女性のところに行く彼にわざと皮肉を込めたメッセージのつもりだったんだけど……『!』って、メンタル強すぎない?
私、何に落ち込んでたんだろ……大輝くんがただの気持ち悪い人に思えてきた。
「ただいま」
「おかえり」
「はい、プリン」
「ありがとう!」
魁十が太陽のように輝く笑顔で私の隣の椅子に座る。
かわいい……癒し。
「食わしてやろうか?」
「え、いいの?」
プリンのフタを開け、魁十がスプーンを握る。
ひな鳥のように口を開けると、冷たい甘いプルプルがおいしい。
上に乗ったクリームの割合まで絶妙。さすが魁十。
「なんか逆だね。小さい時は私がカイに食べさせてあげてたじゃない」
「人のこと人形扱いしてな」
「だってカイ小さくてかわいかったんだもん」
「今は?」
「今もかわいい。いくら大きくなってもカイはかわいい」
「そりゃどーも」
懐かしい……この向こう側に座ったパパとママが、私たちを見て微笑ましそうに笑ってた。
私が大好きだった空気感を、今また感じられた気がする。
「カイは食べないの?」
「俺の分あげる。明日もプリン食えるよ」
「やったあ!」
会社に休みの連絡だけ入れたら、あとはゴロゴロ。
忙しい時期じゃなくて良かった。
たまには用事はなくても有給取るのいいな。
「紗夜、俺そろそろ行くわ」
「待って、カイ! 行ってらっしゃい」
ソファに転がっていたけれど、慌てて立ち上がって魁十のほっぺたにチュッと口を付ける。
「行ってきます」
頬に柔らかくて弾力のある感触を感じ、肌から離れる瞬間、チュッと軽く音がする。
何年振りだろう。
魁十がほっぺにチューを返してくれた?!
笑って手を振り、家を出て行く魁十を見送っても、感動でしばし玄関から動けない。
やった!
辛抱強く待っていた甲斐があった!
魁十の思春期がついに終わった!
かわいいかわいいかわいさしかない魁十が帰ってきた!
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